マンガ家・服部昇大が語る「ハウス・ジャック・ビルト」|不謹慎だけど笑える、ラース・フォン・トリアーが放つ衝撃作 描き下ろしマンガも!

不謹慎だと思いつつ笑ってしまう

──これまでのラース・フォン・トリアーの作品への印象も聞かせてください。過去作はどれくらいご覧になっていますか?

服部昇大

かなり昔に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観たくらいですね。芸術性の高い作品を撮っている監督というイメージがありましたが、「ハウス・ジャック・ビルト」には少しふざけた表現もあったので印象が変わりました。今回の作品は陰惨な内容ではあるけれど明るいし、ダイナミックに悪事を働いている様子には不謹慎だと思いつつ笑ってしまうんですよね。

──主人公のジャックは、いわゆるシリアルキラーものの作品に登場するようなカリスマ性のあるキャラクターとは少しタイプが違いますよね。フォン・トリアーはインタビューで「殺人とホラーの間で、人間としての彼らを描くことに興味があった」と話していました。

「ハウス・ジャック・ビルト」

犯行の端々がいい意味で雑なところに人間味を感じます。序盤は緻密に行動をしていたのに、途中からめちゃくちゃにやるようになる。実際の殺人犯ってこんな感じなんだろうなと。最初にびっくりしたのは、予告編にも出てくる死体を車で引っ張っていくシーン。2つ目の殺人でもうこんなに大胆なの!?と思いました。死体は顔半分が削れちゃっているし……(笑)。

──道路に付着した血痕が雨で流れてラッキー、という描写もありましたね。

そうそう。「殺人は解放で神が俺を守っている」という語りもありました。本当はいつバレてもおかしくないのに。その一方で、家の中で人を殺したときは血痕の拭き残しがないか神経質になっていたり、ジャックにはいろんな表情がありましたね。マット・ディロンは「メリーに首ったけ」くらいしか出演作を見てないのですが、ハマり役だなと。ブルーノ・ガンツ演じる謎の男(ヴァージ)が、正義側の人間なのかなと思いきや、そうでもないところも面白さを感じました。彼を最後に観たのは「ハイジ」の実写版(「ハイジ アルプスの物語」)のアルムおんじ役だったな。あれはふわっとしたいい映画でした。

──(笑)。ブルーノ・ガンツは「ヒトラー/最期の12日間」ではヒトラーに扮していたりと、演じるキャラクターの幅が広い俳優ですね。ユマ・サーマン、ライリー・キーオらが演じた女性の描かれ方はどうでした? フォン・トリアー作品では女性がつらい目に遭うことが多いですが……。

服部昇大

女性はことごとく殺されてしまいましたが、どの死に方も嫌だなあと感じました。ハンティングの場面は、その少し前からうっすらと予感がしていましたが本当につらかったです。殺人のシーンは観客が試される部分がありますよね。乳房をナイフで……。あれは嫌でしたね! でも観客が不快になる表現をあえてしている気がしたので、そういう点では監督の狙い通りなのかな。創意工夫にあふれていて、いろんなパターンで観客を楽しませようとしているのが伝わりました。ジャックが“家”を作るまでの怒涛の展開も衝撃的だったな。

けっこう明るいよ!

──本作はジャック自身が過去を回想する5つのエピソードと、エピローグで構成されています。もっとも印象に残っているのはどの部分でしょうか?

「ハウス・ジャック・ビルト」

エピローグに出てきた地獄です。昔のアート色が強い映画にもああいう描写はありましたが、現代ではあまり見ない表現だなと(笑)。それと絵画と同じ構図のシーンではイングマール・ベルイマンの「第七の封印」を思い出したのですが、フォン・トリアー監督は彼に影響を受けているらしくて。なるほど! そういうことか!と腑に落ちました。エピローグはジャックが地下に降りていくシーンで溜まっていた水がすごく汚いとか、そういう細かいところも楽しかったです。

──ディロンは本作の脚本について「ホラーとコメディの絶妙なミックス」とコメントしていました。劇中には思わず笑ってしまう描写もいくつかありますね。

笑ってもいいかどうかを計りかねる、微妙なラインを突く描写がうまいです。行き当たりばったりだし大胆で雑、だけど殺人のシーンだけはリアリティにあふれている。そのバランスは観ていて面白かったなあ。

──第71回カンヌ国際映画祭で上映された際には、第1の殺人シーンで爆笑が起きたそうです。途中退室者が続出したものの、終映後にはスタンディングオベーションも起こったりと賛否両論な作品ですが、服部先生はどんな人にお薦めしたいですか?

シリアルキラーものですが暗くて重たい作品ではなく、派手なところもある。このジャンルに興味がある人は楽しめる作りだと思います。怖いもの見たさで映画館へ行って、カンヌの観客みたいに途中退室してみるのもありかも。興味はあるけど少しためらっている人には「けっこう明るいよ!」と伝えますね。エンタメ性があるし、驚きのラストが待っているので。

──監督本人も「自分の作品の中で一番道徳的だ」と語っていました。ちなみに服部先生はマンガ家として活躍されていますが、映像作品を観たときにうらやましいと感じる、映像ならではの表現はありますか?

服部昇大

それはやっぱりありますね。マンガは自分が描けるものしか表現できないけど、映像には意図しない面白さが生まれる余地があって。例えばダスティン・ホフマン主演の「卒業」には、主人公がヒロインをさらったあとも20秒くらい尺が残っていて、2人がちょっと気まずそうにしているんです。あの表情は彼らの今後を暗示しているという感想が定番なんですが、実は監督が意図的にカットをかけなかったので、俳優たちが不安そうな顔を見せているだけ。でも観客はそこに意図を見出すというミラクルが、映像では起こるのでうらやましいです。でも映画を撮るのは人もお金もめちゃくちゃ使うし……そう考えるとマンガはいいなと思います(笑)。

──服部先生も「邦キチ! 映子さん」では、実はすごく日本映画界に斬り込んでいますよね。よくぞこれを取り上げてくれた!と思うこともあれば、映画業界に携わる者としてはフォン・トリアーより大胆なのでは?と感じるときも(笑)。どういう基準で紹介する作品を選んでいるのでしょうか?

今のところ誰にも怒られてはいないです!(笑) スピンオフマンガを描いていた「テラフォーマーズ」の実写映画をいじったりもしていますが、事前に原作者の先生にご了承いただきました。ネットではダメな映画をいじるという切り口が定番化していて、変なところもあるけどわりとしっかりした作品を評価する人が少ないんです。僕は自分も作品を作る側だということもあって、映画を観ると制作サイドの努力や宣伝の人の工夫がわかってくる。そういう観方をおこがましいけど提唱していけたら面白いのかなという気持ちでやっています。

「ハウス・ジャック・ビルト」
2019年6月14日(金)全国公開
ストーリー

1970年代の米ワシントン州。建築家になる夢を持つ独身の技師ジャックは、あるきっかけから殺人を繰り返すようになる。彼はアートを創作するかのように殺人に没頭し、12年の歳月ののちに“ジャックの家”を建てるが……。

※R18+指定作品

スタッフ / キャスト

監督・脚本:ラース・フォン・トリアー

出演者:マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、シオバン・ファロン、ソフィー・グローベール、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビスほか

服部昇大(ハットリショウタ)
1982年8月10日生まれ、岡山県出身。2004年、手塚賞準入選の「未来は俺等の手の中~J.P. STYLE GRAFFITI~」が月刊少年ジャンプ増刊王2004年WINTER号(集英社)に掲載され、デビュー。2007年から2009年までジャンプスクエア(集英社)にて「魔法の料理 かおすキッチン」を、2014年から2016年にはとなりのヤングジャンプにて「テラフォーマーズ」のスピンオフギャグマンガ「今日のテラフォーマーズはお休みです。」を連載。日本語ラップにも造詣が深く、Webや同人で「日ペンの美子ちゃん」のパロディマンガ「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」を発表。それがきっかけで2017年より6代目「日ペンの美子ちゃん」担当作家となる。現在、「邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん」Season1、2のコミックスが販売中(発行:ホーム社 / 発売:集英社)。Season3がホーム社のWebサイト・スピネルで連載されている。