「HOKUSAI」|葛飾北斎は“目の人”──天才絵師の信念描く人間ドラマを松尾スズキが語る

柳楽優弥と田中泯がダブル主演し、江戸時代を生きた絵師・葛飾北斎の信念と人生を描いた「HOKUSAI」が5月28日に全国公開される。歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実をつなぎ生み出したオリジナルストーリーで贈る本作。生涯で3万点以上の作品を手がけた北斎の青年期を柳楽、老年期を田中が演じたほか、監督は「探偵はBARにいる」「劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班」の橋本一が務める。

このたびナタリーは映画、音楽とジャンルを横断して特集を展開。映画ナタリーでは北斎を敬愛し、仕事机には常に「北斎漫画」を置いているという松尾スズキに本作の魅力を語ってもらった。柳楽と田中の配役にうなずいた理由、印象深いシーンを挙げていく松尾。さらに北斎との出会いから、自身と北斎に共通するであろう“到達できない苦しみ”、そして北斎の生き方への憧れについても話してくれた。

取材・文 / 黒瀬朋子 撮影 / 曽我美芽

北斎との出会いは永谷園

──葛飾北斎との最初の出会いは何だったんですか?

松尾スズキ

たぶん「永谷園」じゃないですか?(笑) 子供の頃、家に永谷園のお茶づけ海苔がたくさんあって、袋の中に浮世絵のカードが入っていたんですよ(※編集部注:「名画シリーズ」として、歌川広重の「東海道五拾三次」や葛飾北斎の「冨嶽三十六景」ほか、東西の名画を印刷したカードが1997年まで封入されていた。現在は「東海道五拾三次」が復活)。浮世絵は、現実で目にしている世界とは異質なもの。子供心に色がきれいだなと眺めていました。マンガ好きだったので、浮世絵もマンガやアニメのように黒く縁取られているところに親しみを持てたのかもしれません。

──小さい頃はマンガ家になりたかったそうですね。その後、大学ではデザイン科に進まれます。

「北斎漫画 三編」

大学(九州産業大学芸術学部)時代は、興味は最先端の絵に向かい、浮世絵とは離れていました。北斎を好きになったのは大人になってからですね。展覧会に行ったり、新藤兼人監督の「北斎漫画」を観たりして、興味を惹かれました。北斎は世俗的な絵を芸術の高みにまでのぼらせていて、複製可能な版画、いわばポップアートの先駆けのようなことをやっていたんですよね。僕は学生時代からポップアートも好きでした。また、「漫画」という言葉を生み出し、今のマンガのルーツにもなっている。僕の仕事机には分厚い「北斎漫画」が置いてあって、アイデアが浮かばないときにペラペラめくっています。絵の教則本のように、あらゆるものが描かれているので、脳に刺激を与えてくれるんです。

北斎は動的な瞬間を捉えている

──マンガとポップアート、松尾さんの好きなものと北斎はつながっていたのですね。北斎の絵の魅力はどこにあると思いますか?

やっぱり構図が素晴らしいです。大きな波の奥に富士山が見えるなど、大胆な構図が西洋の印象派の人々に刺激を与えた理由じゃないかと思います。宗教から解き放たれているところも、西洋の人は斬新に感じたんじゃないかな。己の表現を突き詰めるオリジナリティのあるところ、芸術的な絵から春画までレンジの広いところもいいですね。

作品で言うと、僕は、風に吹かれている様子を描いた「冨嶽三十六景 駿州江尻(すんじゅうえじり)」が好きです。北斎は風や波などの動的な瞬間を見事に捉えています。映画「HOKUSAI」では波の絵のエピソードが描かれていましたけど、有名な「神奈川沖波裏(かながわおきなみうら)」の水しぶきの上がる大波も、精巧なカメラのスローシャッターで撮ると実際にあんなふうに写るそうです。北斎はそれを心の目で描いている。すごいですよね。同じ「冨嶽三十六景」だと「尾州不二見原(びしゅうふじみがはら)」も、樽の奥に小さな富士山を描く独特の構図が面白いですね。先日、庵野秀明さんを特集したNHKのドキュメンタリー(「さようなら全てのエヴァンゲリオン〜庵野秀明の1214日」)を観ていたら、庵野さんもひたすら構図のアングルを探していました。「アングルと編集さえよければ絵なんて動かなくていい」というようなことまでおっしゃっていて。

──松尾さんもお芝居を作るときには構図を気にしますか?

ものすごく考えます。演出用語で「ミザンス」と言いますが、役者をどこに配置し、どのくらいの距離で話すか。その後ろの人をどう動かすか。舞台写真を撮ったときに、どの瞬間を切り取ってもさまになるようにしたいんです。空間のどこかが空いてしまうときには、そこに視線が向かわないように照明で調整します。舞台上の3人の役者のうち、真ん中の人だけ客席にお尻を向けるというのはすごく危険なんだけど、やりたくなる構図です。

おのれとの闘い、そこに僕自身を重ねて見た

──映画「HOKUSAI」は、葛飾北斎の生涯をつづった物語。北斎の人生についてはどう思われましたか?

映画の中で「お前は勝ち負けで絵を描いているのか」という問いがありましたが、(北斎の人生は)闘いだったんだろうなと思いました。若い頃は「俺の絵を見ろ」と、世間を自分に注目させたいという闘い。老年はライバルなんて目に入らなくなり、自分との闘いになっていく。それは僕自身も重ねて見ているところがあります。若い頃は松尾スズキという名前をなんとか世間に知らしめて、大人計画の舞台に人を集めようと、コラムをたくさん書くなど必死でした。でも、今はもう違う次元にいる気がします。おのれとの闘いですね。

──青年期の北斎を柳楽優弥さん、老年期は田中泯さんが演じています。俳優について、また、好きな場面などあれば聞かせてください。

柳楽くんと田中さんの配役はぴったりでしたね。僕にとって北斎は「目の人」なんです。精巧に目の前の出来事を捉えるし、人には見えないものが見えて、それを描いている。柳楽くんも強い目の俳優。ああいう絵を描く人というリアリティがありました。北斎の自画像を見ると、妖怪みたいな風貌なんです(笑)。田中さんも、人間ではない域に達している感じがしました。

僕は、大風が吹いて物が飛ばされたり転んだり、人々が慌てふためく様子を見て、田中さんが演じる北斎が大笑いしている場面でテンションが上がりました。ああいう、動きの一瞬を切り取るところが北斎の真骨頂。シャッターを切るように、目の前の出来事を観察しているのがわかる場面で印象深かったです。

──田中さんは怖いくらいの笑顔でしたね(笑)。風を描くことを思い付いた、気持ちの高ぶりを全身にみなぎらせているようでした。

「踊り出したらどうしよう」と思ってました(笑)。本作は間違いなく、田中さんの代表作になるでしょうね。あと、蔦屋重三郎役の阿部寛さんもよかったです。歌麿、写楽、馬琴らあの時代の最先端の人たちを束ねたスーパープロデューサーだから、化け物みたいな人であってほしいなと思っていて、その感じがよく出ていました。群雄割拠じゃないけど、トキワ荘のように才能のある人たちが集まり、技を競い合う姿に憧れます。

劇中では、木版刷りの様子を見られたのがよかった。もっと見たかったくらいです。多色刷りでグラデーションまで作れるって、あの当時、世界的にも本当にものすごい技術ですよね。


2021年5月27日更新