“泳ぐことと生きること”描く長谷川博己×綾瀬はるかの共演作「はい、泳げません」イラストとレビューで深掘り

長谷川博己と綾瀬はるかの共演作「はい、泳げません」のBlu-ray / DVDが、12月7日に発売された。

水泳教室に通うことになった“カナヅチ”の哲学者・小鳥遊雄司と、熱血コーチ・薄原静香の一進一退の日々が描かれる本作。髙橋秀実の著書を渡辺謙作が映画化した。長谷川が水泳を通じて自らの過去と対峙し再生への一歩を踏み出す雄司を演じ、綾瀬が泳ぎ以外は不器用な静香に扮する。

この特集では、トモマツユキによるイラストと、映画ライターの渡邉ひかるによるレビューで本作の魅力を深掘り。“泳げない”人の挑戦をつづる本作の見どころを解説していく。

イラスト / トモマツユキ文 / 渡邉ひかる(レビュー)

トモマツユキがイラストを描き下ろし

トモマツユキが描き下ろした「はい、泳げません」のイラスト。

トモマツユキが描き下ろした「はい、泳げません」のイラスト。

プロフィール

トモマツユキ

イラストレーター、デザイナー。日々の何気ないことや、旅行に関するイラストなどを手がける。映画やアニメ作品のレビューを得意とする。

渡邉ひかる レビュー

人生を進むことなど不可能だった男が人生を進むようになるまでの物語

カフェのテラス席に座った男女が、苦手なものに対する恐怖心について語り合っている。男が水に対する恐怖心を抱えている一方、女は納豆が苦手。女が楽観的に「無理やり触れれば慣れるのでは?」と言うと、男が「納豆を無理やり口に流し込まれたら嫌でしょう?」と反撃する。次の瞬間、道を行く人が女の口へ納豆をおもむろに流し込むカットに。これから摩訶不思議で楽しいコメディが始まるのだと、エキセントリックな冒頭が予感させる。

小鳥遊雄司役の長谷川博己。

小鳥遊雄司役の長谷川博己。

ノンフィクション作家・髙橋秀実の同名エッセイを大胆に脚色した本作は、水に対する恐怖心を抱え、泳ぐことなど不可能だった男が泳ぐようになるまでの物語。「舟を編む」の脚本家であり、「フレフレ少女」などを手がけてきた渡辺謙作監督が、乾いたユーモアをちりばめながら主人公の奮闘を追っていく。その導き手となるのは、町の水泳教室で生徒たちを教える女性コーチ。一念発起して水泳を始める哲学教授・小鳥遊雄司を長谷川博己、情熱的な指導を行うコーチ・薄原静香を綾瀬はるかが演じている。NHK大河ドラマ「八重の桜」での共演も印象的な2人だが、プールの水を前にジタバタする長谷川とやや鬼コーチ然とした綾瀬の組み合わせはどこか可笑しく、一緒にいる姿を見るだけで笑みがこぼれるほど。ではあるのだが、映画は第一印象を軽やかに裏切る方向へ。小鳥遊のジタバタに寄り添いながら、次第にシリアスな様相を呈していく。

薄原静香役の綾瀬はるか。

薄原静香役の綾瀬はるか。

“泳ぐことなど不可能だった男が泳ぐようになるまでの物語”は、言い換えれば“人生を進むことなど不可能だった男が人生を進むようになるまでの物語”。水を恐がる小鳥遊の過去が、事態の鍵を握っているのだと明かされる。彼はなぜそこまで水を恐れるのか? そうたらしめたものは何なのか? 多かれ少なかれ人間誰しも持っている記憶、過去、呪縛が、小鳥遊の手足を硬直させ、時にパニックを引き起こす。とは言え、ユーモアに背を向けきることはなく、哲学教授という職業病も手伝って頭でっかちになりがちな小鳥遊の一挙一動には愛らしさとおかしみが終始混在。電話で話す小鳥遊と静香の姿が分割した2画面でとらえられていたかと思いきや、静香の腕がにょきっと伸びて画面越しの小鳥遊をつかんだり、店で話していた小鳥遊と元妻の背景が突然真っ黒になったり。トリッキーな映像のアクセントも、ユーモアと相性よく結びつく。

「はい、泳げません」

「はい、泳げません」

物事を頭で考えるスタイルの小鳥遊は“泳ぐ”という感覚的な行為にそぐわず、静香先生に叱られがち。水の上に難なく浮く人は水に支えられているようにも見えるが、その境地に達せられる自覚が小鳥遊にはない。ある意味分からず屋の彼に向かって言葉を投げ、彼にとって最も分かりやすい方法で何とか腑に落とそうとしてくれる登場人物たちとのやり取りがそれぞれ印象的で面白い。静香は「人間は生きようと考えるのではなく、生きちゃってる。水泳もそれと同じ」と言って小鳥遊を諭すし、大学の生徒は「人はなぜ生きるか?」の問いに彼なりの言葉で答えて小鳥遊の心を少し溶かす。頑なでヘンに真面目な小鳥遊は離婚していることもあり、孤高の印象もあるが、周りには案外大勢の人がいる。コーチである静香のみならず、過去を共にした元妻も、相談にのってくれる友人や大学教授の先輩も、将来を考えている交際相手も、水泳教室仲間のオバちゃんたちも。彼らとの対話、粋な台詞の交わし合いが幸せな気づきを与えてくれる中、聖母のような静香先生が最後に“泳ぐことと生きること”の素敵な違いを教えてくれるのでぜひ耳を傾けてほしい。