「囚われた国家」| “エイリアンに支配されてから9年後”の物語が、現代社会に警鐘を鳴らす!瀬名秀明と樋口真嗣の証言で紐解くディストピアSFの問題作

世界がエイリアンに支配されてから9年後──。そんなディストピアを描くSFサスペンス「囚われた国家」が、4月3日に公開される。「猿の惑星/創世記(ジェネシス)」のルパート・ワイアットが監督したこの映画は、監視社会と全体主義の恐怖をリアルに描き現代社会に警鐘を鳴らす、“今観る価値のある1本”だ。

映画ナタリーでは「パラサイト・イヴ」などで知られるSF作家・瀬名秀明の感想コメントと、「シン・ゴジラ」などを手がけた映画監督・樋口真嗣のレビューを通して、本作の魅力を紐解いていく。

コメント / 瀬名秀明 レビュー / 樋口真嗣 文 / 浅見みなほ

イントロダクション

物語の舞台は、正体不明の地球外生命体が襲来し、世界各国の主要都市を制圧してから9年後の2027年。市民は首にデータチップを埋め込まれて日常を監視され、体制支持派の富裕層と、反体制派の貧困層に二分されていた。劇中では、エイリアン=統治者の傀儡と化したシカゴ警察の特捜司令官・マリガン、レジスタンスのリーダーだった兄の行方を追う20歳の青年・ガブリエル、そして反撃の機会をうかがうレジスタンスたちの運命が交錯していく。

マッチを擦り、戦争を起こせ。抵抗する限りチャンスはある──。その言葉に突き動かされたレジスタンスを、どんな運命が待ち受けるのか?

瀬名秀明 コメント

アーサー・C・クラークの小説「幼年期の終わり」をエスピオナージュもの(※1)として描くとこうなるのかという新鮮な驚きがありました。SFというより、「ブラック・サンデー」「スパイ・レジェンド」、あるいはジョン・ル・カレのスパイ小説の映画化作品のような気持ちで観ました。また、なるほど、「影の軍隊」から影響を受けたという監督のコメントもわかります。SFファンだけでなく、スパイものなど幅広くジャンル映画を愛好する人には非常に面白い映画だと思います。

一方で、スタジアムにエイリアンを招くシーンで歌手が「グローリー・ハレルヤ」を歌って、まるでスーパーボウル(※2)のように盛り上げたりするのは「幼年期の終わり」への見事な返答だと思いましたし、敵の造形はむしろあえて「プレデター」「エイリアン」などのアイコンに似せて、私たちの過去の記憶を掘り起こしているかのようであり、その点も興味深いところです。

傑作だと思います。

(※1)スパイもの

(※2)米アメリカンフットボールリーグの優勝決定戦

瀬名秀明(セナヒデアキ)
1968年生まれ。1995年、「パラサイト・イヴ」で第2回日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。同作は、映画化やゲーム化もされた。1998年に「BRAIN VALLEY」で第19回日本SF大賞を受賞。作家活動のほかに、東北大学工学研究科機械系の特任教授なども務めた。そのほか主な作品に「この青い空で君をつつもう」「魔法を召し上がれ」「小説ブラック・ジャック」などがある。2020年2月に、新潮社から最新作「ポロック生命体」が発売された。

樋口真嗣 レビュー

この災禍の前に作られた最後のディザスター映画である

アーサー・C・クラークの小説「幼年期の終わり」を彷彿とさせる全地球規模の侵略SFへの真正面からの取り組みに瞠目し、快哉を挙げざるを得ない。ドゥニ・ヴィルヌーヴの「メッセージ」(2016年)に対するネガティヴな返歌にも見える悪夢的なビジョンに立脚するリアリティのあるデストピアは、監督のルパート・ワイアットの出自であるイングランドを舞台にしたアルフォンソ・キュアロンの「トゥモロー・ワールド」(2006年)やダニー・ボイルの「28日後…」(2002年)やその続編「28週後…」(2007年)のように沈殿し停滞し陰鬱に分厚く垂れ込めた雨雲がシカゴの街を覆い尽くす。その情景になんの説明もなく異形のものが日常に闖入しているビジュアルはストイックでありながらショッキング。実に的確だ。決して潤沢ではないであろう規模感を克服するのは研ぎ澄まされたイメージしかないだろう。

昨今のランキング上位を胡坐し続けているような、誰もが知っているキャラクターやベストセラー、前世紀の名作映画のリメイクといった、担保が容易なバリューに頼ることなく映画本来が持つ映画の力を信じて取り組んでいて、その気高い理想は凛として美しい。アメリカ映画とは思えぬ野心的なチャレンジは同業者として勇気と希望を奮い立たせられる。

だが、正しいこと、真実を知っていてこそ暴力も厭わず鉄拳をかざすことができる映画の中の正義は、もはや過去のものになろうとしている。今(本原稿執筆時・2020年3月27日)なお押し寄せる現実の混乱を前に、映画が歌い上げるべき希望そのものが更新されなければならない局面を迎えているのだ。何しろ事態の打開へ導く正解は日毎に変容し、それに呼応する絵空事の中の儚い光明は何を指し示せばいいのか自分にもまだわからない状態だ。少なくとも本作はこの災禍の前に作られた最後のディザスター映画である。

不安、恐怖、混乱。現実ではまだ起きていない状況を予測し、警告するのが純粋なエンタテインメントとして成り立っていたのだ。それは「まさかなんでもそんなことは起こらない」と作る側も観る側も楽観を共有できて、莫大な予算で製作し、それに見合った利益を得ることができた、ある意味幸せな時代だったのだ。あの忌まわしい9・11が起き、3・11が起きたとしても、それを危機的状況を描く上でのリファレンスとして貪欲に取り込んで、しかもそれが娯楽として受容できていたのだから。

その意味でも奇しくも映画史的な転換点を記すことになるこの映画が、現時点では無事に公開される事を何よりも感謝したいし、これ以上事態が悪化して上映そのものができなくなることがないように祈るほかない。

樋口真嗣(ヒグチシンジ)
1965年9月22日生まれ、東京都出身。1984年「ゴジラ」に造形助手として参加し、映画界入り。「平成ガメラ」3部作などで特撮監督を担当したのち、「日本沈没」「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」2部作といった作品でメガホンを取った。2016年の「シン・ゴジラ」では、総監督の庵野秀明とともに日本アカデミー賞監督賞を受賞。2018年には総監督を務めたオリジナルアニメ「ひそねとまそたん」が放送された。2021年には、再び庵野秀明とタッグを組み、樋口が監督した最新作「シン・ウルトラマン」が公開される。