「ベイビー・ドライバー」|エドガー・ライト、カーアクション、音楽──3つのキーワードで徹底解説 赤ペン瀧川の解説動画も

赤ペン瀧川が解説! キーワード1:エドガー・ライト

外さない男、エドガー・ライト

──まずは本作の感想を教えてください。

左からエドガー・ライト、アンセル・エルゴート。

面白かったですねえ! 昔から追いかけてきた、エドガー・ライトというものすごく才能のある人間が、ついに監督としてハリウッド初進出!ということも加えてうれしかったですね。エドガー・ライトのほうが歳上なんですけど、親目線でうれしいみたいな(笑)。ハリウッドでやったれ!エドガー・ライト!っていう感じでした。

──もともとエドガー・ライト作品がお好きだったんですよね。

好きです! 全作観ていますね。最初に観た「ショーン・オブ・ザ・デッド」は僕の中でゾンビ映画の新たな金字塔と言える作品で、すごい角度からゾンビを描いたね!っていう大傑作。そこから、やべえ監督がいるな!と思って観た「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」や「ホット・ファズ/俺たちスーパーポリスメン!」ももちろん面白かった。ただ、誰もが知る名監督や、映画オタク以外にも通じるメジャー監督かというとそれは違って、知る人ぞ知るっていうイメージ。映画に詳しくない人に薦めると「誰?」って顔をされるけど、あとで絶対「薦めてくれてありがとう!」って言われるので、僕も地道に草の根的な宣伝活動を続けてきました。

──今回制作された解説動画でも、エドガー・ライト監督のことを「外さない男!」とおっしゃっていましたね。

赤ペン瀧川

外さないですねえ。とにかくまあ、撮る映画が毎回面白い、稀有な監督だと思います。だいたいどんな人でも「これはやっちまったね(笑)」っていう作品が1本はあると思うんですけど、それが見当たらない。彼の強みはなんなのかと考えてみると、実は王道を押さえるのがすごく上手なんです。「ショーン・オブ・ザ・デッド」や「ホット・ファズ」なんかで一風変わった印象を持たれがちですけど、結局ちゃんと王道を知り尽くしているからこそ、うまくズラせるんだと思います。

──エドガー・ライト監督作の中で、一番好きな作品はどれでしょうか。

最初に観たことによる思い出補正もありますけど、「ショーン・オブ・ザ・デッド」が一番衝撃的でした。ただそのあとに観た作品それぞれに「お前もかわいいし、お前も好きだよ」っていう愛着が湧いちゃって。でも、今この瞬間にどの作品が一番好きか聞かれたら、間違いなく「ベイビー・ドライバー」と答えますね。

──数あるかわいい作品たちの中で、1位になりましたか!

「ベイビー・ドライバー」メイキングカット

これまでちょっとズラしてきたエドガー・ライト作品の中で、今回のストーリー自体はかなり王道だと思うんです。意図していないかもしれないけど、エドガー・ライトがあえてハリウッドに合わせてきた感じがして。「世界中の誰でもわかるように、物語はシンプルにしましたよ。でも、演出はガッツリ俺の色出させてもらいました!」みたいなところがカッコいいなって(笑)。あとはエドガー・ライトが「みんな、こういうのきっと喜んでくれるよね」って観客を信じてくれている感じ。もう、ド頭の6分が長回しじゃないですか。観客をおもてなししてくれている気がして「はい、こんなノリならこのあとも絶対面白いです」って確信しちゃう。

──その冒頭のシーン含め、全編にわたって登場人物の動きと音楽がシンクロしていることにも、監督の並々ならぬこだわりを感じますよね。

現場には振付師がいて、俳優に「“ダダダン、ダン、ダン、ダン、ダダダン”のカウントで銃を撃ってくれ、あとで音を合わせるから」と頼んで撮影していったそうです。冒頭のシーンを始め、できるときはその場で音楽をかけながら撮影して。「ショーン・オブ・ザ・デッド」でもアクションと音楽を合わせていましたが、あれはオチとして使っているので、今回はもうちょっとさりげない印象でしたね(笑)。でもそういうこだわりも監督の独りよがりじゃない感じがする。自分の好きなことをやりつつ楽しませる、「お客さんのためにこだわっています」っていう姿勢がすごくよかったですね。

エドガー・ライトが、ハリウッドに爪痕を残した

──そのほかに、本作のポイントはどんなところでしょうか。

「ベイビー・ドライバー」メイキングカット

エドガー・ライト曰く、この映画は「20年前に見つけたある曲(ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトムズ」)が、カーチェイスにとても向いていた」っていうところから始まっているらしくて。ストーリーのアイデアではなく自分の好きな曲を発端にして、そこからいろんな脚本を揉んでぶつけてきたことが面白い。20年前からずっとこれをたくらんでたの?っていう、エドガー・ライトがどれだけ映画馬鹿かわかるエピソードですよね(笑)。彼がいかに映画を愛しているかが伝わってくるのも、僕がこの作品が好きな理由の1つです。

──ハリウッドの大物たちも、SNSで「ベイビー・ドライバー」を絶賛する投稿をしていて。ギレルモ・デル・トロ監督は、13ツイートにわたって本作を褒めちぎっているんです。「色と光とレンズとフィルムへの愛が見事に表現されている。エドガーの今までの作品とは違い(それらも大好きだが)、本作は新しいテリトリーを提示した」と(参照:ギレルモ・デル・トロ (@RealGDT) | Twitter)。

ふふふ、本当にいいおじさんですよね(笑)。でも僕もそう思います。今までのエドガー・ライト作品とは確かに違うんですよ。ハリウッドに進出するとなると、日和っちゃって「あーお金が余っちゃったんだね」とか「ドラマが薄くなっちゃったね」となる監督もいると思うんです。でも「ベイビー・ドライバー」はそうやってがっかりすることもないし、エドガー・ライトがちゃんとハリウッドに爪痕を残した感じがする。周りの監督が褒めて、語りたくなる気持ちがよくわかります。

赤ペン瀧川

──「アイアンマン」のジョン・ファヴローや、作家のスティーヴン・キングも劇場に観に行って、感想を投稿していました(参照:ジョン・ファヴロー (@Jon_Favreau) | Twitterスティーヴン・キング(@StephenKing) | Twitter)。

やっぱりみんな、自分の好きなものを撮りたいんですよ。ジョン・ファヴローがほぼ自主制作で「シェフ ~三ツ星フードトラック始めました~」を作ったように。だからハリウッドでの初監督作としてこの映画を作ったエドガー・ライトに対して、「どんだけ好き勝手やってんの!? カッコいいね、お前!」っていうノリが、周りの監督たちに起こってるんじゃないのかな。ある意味うらやましいっていう気持ちで。

イヤホン1つで変身できるヒーロー

──アンセル・エルゴート演じる主人公ベイビーは、事故の後遺症である耳鳴りをかき消すために音楽を聴き、それによって天才ドライバーとして覚醒するという役どころでした。

「ベイビー・ドライバー」より、アンセル・エルゴート演じるベイビー。

イヤホン1つで変身できるヒーローって、すごい発想だと思うんです。クモに噛まれてもいないし、宇宙の石からエネルギーを得ているわけでもない。iPodとイヤホンという身近なものから力を得るヒーローってほかに見たことないですよね。なぜそうなってしまったのかの過程も、作品の中でちゃんと描かれていますし。ただキャラクターで言うと、主人公ももちろんなんですけど、好きなのはやっぱりジョン・ハム演じるバディなんですよ。

──ベイビーと一緒に銀行や郵便局の襲撃作戦を実行する組織の人間ですね。

「ベイビー・ドライバー」より、ジョン・ハム演じるバディ(右)、エイザ・ゴンザレス演じるダーリン(左)。

そう。ケヴィン・スペイシーやジェイミー・フォックスももちろん素晴らしいんですけど、今回の悪役としてはその2人を置いてジョン・ハムなんです! 最初は優しい大人な色男だし、ずっと恋人(ダーリン)といちゃいちゃしてるんですけど、最終的に想像の上を行く怖さで。「キレたら一番怖いわよ」って言われていたのにも納得です。ジョン・ハム、仕上がってました。

──瀧川さん的に、今回のMVPはジョン・ハムですか?

アンセル・エルゴートもよかったんですけど……悪人チームの中ではジョン・ハムですね。彼はドラマ「MAD MEN マッドメン」でゴールデングローブ賞男優賞も獲っていて、ドラマの俳優さんとしての印象が強いと思うんですが、ついに映画で大活躍。満を持して、ジョン・ハムが来たぞ!っていう気持ちです(笑)。

あとは頼んだ! 若い男女にこの作品を託したい

──では最後に、この作品はどんな人たちにオススメでしょうか?

あとは頼んだ!っていう気持ちで若い男女に託したいですね。もう、おじさんたちはエドガー・ライトのことを愛しているから、何も言わなくても映画館に行くはず(笑)。カッコいいし面白いし、スリルもあるから、年齢問わず誰もがこの映画を好きになっちゃうと思うんです。

赤ペン瀧川

──これをきっかけに、エドガー・ライトを好きになってもらいたいという気持ちで?

そうですね。これの前に「ショーン・オブ・ザ・デッド」を観てって言ったら、急にハードルが上がっちゃう気がするんです。だからとりあえず「ベイビー・ドライバー」を観てもらって、エドガー・ライトが気になったら、過去作もさかのぼってほしい。だからこの天才監督を知らないような10代、20代の男女に、まず本作を観ていただけたら……と、エドガー・ライトファンのおじさんは願うわけです(笑)。

「ベイビー・ドライバー」
2017年8月19日(土)より全国ロードショー
「ベイビー・ドライバー」

ストーリー

子供の頃の交通事故で両親を亡くし、後遺症の耳鳴りに悩まされ続けている青年・ベイビー。しかし彼は音楽を聴くことで耳鳴りをかき消し、天才的な運転テクニックを覚醒させてイカれたドライバーに変貌する。銀行や現金輸送車を襲う組織で“逃し屋”として仕事をこなしていたベイビーだったが、ある日行きつけのダイナーのウェイトレス・デボラと恋に落ちる。組織に彼女の存在を嗅ぎつけられたベイビーは、危険な仕事から足を洗うことを決意。自ら決めた最後の仕事として、郵便局の襲撃に挑むが……。

スタッフ / キャスト
監督・脚本:エドガー・ライト
キャスト:アンセル・エルゴート、リリー・ジェームズ、ケヴィン・スペイシー、ジェイミー・フォックス、ジョン・ハム、エイザ・ゴンザレス、ジョン・バーンサル、CJ・ジョーンズ、フリー、スカイ・フェレイラ、ラニー・ジューンほか
赤ペン瀧川(アカペンタキガワ)
1977年12月27日生まれ、神奈川県出身。映画コメンテーターとして、テレビ、ライブ、コラムなど多方面で活躍中。スライドとトークを武器に、作品に鋭いツッコミを入れる“映画添削”で知られる。また俳優・瀧川英次として、「アウトレイジ」「スイートリトルライズ」などに出演。「ドクターX ~外科医・大門未知子~ 4」や「相棒 season13」「下町ロケット」「せいせいするほど、愛してる」といったドラマにも参加した。自身が主宰する演劇ユニット「七里ガ浜オールスターズ」では、演出も担当している。