「天狗の台所」「きのう何食べた?」“食”をテーマにマンガを描く2人が、“食”を通して語り合う、田中相×よしながふみ対談

「千年万年りんごの子」「LIMBO THE KING」の田中相が、現在、月刊アフタヌーン(講談社)で連載中の「天狗の台所」1巻が発売された。自分が“天狗の末裔”であることを知った14歳の少年・オンと、日本で俗世を離れて暮らす兄の基(もとい)、2人の日々の食事や暮らしが丁寧に描かれていく。

コミックナタリーでは同作の発売を記念し、田中とよしながふみの対談をセッティング。10代の頃からよしながの大ファンであったという田中と、「LIMBO THE KING」で田中を知り、「天狗の台所」も愛読中というよしなが、2人が“食”を通して語り合う姿を楽しんでほしい。

取材・文 / 横井周子

全部美味しそう!「天狗の台所」

よしながふみ 「天狗の台所」は出てくる食べ物がみんな美味しそうですよね。第1話のキャラメルクルミからもうすごく美味しそう。あとは水餃子。食べたときにオンちゃんがちょっとシルクロードを思い出すじゃない? わかる!って思って(笑)。なんかこう食べてると感じるよね。ローマまでつながってるって。

田中相 餃子、ネパールのモモ、ロシアのペリメニ、イタリアのラビオリ。みんな小麦粉で練った皮で肉を包むんですよね。茹でたり、蒸したり、焼いたり。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

よしなが ゆずのウィークエンドも美味しそうだったなあ。基さんのレシピにはヨーグルトが入ってるんですね。

田中 そう、ちょっとしっとりもちっとします。全体がびしょ濡れになるぐらいシロップをしみこませるんですけど、冷えると羊羹(?)とパウンドケーキの間みたいな面白い食感になります。中は冷えててちょっと固くって、美味しいです。

よしなが ひと切れ持ち上げるとずっしり重たい感じ。稲刈りのときのお重の弁当も好きです。ちゃんとしょっぱいのと、酸っぱいのと、甘いのがあって。

田中 それは「きのう何食べた?」のシロさんの教えです! あまからすっぱいバランスの取れたおかずを目指して……。あのお弁当は美味しそうに描きたくてがんばりました。

よしなが もう全部美味しそうだし、ワンコのむぎちゃんもすごいかわいくて。でも、「天狗の台所」はどこかちょっと切ない感じもするんです。このお話では最初にオンちゃんが14歳の誕生日から1年だけ日本で暮らすように言われていて、年限が切ってある。今、どこらへんまででしたっけ。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

田中 1巻が秋、2巻が冬。季節ごとに1冊ですね。今は3巻の頭、春を描き始めたところです。単行本が出る時期とマンガの中の季節を合わせたくて、1巻はすごくためて出したんです。2巻は来年の2月に出ます。

よしなが 1年だけって区切られているのもあるんだけど、作物を育てたりもしているので、やっぱりお話の中に生と死がありますよね。季節がめぐって、繰り返している感じもあって。別に悲しいことが起こってるわけじゃない、とっても幸せなんだけど、終わりの予感があるからなんとも切なくて。ほかの天狗の子たちも、14歳を過ぎたら「もうむぎの言葉がわからない」って言ってたり。これが大人になるってことなのかなって思うんです。むぎはずっといてくれるのかなあ。

田中 大人になる……オンの成長の話にしたいなと思っていたのでその通りかも……。むぎは、最初の天狗のときからいる犬という設定で誰よりも一番長生きなので、大丈夫だと思います。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

よしなが 基さんとむぎちゃんだけがずっとあの古いお家にいて、周りの人が変わっていくっていう。そのことをちょっと想像して、切なくなるんでしょうね。

田中 ありがとうございます。美味しいだけじゃなくて切ないっておっしゃっていただけて、すごくうれしいです。

魔女みたいな男の人=天狗?

よしなが 田中先生は、畑もやってらっしゃるんでしょう? 「天狗の台所」は食べ物だけじゃなくて、暮らし全体の取材がすごいですよね。

田中 でもとても小さい畑です。今はそら豆とかいちごが植わってる季節なんですが、いちごって秋に植えておくと冬の間に根が張って春に実がなるんですね。描くときにそういう時間感覚がわからないから畑を借りたんですけど、夏は大変です。すごいスピードでどんどん大きくなる。トマトとかもいっぱい採れるので、食べられない分は火をいれて瓶詰にしたり。

よしなが お料理もけっこうされるんですか?

田中 料理をしっかり始めたのはコロナ禍になってからなんです。「天狗の台所」は“ていねいな暮らし”と呼ばれるものかもしれないんですが、単に食べることと作ることが好きな人がやってるだけ。それこそ「きのう何食べた?」のシロさんが誰にも料理を押しつけてないように、カップラーメンを食べている人を否定したくないなという気持ちがあって。私もカップラーメン食べますし。「料理しないけど作っているのを見るのは好き」って人もいると思うから、そういう人にも楽しんでもらえたらうれしいです。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

よしなが 「天狗の台所」を読んでいると五十嵐大介先生の「リトル・フォレスト」とかも思い出す感じですごくリアルだから、もちろんそのまんまとは思っていないけど、てっきりそういう暮らしをされているのかと思っていました。天狗のことはどうやって調べていらっしゃるんですか?

田中 天狗のお話にしたのは、最初魔女みたいな男の人を描きたいなあと思ったんです。それで魔女の概念を日本の男の人に置き換えたら……天狗かな?と(笑)。天狗関連の本、山伏の本など何冊か読んで……四十八天狗の在所の山をGoogle Mapでピンしたり。行事ごとなどは今天狗がいたらこんな感じかしらと想像で考えます。

よしなが じゃあ、ほぼ創作っていう。

田中 はい、ほぼ創作です。追儺式は本当にあるんですが。追儺式は節分の起源と言われていまして。鬼と天狗って縁が深いので、もし自分が天狗だったら節分は嫌だろうなっていうところから思いつきました。「鬼は外」って言わない地域も本当にあって、そういうエピソードを混ぜたりして。

よしなが 作ったお話に見えないのがすごいですよね。本当にあるんじゃないかって気がしちゃう。じゃあ「千年万年りんごの子」のときも、別にりんご農家に住み込んだりしたわけじゃないんですね。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」1巻より。

「天狗の台所」10話より。

「天狗の台所」10話より。

田中 青森には2回しか行ってないです。「りんごの子」は全国のお祭りや行事の資料をたくさん読んで、合わせて作ったようなところはあります。だけど全然作り話。

よしなが すごいなあ。途中出てくる棒鱈とかもさ、津軽のほうでも食べるんだと思ったり。民俗学がお好きなんですか?

田中 民俗学は、「りんごの子」を描くにあたって意識的に読んだんですが、以前は好んで読むということはありませんでした。旅行などの中で気になるようになって、マンガにしたいと思い、本を読んだというような順番で。「大奥」の巻末の参考文献リストとかを見ると、全然まだまだだなって思います。

よしなが 「大奥」はしょうがないですよね。私は描くことになったときに泥縄でしか調べないんです。本当に必要になって初めてわーってやるので、もともと蓄積があってなんとかみたいのはなくて。普段はマンガばっかり読んでます(笑)。