「天狗の台所」「きのう何食べた?」“食”をテーマにマンガを描く2人が、“食”を通して語り合う、田中相×よしながふみ対談 (2/3)

マンガの中の「不完全な人間」のお話に救われた

田中 私はよしなが先生のマンガを最初は雑誌で読んだんです。当時MAGAZINE BE×BOY(現リブレ)は毎回いろんな特集をやっていて、そこで出会ったんじゃないかな。「本当に、やさしい。」(MAGAZINE BE×BOY1996年4月号掲載)は、いわゆるハッピーエンドとは違うお話に「大人っぽい!」ってびっくりしました。同時期に花音(芳文社)で連載されていた「ソルフェージュ」とかも大好きで。その頃私はまだ10代だったんですが、よしなが先生のマンガは全部面白くて、毎回こんなBLがあるんだって驚きながら読んでましたね。

よしなが そんな昔から読んでくださって、本当にありがとうございます。もう当時聞いたらすごい励まされる感じの……。

田中 ファンレターを出すべきでした。

「本当に、やさしい。」©よしながふみ/リブレ

「本当に、やさしい。」©よしながふみ/リブレ

よしなが 「本当に、やさしい。」のときは私も担当編集さんもまだ若くて、ちょっと尖ってたんです。BL勃興期だったからまだ何を描いてもよかったし、それでもある程度は売れた。ある程度以上は売れないんですが(笑)。BLでハッピーエンドが好まれる流れはもうすでにあったけど、まだぎりぎり悲劇性の高いマンガも載ってたから。当時は読者の方々も飢えてたから、なんでも出ればとりあえず買って読んでもらえるみたいな時代でした。だからこそ描けた作品ですよね。

田中 その後一般誌で描かれるようになってからもやっぱり大好きで。最初に読んだ「本当に、やさしい。」の頃から「大奥」「きのう何食べた?」まで、今もずっと変わらず、なんて言ったらいいのか……、「不完全な人間」を描いてくださっているように感じるんです。よく思い出すのが「フラワー・オブ・ライフ」のクリスマスパーティの話。クリスマス会にみんなそれぞれ自分の担当箇所がうまくいかないまま行くんだけど、誰も気にしてなくて楽しいパーティになる。読みながら「そっか。自分が気にしてるほど他者は自分のことを気にしてないし、大丈夫なんだな」って思って。あの頃は自分もまだ子供で今より自意識過剰だったので、そのお話をすごく救いに感じたんです。だからよしなが先生のマンガの食べ物って言うと、私はまずあの話に出てくるパブロバなんです。食べたこと、まだないんだけど(笑)。

「フラワー・オブ・ライフ」1巻

「フラワー・オブ・ライフ」1巻

よしなが パブロバってニュージーランドのケーキなんですけど、ケーキ屋さんでもあんまり売ってないんですよね。しかもね、あのマンガのパブロバが正しいレシピかどうかもわかんない。雑誌にふんわり載ってた写真を見て、うちの母がこんな感じかなって作ったものなんです。今だったら調べればもっとちゃんとしたレシピがあるはず。

田中 お母様、おしゃれ。この人生でいつかパブロバに出会いたいなと思っていたんですけど、もう作るしかないかもしれないですね。でもマンガのレシピで作ってみたいです。私のパブロバはあれだから。

「アラベスク」のケーキに「エースをねらえ!」のラーメン。忘れられないマンガの食べ物

よしなが 田中先生はすごくマンガを読んでらっしゃいますよね。私は最初に読んだ田中先生のマンガが「LIMBO THE KING」だったんです。そこにちょっと往年のウィングス(新書館)の流れを感じて。

「LIMBO THE KING」1巻

「LIMBO THE KING」1巻

田中 わー、すごい。うれしい。はい、私、よしなが先生と似たような読書歴でございまして。母と叔母がマンガ好きで、水野英子先生や山本鈴美香先生などの少女マンガをたくさん読んで育ったんです。その後、白泉社の花とゆめ、新書館のウィングスを読み漁って。よしなが先生がインタビュー本「仕事でも、仕事じゃなくても」で挙げていらっしゃるマンガが全部わかる。私も山岸凉子先生の「アラベスク」で、トロ~って黒いジャムみたいなものがかかってるケーキが忘れられなくて。マンガの中の食べ物だけをすごく覚えてるタイプですね。本当に食べたものはあんまり覚えてないんですけど(笑)。

よしなが マンガの中の食べ物、不思議ですよね。「アラベスク」ってバレエマンガで全然食べ物のお話じゃないんだけど、私もノンナがリング型のケーキを切るシーンが忘れられない。一緒にいた三つ編みの子が「ケーキをそんなに厚く切っちゃだめだよ」って言うからノンナが「それじゃお皿に立たないじゃない」って聞くと、

よしなが田中 「横に寝せればよろしいの」。

田中 (笑)。ただ私の場合はお話の前後を全然覚えてなくて食べ物だけ覚えてるんです。山本鈴美香先生の「エースをねらえ!」にもラーメンが出てくるんですよ。

よしなが それね、最終巻だと思う。ひろみがラーメンを食べようとするとコショウの穴のあるふたがとれちゃって、ラーメンにどばってコショウがかかっちゃう(笑)。藤堂さんはスパダリなので自分のと取り替えてくれるんですよ。もやしラーメンです。ひろみが国際クラスの大事な試合に勝って、幸せ時間の2人だったの。

田中 なるほど、イチャイチャしてたんですね。やっぱり忘れてた。ラーメンのところだけ何回もひっぱりだして読んでたから……。やばくないですか(笑)。

よしなが 私も同じぐらいのやばさなので。私がラーメンで思い出すマンガは松本零士先生の「銀河鉄道999」。庶民は合成ラーメンしか食べられないんだけど、メーテルが全部本物の材料で作ったラーメンをごちそうしてくれる。「これが人類の友・ラーメンか」って鉄郎が涙を流しながら食べるんです。昔のマンガって主人公に絶対好物があったんだけど、最近はあまりないんですよ。大好物が出てくると主人公の目の色が変わるって設定、本当に減っていて寂しい。

田中 確かにあんまり見ないですね。やっぱり時代性とちょっとリンクしてるのかな。私はマンガに食べ物が出てくるといつも食べてみたくて。でも子供の頃はそれはなかなか難しかったので、想像だけを膨らませていました。

美味しいものはどう描く?

よしなが 今のお話を伺っていると、「僕は無類の食いしん坊なんだ」っていう基さんの食への執着は田中先生のものなんですか?

田中 いや、それが違うんですよ。私は現実にある食べ物より、マンガの中の食べ物が好きなんです。つまり、現実の味は現実を超えないじゃないですか。なんかそういうふうになっちゃったんですよね。子供のとき、味を想像しすぎたからかなあ。よしなが先生の「愛がなくても喰ってゆけます。」を読んだとき、その食いしん坊さに圧倒されて。美味しいものを食べたいという強い意志がある人って、生命力が強くてカッコいいと思う! それで基は食いしん坊にしたんです。どっちかっていうとオンが私かな。美味しいもの好きだけど、何食べてもそれなりに美味しい、わーいみたいな……。

よしなが ああ、面白いですね。やっぱりマンガがお好きな方だから、マンガのごはんから直なんだなあ。

田中 「ごはんが描きたい」というより「マンガのごはんが描きたい」と思っちゃったんですよね。それもあってか描き込みすぎないようには気を付けていて。描きすぎるとちょっと美味しそうじゃなくなるというか、塩梅が難しくて……。

よしなが グロテスクになっちゃうときがあるんですよね。

田中 谷口ジロー先生の展覧会で原画を見たら、谷口先生は食べ物をものすごく描き込まれているんです。写実への挑戦のようにも感じました。トーンが何重にも貼ってあって、本当に美味しそうなんですが、私には技術がないし無理だと思って。普段のマンガではよく点々ってタッチをいれるんですけど、今回はそういうのもあまりやらないようにして。

よしなが じゃあ全部おひとりで描かれてるんですか?

田中 はい、トーンも含めて全部自分で作業しています。今はオールデジタル作画なので、以前より楽になったかもしれません。よしなが先生は何で描かれてるんですか?

よしなが 私はペンで、アシさんの仕上げがデジタルです。でも「大奥」の終わりまではオールアナログで、原稿がありました。

「大奥」19巻

「大奥」19巻

田中 「きのう何食べた?」は途中でデジタルに変わったんですね。全然気付きませんでした。

よしなが でもまだ調整中です。デジタルって楽しいからやろうと思えば拡大していくらでも描けちゃうんだけど、どんどんグレーな感じの色味になっていく。アシさんたちには、ちょっと線太くてもいいから抜いてくださいってお願いしてます。やっぱり描線を抜いて、ふわっと描いてあるほうが美味しそうに見える気がする。

田中 すごくわかります。写実じゃなくても美味しそうに見えるものってありますよね。それこそノンナの食べてたケーキみたいな。ほとんど描き込まれてなかったと思う。でもとっても美味しそうなんです。