世界はよくなってるのかもしれない
──コミティアやマンガ愛を通じた感覚の共有が、今回のスカート「トワイライト」でのコラボレーションに着地してるのも素晴らしいと思います。単に「マンガ好きのミュージシャンがマンガ家さんにジャケットをお願いした」というだけのケースとは明らかに違う。
澤部 あと、きっかけのひとつに、去年末に神保町で鶴谷さんとばったり会ったこともあるんですよ。
鶴谷 本当にばったりでしたね。私はトークイベントを聞きに行く途中で。
澤部 僕は閉店間際のジャニス(御茶ノ水のレンタルCDショップ)に行く途中でした。意外と僕はそういう出会いが自分の中に残るんですよね。シングルの「静かな夜がいい」(2016年)のレコーディングの前にも、たまたまトリプルファイヤーの鳥居(正道)くんに会って「ギターで参加してほしい」とオファーしたことがあったんです。もしかしたら今回も鶴谷さんとの引き合わせがあったのかもしれない。
──マンガの神様のお導きを感じますね(笑)。
澤部 今鶴谷さんに依頼することで、「話題の人にお願いしました」感が出るのがちょっと怖かったんですよ。でも2人の間の積み重ねがあるし、スカートだったら大丈夫かなと!(笑) 鶴谷さんの「メタモルフォーゼの縁側」が「このマンガがすごい!2019」(オンナ編)と「このマンガを読め!」の両方で1位を獲ったり、岩本ナオさんも「このマンガがすごい!」で2年連続で女性マンガ部門の1位に選ばれたり。僕の好きなマンガ家さんが評価されている最近の流れを見ると、「世界はよくなってるのかもしれない」って思いますよ。僕にとっての希望です(笑)。
鶴谷 なんと!(笑)
2人の好きなマンガに共通するのは“生っぽさ”
──対談の後半は、コミックナタリーという舞台なので、お互いのマンガ読者としての履歴をちょっと話してもらえたらなと思ってます。
鶴谷 私はマンガを読むのがずっと大好きで、なんでもかんでも読みます。マンガを描くきっかけになったのは、くらもちふさこさんでした。少女マンガはちっちゃい頃からすごく好きだったんですけど、くらもちさんのマンガを読んだときに「少女マンガの中にこんなに生活感があるものがあるんだ」って感じたんです。主人公が全然ダメダメでめげる気持ちが描かれていたり。それこそスカートの「ストーリー」を聴いたときがそうだったように、生々しいレベルでの衝撃があったんです。「これだったら自分もマンガを描いてみたい」と思ったのが、私にとってのきっかけだったのかもしれないです。
──一方、澤部くんはマンガの入り口がちょっと変わってますよね。いわゆる週刊の少年マンガ雑誌じゃなかったという。
澤部 そうなんです。母親が読んでいた吉田戦車「伝染るんです。」とか、藤子・F・不二雄SF短編集とかを子供の頃に読んだのが自分にとってはけっこう大きいですね。その後はマンガは普通に好きくらいの感じだったんですけど、高校1年のときに木村紺「神戸在住」に出会いまして。そこからいろんなものが変わっていきました。柳沼行「ふたつのスピカ」とか、小原愼司「菫画報」とかを急に読みだして、「マンガってこんなに楽しいんだ」ってなって、自分の好みがだんだんできあがっていきました。
──そのへんの作品って、鶴谷さんのくらもちふさことの出会いとも通じる感覚があるような気もします。生っぽさというか、マンガの世界の中に生活が描かれているようなところがある。
鶴谷 そうですよね。特に、今澤部さんが挙げてくださったのは、つらい気持ちとかをちゃんと描いている作品だなって感じました。
澤部 あーーーーーー、なるほど! 確かにそうだなあ。そう言われたらそうですね(呆然とした表情で)。
鶴谷 意識してなかったですか?
澤部 してませんでした。
鶴谷 どの作品も、そういうつらさを描いているんだけど、それをすごくフォーカスして描いてるわけではなくて、生活の描写の背後にそういうものがあるというか。
──で、澤部くんは「もっとそういうマンガあるんじゃないか」と考えて、コミティアを徘徊するようになるという。そこは、商業誌ではない表現に、よりそういう要素がダイレクトに描かれたものがあるという本能的な感覚があったのかもしれませんね。
スカートの曲の隣にある世界の話を描いてみたい
澤部 鶴谷さんがこれまで描かれてきた短編を1冊にまとめてほしいという願いもあります。「ル・ネ」も「吹奏楽部の白井くん」もまだ単行本になってないので。「白井くん」は連載してもらいたい!
鶴谷 そう言っていただけるのはすごくうれしいです。
──スカートでいうと「消失点」みたいな立ち位置の1冊にするとか、どうでしょう? あれは初期の未発表音源やデモを中心にまとめたLPでした。
鶴谷 いいですね。機会があったらぜひやりたいです。そしたら、この「トワイライト」のもとになった3ページのネームもちゃんと原稿にして収録して。
澤部 いいっすね!
──そしたら、今度はスカートがその作品集のために曲を書くとか。
鶴谷 え! 本当ですか? そんなことがあったら最高です!
澤部 やっぱりマンガを読んで突き動かされて「曲を書かなきゃ」って思うときはたくさんあって。そういう瞬間のためにマンガを読んでるという気持ちすらあるくらいなんです。鶴谷さんのマンガを読んでると、そういう気持ちになる瞬間が本当にいっぱいあるんですよ。
鶴谷 ありがたすぎます。
澤部 もしスカートの音楽にマンガ好きの皆さんとの親和性があるとしたら、スカートの曲はある特定の一瞬を切り取るような描写をすることが多いと自分では思っていて、そういうところがマンガ的なんじゃないかなと思うときがあります。ぜひコミックナタリーをご覧になってるマンガ好きな方は、スカートをそんなふうに聴いていただけたらと思います。
鶴谷 ある明確な気持ちの説明じゃなく、澤部さんが「なんでかわかんないけどこのマンガが好き」って思うような魅力が、スカートの音楽にもすごくあると思います。そういう感じが受け取りたいと思う人には、ぜひみんな聴いてほしいと思いますね。私自身そういうものを求めて聴いてるので。あと、スカートは歌詞が素晴らしいんですけど、読んでるだけではわからないものも曲として聴くとすごく情景が立ち上がってくるんですよ。
澤部 うれしい! 超うれしい!
──そういう意味では、音楽の構造がマンガ的なんでしょうね。
鶴谷 そうなんですよ。打ち合わせのときも澤部さんが「スカートの曲は1曲1曲が短編みたいな感じで作ってる」とおっしゃってたのが印象に残っているんです。だから、さっきお話した、今回ジャケットを描くときに、スカートの音楽をマンガのサウンドトラックだとは思わなかったという理由も、そこなんですよ。1冊の短編集みたいにして聴いてるから、私はその隣にある世界の話としてマンガを描いてみる感じなんです。マンガの後ろに曲が流れてるというよりは、短編の隣にある短編を描きたくなるんです。
──素晴らしいですね。スカートを表現する言葉の中でも頂点のひとつだと思います。
澤部 「マンガのような音楽を作りたい」と思ってた身分の僕からしたら、めちゃくちゃうれしいですよ。ありがとうございます!
2019年7月4日更新