島本和彦よ……もっと俺だけを見ろ!! 藤田和日郎、魂の叫び! 「シルバーマウンテン」「ヴァンパイドル滾」同時発売記念対談

今年5月に週刊少年サンデー(小学館)で同時開幕となった、藤田和日郎と島本和彦の新連載。2人の新作「シルバーマウンテン」「ヴァンパイドル滾」の1巻同時発売を記念し、コミックナタリーでは対談を企画した。北海道在住の島本とはオンラインにてビデオ通話をつなぐ形で対談は始まったのだが……。藤田がパソコンの液晶を突き破りそうな勢いで行われたトークの模様をお届けする。

文 / 熊瀬哲子撮影 / 宇佐美亮

一旦、これまでの藤田和日郎VS島本和彦を振り返ろう

これまでにもマンガやトークで数々の“バトル”を繰り広げてきた、自他ともに認めるライバル関係にある2人。2019年に行われたトークショーでは、島本が「いつかは週刊連載に戻って、藤田と戦いたいと思っている」と宣言していた。

2023年、コミックナタリーが15周年を迎えた際の対談記事では「島本さんはドラマみたいな人」「藤田さんが同時代にいてくれてよかった」とお互いについて語り合った。

そして今年3月には「島本和彦 炎の原画展 Ver.3 トキワ荘編 開催記念 島本和彦×藤田和日郎 炎のトークショー」と題したイベントを開催。やや島本が藤田のペースに飲み込まれる形になりながらも、予定時間を大幅に超えるトークショーを展開した。

そんなトークショーの場では、来場者に向けて、2人の新連載が週刊少年サンデーで同時開幕することがひと足先に発表されていた。2019年のトークショーでの「いつか週刊で戦いたい」という宣言が、6年越しに実現する形となったのだ。また同時連載の企画は、島本の提案で始まったものであることも明かされている。

その後、新連載が始まって以降も、藤田と島本はX上でお互いの作品についてたびたび語り合う“バトル”を繰り広げている。

藤田和日郎×島本和彦 対談

俺は「シルバーマウンテン」を描きながら、島本和彦しか見てないのよ!

──今回の対談企画として、X上でもバトルを続けているおふたりに、たまには休戦としてお互いを褒め合っていただこうなんて思っているのですが……近況からお話しされますか。

藤田和日郎 最近はどうなんですか。

ビデオ通話で対談を行う、藤田和日郎と島本和彦。

ビデオ通話で対談を行う、藤田和日郎と島本和彦。

島本和彦 今サンデーに載ってるところは一番悩んでいた時期に描いたものだったんだけど(取材は9月上旬に行われた)、やっとペースを掴んできたかな。

藤田 へええ。でもみんな、島本さんが負けたがっているのを知ってるじゃないですか。

島本 負けたがってないよ、全然!(笑) 今、私についてくれている編集者は若い男性と女性の2人なんだけど、「島本さんは叩けば叩くほど面白いことをする」って勘違いしてる。

藤田 「勘違いしてる」っていうのは島本さんの主観でしょ? 島本さんって面白いから、たいてい盛ってしゃべるじゃないですか。でも編集と戦わないでどうするのよって話だけど。

島本 私は基本的に編集とは戦わないよ。戦う必要ないじゃん、だって。

藤田 戦わないと! 編集に納得してもらわないと、自分の描きたいものを描けないじゃない?

島本 私は「人は私のことをわかってくれない」っていうのが前提にあるのよ。

藤田 何、その被害者意識! 戦わなきゃ! いやあ不思議だなあ、島本和彦というマンガ家は。わからないなあ、本当に。少年マンガの権化であるはずなのに。

──3月のトークショーでも藤田さんの「(編集者に)自分の描きたいものを主張して戦った?」という問いに、島本さんが「そんなにどうしても描きたいことってあるの?」と返して、藤田さんの足元がおぼつかなくなっていました。

藤田 おぼつかなくもなりますよ、島本和彦としゃべっていたら。俺は普通のマンガ家としゃべっているつもりだったんだけど、彼はオバケかもしれない。だって「ヴァンパイドル滾」を見てもそう思いますもん。俺の知っているマンガの作り方じゃないんで。

島本 本当にね、「ヴァンパイドル滾」を描いていて思いました。こういうのがマンガの作り方だと思っていたんだけど、Xでも藤田和日郎に「普通はこうやるだろう」って言われるし、ずっと説教を食らってマンガ描いているんですよ。

藤田 おお、なるほど! また被害者意識が強いな。

藤田和日郎

藤田和日郎

島本 「あ、そうなんだ! このやり方って俺だけだったのか!」って。私が普通のマンガを描いていないらしいっていうことが衝撃でした。今まで気がつかなかった。ファンまでが藤田さんに扇動されてそう言い始めたし。

藤田 それを自分で言っているときにちょっとうれしそうなんですよね。島本さんは昔から個性的なものを描きたい人じゃないですか。人が描かないものを描く。俺は人が描くものを描いても、面白ければそれでいいんですけど、島本さんは常に新しいものを目指してきたから、それはそれでうれしいんじゃないですか?

島本 そうねえ。うれしいっていうか……人がやっていることをやって面白くなるんだったら私も真似をしますけども、真似してうまくいかなかったときが最悪だからね。

藤田 ここまで長いことマンガを描いてきたら、島本さんに怖いことなんてないんじゃないですか? 「最悪」って言ったけど、島本さんにとっての最悪ってなんですか? 人気が出ないこと?

島本 連載が始まったばっかりなのに、編集長がやって来て、打ち切りになるのが怖い。

藤田 それは怖い。挑発的なことを言うと、「早く打ち切られないかな」とは思ってますけど。

──(笑)。

藤田 そうなるとしたら担当編集とのコミュニケーション不足じゃないですか? 「これからこういうふうに面白くなっていくのに、それを描かせてもらえないのは困る」って言わないといけないじゃない。

島本 今の編集さんは一生懸命やってくれてますよ。だいたい男女2人のうち、男性の編集者が私をこき下ろして、女性の編集者が褒めてくれて持ち直すっていうコンビネーションでやってる。今度東京に行ったときに腹を割って話そうっていうことは言ってます。会って、「島本和彦が元気が出る打ち合わせはどういう打ち合わせか」をみんなで話し合おうって。

──(笑)。

藤田 元気出ないんですか? 打ち合わせをやってて。

島本 一番大切なのは、調子が悪いときに勇気づけてくれることじゃない? 「ここからどうしていいかわからない」ってときがポイントだなって。「あ、これだったらできるかも」って気持ちにしてほしいわけ。そこでいい話し合いをしたいなって思うわけよ。

島本和彦

島本和彦

藤田 いい話し合いっていうのは、褒めてくれる話し合いですか?

島本 そうです。褒めてくれるっていうか、「島本さんは才能があるから大丈夫ですよ! 絶対に面白いもの描けますよ!」って神輿を担ぐ感じ? 神輿を担いでくれたら、「あ、俺神輿に乗ってる!」って思って持ち直すじゃん。

藤田 「持ち直すじゃん!」って、神輿担がれてるのわかっててうれしいですか、それ?

島本 うれしいんだよ! うれしいに決まってんじゃん!

藤田 本心じゃなくても?

島本 それは本心で言わなきゃダメだよ!! ウソをちらつかせたら、すぐわかるよそんなの!

担当編集 (笑)。

藤田 だから難しいんだよ、それが!(笑) あのね、こっちの本音を言うならば、俺は「シルバーマウンテン」を描きながら、島本和彦しか見てないのよ! 「ヴァンパイドル滾」しか見てないのよ! ただ、島本和彦のほうが、俺という船と競争しているつもりが、横から流れてきたいかだにぶつかって、勝手に沈没しそうになってる!

島本 ……(何か言いたげな顔をする)。

藤田 ちょっと話させて! ちょっと話させて! 今、俺のターンだろ!!(パソコンを掴む)

──液晶を突き破りそうな勢いですが(笑)。

藤田 「シルバーマウンテン」を見ろよって感じ! 何を担当編集者がって、打ち切りが怖いって、勝手に沈没しそうになってんのよ! 俺の「シルバーマウンテン」を見てくれよ! 俺はね、「シルバーマウンテン」を島本和彦のために描いて……。

島本 あの……(顔をしかめて何か言いたげな様子)。

藤田 聞けって!! 俺は島本和彦のために「シルバーマウンテン」を描いてるのに、担当編集者とか関係ねえだろ? 編集長も関係ねえだろ!? 俺のほうを見てもらいたいのに、何ほかのところで自爆しかかってんの?

島本 ……ありがとう。あの、「シルバーマウンテン」と戦い続けるためには、サンデーに載ってないといけないのよ。その立場が脅かされたら、それはまず残らないといけないじゃない。

藤田 あのさ、この比喩表現が届くかわからないけど、「あしたのジョー」で力石徹が矢吹丈と戦うってときに、ジョーがマックでアルバイトやってたら、力石どう思うよ? ボクシングだけやってる人間が、生活することにカツカツみたいなやつと、そいつのバイトの合間に戦うって。自分ナメられてると思うだろ?

島本 ……わかった。それは反省しよう。

藤田 俺は「シルバーマウンテン」は島本和彦専用で一生懸命描いてるからね。「負けるもんか!!」って。それを横から、たかが編集者になんか言われたからってさ。自爆しそうになって。「シルバーマウンテン」をナメてたらだめだよ。俺を見てくれないんじゃダメじゃん。

藤田和日郎

藤田和日郎

島本 わかりました。それは……反省します。

藤田 何を反省するの?(笑)

島本 「シルバーマウンテン」を叩き潰すために、がんばります。

藤田 そうです、その通りです。それでやってくれないと困りますよ。手加減してないんだからね。

藤田と島本、それぞれのマンガの描き方

島本 最初はさ、サンデーに「シルバーマウンテン」と「ヴァンパイドル滾」が並列して載ってたんだよ。そこから何週かして、いきなり「ヴァンパイドル滾」だけ後ろのほうに下がった。あのときの私の「ヤバい」っていう気持ちはわからないだろ?

藤田 わからない。だって島本さんは“ちゃんとしたマンガを描くフォーマット”っていうものをわかっているはずだから、そこからわざと外している「ヴァンパイドル滾」の順位が落ちていくのも、わかっていると思ってたもの。島本さんは「ヴァンパイドル滾」で、少年マンガのフォーマットとは全然違う話をやってるわけでしょ? 俺はそれも島本さんの計算通りだと思ってたんだけど、計算が違ったところがある?

島本 そのフォーマットという認識が、藤田流と私とではちょっと違うかもしれないんだけど、計算と違うことはしてはいない……計算というか、そもそもあんまり私は計算してマンガを描かないから。もっと自分が……乗れる? もっともっと乗れる方向があるかないかで模索して、舵を切って正解を導き出してる感じかな。それが微妙にサンデー読者とマッチしていないかも……と感じるところはある。

島本和彦

島本和彦

藤田 なるほど。でもその原因っていうのもわからなくもないでしょう? 何と戦うのか。“敵”が明確でないと、少年マンガとしてちょっと読みづらいと思う読者がいるかもしれない。これはいじわるで言ってるんじゃなくて、俺は少年誌だから、敵は必要なんじゃないかと思っている立場なの。俺は敵をやっつければいいと思ってマンガを描いているから。「ヴァンパイドル滾」には敵が見当たらないから、何か別の目的があるのかなって思ってるんだけど。そこで島本さんがこれからどういうのを見せてくれるんだろうっていうのを楽しみにしてるのよ。

島本 ……めちゃくちゃ冷や汗かくね。横からいつナタリーさんが「藤田さん、そこまで!!」ってレフェリーとして割って入って来るんだろうって思ってたけど、来ねえな全然(笑)。だって(事前に渡した企画書に)「お互いを褒めてください」って書いてるのに……。

──(笑)。えっと、すみません。おふたりのお話に聞き入ってました。3月のトークショーの際も、まだ迷いのある島本さんに対して藤田さんの勢いが勝っていたように思うのですが、神輿を担がれたいとのことなので、一旦島本さんを褒めてあげてはいただけないでしょうか。

藤田 島本さんはXで俺の絵についてよく褒めてくれてますよね。そこまでよく考えられるなと思うくらい詳しく描いてくれていて。俺自身は、島本さんの「ヴァンパイドル滾」は、島本さんのコントロール下にあると思っているので、まだ様子見なのよ。どういう展開になっていくんだろうと思っているから、あまりあれこれと感想を書けない。見たことないマンガなんですよ、「ヴァンパイドル滾」って。

島本 うん。

島本和彦「ヴァンパイドル滾」カラーカット

島本和彦「ヴァンパイドル滾」カラーカット

藤田 我慢することでピンチを切り抜けるということを、物語の中でやっていて。だから俺は「ガラスの仮面」に近いと思ってるの。「ガラスの仮面」って、演劇の中で嫌がらせとか邪魔が入って、マヤが持ち前の機転で乗り切っていく話でしょ。そういうふうに敵を倒さないでも、何か苦境を乗り越えていくマンガなんだということで、「ヴァンパイドル滾」もそこが面白い部分だと思っているんだけど。

島本 敵が現れて戦って勝つという流れは、言ってしまえばマンガを描かない人でもわかる。だからそれを今更やってもしょうがないなとは思っていて。何かしら現実にリンクするというか、読者が現実に置き換えたときに、「確かにこれは乗り越えられないよね」っていうような、問題提起をしたいと思ってるんだよね。だけど今はそれよりも単純に、読者が何も考えずに見て楽しめるようなフォーマットにしないといけないなと。それをやりながらも、ちゃんと言いたいことを描けるやり方はなんだろうと考えているんだよね。

藤田 マンガファンとしては、新しいマンガを読みたいっていう気持ちはあります。そこで俺は「ヴァンパイドル滾」は新しい少年マンガだと思ってるのよ。新しい壁を、新しいやり方で乗り越えていく主人公の話。それは全部島本和彦の手の内なんじゃないの? だからちょっと掲載順が後ろのほうに回されたって、「やりたいことをやっている!」という力強さがあってほしいのよ。新しいことやってるんだから、人がちょっと戸惑うのは当たり前じゃない。

島本 新しいことというか、自分自身がイチ読者として「今まで見たもの」と違うものを読みたいし、「わかりやすいマンガのパターン」を踏襲してもいいんだけど、やっぱり描くからには「独特の見たことのない感動」ってものに挑戦していかないと面白くないし。1つひとつに……例えば掲載順などに繊細に反応するのも悪くないというか、「何も気にしないで進める」っていうやり方で、読者や雑誌の方向性と悪い意味で乖離してしまうことも過去にあったからね。やっぱりサンデーでは、サンデー読者に向かって描く楽しさというか、難しさも含めてやってて楽しいし。風向きを考えながら、舵取りをスリリングにこなす醍醐味もある。私は藤田さんのマンガもそうなんだけれど、ちょっとしたところで書いてくる文章が、すごく心に響くものを書くなあって思ってて、こんな文章を書ける奴が本気になったらヤバいなって……それはいつも思ってる。

藤田 いつでも本気だぜ? 俺は。島本和彦さんって先輩なんだよ。高校時代に読んでいたマンガ家さんなんだよ。そこに手加減してられないから、全力でいってるんだよ。島本さんって、一般的なマンガのフォーマットを研究し尽くしているんだとみんな思っているけど、実は誰よりも新しいマンガの方法論を探っている。一方で俺は全然違う。俺はすでにある“テンプレート”と言われるものがすごい好きで、その中で自分が納得できるような泣かせ方とか、熱くさせ方をやるのになんの抵抗もないの。「藤田和日郎のマンガって、どっかで見たような話だな」って思われても全然うれしいの、ただ面白ければ。だからそのマンガ家としての立場ってお互い全然違うよね。島本さんのほうが安心感のある絵柄だし、面白いキャラクターを作るから、みんないつもの少年マンガだろうなって飛びつくんだけど、島本さんは新しいことをやりたい人。俺は未だに浪花節とか、お涙ちょうだいとか、そういうのが好きだから。

藤田和日郎

藤田和日郎

島本 藤田さんが使っているフォーマットって、基本的になんのフォーマットなの?

藤田 本宮ひろ志先生のようなカタチですかねえ。

島本 本宮ひろ志先生なの!? 本宮ひろ志先生の、なんなの?

藤田 「硬派銀次郎」かな。

島本 なるほど! 「硬派銀次郎」か、なるほどねえ。本宮ひろ志先生だと俺は「男一匹ガキ大将」なの。「男一匹ガキ大将」って、そのときの感情や自分の状況に全力で向かいながら好き勝手描いてるじゃない。あの描き方がすごく好きなの。

藤田 だから島本さんは自由に描きたいんだね。俺はとにかくかわいそうな被害者が出てきて、それを救いにヒーローがやって来る。そういう話ですから。基本から外れるのって好きじゃないんだわ。なぜならわかりづらいから。わかりづらいというのを俺は一番恐れている。島本さんは新しいのを目指してるんだから、多少わかりづらくても仕方ないじゃないですか。

島本 なるほどねえ。それはそうだよねえ。「男一匹ガキ大将」はわかりやすいんだけどね……!