島本和彦は、逆境!
──私個人的には「ヴァンパイドル滾」を読んで、滾がオーディションに落ちて堪えている姿にすごく惹かれるものがあるなと思って。アイドルを好きでいて、ああいった瞬間に心を奪われることってよくあると思うんですよね。ヴァンパイアに対して特に興味がないという話はトークショーでしていましたが、アイドルに関してはけっこう取材をされているんですか?
島本 私は(timeleszの菊池風磨、佐藤勝利、松島聡の“仲間探し”に密着した)「timelesz project」とか、(ガールズグループのHANAを輩出した)「No No Girls」とかのオーディション番組を観て、感銘を受けたんです。だから読んだ人が「自分もがんばってみよう」と思える気持ちになる作品が描けたらいいなというのがあって。オーディション番組でも、最初からみんな優秀なわけではないんだけれど、がんばって見えない壁を乗り越えようとしている。それを見て、若い人が挑戦する姿のようなものを描こうと思ったんです。担当編集とも、何を基本として目指すかという部分では「戦って勝つ」というよりも、ネットの中にある嫌なものとか納得できないものに、どうやったら精神的に勝ちうるかっていうところをポイントにしようと話しているので、実際に「敵が現れて勝つ」というよりは、そういうところに軸を据えているんですよね。
──オーディション番組や実際のアイドルを参考にされているのではないかというのは感じ取っていたので、そういったお話が聞けてうれしいです。
島本 世界観があまり説明しきれてない状況の中で主人公が動いていたので把握しづらい部分もあったかと思うんですけど、第21・22話あたりからは読みやすくなるんじゃないかと思っています。
──すごく楽しみです。今日もいろいろ話していただきましたが、結局今回の同時連載って、島本さんのほうから「やりたい」と言って始まった企画じゃないですか。それに対して、藤田さんからすると「俺だけを見て描け」という話になりましたが。
島本 いや、見て描いてるよ、ずっと(笑)。
藤田 「ポーの一族」に「僕を見て」っていうセリフがあるんですよね(笑)。
島本 そうそう。この間、その話になってから読んだんだけど「ヴァンパイドル滾」と主人公がけっこう似ていて、これパクったと思われるんじゃないかとちょっとびっくりした(笑)。やっぱり今思いつくことって、あの時代に全部やってるんだなって衝撃を受けましたね。
藤田 新しい「ポーの一族」っていう触れ込みで出しましょうよ(笑)。
──令和の「ポーの一族」として(笑)。マンガのセリフが挙がったので、それで言うと、島本さんから声をかけたことがきっかけで始まった今回の同時連載なので、言ってしまえば「お前が始めた物語だろ」(「進撃の巨人」のセリフ)って状態だと思うんですよね。だけど今日もでしたが、3月のトークショーのときも、島本さんが藤田さんにちょっと勢いで押されているところはあるなと思ってまして。
藤田 島本さんは追い詰められるのが好きなんですよね。追い詰められているところからどう巻き返していくのかが、ヒーローじゃないですか(笑)。
──それこそ“逆境”なのかもしれないですね。
藤田 そうです、逆境です。島本和彦は“逆境”とか“ヒーロー像”というところでは、ぴったりと我々に寄り添ってくれるんです。寄り添ってくれたうえで「ヴァンパイドル滾」では梯子を外している。つまりそれって戦略なんですよね。それで俺と戦うはずだったのに、俺が打ったパンチじゃないものでダメージを食らっているわけですよ。ムカムカするじゃないですか。「俺と戦ってんだろ、キサマは!」っていう。島本和彦の前に立っているのは、敵である俺であってほしいのに。編集の言葉とか雑誌の掲載順とか、そういうのでダメージを受けているんですよ。俺のパンチで傷ついてくれればいいのに、全然俺のほうを見てないんですよ!
藤田和日郎が今、異世界転生ものを描く理由
──島本さんからも何かありますか。
島本 本音で言うと、「シルバーマウンテン」は今売れている異世界転生ものに対して、「そのフォーマットに対して俺だったらこうするぜ、フン!」っていうスタイルのマンガだと思っている。老人は作者なんだけど、その作者が若返って、若者が楽しんでいる異世界転生ものに乗り込んで、何かすごい攻撃が繰り出されても「別に俺はそんなもの痛くも痒くもないし怖くもねえ」って顔で受け止めて、本当に何気なく打ち倒す。その姿が歳を取ったマンガ家にとって、すごく小気味がいいものだっていうのに気がついた、最近。
藤田 まあその捉え方は、俺はすごい不本意なんだけど、気持ちはわかります。
島本 不本意なの!?(笑)
藤田 不本意(笑)。だって老人が意趣返しをしているようなつもりで少年マンガを描いてどうするのよって思ってるから。
島本 異世界転生ものをやろうって言いだしたのは藤田さんなの?
藤田 俺がやりたいって言ったんですよ。俺はいつだって描きたいマンガを描いてますよ。
島本 私はちょっと誤解してて。「異世界転生ものが流行ってるから、藤田さん描いてくれませんかね」って言われて、「そんなものを俺に頼むならこうなっちまうよ!」って描いたのが「シルバーマウンテン」なのかと思った。
藤田 ふーむ。……ああ、それはちょっと言えてるかもしれません。えっとね、気に入らないんですよ。ファンタジーの呪文ひとつで建物がぶっ壊れたり、人が簡単にやられちゃたりするのが。それより人間が長い間研鑽してきた武道のほうが、ずっと気分がいいのになあっていうふうにやりたかったんですよ。要するに、ファンタジー界を全滅させるために俺はマンガを描いているんです(笑)。俺を年寄りだと言うやつも全滅させてやろうと思って描いていますから。
島本 そうだよね(笑)。それが作者の気持ちが乗せやすい方向に向かっているからいいよね。
藤田 そうですね。そんな攻撃的な性質を帯びて「シルバーマウンテン」を描いているわけですよね。だから島本さんがよそ見をしていると、当然攻撃したくなるわけですよ。
島本 それで言うと、私は今ネット界隈にいるやつらとか、ネットで話題になっているやつらとか、偉そうな発信をしているやつら、「お前ら、全員我慢しろや!」って気持ちで描いている。
藤田 なるほどね(笑)。いいこと言った!
島本 今回、第20・21話のネームを描く前は、この対談も怖くって(笑)。1巻が出たところでどうなんだろうみたいな不安もあったんだけど、今は心が非常に落ち着いているので、たくさん買ってほしいし売れてほしいという気持ちですね。
藤田 そうですね。一番言いたいことは伝わったと思いますけど、島本さんは内容とか読者が言ってることで落ち込めばいいわけで、編集が言ってることとか雑誌の掲載順とかあんまり関係ないことで落ち込まないでくださいね。それって、俺の「シルバーマウンテン」を相手にしてないってことですからね。
島本 わかりました(笑)。OK。
藤田 わかってもらってよかった。
──ありがとうございます。島本さん、最後にコミックナタリーの読者に向けて言っておきたいことがあれば……。
島本 いやあ……今回は優しくされる対談なのかなと思いきや、ガンガンやられてしまって。
藤田 ほら、被害者意識だ(笑)。俺はこんなのやったうちに入らない。
島本 やられてる姿をまたナタリーの読者が読むのかと思うと……。かわいそうだと思ったら、コミックスの1巻を買ってください(笑)。
──これから本編もますます面白くなっていくということなので、それで2巻3巻と続いて、今度は島本さんからやり返す対談をやりましょう。
藤田 やり返すネタなんて山ほど渡しているのに、それを使わないですもん。俺なんてそんなに考えてないんだから、何を言っても俺は「ウッ!」てなりますよ。「ああ、そこまで考えてなかったな」とか(笑)。
島本 いやあ……ちゃんと考えてるじゃん……。
プロフィール
藤田和日郎(フジタカズヒロ)
北海道旭川市出身。1989年、第22回小学館新人コミック大賞佳作受賞作「連絡船奇憚」が週刊少年サンデー増刊号(小学館)に掲載されデビューを果たした。1990年より週刊少年サンデー(小学館)にて代表作となる「うしおととら」を連載。同作で1992年に第37回小学館漫画賞少年部門、1997年に第28回星雲賞コミック部門賞を受賞した。そのほか代表作に「からくりサーカス」「邪眼は月輪に飛ぶ」「双亡亭壊すべし」「黒博物館」シリーズなど。
島本和彦(シマモトカズヒコ)
1961年4月26日生まれ、北海道池田町出身。1982年、週刊少年サンデー2月増刊号(小学館)にて「必殺の転校生」でデビュー。代表作に「炎の転校生」「逆境ナイン」「吼えろペン」などがある。現在はゲッサン(小学館)にて「アオイホノオ」を連載中。同作は2014年に第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2015年に第60回小学館漫画賞の一般向け部門を受賞した。