島本和彦にとっての“マンガ”って?
──この間のX上のやり取りの中でも藤田さんが島本さんに問いかけていたことだったんですけど、3月に行われたトークショーを聞いていても、島本さんにとっての“マンガ”ってなんなんだろうと気になってました。
藤田 島本さんはマンガを描いているときに誰の顔を思い浮かべるんだろう? 人の顔を思い浮かべるとマンガが描けるって言うじゃないですか。
島本 そうなの? そんなふうに思い浮かべて描くものなの?
藤田 ああ、じゃあ思い浮かべて描いてないのねっていうことがわかった。俺は家族なんだよね。
島本 カッコいいなあ。
藤田 俺がマンガ家になったときは女房で、子供が生まれてからは子供が毎回一番反応をくれるわけ。「面白いよ」とか「ドキドキした」とか「これおかしいんじゃない?」とか。だからそれの延長で、今は料理みたいになってるの。家族にまずは試食してもらってね。お客さんに「とっても美味しい料理をみんなに振る舞いたいな」っていう感じでマンガを描いている。そうなると、島本さんにとってマンガを描くっていうのは、どういう比喩表現になるんだろう。
島本 それはね……中学生くらいの自分が読んでどう思うか、かな。マンガを好きで読んでいた幼い頃の自分。
藤田 じゃあ中学生のときの自分に向けて、「これ面白いだろ?」って描く感じ? まだ読んだことのないような展開、新しいマンガを読みたい自分に「ヴァンパイドル滾」があるのかな? 俺がこういうふうに話しているのは、例えば島本さんが好きだと言っている映画が「ベン・ハー」とか「ロッキー」とか、みんなが好きで楽しいと思う作品だから、そういうエンターテインメントに沿って考えていて。でも「ヴァンパイドル滾」にある“我慢”っていうのは、今までのエンターテインメントの中で使われていなかったジャンルだよね。吸血鬼が血を吸わない。強さや愛に手を伸ばさないっていうのは、薬剤とかの比喩表現でもあるかもしれない。簡単に能力を活かせるからって、安易なものに手を出しちゃダメだよというメッセージなのかもしれないと思ってるけど、どっちにしても「我慢する」っていうのは、今までのエンターテインメントの中ではないものだから。
島本 そうだね。難しいよね。
藤田 そう。難しいのを選んだんだから、(掲載順で)後ろのほうにいかされてもガタガタ言うんじゃないよって話。だってみんなが「よくわからないな」って言っても島本さんは「これからこの作品はこんな面白さがあるんだ」ってやっていくんでしょう?
島本 そうだね、その通りだね。
──冒頭に戻りますけど、島本さん的には作品を掴んできたところに入ってる感じなんですよね。なのでこれからの展開がとても楽しみなのですが。
藤田 そうそう、俺が期待してるんだよ。
島本 いや、心の中で「新しいマンガなんか考えなくてもいいのに、無駄な努力をしてるなコイツ」って思いながら読んでるじゃん!
藤田 島本さんね、そのクセ。人のことを先回りしてなんでも語るクセありますよ。俺はそんなこと言ってないじゃないですか。
島本 うん、言ってない。
──素直に受け止めた(笑)。新しい……というと、藤田さんが今「シルバーマウンテン」で描いているものって、いわゆる“異世界転生もの”の要素も入っていますよね。近年たくさんの異世界転生ものの作品があるので、新しく藤田さんがそれを描こうと思ったのはなぜなんだろうと思ったのですが。
藤田 それで言うと、今“異世界転生もの”なんて言うのが恥ずかしくなるくらい、昔から異世界に行くSFはあったんですよね。俺は「シルバーマウンテン」が“異世界転生もの”と言われたら、それがジャンルとして呼びやすいんだろうな、面倒くさいからそれでいいやって思ってるんですけど、1920~1930年からですかね。「ターザン」の原作者のエドガー・ライス・バローズが、異世界に行く話をいっぱい書いていたんです。その頃から異世界に行って、お姫様を守ったり大立ち回りをやったりする話が大好きだったので「今、流行りの異世界ものを描くんですか」と言われるのは、昔からあったのにって思いますねえ。
──なるほど。
藤田 俺は子供の頃に好きだったジャンルを、ようやく今描けるようになったという気持ちでいる。だけど若い人たちの流行りに乗っかってるように見えてもしゃーないですね。「藤田和日郎が流行りものに乗った」っていう形が、(読者にとって)ハメやすい構図だからですよね。俺にとっては、昔から好きだったジャンルに俺もチャレンジしたよってことなんです。でもたまに、全部じゃなくて、目に入る作品によっては、「そうじゃねえだろ? もっと面白い異世界ものってこうじゃないの?」って思うのも確かだし。「うしおととら」のときからですけど、例によってケンカを売るためにやってるんですよね。結局は自分が昔から好きだった異世界ものをやっているわけなので、「最近の異世界転生ものはあんまり意識してないんですよね」っていうのが本音なんですが。そうなると、島本和彦ってすごく好敵手なんですよ。
──ほお。
藤田 島本さんは「新しいマンガなんか考えなくてもいいのに無駄な努力をしてると思っているんだろ」と言いましたけど、それこそが俺がとってもうれしいコトバで。あくまで例えばですが、苔の生えたものを描いている島本さんと戦ったって、面白くないですよ。だけど島本さんは違うジャンルのもので俺に当たってきた。そこに俺は全力で、今までに描かれてきた、苔の生えた異世界もので戦っているわけですよ。もし島本さんがバトルもので来ていたら、俺のほうがバトルものは長いことやっているから、ひょっとしたらねじ伏せることができたかもしれない。だけどそれを向こうはいなしてきたんですよね。全然別の技で戦ってきたから、そりゃあうれしかったんですよ。島本さんが俺と同じバトルものではなくて“ヴァンパイア”というフォーマットの中で、全然聞いたことのない、「ヴァンパイドル滾」をやっている。ところが腹立つことに、俺を見てくれない!
──話が戻りました(笑)。
藤田 雑誌なんて新しいものが描かれていくんだから、読者が戸惑ったら後ろにいくこともありますよ。それに傷ついたなんて言って、全然「シルバーマウンテン」と戦っている感じがしない。だから腹が立つ。
島本 (画面の向こうから)なるほど、なるほど。それは失礼な話だった。
藤田 (インタビュアーの顔を見て)こうやって島本さんに向かって直接言わないのもいいかもしれない。島本さんにいくら「ヴァンパイドル滾」のことを褒めても届かないでしょ? 俺は本当にすごいなと思っているわけですよ。こっちがバトルマンガで行って、相手もバトルマンガで来ると思ったら、全然別のところから来た。こんな少年マンガ見たことないですわ。それをやっていながら、マンガの順番とか些細なことを気にして。そんなすぐに打ち切られるわけないじゃん。
島本 わかんないよ、そんなの(笑)。
藤田 そんなに早く答えが出てたら「からくりサーカス」だって打ち切られてただろうし、「うしおととら」だって打ち切られていたと思うよ。サンデーのいいところって育てる、もしくはじっくり待つ……ってところで。大体において!!(熱くなってソファを叩く)ああ、ごめん。
──(笑)。
藤田 あの名作、椎名高志さんの「GS美神 極楽大作戦!!」とか、安西信行の「烈火の炎」も、8巻以降から人気が出たって聞いてますよ。本当は違うかもしれないけど。なのに1巻も出ていないのに、編集長が島本さんに「連載をやめてください」なんて言うわけない。だから「打ち切られるかもしれない」とか、アナタそういうことは言わない!
島本 (画面の向こうで顔をしかめる)
藤田 最近、「ヴァンパイドル滾」で激辛カレーの話があったじゃない。あれ、すごく面白かったの。翔は普通の人間なのに、ああいう強がりを覚えたっていう。あれはすごい面白かった。「ヴァンパイドル滾」は新しいよ。最後まで見てみたいもん。
島本 (噛み締めながら)……そうね。ちょっと説教され疲れたな。
藤田 説教してないって!(笑)
藤田和日郎の下半身の絵は、なんで緊張感があるんだろう
島本 今回の私の連載は、いろんな人にお世話になって始まったんだけど、いろんな人にお世話にならないと始められなかった内容で。藤田さんが一緒にスタートしてくれるって言ってくれたことが、非常に気持ちも盛り上がったし、すごく助かったし、助けられた。「シルバーマウンテン」がここ何話かですごく面白くなってきたじゃない? 新しい街に来てから、藤田和日郎の持ち味が「あ、来た!」っていう。やっぱり藤田和日郎はかわいそうな立場の人が出てきてからが強いんだよね。そこがどんどん響いてくるとヤバいよねっていう感じにはなる。Xでも、藤田さんには茶々を入れていいんだけど、その連載を読んで感動している読者の心情には茶々を入れたくないから、そこは難しい。それでもサイッダの下半身からの構図は忘れない、作画にこだわっているなっていうのは、Xで描こうと思っているんだけど。かわいそうな女の子をかばって、攻撃から身を交わすっていうそんな真剣なシーンで、女の子を下半身から映しているっていうのは、さすが忘れないんだよなって。読者がそれを見ても、「藤田和日郎がふざけてる」って誰も言わないんだよね。
藤田 ふざけてないよ(笑)。
島本 「藤田和日郎、こんな真剣なときに、サイッダを尻から見せてどうするんだ!」って誰も言わない。俺は「これを入れたことによって、何か緊張感がなくなってしまったら怖いな……」と思って入れられない。藤田和日郎のこういう下半身の絵って、なんで緊張感があるんだろう。すごいよね、これって。
藤田 望月三起也先生のマンガもそうじゃない?
島本 ああ、望月三起也先生のマンガの構図もそうだね。
藤田 物語と緊張感とエロティシズムは、同時に存在させたいんだよね。
島本 それは私も思ってる。それがあるだけで、見ていて心が1つの方向に引っ張られずに、バランスが取れるよね。
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島本和彦は、逆境!