コミックナタリー PowerPush - 感傷ベクトル

音楽とマンガを同時生産する新世代ユニット 全曲全話解説&妄想キャスティングを語る

5.none

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春川 「none」は「田口がこういうのを描きたい」って持ってきたプロットをそのまんま反映させたエピソードですね。プロットをもらって、僕が脚本を書いて。その脚本ではまず現在の話をして、いったん過去に行って、また戻ってきてって感じで時系列が行ったり来たりしてたんですけど、田口がマンガを描くときにその時系列を整理して。ただ、修正作業はそのくらい。セリフや大筋はプロットの時点からほとんど変わってないよね。

田口 企画開始当初から「シアロアの正体はこういうヤツらで、こうやって明かそう」っていうのは決まってたから。あと、当時憧れていたアーティストに対して嫉妬心や劣等感がバリバリだった高校時代の自分の詞をぜひともマンガにしたかった(笑)。だから、自分にとっての劣等感の対象、当時の神様がいたように、シアロアのボーカル・サエにとってのそれは身近な幼なじみのミナだったっていうプロットを作った、と。

春川 で、そんな劣等感のかたまりみたいな冴えない男だから、あだ名はサエ(笑)。ほかの登場人物の名前は語感の良さだけで決めてるのに、コイツの名前だけ意味がある。しかも、ヒドい意味が。

田口 サエくん、かわいそうに(笑)。

6.人魚姫

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田口 これは原作のある話。「シルク」の歌詞を書いた赤坂アカくんの同人誌「水没人魚」に曲をつけるという合同企画のために「人魚姫」という曲を書いて、マンガもその「水没人魚」をリメイクしてみました。「人類は生きているけど、水の中なので声や音は使えません」っていう話をなんの説明もなく始めて、それを違和感なく読ませるのがスゲーな、と思って。

春川 しかも、水の中っていうのと言葉が使えないっていうこと以外、あんまり人魚姫とは関連性がないという(笑)。

田口 だからリメイク版ではむしろ人魚姫のストーリーにつなげてみました。あと、もうひとつ、音があった時代最後のヒット曲がシアロアだったっていう話をやりたかったんですよ。そういうファンタジー、IFの物語なので、ちょっと毛色が違うインタールードとして読んでもらえれば。

春川 曲もちょっと毛色が違いますし。僕が感傷ベクトルに入って最初に2人で作った曲だからやたらと素直。ただただ「楽しいね」「いい曲だね」って言い合いながら作ってた気がする。それを察したのか、プロデューサーのトルネード竜巻・曽我(淳一)さんから「この曲、老成しすぎてない?」って言われました(笑)。

7.ラストシーン

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春川 「シルク」の続編ですね。小西に憧れる後輩・由紀ちゃんが天文部に入ってくるんだけど、その恋は実らない。でも、由紀ちゃんは前向きで。そういう明るい女の子の姿を……。

田口 違うじゃん! 昔の女の影を引きずる男に憧れる女の子を書きたかったんでしょ、アナタが(笑)。

春川 (笑)僕「ハチミツとクローバー」の山田さんが大好きで……。恋が実らないことはわかっていながら「真山、真山」って言い続ける、あの態度が好きで「がんばって貫けよ」って応援してたんですよ。

田口 なのに最後、ほかの男とくっついて。

春川 そこで猛烈な挫折感を味わいまして……。しかも脚本を書く直前、羽海野チカ先生の原画展に行きまして。そこで山田さんのアフターストーリーの原稿を観て、再び「うわーっ」ってなって、今度は僕が挫折しないキャラを作ろうと誓って生まれたのが……。

田口 由紀ちゃん(笑)。曲作りが先だったんですけど「シルク」の続編でキラキラした話っていうプロットはすでに決まっていて。とにかくそういうかわいらしい曲を書こうと。原動力は山田さんとはいえ、春川がちゃんと素敵な話を上げてきたので、結果オーライかな、と。

春川 そこは一応プロなんで(笑)。

8.孤独の分け前

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春川 大筋は「ストロボライツ」のプロットを書いてる段階で決まってて。そのときから田口が「渡瀬はこういう理由でバンドを組むんだよ」って言ってたんです。

田口 渡瀬をただのひょうひょうとした問題児では終わらせたくなかった。強い人にしたかったんです。病院で知り合った女の子・まなみのために無茶をしてでも歌わせたかった。ひょうひょうとした態度の陰で、命のままならなさとか、それに対する無力感とか、無為に生き長らえる自分を責める気持ち……みたいな荷物を抱えつつもバンドをやる。そして最後笑う。そういう人であってほしいんです。あと「あの渡瀬にそんな事実が」っていい意味で読者を裏切ってみたかった。

春川 ただ、生き死にを描くことには結構恐怖感があって。あっさり人が死んだり、お涙ちょうだい的に生死を扱ったりするのってマンガ的でリアリティがないじゃないですか。絶対に生死を軽いものにはしたくなかった。

田口 うん。だから「彼らの生活みたいなものもしっかり見せよう」「そうすれば軽くならないはず」って話はしたんですよ。直接的には描いていないけど、最後、まなみの葬儀に東もいっしょにいるのはなぜか、みたいなところを察してもらえると、生死にまた新しい意味が見えてくるのかな、って。

9.0と1

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春川 企画段階のメモには「神様を人間にする話」って書いてあって、最初から「9話はシアロアのミナの話をやろう」って話はあったんですよ。

田口 ただミナの人物像については、なにを考えているのかわからない天才であることは決まってたんですけど、それをまんま描くと記号的な「マンガのキャラ」になっちゃうので……。

春川 いかにマンガ的にしないかっていうところで相当ぶつかりましたね。

田口 普段の生活から音楽活動まで、すべてを部屋の中で完結できるミナだけど、その生き方では他人の気持ちに触れることや察することだけはできない。だからそれを知ってもらうことで、ミナに人間になってもらいたかった。もっと言えば救われてほしかった。

春川 で、最終的な結論を田口に任せたら、サエに手を引かれて多くの人々を目の前にすることで、やっと自分の歌が誰かに届くことを知って救われる。そんなミナを見てサエの劣等感も和らぐ、というプロットを持ってきたんです。

田口 曲も完全にストーリーとリンクしていて、まずミナの曲だから女の人の一人称で歌っているし、歌詞も自分が言われたかったこと。こういうことを言われたらラクになれる、許されるだろうなっていう内容になってます。

10.シアロア

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春川 最終話の「シアロア」については脚本もなにもって感じですね。最初から、最終話ではシアロアがライブをやることと、これまでの登場人物達がお客さんとして集まること、そして、その幕が上がる瞬間までを描くことは決まってましたから。

田口 セリフを入れないことも決まってた。特定の主人公を作らないことで、読者の人にもライブに来ているような目線になってほしかったんですよね。ここまでの各話はそれぞれの曲を聴いた登場人物達の物語でしかなくて、そのまた別のところにいる誰かにはまた別の物語がある。読者にもそんな1人になってもらいたかったので。

春川 新木場のSTUDIO COASTさんに取材に行かせてもらって、それをもとに作画しているからリアリティはあるはずだし。ただ、なぜか、モブの中に僕やアシスタントさんが結構いるんですよね(笑)。

田口 取材中に撮った写真に写り込んだものをそのまま描いてるから(笑)。で、曲もタイトルどおり総まとめ的な内容で。歌詞は全話のテーマをひっくるめたものになっていて、曲も各曲のパーツをカットインしたアレンジになっている。

春川 全ての曲とマンガを全部まとめて「シアロア」っていうシリーズなんだぞ、と。

case10.5

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田口 CDの封入特典は「マンガでPV」。アルバム収録曲の歌詞のフレーズを拾いつつ、回想的に絵を挟み込むことで、歌詞の世界をビジュアル的に楽しんでもらえるようにした感じですね。

春川 だから、これを読むことで、曲の歌詞がマンガのどのシーンとリンクしているのかっていうことがわかってもらえるのかな、と。

田口 うん。各曲のフレーズと絵の差し込み方はホントにキレイにそろえたつもりなので。だから、CDだけ買った方は、このマンガをきっかけにコミックの方も買ってもらえれば(笑)。あと、ちょっと余談なんですけど、せっかくCDもできたことだし、マンガでライブシーンも描いたことだし、僕らもいずれは本当にライブをやってみたいな、と。

春川 実際、10話「シアロア」の公開日に同じ会場でライブをやってみよう、っていう計画はあったんですよ。

田口 でもあまりに忙しくて断念(笑)。今回のメディアミックス企画って誰もやったことがないじゃないですか。だからこっちもどれだけ大変になるのか、まるでわからず、ライブに限らず、いろんなアイデアを思いつくまま出してみたんですけど……。

春川 まあことごとく諦めました(笑)。

田口 じゃあ、今後のお楽しみということで。

感傷ベクトル ニューアルバム「シアロア」 / 2012年8月3日発売 / SPEEDSTAR RECORDS

感傷ベクトル(かんしょうべくとる)

感傷ベクトル

ボーカル、ギター、ピアノ、作詞、作曲、作画を担当する田口囁一と、ベースと脚本を担当する春川三咲によるユニット。ネットや同人シーンを中心に活躍し、音楽とマンガの両方の分野で作品を発表している。2012年8月にネット上で発表していたメディアミックス作品「シアロア」を、アルバムとコミックで同時リリース。また2人はジャンプSQ.19(集英社)で連載されていたマンガ「僕は友達が少ない+」の作画および脚本を担当した。