「講談社 学習まんが 日本の歴史」特集|崎山つばさが“日本一生徒数の多い社会科講師”伊藤賀一に聞く、大人になって初めて目覚める「日本の歴史」の魅力

「その人になって、もう一度現代を生きる」ことの大切さ

──崎山さんは今後、深堀りしていきたい時代や人物はいますか?

崎山 今後演じる役によって変わってくると思いますが、以前新撰組がテーマの舞台「LOOSER~失い続けてしまうアルバム」をやらせていただいたときに、それまで僕が抱いていた新撰組のイメージががらっと変わりました。伊藤先生がさっきおっしゃったような「失敗する」という側面を知ったからです。このあたりについてはより深く知りたいなと、すごく興味がわきましたね。新撰組といえばすぐに名前があがる、土方歳三さんや近藤勇、沖田総司だけじゃなくて、山南敬助だったり、あるいは対立する薩長連合の桂小五郎にもドラマがある。調べていくうちに、「この人のことを知ったら、次はあの人」みたいなつながりができて、違う視点で楽しめるなと思いました。

崎山つばさ

伊藤 なるほど。崎山さんは、新撰組のどの人物を演じられたんですか?

崎山 ちょっと特殊な物語で、僕は、現代からタイムスリップして、新撰組に入隊してしまう男の役なんです。そして、新撰組だけではなく対立する薩長連合のなかでも、別の人物としてうまく立ち回らないといけないという役回りです。なので、1人の人物なんですが、新撰組では山南敬助として、薩長連合では吉田稔麿(としまろ)として、場所によって人を変える役でした。

伊藤 おお! それはすごいですね。吉田稔麿はおいしい役ですよね。

崎山 いやあ、そうなんですよ。

伊藤 吉田稔麿って、そこまで知名度はありませんが、松下村塾で吉田松陰にべた褒めされたりするすごい人。豆知識があって、実は松下村塾に入る前の塾で、吉田は伊藤博文と一緒だったんですよ。

崎山 え!

伊藤 ともに、松下村塾の前身となる「久保塾」に通っていて、伊藤が唯一、全然かなわなかったのがこの人なんです。同じ年の生まれですが、松下村塾でも圧倒的に吉田稔麿のほうの評価が高かった。でも不幸なことに、新撰組が長州・土佐の尊王攘夷派を襲撃した池田屋事件の際に、一説によると吉田稔麿は、長州藩の屋敷に報告に行ったけれども門が開けられることがなく、自刃してしまう。男らしいんです。かつ、めちゃめちゃイケメンだったらしく、通の人には爆発的に人気があるんです。

崎山 そうなんですよね。

伊藤 一方で山南敬助は、新撰組を脱走して沖田に捕まった末、切腹となってしまう人で、彼は一体、何をどう考えてあの行動をとったのだろうかと、役を演じると絶対に考えますよね。

崎山 そうなんですよ! 考えて、妄想します。

伊藤 ですよね。だから、役に思いっきり入っていかれるタイプの役者さんだと思うので、そういう人に特にぴったりなのが、山南さんだと思う(笑)。だから、すごく「わかってる人」のキャスティングだなと。山南さんというのは、悩ましい感じが“売り”なので。

──俳優という仕事は、さまざまな時代のいろんな人になりきって生きるという意味で、それ以外の職業では絶対に体験できないことが味わえる、すごい仕事ですよね。

崎山 そうですね……。「人を背負う」という意味では大変な部分もありますけど、でもやっぱり、「その人になって、もう一度現代を生きる」というのは、大切な仕事だと思っています。

左から崎山つばさ、伊藤賀一。

伊藤 その人物を知らない人やファンの方が崎山さんの舞台を見たら、吉田稔麿や山南敬介のイメージが、崎山さんそのものになるんですよね。

崎山 ……そういうことですよね。

伊藤 すごく責任重大だけれども、めちゃくちゃやりがいがある仕事ですよね。この「まんが 日本の歴史」も同じで、特に子供たちは、いろんな人物と初めて出会うファーストタッチがこの本ならば、たとえば秀吉のイメージはこのマンガの秀吉像そのものになると思うんですよ。

崎山 そうなりますよね。

伊藤 大河ドラマ「秀吉」の影響で、秀吉=竹中直人さんの人もいるし、僕が子どものときに放送されていた大河は「おんな太閤記」だったから、僕の秀吉のイメージは西田敏行さんになった。それと同じように、マンガ家さんも演者さんも、ものすごく責任とやりがいがあるだろうなと。僕の仕事は「日本史、全体的に興味持ってね」というものなので、そこで興味を持った人たちが、次に崎山さんが演じる吉田稔麿や山南敬介に触れると、またそこから興味が一層広がると思う。

崎山 (深くうなずく)

伊藤 崎山さんもさまざまな役を演じるごとに、いろんな学びがあり、それがさらにつながって知識や体験を深められるわけですよね。だから、年齢を経るにつれて、人間として、役者として味が加わっていくんだと思います。……でも僕、今日お会いしてハッとしたんですが、崎山さんはすごく雰囲気のある役者さんですね。職業柄、この業界の方ともお話しすることもありますが、なかでも飛び抜けているというか。

崎山 あ、ありがとうございます……! うれしいです。大きめに書いといてください(笑)。

──わかりました(笑)。

伊藤 (笑)。それに、役の人物に対して……なんというか、食事で言うと、例えば松阪牛を食べるときに、崎山さんって、ちゃんとそのメス牛のことを考えて、泣きながら食べる。そんな感じ(笑)。

崎山 あはははは!

──すごい例えですが……! 包み込むような優しさを感じますよね。

崎山つばさ

伊藤 演じる役や歴史上の人物に対して入り込み、かつ自分が、彼らに対して「責任をとる」という覚悟を決めている雰囲気が、作品の話をしているときに、急に感じられてくるんです。

崎山 ああ、うれしい。ありがとうございます。

伊藤 だから、本音で語られているんだな、というのがよくわかります。

──確かに。役に入り込みすぎて、侍や武将が夢枕に立つこともありそうです。

崎山 いやあ、それはないです! 金縛りに遭うこともまったくないですね(笑)。

演じてほしい歴史上の人物は「上杉謙信」

──伊藤先生の視点で、崎山さんに演じてほしい歴史上の人物は誰でしょうか?

伊藤 そうですね……謎の多い上杉謙信かな。これはファンの方のことも考えての人選で、というのも上杉謙信は生涯独身だったんです。

崎山 (笑)。

伊藤 そして、上杉謙信はひとたびスイッチが入るとめちゃくちゃ強いんだけれど、そうじゃないときはお堂に籠っちゃって、まったく外に出てこないんですよね。なんとなく、崎山さんもそういう感じがするというか……。

左から崎山つばさ、伊藤賀一。

崎山 僕、オフの日はまったく家から出ないです(笑)。

伊藤 謙信そのものですね。そうした切り替えがあって、役に入っていくタイプの役者さんだと思うから、スイッチが入ったときのダッシュ力がすごい。動物に例えると、4秒で世界最速になるチーター。チーターって、110キロで走るんですが、トップスピードに入るのがポルシェよりも早い。だけど500メートルしか走れないし、狩りをしてごはんを食べたあとは寝ちゃう。

──謙信とチーター(笑)。もし今後崎山さんに上杉謙信の役が来たら、「伊藤先生の予想が当たった!」と思うことにします。

崎山 「あのときの話が現実に……!」ってなりますね(笑)。

伊藤 崎山さんはオーラがあるというのか、年齢を経ても魅力が減じない気がする。例えば渡哲也さんが持っていたような「男気」もすごく感じます。崎山さんは、芯が通っていて、人間力があるのが魅力なんだなあと思いました。

崎山 いやあ、今日こんなお話ができるとは思っていなかったです。占いに来たのかな?(笑)。

伊藤 僕、歴史上の人物を含めて人間をいっぱい見ていますから(笑)。

サブカルチャーをフックに、ポップに歴史を楽しむ

──伊藤先生、最後に大人になってから改めて、受験でもなく歴史を学ぶことの意味と、コツを教えてください。

伊藤 学ぶ意味については、対談の前半で出た「①いま・ここの常識は唯一絶対のものじゃない、②どんな有名人でも名もなき人でも人生は一度きり、③人は必ず間違う、という3つが心底理解できるから素晴らしい」ということは大きいと思います。それから、大学など、世界のどんな教育機関でも、哲学と歴史は基本科目にされています。それってつまり、数学も語学も理科も、明日になってしまえば、今日までのことは全部歴史なんですよ。

崎山 すごい。なるほど……!

左から崎山つばさ、伊藤賀一。

伊藤 どんな科目でも、すべて歴史の中にあるわけなので、これ以上の総合科目はない。そして、まず日本史が好きになったなら、そこから世界史に広げていく手もある。知識を広げていく際に、うまく利用してほしいのがサブカルチャーの力なんです。僕はいま40代後半で、小学校5年生でファミコンが登場した世代であり、アナログからデジタルに移行する過程を見てきた世代です。だから、マンガやアニメ、ゲームなどのサブカルチャーが、害悪だと呼ばれていた時代から、いいものだとされる時代への移り変わりを経験した世代なんですよね。

──すごいパラダイムシフトです。

伊藤 だから、この時代に大人になった人たちには、サブカルをツールとして歴史を学ぶことは非常に有効なんです。

──コツでもあるということですね。

伊藤 そう。この「まんが 日本の歴史」や、「刀剣乱舞-ONLINE-」のようなゲームに舞台、アニメ。そうしたサブカルからだと楽しく歴史に入っていけるので、そこをフックにして興味を持ってほしいです。

──なるほど。学生時代に勉強でしかなかったものがポップな楽しみに変わる瞬間を、伊藤先生も崎山さんも担われており、また異なる別バージョンが「まんが 日本の歴史」とも言えますね。

崎山 本当にそうですね。今日はものすごくためになりました。伊藤先生、ありがとうございました。

伊藤 いえいえ、こちらこそ……。本当にありがとうございました。楽しかったです。

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