コミックナタリー Power Push - 「昭和元禄落語心中」

落語はハードルが高いのか?雲田はるこ(作者)・小林ゆう(小夏役)・立川志ら乃(落語家)が読者を落語沼へ誘う

弟子に与太郎なんて付けるわけねえ(志ら乃)

──志ら乃師匠は「落語心中」を読んで、どんな感想をお持ちになりましたか? 「落語心中」をモチーフにした新作落語を作っていらっしゃるということは、刺激を受けたんじゃないかと思うのですが……。

志ら乃 実は最初に読んだとき、「あー、寄席の話か」と1回手放しています。与太郎の「寄席ってのはあったけえんだよ」というセリフがありますが、「知らねえよ、俺ら」って。それに「弟子に与太郎なんて付けるわけねえじゃねえか」と。

雲田 ふふふ。それはよくご指摘いただきます(笑)。

──あ、立川流の落語家は定席の寄席(東京だと浅草演芸ホール、池袋演芸場、新宿末広亭、鈴本演芸場の4カ所のこと)には出演しませんからね。与太郎という高座名は、付けないものなんですか?

八代目有楽亭八雲の落語シーン。

志ら乃 絶対付けないですね。与太郎はバカでマヌケな登場人物の名前なので、弟子に与太郎は100%あり得ないです……というふうに最初は思っていたんですが、今私が言ったこういう発想が、勝手に落語のハードルを高くしているのではないかと思ったんです。

──新しい落語ファンの可能性を阻害してる……ということでしょうか?

志ら乃 そうです。「ジャンルはマニアが潰す」という言葉がありますが、中にいればいるほど「わかってねえな」と言いがちなんですよ。もしかしたらこのあり得ない名付けは、「これはファンタジーですよ」ということを伝えたいからなのかなと考えはじめて。再び読んだらキャラの関係性に着目し出して、読めるようになりました。そして落語をこれだけ好きな人が描いているマンガを、なんだかんだと言っている俺はなんなんだとなり、もうこれに勝つためには「落語心中」をモチーフにした落語をやるしかないなって。

小林 勝負になっちゃいました(笑)。

雲田 八雲と助六もそうなんですが、与太郎という名付けは「見た目のイメージを重視してキャラの名前をつける」というマンガの読みやすさを優先してしまいました。その点、落語好きの方は違和感を感じると思うので申し訳ないです。けれど、そうやってありえないと思っても、見捨てずに読み続けていただけることはとてもありがたいです。

「昭和元禄落語心中」に取り憑かれてる(小林)

──ではいよいよアニメの話に入っていければと思います。アニメ「落語心中」は試写イベントで寄席芸能の「太神楽」が行われたり、出囃子が生演奏だったり、キャストやスタッフの落語愛がものすごい作品だとひしひし感じました。

菊比古と助六。アニメ「昭和元禄落語心中」の「八雲と助六篇」はこの2人を軸にストーリーが展開されていく。

雲田 本当にそうなんです。「落語心中」を描きはじめたのは、実際に生の落語を見に行ってくださる方が1人でも増えればという気持ちでしたが、アニメのスタッフさんも同じ気持ちで作ってくださっていて。アニメのイベントや告知でも、寄席と落語会の紹介をしていただけることがとてもうれしいです。アニメのお話をいただいたとき、落語シーンをどう映像で表現されるのか、私にも皆目わかりませんでした。けれど、まず始めに山寺さんと石田さんが助六役と八雲役に決まって、もしかしておふたりなら実現してくださるのでは、と思いました。

志ら乃 石田さんは立川談志マニア、山寺さんは古今亭志ん朝マニアで、落語好きな2人ですからね。主題歌を手がけた椎名林檎さんも談志のファンらしくて。それに、小林さんもね。

小林 はい、談志師匠をお慕いしております。もともと落語が大好きなので、ほかのキャストの方が落語シーンを収録するときは、自分の出番はなかったんですけどアフレコ現場にこっそりお邪魔させていただいて……。

──本当にこっそり、アフレコする部屋の外から耳をそばだてていたと中西(豪)プロデューサーがおっしゃっていましたね(笑)。

小林 はい! 中西さんから「中で聞いて大丈夫だからね」と、温かいお言葉をいただきました。アフレコでは落語シーンももちろん素晴らしいんですが、ひとつひとつの日常の会話も胸に刺さるんです。

志ら乃 そうそう。「落語心中」を見たら、誰かに必ず感情移入するんじゃねえかなと思いますね。いま小林さんが日常とおっしゃったけど、落語は日常のことを引っ張ってきて噺にしているんですよ。「落語心中」もその要素がちりばめられてるから。

小林ゆうが演じる小夏は、助六の娘。

雲田 実は読者の方から、小林さんが読んでくれていると教えていただいたんです。落語をお好きだということも知ってたので、小林さんになったらうれしいなと思っていました。

小林 ありがとうございます。実はアニメ化が決まる前から読ませていただいています。書店で1巻の表紙を見て「これは圓生師匠の『死神』かな?」と思いまして、「昭和元禄落語心中」というタイトルにも心を奪われました。それから私のバイブルです。この本を読むと自分もがんばれて、共感なんて言ったら恐縮なんですが八雲師匠の孤独さにパワーをもらっています。やっぱり芸事を突き詰めるときというのは大変孤独なんだと、そしてほかにもいろいろあるんですがすべてが自分の中に突き刺さって、お慕いさせていただいています。

雲田 ほんとにこの謙虚で誠実な言葉使い、サイン会のときもつくづく思いましたが、見習っていきたいです。

「昭和元禄落語心中」への愛を切々と語る小林ゆう。

小林 本当に大好きで、枕元に置いて寝させていただいたり、飾らせていただいたり、同じものを何巻も持っていたり……いっぱいしゃべっちゃってすみません。本当はもっと思いがあるんですけど、いろんなシーンで号泣していて……。

雲田 私もゆうさんのお芝居を聞いて涙してしまいました。「与太郎放浪篇」前編の最後、小夏が八雲に「お前が父ちゃんを殺したんだ!」と叫ぶシーン。

志ら乃 あそこはすごいフックですよね。アニメが苦手な人も、そこまで観てほしい。1回観ちゃうと、朝の連ドラみたいに観るのが日常になるんじゃないかな。

小林 本当に恐縮です。もしかしたら落語というと伝統芸能でハードルが高いと思っていらっしゃる方もいるかもしれないのですが、「落語心中」から落語の世界に入っていただけたら本当に面白くて虜になってしまうと思います。抜け出せない魅力に、皆さん取り憑かれてくださること間違いない。

志ら乃 あなたが取り憑かれてるね(笑)。

小林 はい、取り憑かれています。

キャスト
  • 与太郎:関智一
  • 有楽亭八雲/菊比古:石田彰
  • 助六:山寺宏一
  • 小夏:小林ゆう
  • みよ吉:林原めぐみ
  • ほか
雲田はるこ(クモタハルコ)
雲田はるこ

2009年に東京漫画社から発売された「窓辺の君」で商業デビュー。以降、BE・BOY GOLD(リブレ出版)などBL誌を中心に活躍する。2010年、ITAN(講談社)にて連載を開始した初の非BL作品「昭和元禄落語心中」では、「このマンガがすごい!2012」オンナ編第2位を獲得した。

小林ゆう(コバヤシユウ)
小林ゆう

「まりあ†ほりっく」の衹堂鞠也(しどうまりや)役でブレイク。元気な少年から可憐な少女、外人、変態、正体不明の宇宙人まで幅広い役をこなす実力派。落語CD「モエオチ」も発売しており、定期的に独演会を開催している。

立川志ら乃(タテカワシラノ)
立川志ら乃

落語立川流の真打ち。大学在学中より立川志らくの主催する落語塾「らく塾」で学び、卒業と同時に入門。2005年にNHK新人演芸大賞で大賞を受賞し、2012年に真打ち昇進。著書に「談志亡き後の真打ち」「うじうじ」など。