4月5日より放送中のTVアニメ「片田舎のおっさん、剣聖になる」は、卓越した剣技を持ちつつも片田舎で静かに暮らしていた中年の剣術師範・ベリルが、出世した元弟子との再会をきっかけに王都へ赴き成り上がっていく物語。原作は佐賀崎しげる・鍋島テツヒロによる小説で、スクウェア・エニックスから単行本が9巻まで刊行されている。ヤンチャンWebでは乍藤和樹による同名コミカライズ、マンガUP!では公式外伝コミカライズ「片田舎のおっさん、剣聖になる外伝 はじまりの魔法剣士」、ヤングガンガンでは「片田舎のおっさん、剣聖になる外伝 竜双剣の軌跡」も展開中だ。
コミックナタリーでは「おっさん剣聖」を原作ノベル、コミカライズで楽しんでいるというテレビプロデューサー・佐久間宣行にインタビューを実施。作品の魅力や、アニメを観た感想を語ってもらった。「ゴッドタン」「あちこちオードリー」などを手がけ、ベリルと同年代の45歳でテレビ局を退職した佐久間。自身の歩みを振り返ってのベリルとの共通点や、ベリルのように評価されていない人を見抜くコツなど、多くの人と関わってきた佐久間ならではのトークも展開されたインタビューの様子をお届けする。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 武田真和
あらすじ
ベリル・ガーデナントは、片田舎で道場を構えるしがない剣術師範の中年。長きにわたり実直に鍛え続けた彼は“片田舎の剣聖”と称されるほどの剣の腕前を持っていたが、その自覚を持たずに静かに暮らしていた。そんな中、ベリルのもとにかつての弟子の1人・アリューシアが来訪する。王国騎士団長にまで出世した彼女は、ベリルを騎士団付きの特別指南役として推薦していたのだった。田舎から一変、都会で暮らすこととなったベリル。成長した元弟子、新たな仲間、そして強敵と出会い、彼の運命が大きく変化していく。
第一印象だけで終わらない作品
──佐久間さんは「片田舎のおっさん、剣聖になる」の原作がもともとお好きだそうですが、どういう出会いだったんでしょうか。
こういうファンタジー小説は中高生時代に好きでよく読んでたんですけど、ある時期からあまり読まなくなっていたんです。でも最近このジャンルの勢いがすごいという噂を聞いて、久しぶりに何か読んでみようかなと。その中で、明らかに主人公がおじさんだからこれがいいなと思って(笑)、読んでみたらすげえ面白かったっていう。コミカライズも楽しく読ませてもらっています。
──どういうところを面白いと感じましたか?
これは理想だな、というふうに思いました。僕もベリルのように、育てたディレクターに推される立場になりたいくらいです。たとえば過去に僕のADだったやつらが世界的なディレクターになっていて、「自分よりも佐久間さんのほうが面白いです」と言ってくれるみたいな(笑)。そんな夢想をしてしまうくらい、いい設定ですね。
──現実的には今の佐久間さんはめちゃくちゃ売れてらっしゃるので、わざわざフックアップしようと思う人もいないでしょうけど(笑)。
いやいやいや(笑)。ただ、最初はそういう設定の面白さや共感から入ったんですけど、読み進めていくとどんどん王道ファンタジー小説の方向へ突き進んでいくんですよ。剣と魔法でモンスターとの戦いを繰り広げ、敵キャラにもちゃんとドラマがあって魅力的で……。今はもう、シンプルにストーリーの面白さを楽しんでいる感じです。主人公以外のキャラクターのバトルも面白いですし。
──そういう意味では、入り口の作り方がうまい作品とも言えそうですね。
そうですね。明らかにハーレムものっぽかったり萌え要素が強かったりする作品だと僕は敬遠しちゃいがちなんですけど、この「おっさん剣聖」はそんな僕でも手を伸ばしやすい。しかもその第一印象だけで終わらないところが、その後も読み進めていった理由です。単純に、本当に面白いんで。
──主人公のベリルは田舎でくすぶっていたところを表舞台に引っ張り上げられて、王都で正当な評価を受けるようになっていきますよね。これって、佐久間さんが普段よくやられていることに近いようにも感じたんです。
ああ、ほかのところで評価されていない人を「面白い」って自分の番組に連れてくるようなことですよね。確かに、そういうところは自分のやっている仕事にちょっと近いのかもしれないなあ。僕だけがその人の魅力に気づいているというか、人の面白がらないところを面白がるクセがあるんですよ。あと、なんて言うんですかね……待てるっていうか。
──待てる?
なかなか面白いことが起きなくても、「何か起こるはず」と信用して待てる。そういう性質が僕にはあるんで、僕の現場で面白さを発揮できる人がけっこういたりするのはその影響もあると思います。
──人に知られていない魅力を見抜くコツみたいなものは何かあるんでしょうか。
コツは……なんとなくあるんですけど、言葉にしづらいんだよなあ。要は、世の中にないものを持っているかどうかなんですよね。誰とも被っていない武器を見つけてあげる。それはだいたいにおいて本人は強みだと思っていなくて、コンプレックスだったりすることも多いんですが、「そっちを押し出したほうが人と被らないよ」と言ってあげる仕事をやってきた感じだと思いますね。
──さらに佐久間さんの場合、そのよさを生かせる場をちゃんと用意してあげますよね。
「この人すごく面白いんだよ」と言葉で説明するだけだと、宣伝に見えちゃうんですよ。人は宣伝には耳を貸さないから、宣伝にならないような見せ方で魅力を伝えることはいつも心がけています。そのときに何が大事かというと、僕が面白がっていることが大事。「その人を宣伝する」んじゃなくて、「その人を僕がいかに面白がるか」を目的に企画を立てることは忘れないようにしてきましたね。
──“面白がり力”の高さが肝であると。
そう、肝だと思います。
ベリルは理想の中年
──そんな佐久間さんから見て、主人公・ベリルの魅力はどんなところにあると思いますか?
自分には自信を持ってないけど、自分の剣には自信を持っているところにすごく共感できます。自分自身の価値というより、自分が積み重ねてきたものの価値をちゃんと信じているところ。それに加えて、育ててきた弟子たちとの関係性がいいですよね。ちゃんとコミュニケーションを取って信頼を積み重ねてきたっていう、そこが“理想の中年”という感じがします。
──そのベリルを王都へ連れてきたアリューシアに共感して読まれているのかな、と勝手に想像していたんですが……。
どっちかというと、僕こそ片田舎にいたようなイメージで、ベリル目線に近い感覚で読んでますね。僕がもともといたテレビ東京って、入社した頃はテレビ業界の中では片田舎というか、番外地みたいな感じで。作ってた番組もカウンターカルチャーに近い深夜番組だし……自分の好きなものを作って、「べつに注目されなくてもいいや」「面白いと思ってくれる人だけが観てくれればいいや」と思ってたんで。それがひょんなことからNetflixで番組を作るようにもなっていったというのは、境遇としてかなりベリルに近いと思うんです。
──確かに、ベリルも片田舎の道場で教える自分を「身の丈に合っている」と考えていましたもんね。
そう。べつに不満はなかったのに、道場にいられなくなって仕方なく都会へ出てきたわけじゃないですか。僕も会社を辞めたのは45歳のときですからね。野心のあるディレクターだったら、もっと体力気力に満ちあふれた30代で独立しますよ。僕はただ単に、テレビ局に居続けたらディレクターを辞めて管理職に就かないといけない年齢になっちゃったから独立しただけで、その時点で野心も何もないっていうか。
──会社員時代、外の世界へ向けて「俺を見つけてくれ」みたいな思いもとくになかった?
テレビ東京にいた頃はなかったですね。もちろん「作った番組をたくさんの人に観てほしい」はあったし、「好きなものを作り続けられるだけの数字が欲しい」はあったけど、「自分自身が評価されたい」はなかった。それがあったらもっと早く辞めてるんじゃないですかね。
──なるほど。その一方で、ベリルには“理想の上司”的な側面もあると思います。その点についてはどんなふうに見ていますか?
ベリルの場合、さすがにできすぎた上司かなと思いますけど(笑)。剣術を教えることに長けているだけじゃなくて、まず自分自身が剣に夢中じゃないですか。自分のやっていることを最後まで信じてるから、弟子たちもそんなベリルを信頼できるんだと思うんですよ。その意味で、師匠としてはすごくいいなと思います。管理職としては全然ダメですけど(笑)。あんなに「俺なんて」って言ってる人間は管理職失格ですよ(笑)。
──確かに(笑)。ちなみに、佐久間さんの思う理想の上司とはどんな人ですか?
まずはやっぱり、プレイヤーとして錆びないでいることでしょうね。ベリルが剣士として弱かったら説得力ないですから。それと、人を“試す”んじゃなくて“頼る”ことができるのはいい上司だと思います。“試す”タイプの上司の前だと、みんな萎縮しちゃって本来の実力を出せない。ちゃんといいところを見つけてあげたうえで“頼る”気持ちのある人の現場だと、みんながのびのび能力を発揮できるイメージがあります。自分もできればそういう上司でありたいけど、そう簡単にはなれないなとも思いますね。
──でも、先ほどおっしゃっていた「待てる」というのはまさにその姿勢ですよね。
それはあるかもしれないですね。昔、めちゃくちゃ現場が押したときに「俺が責任者に謝っとくから」と言って“待って”くれた上司がいたんです。「早く終われよ!」と怒鳴るんじゃなくて、こっちが撮りたいものをちゃんとわかってくれて、そのために時間が押しているのを理解したうえで現場を守ってくれた。その上司には今でも感謝しています。
──その経験が今の仕事スタイルにつながっているわけですね。
そうです。僕が頭を下げることで場が丸く収まるんだったら平気でいくらでも謝ります。そういう意味で言うと、僕にプライドはあんまりないですね。
──そっちのほうが逆にカッコいいですよね。
でもね、それが伝わらないんですよ(笑)。コワモテで偉そうにしてる人のほうが評価されちゃう。まあでも、自分が納得できていればべつにいいか、という思いはありますね。
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