LaLa45周年特集第6回「天堂家物語」「かわいいひと」斎藤けん|読んだ方から感想をいただける喜びと、「次はもっとうまく描けるはず」という悔しさが原動力

「かわいいひと」がたくさんの人に受け入れてもらえた理由

──2013年にAneLaLa(白泉社)で連載された「さみしいひと」は、職を失った倫子とピアニストを志す高校3年生の諒が交流して成長する物語であるとともに、子供を思い通りに操る“母親”がテーマになっているように思いました。この物語はどういうきっかけで生まれたのでしょうか?

「さみしいひと」

もともとはピアニストとマネージャーのお話にする予定で、多めに時間をいただいて取材などもしたのですが、設定からお話を広げることが自分には難しく、時間がなくなり、観覧車の中で泣いている男の子を抱きしめるシーンからお話を作り直しました。2話目のネーム中に「毒親」というワードに出会い、関連書を読み、話の方向性が固まって。1話目から固まっていれば……と思いますが、仕方ありません。

──倫子も諒も母親との関係が歪でしたが、物語の終わりに倫子とその母、諒とその母が迎えた結末は対照的でした。

毒親として描いたのは作中には出ていない諒の母親の母親だけで、あとは全員被害者のつもりで描きました。単行本1冊のなかで、おまけマンガを読むと読後感が変わるようにしたかったので、それができてうれしかったです。

──諒はもう倫子でいっぱいいっぱいでしたね(笑)。LaLaの“お姉さん雑誌”であったAneLaLaに掲載されたことは、作品に影響を与えましたか?

「読者のニーズを理解し、応えたい」という意識が強くなりました。

──次の連載作「かわいいひと」もAneLaLaで2014年に始まり、2019年にLaLa DXで完結しました。「かわいいひと」はコミックシーモア主催のマンガ賞「みんなが選ぶ!! 電子コミック大賞 2018」で大賞に選ばれましたが、多くの人に支持された理由はどこにあると思いますか?

「かわいいひと」カラーイラスト

「かわいいひと」は読みやすさを意識してお話やキャラクターを考えたので、たくさんの人に受け入れてもらえた理由はそこにあるのではないかと思います。

──授賞式でも、担当編集から「どうしたらもっとたくさんの人に自分のマンガを読んでもらえるかを悩んで行き詰まっていた私に、担当編集者さんが『それは編集の仕事だから、斎藤さんはもっとキャラクターを愛することに力を注いでください』と声をかけてくださり、できるだけプレーンに、キャラクターの愛しさが伝わるようにと洗練して作ったお話です」という斎藤さんの言葉が伝えられました(参照:電子コミック大賞「かわいいひと」に流れ星・ちゅうえい「男子でもキュンキュン」)。

「さみしいひと」の連載終了後に担当さんが変わって、初めての打ち合わせのときにかけてくださった言葉だったと思います。行き詰まっていたときは、自分に何が描けるのかわからず闇雲に焦っていたので、担当さんの言葉で安心してお話作りに集中できたのも大きかったですし、期待に応えたいとがんばることができました。感謝しています。

花園くんをふくよかにするか三白眼にするかで迷った

──「かわいいひと」を描くうえで悩んだことはありますか?

キャラクターのやり取りを楽しんでもらうため、情報量を増やしすぎないことに一番気を配っていました。あとは主人公たちが出かける場所にできるだけ取材に行くようにしていましたが、時間を作るのが大変でしたね。

──花園くんと日和が旅行した箱根や沖縄、すごく行きたくなりました。花園くんは、自分の目つきの悪さと顔の怖さに悩む主人公でしたが、こういったキャラクタービジュアルにした理由は?

「かわいいひと」の花園くんは、顔の怖さがコンプレックス。

コンプレックスのあるヒーローがかわいいヒロインに「かわいい」と言われるお話にしたかったので、ふくよかにするか三白眼にするかで迷った末、三白眼のほうにしました。

──ふくよかな主人公だった可能性もあるんですね!

はい(笑)。三白眼にした結果、掲載前から担当さんやアシスタントさんが花園くんのビジュアルをいいと言ってくださり、そんなことは初めてだったのでとても浮かれました。

──描いていて楽しかったキャラクター、逆に難しかったキャラクターは誰ですか?

どのキャラクターも楽しく描いていましたが、担当さんには「母ちゃん好きでしょ」と言われました。描くのが難しかったのは初登場時の原っちです。「花園くんが信頼している友達だけど、日和が苦手意識を隠せない」という塩梅が……。彼女のまゆこを登場させてからは、原っちはむしろ描きやすかったです。

AneLaLa2017年6月号では、「かわいいひと」と「天堂家物語」が表紙を飾った。

──「かわいいひと」は「天堂家物語」とほぼ同時の2014年にスタートし、1巻も2015年5月と8月発売と、2作は同時に連載されてきました。斎藤さんは、ご自身を筆の早い作家だと思いますか?

まったく思いません……。どの作業も人より遅いと感じているので、同時連載は大変でした。ただ、「かわいいひと」と「天堂家物語」はどちらも描くのが楽しく、交互に描いたことがいい気分転換になって、気持ち的にはつらく感じませんでした。バナー広告などで取り上げていただいて、たくさんの反応がもらえたことも、ものすごい原動力になりました。

──「花の名前」は心に闇を抱えた小説家と自分を見失った少女の情念豊かなロマンス、「with!!」は兄妹の入れ替わりストーリー、「プレゼントは真珠」は貴族同士のラブコメ、「かわいいひと」は顔の怖い青年と引っ込み思案な美少女のほんわかラブストーリー、そして「天堂家物語」はレトロロマンスと、これまでさまざまな舞台・時代・設定のマンガを描かれてきました。どんなときに物語を思い付くのでしょうか?

どんなときに、と決まっているわけではないのですが、何かをしているときにふと物語のワンシーンが思い浮かぶことがあるので、それをストックしてお話を広げています。ストックがないときは無理矢理捻り出しています。

──先ほども「観覧車の中で泣いている男の子を抱きしめるシーン」や「玉座に座る泣き顔の男の子のイメージ」から話を広げたとおっしゃっていましたね。さまざまな物語を描く中で、特に意識していることはありますか?

以前は同じ人が描いたとは思えないようなお話を描いて驚かせたい、という気持ちがありましたが、今はどんなお話でも私だから描ける部分を磨いていけたらと思っています。意識しすぎると描けなくなってしまいそうなので、ふんわりと心がけています。

──最後に斎藤さんのファンとLaLaの読者にメッセージをお願いします。

振り返ってみて、改めて今もマンガを描き続けていられるのは夢みたいなことだなあと思いました。自分がLaLa本誌で連載しているというのも、いまだに信じがたいです。支えてくださった方々のおかげだと思います。面白いマンガを描いて、たくさんの人に読んでもらいたい、という気持ちはずっと変わりません。課題はたくさんありますが、これからも試行錯誤しながらがんばっていけたらと思います。楽しんでいただけますように!


2021年9月24日更新