小説家という存在に強い憧れがある
──斎藤さんは2003年にデビューしているので、マンガ家になって18年。もうすぐ画業20周年です。
目の前の締め切りまで必死にがんばることの繰り返しだったので、18年も経っていたとは……。不思議な気持ちです。今もマンガを描いていられるのは、本当にありがたいです。
──マンガを描き続けてこれた原動力はなんだと思いますか?
読んだ方から感想をいただける喜びと、「次はもっとうまく描けるはず」という悔しさのおかげではないかと思います。
──喜びを糧に、悔しさをバネに描いてきたんですね。今日は斎藤さんがこれまでに描いてきたマンガについても聞きたいと思っています。初単行本となった「花の名前」は、両親を亡くして心を閉ざしてしまった少女・蝶子と、彼女を引き取った遠縁の小説家・京のラブストーリーでした。どういう発想からこの物語を思い付いたんですか?
気難しい小説家とおっとりした美少女が同居していて、日本家屋の静かな生活があって、最終的に小説家が少女を引き止めるために本で告白するという流れが描きたかったのだと思います。
──第1話はまさにそういうお話でしたね。
単行本の柱でも触れましたが、第一稿のネームは冒頭4ページの間、京が蝶子に怒鳴り散らして、蝶子がぼーっと聞いているという導入で、担当さんに「この娘は大丈夫なの……?」と心配させてしまいました。お話を練る過程で蝶子が庭の花の名前を列挙するシーンを思い付き、これはすごくいいぞ!と高揚しました。
──美しいシーンでした。添えられている言葉も詩的で……。作中で使われている言葉もそうですが、京が小説家だったり、蝶子が大学で文学サークルである大正文士の会に入ったりと、やはり斎藤さんの作品からは文学の影響を感じます。小説はお好きですか?
はい。父が読書家だったこともあってたくさんの本に触れる機会があり、今も昔も小説家という存在に強い憧れがあります。
──憧れる気持ちが、マンガにも滲み出ているのかもしれませんね。「花の名前」は居場所を失った蝶子の再生と成長を描くとともに、京の心の闇が見え隠れしていく展開に「京はどうなっちゃうんだ……!?」と引き込まれました。初期の段階では、どのあたりの展開まで構想していたのでしょうか?
京の過去や蝶子の両親のことなどは、2話目を考えてる頃にはだいたいできていたと思います。1話目が雑誌に載った後、アンケートがいいから続きをと言われたわけでもなく、続きを描いていいのかわからないまま、恐る恐る続きのネームを描いて(編集部で開催される)選考会に出していました。
──スルッと審査に出してたんですね(笑)。
担当さんの懐の広さがあったからこそできたことだと思います。そうこうしていくうちに単行本を出していただくことが決まり、そろそろ大丈夫なのかな?というタイミングで話を動かしました。
──なるほど。2巻から話が動いた印象があったんです。蝶子が大正文士の会に入ったり、京の心を乱す存在である伊織が登場したり、蝶子と京、そして京の友人編集者・秋山がメインだった世界がグッと広がったというか。「花の名前」は2004年スタートなので、まだデビューされて間もない頃の作品ですが、印象的な思い出はありますか?
もともと「花の名前」はアテナ新人大賞に投稿する予定だったのですが、先にLMGでデビューすることが決まったので、完成原稿をそのままLaLa DXのネーム選考に出すことになり、ありがたいことに掲載が決まった作品です。雑誌掲載にあたり、担当さんが「描き直したほうがいいと思う」と言ってくださったのが印象深いです。
──完成原稿を描き直すのは、かなり大変なのでは……。
当時は32ページをまるまる描き直し……!と驚きましたが、投稿時のへなちょこな絵を考えると、あのとき描き直したおかげで単行本まで出すことができたのだと思います。美人な担当さんの圧が怖かったこともあり、印象深い、いい思い出です。感謝しかないです。
“別れ”と不安感を描きたかった「with!!」、
疲れないものを描きたかった「プレゼントは真珠」
──「花の名前」をLaLa DXで連載中、LaLaで「with!!」の連載も始まりました。どういった経緯で2作同時連載がスタートしたんですか?
当時の担当さんとの目標が本誌連載だったので、「何か連載を狙えるアイデアはある?」と聞かれて「with!!」のお話をしたと思います。主要なキャラクターは高校生のときに考えたもので、“別れ”を描きたくて考えたお話でした。集中連載が決まってとてもうれしかったのですが、私生活が忙しかったこともあり、とにかく時間が足りなくて大変だった記憶があります。行き倒れるように床で寝ていました……。
──「with!!」は死んだ兄・司朗の意識が妹・真砂の体に乗り移り、兄妹2人が二重生活を送ることになる現代高校生の成長譚。確かに兄妹が“別れ”を経験します。ストーリー全体の流れは、斎藤さんの思い通りになりましたか?
打ち切りと復活を何度か繰り返したので、思い通りと言い切ることはできませんが、全体的な流れは概ね構想どおりに描くことができたと思います。本当に兄が乗り移っているのか、真砂の自作自演なのか、傍から見てわからない不安感を描きたかったので、そこまで描くことができてうれしかったです。
──次の連載作「プレゼントは真珠」はシリアスな印象があったこれまでの連載や読み切りから一転、かなりコメディに振った作品でしたね。1巻の「パティシエの両腕を折ってクビにして下さい」というセリフや4巻でD様連合のお兄様が泣き叫ぶページは思わず吹き出してしまって……(笑)。
ありがとうございます(笑)。D様連合のお兄様登場シーンは当時の担当さんも爆笑してくれました。第1話の「子宮からやり直してこい」も担当さんに褒めてもらえてうれしかったです。自分も読者も疲れないものを描きたいと思っていたので、「真面目じゃないぞ!」というオチをつけるのが楽しくて。
──第1話、“ケーキみたいな女の子”だと思っていた真珠が実は25歳でSっ気のある才女だと判明したラストは驚きました。16歳で冴えない男爵家のお坊ちゃん・エドワードの成長も微笑ましくて。2人のキャラクター造形はどのようにしてできあがったんでしょうか?
玉座に座る泣き顔の男の子のイメージからお話を広げていったので、エドワードのキャラクター造形は最初のイメージ通りです。真珠は1話目のオチに沿って性格を決めましたが、思っていたよりずっと好きなキャラクターになりました。担当さんが、最初の頃は「真珠」と呼んでいたのに、途中から「真珠さん」と呼び始めて面白かったです(笑)。
──「思わず平伏してしまうほどの眼力」「己が能力へのゆるぎない自信」「比類なき冷徹さ」「何者にも侵されぬ孤高のプライド」とD様連合のお兄様が称えるような才能に加え、サディスティックで奇行癖もあるスーパー伯爵令嬢ですからね(笑)。「プレゼントは真珠」は2012年に全4巻で完結しました。
5巻分の構想を立てていたのですが、残念ながら本が売れず打ち切りになってしまったんです。4巻分でうまくまとめるのが大変でした。
次のページ »
「かわいいひと」がたくさんの人に受け入れてもらえた理由
2021年9月24日更新