LaLa(白泉社)の創刊45周年を記念した本特集も、今回で6回目。AneLaLaとLaLa DX(ともに白泉社)で連載された「かわいいひと」で「みんなが選ぶ!! 電子コミック大賞 2018」の大賞を獲得し、現在はLaLaで「天堂家物語」を連載中の斎藤けんに登場してもらった。2003年に「月光スパイス」でデビューを飾り、「花の名前」「with!!」「プレゼントは真珠」と1作ごとに異なるテイストの物語を発表してきた斎藤。最新作のレトロロマンス「天堂家物語」やヒット作「かわいいひと」の創作秘話から、これまであまり明かされてこなかった作品への思いまでじっくりと深掘りしていく。
取材・文 / 三木美波
「天堂家物語」の緊張感のある導入、とても気に入っています
──LaLaで連載中の「天堂家物語」は死にたがりの少女・らんと、生きては出られぬという噂のある天堂家の令息・雅人のレトロロマンスです。物語の発想の原点はどのようなものだったのでしょうか?
“冷酷非道な軍服の男と向かい合った少女が、「死ね」と言われて死のうとするが止められる”という冒頭の流れと、雅人とらんのキャラクターができていて、「プレゼントは真珠」を描いていた頃からこれを描きたい!と意気込んでいたのですが、プロットを出したらボツになってしまって。一度は諦めたのですが、担当さんが変わったタイミングで再度チャレンジしたら描かせていただけることになり、うれしくて天にも昇る心地でした。
──構想から内容はほぼ変わってないのでしょうか?
いえ、初めはタイトルも「天堂家物語」ではなく、雅人は政府の役人、らんは人身御供の身代わりの少女で、2人で旅をするお話にする予定でした。お話を練る中で、自分はもっと狭い範囲の話のほうが得意かもしれないと思い、“家”という縛りを作って、らんを偽物の花嫁として家に来させるようにしました。冒頭シーンの流れはほぼ第一稿のままで、緊張感のある導入でとても気に入っています。
──現在発売されている9巻までの「天堂家物語」のストーリーを振り返ってみて、特に印象に残っているシーンを3つ挙げるとしたらどれになりますか?
1つ目は第3話の犬を倒すシーンです。見開きで犬を倒すネームを描いたとき、カーッと興奮しました。
──スピード感と迫力のあるシーンでしたね。女子マンガ研究家の小田真琴さんも「見開きの構図の美しさよ……」と絶賛されていました(参照:LaLa45周年特集、女子マンガ研究家・小田真琴の全連載作レビュー)。
ありがとうございます。2つ目は第4話で雅人が軍服を脱ぐシーン。軍服の美男子を描くと決めたときから、軍服をストリップのように1枚ずつ脱ぎながら迫ってくる場面を描きたいと思っていたので、描けて本望でした。
──手袋を脱ぎ、帽子を取り、ボタンを外し……とどんどん脱いでいく雅人が「俺の躰に傷をつけた責任をとれ」と迫ってくるシーン、色っぽくてドキドキしました。
ページ数に制限がなければ、脱ぐシーンをもう2ページくらい増やしたかったです(笑)。
──より官能的になる可能性があったんですね(笑)。3つ目は?
第15話で「黄泉路の果てから引き摺り戻してやる」と雅人が言うシーンです。
──らんが雅人を庇って殺し屋に刺されてしまい、もともと人を助けて死にたかったらんは雅人にお礼を言うけど……という緊迫したエピソードの中のセリフでしたね。
連載前から描きたかった場面だったので、ここまで描くことができて感慨深かったです。
──「天堂家物語」の全体の流れは、斎藤さんの思い通りになっていますでしょうか? それとも斎藤さんご自身の考えていなかったような展開になりましたか?
私は終わりから話を考えるタイプなので、だいたいの流れは決めているんですが、細かいところは変化しています。その中でも大きな分岐点として、6巻でらんを村から連れ出したときに雅人がらんを手籠めにするか否かで2年くらい悩みました。もともとは手籠めにする方向で考えていましたが、担当さんと少女マンガにおけるヒロインの処女性について議論を重ね、悩んだ結果、この場面ではなしにしました。描き方が紛らわしかったようで、「どちらかわからない」という感想をちらほらと見かけて、申し訳なかったです。
──25話の「男女のする事」終盤から26話の「過去」序盤のシーンですね。一度離れた2人が再会したエピソードで、たぶん手籠めにはしていないんだろうな……と思っていたのですが、斎藤さんの口から聞けてスッキリしました。“手籠め”という言葉も時代がかっていて「天堂家物語」らしいです。そういえば、「天堂家物語」の時代設定は決めていらっしゃいますか? らんは“御一新”(明治維新)のときに活躍したという老人に育てられたので、物語の舞台は明治から大正あたりだとは思うのですが……。
6巻までは明治時代、7巻からは大正時代のつもりで描いています。お話の中では出ていませんが、明治維新時のじっちゃんの暗躍の影響で今とは少し歴史が違い、元号も大正ではないかもしれないという設定です。
──そんなワクワクする設定が。
ただ、それだと大正ロマンと言えなくなってしまうかもしれないので、あくまで裏設定として楽しんでいます(笑)。
人生で一番最初にファンになった作家さんは篠原千絵先生
──描いていて楽しいキャラクターは誰ですか?
「天堂家物語」は癖のある人が多いので、どのキャラクターも描いていて楽しいです。特に時代がかったセリフを言わせるようなときが楽しいですね。物語の核心に触れるような場面になると、どのキャラクターに何をどう言わせるかで悩んでしまいます。
──「お前に所有の証を刻むだけだ…!」といった決めゼリフだけでなく、「失礼、乱心した」とか「天堂家の書生としての忠言か それとも お前自身の懇望か」とかちょっとしたセリフまで、斎藤さんの生み出す言葉は力強いですよね。「天堂家物語」だけでなく、初連載作の「花の名前」からしてヒーローが小説家で、紡がれるセリフやモノローグが魅力的でした。マンガの重要な要素である言葉について、どのようなことを心がけていますか?
セリフやモノローグは、できるだけわかりやすく胸に響くものになるよう何度も推敲しています。セリフを区切る箇所、フキダシやモノローグの位置でも感じ方が変わると思うので、作画中も悩みながら最適解を探って。特別な言語センスがあるわけではないという自覚があるので、担当さんに相談したりしながら、ギリギリまで妥協せず考えるよう心がけています。セリフと絵がばちっと決まると最高にうれしいです。
──ちなみにマンガ作りではお話を考えるのと、絵を描くのはどちらがお好きですか?
お話を考えるほうが好きです。
──マンガ作りに関して、影響を受けた作家や作品は?
いろんな作品や作家さんから影響を受けていると思いますが、人生で一番最初にファンになった作家さんは篠原千絵先生です。姉が友達に借りた篠原千絵先生のマンガを、頼み込んで読ませてもらって。その後苦心して自分で買い揃えて、宝物入れに大事にしまっていました。2018年の篠原千絵原画展にも行きました。
──少女コミック(小学館)の50周年を記念して、池袋で行われた原画展ですね。
そこで「海の闇、月の影」のマチ付きポーチを購入し、旅行に持って行ったら、友達に「それってもしかして『海の闇、月の影』……?」と気付いてもらえてすごくうれしかったです(笑)。
──好きな作品のグッズを気付いてもらえるのってうれしいですよね。斎藤さんはいつくらいからマンガを描いていらっしゃったんですか?
小さい頃からマンガが好きで自分でも描いていたのですが、机の引き出しの奥に隠して内緒で描いていて。投稿を始めたときは、デビューへの憧れもありましたが、誰かに読んでもらって批評がもらえることが無性にうれしかったです。LMG(ララまんがグランプリ)で最終選考に残って担当さんに付いていただくことになり、「もしかしてマンガ家になれるのでは」と意識が切り替わりました。
──LaLaは読んでいましたか?
初めて買ったLaLaの単行本は「みかん・絵日記」でした。かわいくて優しく、ほろ苦いお話とイラストが大好きで。雑誌のLaLaを買い始めたのは、高校生くらいからです。きっかけは友達が「彼氏彼女の事情」を「すごく面白いよ」と勧めてくれたからだったと思います。雑誌に載っているお話がすべて面白くて、毎月どの作品から読むか真剣に迷っていました。幸せな時間でした。
──投稿先にLaLaを選んだ理由は?
大好きな雑誌だったことはもちろんですが、山岸涼子先生の「日出処の天子」が掲載されていた雑誌だと知ったことも大きな理由になりました。小学生の頃に、母が所有していた「日出処の天子」を内緒で読んで、内容の凄まじさを受け止めきれずに具合が悪くなってしまって。母に「あんたにはまだ早いよ」と怒られました。その後も何度も読んで、思い入れのある作品だったので、何気なく掲載誌を確認したときにLaLaという字を見てこれは……!と。
──「日出処の天子」は物語の吸引力みたいなものが圧倒的ですよね。
本当に。いつ読んでも最高に面白いです。
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小説家という存在に強い憧れがある
2021年9月24日更新