「ひねもすのたり日記」|ちばてつやインタビュー のたりのたりと楽しみながら、過去と今を描いていく

「あしたのジョー」「のたり松太郎」などで知られるちばてつやによる18年ぶりの単行本「ひねもすのたり日記」が発売された。同作はビッグコミック(小学館)の巻末に掲載されている4ページのショートストーリーで、ちばが満洲で過ごした幼少期から最近のちょっとしたエピソードまで、その半生をフルカラーで綴っている。

コミックナタリーでは単行本の発売を記念し、ちばにインタビューを実施。「楽しんで描いている」という同作に込めた思いや執筆のうえでの工夫、これから描きたいエピソードなどを語ってもらった。またビッグコミックの創刊50周年を記念して発売される単行本の数々も紹介。こちらもあわせてチェックしてほしい。

取材・文 / 熊瀬哲子 撮影 / 佐藤類

ちばてつやインタビュー

だってかわいいんだもん

──18年ぶりとなる単行本の発売、おめでとうございます。ちば先生の作品を楽しみにしている方がたくさんいたと思いますが、発売された今の心境を教えてください。

ちばてつや

私は18年ぶりっていうのは全然考えてなかったんです。そう言われてみればマンガの連載をしたのも(ビッグコミックで連載していた「のたり松太郎」以来)18年ぶりだな、くらいの感覚で。今は大学で講師もしているので、学生たちに課題を出すときに「私はこういうふうに描くよ」という例としていくつかマンガを描いたりしてるんですよ。定期的に雑誌のイラストも描いたりしてるから、自分としては休んでる気はまったくなかったの(笑)。前みたいに週刊連載でいつも編集さんがそばにいて時間に追われて……という仕事ではなかったけども、絵やマンガを描く仕事は続けていたんでね。周りの人に言われて「そうか、18年ぶりになるんだなあ」としみじみする感じでしたよ。

──連載が始まった際にお話を伺ったときは(参照:ちばてつや、水木しげる作品のオマージュなど新連載への思いを語る)、さいとう・たかを先生や北見けんいち先生らマンガ家の皆さんに「何か描け!」と言われていたとおっしゃっていましたよね。

「ひねもすのたり日記」より、「ゴルゴ13」の連載45周年のお祝いパーティーにて、さいとう・たかをから「なぜ休んでばかりいるんだ」と指摘されるシーン。

そうですね。「まだまだそうやって元気に歩いてるぐらいなんだから、もったいないから何か描きなよ」と言われてましたね。連載が始まってからも「4ページじゃなくてもっとたくさん描け」なんて言う人もいたんだけど(笑)、ビッグコミックのこの巻末はページ数が決まっているからね。私だってホントはもっと描きたいんですよ?(笑)

──(笑)。「ひねもすのたり日記」の中にもたくさんマンガ家の先生方が出てきますが、皆さんからの反応はいかがですか?

まあ、大体評判は悪いですね(笑)。「友達のことはみんな憎らしく描いて、自分だけかわいく描いてズルい」って言うんだよね。でもしょうがないよね? だってかわいいんだもん(笑)。

──あはは(笑)。確かにちば先生はとてもチャーミングです。

そうでしょう(笑)。ちょっと申し訳ないとも思うんだけど、やっぱりどうしてもかわいく描いちゃうんだよなあ。子供の頃の僕も、こんなにかわいくはなかったと思うんだけど、いや、もっとかわいかったかな(笑)。ただやっぱりこの物語のうえでは主人公だし、あんまり気の抜けた、すすけたような顔が主人公じゃつまんないだろうなと思ってね。そういう意識もあったし、小さいときの姿はみんなとっくに時効だから……と思って楽しんで描いています。

「ひねもすのたり日記」より、さいとう・たかを。

──一方で作中に登場するマンガ家の皆さんも、例えばさいとう・たかを先生はマフィアのボスを思わせるような迫力があったりと、本当のマンガのキャラクターのようです。

対照的で面白いでしょう。だけど本当にあんな雰囲気なんですよ。皆さんのことをそのまんま描いてるんだけど、「どうもワシのことを悪く描いてる」とか「威張ってるように描いてる」とか言われちゃってね。決して悪く描いてるわけじゃないんだけど、あるがままの雰囲気を出そうとするとこうなっちゃうんです(笑)。

描き込んであるのに読みやすい「ひねもすのたり日記」

──昨年行われた「2017年小学館 新企画発表会」のときに、「ひねもすのたり日記」は「4ページにまとめるのが意外に難しかった」とお話されていました(参照:ちばてつや18年ぶり単行本が1月に、「疲れた人たちの肩の力が抜けたらいいな」)。やっぱり普通のストーリーマンガと4ページのショートストーリーでは全然違うものでしょうか。

ええ。私はこれまでどちらかと言うと長編のストーリーマンガを描いてきて、「次はどうなるんだろう」という展開が気になるところで「つづく」とするようなことをやってきたから、物語をたった4ページに収めるっていうのは非常に難しかったです。

──「ひねもすのたり日記」では1話完結のエピソードも多いですしね。

そうそう。(満州からの)引き揚げのときの長い道中の話だとか、マンガを描くようになったきっかけの話はどうしても1話だけじゃ描ききれないので「つづく」にはなってしまうんだけどね。だけど短くても1話1話区切りがついて、しかも読み応えがあるように、とできるだけ努力はしています。

──背景の描き込みも細かいです。

「ひねもすのたり日記」より。背景の小物も細かく描き込まれている。

それがね、私は新人マンガ家さんやうちの学生たちに、「背景はあまり描き込んじゃダメだよ。できるだけ白いところを残して読者に感じさせなさい」「そのほうが読みやすいんだからね。だからできるだけ白い部分を残すことを大事にしなさい」っていつも言ってたの。だけどこれ(「ひねもすのたり日記」)を読んだら描き込んじゃってるから、学生たちからしたら「あの先生、嘘ついてる」「自分はこれだけ描き込んでおいて」と言われちゃうかなと(笑)。でも背景を描き込んでるっていうのも、単行本になってから初めて気がついたの。雑誌のときはもう少しサイズも大きかったから気にならなくて。

──自宅に転がっている小物まで細かく描かれているので「ちば先生の家にはこんなものが置いてあるんだ」とか、隅々まで見て楽しんでいました。

そうやって楽しんでくれるんだったらありがたいんだけどね。マンガっていうのは、読み込むものじゃなくて眺めるものなんですよ。パラパラって読みながらしっかり感じさせるというのが私は一番いいなと思っているので、そういう意味ではちょっと描き込みすぎちゃったなと。私みたいな年齢の人や目が少し弱くなった人は読んでいてつらいかなと思う。

──じゃあ意図してこれだけの細かさで描かれていたわけではなかったんですね。

ちばてつや

学生たちはみんなパソコンでマンガを描くようになってるから、画面を拡大しながら描くんですよ。そうするとついびっしりと背景を描き込んでしまうから、それが見開きになったときに画面がぎゅうぎゅうになって読みづらくなってしまう。だからいつも「描き込みすぎないように」と注意しているんです。私の場合は紙の原稿に描いているからそこまで画面がぎっしりになることはないんだけど、やっぱり顔の近くに寄せて描いてしまうからね、読み返したときについつい描き込みすぎたかな……という印象はありました。だけど担当編集さんも「読みやすい」って言ってくれたからまあいいかなって。

──いや、本当に読みやすいですよ。

本当に? よかった。じゃあ「読みやすい」ってでっかく描いておいて! 「描き込んであるのに読みやすい」って(笑)。

──わかりました(笑)。連載が始まった際にお話をお伺いしたときも、「ペンの軸の尻尾のほうをつまんで持つように描いている。ふらふらっとした絵で、それが味になればいいかなと」とおっしゃっていました。

ときどき忘れて根元を持ってしまうこともあるんですけど、スケッチするときも鉛筆の根元じゃなくて、端っこを持って全体をつかんで描くでしょう? そんな感じの線で描けたらいいなと思っているんです。

──そうやって力が抜けて、ゆるゆるっとした線で描かれている犬や子供の気の抜けた表情もかわいいです。

「ひねもすのたり日記」より。「ひねもすのたり日記」より。

そう、ゆるゆるでね。パースなんかも少し狂ってるほうがいいかなと思ったの。家が歪んでたり、部屋が歪んでたり、顔も歪んでたり。それで味わいが出たらいいなと思っています。

──背景にも定規は使われてないですよね?

99%手描きですね。真っ直ぐなビルがある背景でも、やっぱりヨレヨレっとなっている線が好きなんでね。ほとんどフリーハンドです。

──きっちりとした線で描き込まれているわけじゃないから、これだけ線が多くても疲れないですし、どこかホッとする印象を受けます。

そうですか。そういうふうに読んでくれたらうれしいですね。例えば戦争の話だとか、先輩が亡くなった話だとか、ちょっと重い話も描いているんでね。つらいエピソードもあるんですけど、それでも読んだあとにホッとするような癒やしを感じながら読んでくれたら、うれしいなと思います。

ちばてつや「ひねもすのたり日記①」
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ちばてつや
ちばてつや
1939年1月11日東京都生まれ満州育ち。本名は千葉徹弥。1956年にデビュー。1961年に週刊少年マガジン(講談社)にて、原作に福本和也を迎え「ちかいの魔球」を連載開始。翌年少女クラブにて「1.2.3と4.5.ロク」を連載し第3回講談社児童まんが賞を受賞、1965年に週刊少年マガジンで連載した「ハリスの旋風」は翌年アニメ化された。 1968年、同誌にて高森朝雄とタッグを組み、ボクシングを題材にした「あしたのジョー」を連載。ライバルである力石徹が作中で死んだ際には、実際に葬儀が行われるほどの社会現象を巻き起こした。同作は1970年と1980年にアニメ化、1970年と2011年に実写映画化、1980年とその翌年にアニメ映画化がなされた。1973年、週刊少年マガジンにて「おれは鉄兵」、ビッグコミック(小学館)には「のたり松太郎」を連載。2作ともヒット作となり、「おれは鉄兵」は1976年に第7回講談社出版文化賞を受賞、「のたり松太郎」は翌年第6回日本漫画家協会特別賞および1978年第23回小学館漫画賞を受賞した。1981年、週刊少年マガジンにて「あした天気になあれ」を連載する。2001年に文部科学大臣賞を受賞、2002年には紫綬褒章を授与された。2018年4月には「あしたのジョー」の連載開始50周年を記念し、同作を原案としたオリジナルアニメ「メガロボクス」が放送される。現在はビッグコミックにて「ひねもすのたり日記」を連載中。