ナタリー PowerPush - ヘルタースケルター

岡崎京子担当編集が明かす連載当時と、蜷川実花監督が語る原作への思い入れ

7月14日より全国で上映が開始された映画「ヘルタースケルター」は、岡崎京子の名作を原作としたことでマンガファンの注目を早いうちから浴びていた。

コミックナタリーではこの映画にマンガファンの視点から迫るべく、まずは1995年から96年まで同作が連載されていたフィール・ヤング(祥伝社)の編集を手がける「シュークリーム」代表取締役、吉田朗に話を聞いた。吉田は90年代初頭から岡崎京子の担当編集者であり、アシスタントを除けば当時誰よりも「ヘルタースケルター」に近い場所にいた人物と考えていいだろう。果たして「ヘルタースケルター」が生まれた背景はどんなものだったのか?

また特集後半では、映画を手がけた蜷川実花監督にもインタビューを敢行。「さくらん」(2007年)に続き映画監督2作目が、なぜ「ヘルタースケルター」だったのかということから、岡崎作品に挑戦する意志などまでを語ってもらった。沢尻エリカを中心とするキャスト、蜷川監督が作り上げる独特の世界観がどのように原作を昇華させていくのか? その秘密に迫る。

取材・文/ばるぼら 撮影/唐木元(吉田朗)、平岩紗希(蜷川実花)

岡崎京子担当編集・吉田朗インタビュー

僕は手ぶらなのに岡崎さんは菓子折り持ってきて

──「ヘルタースケルター」前史からお聞きしたいんですが、祥伝社からは「ヘルタースケルター」の前にも単行本が出ていますね。

弊社が編集したコミックスは、事故前に「マジック・ポイント」「エンド・オブ・ザ・ワールド」「私は貴兄のオモチャなの」の3冊、事故後に「ヘルタースケルター」と「未刊行作品集 森」の全部で5冊です。2012年に新装版で「マジック・ポイント」と「エンド・オブ・ザ・ワールド」も出し直しました。

単行本「ヘルタースケルター」の口絵より。

──岡崎さんとはいつからの付き合いですか。

フィール・ヤングで原稿をお願いしてからですね。フィール・ヤングという雑誌はもともとフィールというレディース・コミック誌の増刊で始まったんですが、好評で月刊化することになって、そのタイミングで僕も手伝うことになったんです。最初は桜沢エリカさんにお願いして、次が岡崎さん。僕が担当したマンガ家さんはほかに内田春菊さん、安野モヨコさん、やまだないとさん、南Q太さん、おかざき真里さんなどですね。

──岡崎さんに最初に依頼しに行った時のことを覚えていますか。

もともと作品を読んですごく面白いと思っていたので、当時飛鳥新社にいた赤田祐一さんに連絡先を教えてもらって会いに行ったのではないかと思います。下北の喫茶店でお会いしました。

──フィール・ヤングでの最初の仕事は1992年3月号のカラーイラスト「si:krit」ですね。その次に同年9月号のイラストエッセイ「ちかごろのアタシ」と、増刊「世紀末ラブストーリーズ」(1992年9月)で読み切り「エンド・オブ・ザ・ワールド」。

いきなりスケジュールが空いてるわけではないので、まずは少しずつお願いしました。その後連載をお願いした際、「大原まり子さんの原作でなら描いてみたい」と。その頃、岡崎さんはヤング・ロゼ(角川書店、1990年2月創刊~1997年8月休刊)で描いていました。僕の推測ですが、ヤング・ロゼとフィール・ヤングは競合誌的な存在だから、フィール・ヤングでの連載は原作付きで、と考えたのかもしれません。

2012年に刊行された「マジック・ポイント」新装版。

──それで「マジック・ポイント」(1993年4月号~9月号)。

大原さんは日本SF大賞を獲る直前で注目の作家でした。もともと大原さんの小説の表紙イラストを描いていたそうですし、岡崎さんも注目していたのでしょう。2人で大原さんにお願いしに行くときに、僕は待ち合わせに手ぶらで行ったら、岡崎さんは菓子折りを持ってきていて、「あ、それは編集者の仕事だったな」と思ったのをよく覚えています(笑)。僕と大原さんは同い年くらい、岡崎さんは5つ下、いろんな話をして、大原さんも「じゃあ書いてみますよ」とおっしゃって下さって。「最近ゲームばっかりやってるから、ゲームっぽい原作で」ということで、ではそれでお願いしますとなりました。

トーンを貼ってる時間がないから、雑誌に載ってる原稿は白い

──祥伝社から出た単行本のあとがきには吉田さんの名前が毎回登場していますが、「マジック・ポイント」では『私のわがままを忍耐強くフォローしてくださったシュークリームの吉田さん』と書かれています。どんな“わがまま”だったんでしょうか?

わがままなんて言われたかな? 僕は基本的に作家にお任せで、感想意見は言いますが、内容をどうこうしろという指示はあまりしません。だからそういうことじゃないのかな、作家の好きなように描いてもらったという。

──他にあとがきでは毎回吉田さんに原稿遅れてすいませんと謝っています。原稿は遅かったんですか?

「私は貴兄のオモチャなの」より、見開きが印象的なシーン。

遅い人でした。だから雑誌に載ってる原稿は白いんですよ。トーンを貼ってる時間がないから。単行本にするときにトーンを貼り足して、さらに見開きの絵をバーンと入れる。あれがすごく上手いんですよね。マンガで最初に見開きの絵をバーンと効果的に使ったのは上村一夫氏だと思うんですけども、岡崎さんもそういうはっとする演出が非常に上手な人だと思います。ところで、岡崎さんは遅いんですけど、ほかにもさらに遅い人がいたんですよ。ほんとみんな締め切りを過ぎてて、深夜に岡崎さんの仕事場に原稿を取りに行ったとき、「遅くなってごめんなさい」と岡崎さんは言いつつも、もっと遅い人がいることをわかってるんですよね。「(この後に原稿を取りに行く)先生によろしく」と言われたりして(笑)。

映画「ヘルタースケルター」

原作は第8回手塚治虫文化賞マンガ大賞に輝く、岡崎京子によるマンガ。岡崎作品として、初の映画化となる。岡崎は1996年、交通事故に遭って以来、執筆活動は行なっておらず、「自分の作品が演者を通してどう昇華されていくのか、大変興味深く見守りたい」とコメントしている。監督は、世界的フォトグラファーであり、初監督作品「さくらん」がベルリン国際映画祭に正式出品、大ヒットを果たした蜷川実花。本作の映画化に宿命を感じ、約7年の歳月を重ね、ついに念願を果たす。

試写会には、数々の著名人が足を運んだ。村上隆、向井理、松田翔太、熊田曜子、千秋、中田英寿など、多くの著名人がTwitterやブログでも絶賛のコメントを寄せている。一部のコメントは公式サイトに掲載されている。

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あらすじ

芸能界の頂点に君臨するトップスターりりこ。しかし、りりこには誰にも言えない秘密があった――。彼女は全身整形。「目ん玉と爪と髪と耳とアソコ」以外は全部つくりもの。その秘密は、世の中を騒然とさせる“事件”へと繋がっていく――。整形手術の後遺症がりりこの身体を蝕み始める。美容クリニックの隠された犯罪を追う者たちの影がちらつく。さらには、結婚を狙っていた御曹司の別の女との婚約スクープ! 生まれたままの美しさでトップスターの座を脅かす後輩モデルの登場。そして、ついに……!
りりこが“冒険”の果てに辿りつく世界とは? 最後に笑うのは誰?

キャスト

沢尻エリカ、大森南朋、寺島しのぶ、綾野剛、水原希子、新井浩文、鈴木杏(友情出演)、寺島進、哀川翔、窪塚洋介(友情出演)、原田美枝子、桃井かおり

スタッフ

監督:蜷川実花 脚本:金子ありさ
原作:「ヘルタースケルター」(祥伝社フィールコミックス)
音楽:上野耕路
テーマ・ソング:浜崎あゆみ「evolution」(avex trax)
エンディング・テーマ:AA=「The Klock」(SPEEDSTAR RECORDS)
製作:映画「ヘルタースケルター」製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース エンタテインメント シネバザール
配給:アスミック・エース
©2012映画「ヘルタースケルター」製作委員会

「ヘルタースケルター 映画・原作 公式ガイドブック」 / 2012年7月6日発売 / 1260円 / 祥伝社

沢尻エリカ主演×蜷川実花監督で映画化された、岡崎京子の傑作コミック「ヘルタースケルター」の映画・原作公式ガイドブック。 映画と原作コミックのシーンを比較する「場面比較集」や、桜沢エリカ、安野モヨコをはじめとする人気作家の豪華イラスト寄稿など、ここでしか見られない企画が満載。 監督、主演、主要キャストのインタビューから、後藤繁雄、中森明夫によるスペシャルコラムまで、映画と原作を同時に楽しめる充実の内容。 蜷川監督の撮影によるフォト満載。映画ファン、原作ファン必見の1冊!

ばるぼら「岡崎京子の研究」 / 2012年7月11日発売 / 1680円 / アスペクト

岡崎京子は日本のカルチャー史に何を遺してきたのか?

1980年代から1990年代半ばにかけて活動し「pink」「東京ガールズブラボー」「リバーズ・エッジ」「ヘルタースケルター」を生んだマンガ家・岡崎京子の軌跡をほぼ網羅した研究資料集成。デビュー以前から事故後までを解説と年表で読み解く全6章。初心者から長年の愛読者まで、21世紀の岡崎京子研究の基本文献となるでしょう。