絵夢羅デビュー25周年インタビュー|「悩んで当たり前」「誰かがいる」ということを伝え続けたい

私には読者を見ることが足りてなかった

──1997年発売の花とゆめステップ増刊(白泉社)に、絵夢羅さんにとって現在もシリーズが続く代表作になった「Wジュリエット」の読み切りが掲載されました。ボーイッシュな女の子と女装男子の逆転カップルラブコメは、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか?

「Wジュリエット」1巻

まずは女装男子が描きたくて、真琴さんが先にできました。相手役のヒロインは、それに翻弄される普通の女の子だったんですが、それじゃつまらないなと思って真琴さんとは真逆の糸さんが誕生したんです。見た目を逆転させて、キャラがしっかり立ってから話がどんどんできあがっていきましたね。

──真琴のほうが先にできたキャラだったんですね! 糸のキャラは、絵夢羅さんが「友達になりたい子」として作ったとか。

私自身が超インドアで、平均よりも背が低めなほうなんです。

──動き回るアウトドア派で、身長も177cmある糸とは真逆ですね。

ええ。長身でカッコよく、行動力のありすぎるイケメン女子。当時10代だった自分が、自分にないものを持ってる“憧れ”を形にして糸を作ったんだと思います。ちなみに私は同じクラスのモブキャラとして、みんなのまわりをウロウロしながら観察してなんか描いている不審者……いや、クラスメイトに扮しているつもりでした。 “見えない第三者”と勝手に名付けていて。

「Wジュリエット」1話より。

──なるほど。絵夢羅さんが糸たちに混じって観察していることを描いている、と。「Wジュリ」は文化祭や修学旅行、夏合宿、新入生勧誘会や卒業式など、学校のイベントが盛りだくさんでテンションが高く、読者であった私も自分が参加しているような気分でした。絵夢羅さんのそういう“モブ視点”が影響しているのかもしれません。そういえば、「Wジュリ」は1巻が発売された頃に初めて読んだのですが、「糸、本当に男の子みたい! こんなに眉毛の凛々しい女の子キャラ見たことない!」と当時すごく驚いた覚えがあります。

男装女子というカテゴリは昔からあったんですが、「どう見ても女の子」というタイプが多かったですよね。真琴さんをあれだけの美女にしてしまったことだし、ここは「どう見ても男子」なヒロインを描いてしまおうと思いまして。当時はここまで凛々しい女子は見かけなかったので、新鮮だったんじゃないでしょうか?

──そうですね。糸は運動神経もよくて顔もカッコよくて性格も素直で、素敵でした。

今も昔も、ヒーローよりヒロインが人気です。

──「Wジュリ」が全14巻で完結した後、「道端の天使」「極楽同盟」「グランドサン」が発表されました。絵夢羅さんのデビュー20周年記念で同期の高尾滋さんと対談をしたときに、「『グランドサン』の連載を終えたくらいが転機だった。この方向じゃないんだな、と実感したというか」とおっしゃっていましたよね。転機だと思ったきっかけは?

「Wジュリ」の後の3作品は、どれも短期で。共通しているのは、物語を優先して「描きたい話を作った」つもりが、いざ描いてみたらキャラが思い通りに動かなかったことでした。進む道は決めてあるのに、動いてくれない。私の場合ですが、原因は物語を先に作ってからキャラを後付けしたことなのかなと。キャラがきちんと立っていなかったんですね。

──高尾さんとの対談では「自分の描きたいものではなく、読者のほうを向いて描く」と続けていましたね。

ええ。読者の好みをリサーチして、どういう子なら受け入れてもらえるか、共感をしてもらえるか、どんな関係性にするかなど、キャラを考えるときは読者のほうを見るわけです。私にはこれが足りてなかったなあと。「Wジュリ」はキャラから先に作っていたので、「グランドサン」の次の「今日も明日も。」はキャラクターを先に作りました。そうしたほうが本当にスラスラ描けるし、読者の反応もいい。現在は、キャラはキャラ、話は話で別々に考えたものをお見合いさせて物語を作っています。

“読者を見る”きっかけになった「今日も明日も。」

──2008年にスタートした“マンガ家マンガ”「今日も明日も。」は、「キャラから作った」とのことですが、マンガ家である稜とマンガ家志望のちかはどのように作られたのでしょうか? 2人の関係性については、稜を「先生」と呼ばせたかったから師弟関係にしたと単行本に書かれていましたね。

「今日も明日も。」1巻

ええ。最初は「年の差もの」「先生と生徒」をキーワードに稜ちゃんとちかちゃんを作りました。しかし、ガチの教師はどうか……と思い悩み、「先生と弟子」になって私にとって身近なマンガ家マンガにして。今描くとしたらちかちゃんは18歳くらいにしてるんですけど、あの天真爛漫なキャラと外見ではやっぱり15歳ですよね。

──ちかは天衣無縫な部分もありますが無垢でいたいけなところも魅力なので、15歳がイメージにぴったりですね。物語の終盤では高校生活も終わり、番外編では成人式も描かれるくらい成長しますが。

実は最初、稜ちゃんとちかちゃんは10歳差だったんですけど、担当さんの希望で8歳差になったんです。まあ10だろうが8だろうが稜ちゃん、アウトですけど。

──あはは(笑)。稜はちかの成長をずっと大事に見守っていたので、恋の決着がついたときは感無量でした。「今日あす」は15歳の少女・ちかではなく23歳の大人である稜の視点で進むところも、これまでの絵夢羅さんの作品とはひと味違いましたね。

ちかちゃんは思考が謎のほうがいいと思って、あえて稜ちゃん視点にしました。大人な稜がだんだんほだされていく様を描けて楽しかったです。

「今日も明日も。」より、ちかとデートする夏澄。

──「今日あす」には「Wジュリ」の糸と真の子供である夏澄が、ちかに好意を寄せる同級生として大活躍しました。成田一家を登場させたのは、どういった経緯からなのでしょうか?

ちかちゃんへの思いに気付かないフリをしているダメな先生を焦らせるために、お似合いのカッコかわいい同級生を用意しなくては!とスケッチしていたら、どう考えてもあの2人の息子が出てきてしまい。これはもう描くしかないだろ……と。

──今も連載中の「WジュリエットⅡ」は高校卒業後に芸能界に進んだ役者の糸と真を描いているので、2人の子供となると言うなれば「WジュリⅡ」の未来の話なんですね。

まさか当時はここまで話が広がるとは思っていませんでした。

──「今日あす」はラブコメですが、少女マンガ家の稜がマンガ家志望のちかにマンガのイロハを教える“マンガ家マンガ”の側面もあります。マンガ家マンガは作者が自分の職業を改めて客観的に見ることになる面白いテーマですが、絵夢羅さんのマンガ作りに対する思いは「今日あす」を描いて変化がありましたか?

描きながら初心にかえっていました。「ああ、こうだったなあ」と。まるでちかちゃんを見る稜ちゃんのようですね。あと、この作品は“共感”をちゃんとしてもらえているか、こちらの専門知識で突っ走りすぎていないか、逆に説明過多で読みづらくなってしまっていないか、作家さんの数だけ多様なやり方があるので、決めつけになっていないか。そういったことをすごく前後確認した作品でした。今もそこは継続していますが、本当に深く“読者を見る”きっかけになった作品だと思います。

ずっと「道天」の休載は気になっていた

──「今日あす」が4年の連載となって全11巻で完結した半年後、2012年に別冊花とゆめ(白泉社)でファンタジー連載「イデアの花」がスタートしました。「イデアの花」が「道端の天使」のリメイク版であると気付いたときは、「道天」の単行本の柱で「必ず最後まで描き上げる」と書いてくださった約束を果たしてくれたように感じてうれしかったです。

「イデアの花」のカラーイラスト。

ありがとうございます。当時の別花編集長に声をかけていただいたのが連載のきっかけでした。アクションやファンタジーはものすごく気力や体力を使うので、月刊ペースなら体調を損なわずもう少し絵も話もギアを上げられるんじゃないかと飛びついた次第です。ずっと「道天」の休載は気になっていたので……。

──最初はリメイク版ということは伏せられていて、「イデアの花」3巻のあとがきで明かされましたね。「道天」のキャトル、テキーラ、カルアたちの関係性は少し形を変えつつも「イデアの花」でルビィ、アズ、サンドに引き継がれ、全6巻で完結しました。

大人の事情でイチから別キャラで始めることになったんですが、ずっと描きたかった結末を描くことができて、終わったときは「ようやく」という安堵の思いでした。最初のネームから18年経ってましたから。

──この「イデアの花」から、花ゆめの“お姉さん雑誌”である別花に移籍されましたが、マンガに対する意識に変化はありましたか?

勢いだけではごまかせないので(笑)、絵も話ももっとがんばろうと思いました。幸い、月刊で時間は増えたし。花ゆめ時代は、主役の2人の恋愛を脇に置いてシリアスな話や舞台の話を描くと「それよりも2人のラブが見たい!」という意見が圧倒的だったので、なるべく真面目な話はコンパクトに、テンポよく、ダイジェストにするよう心がけていたんです。別花になって年齢層が上がったからなのか、話の結論を待っていただいたりシリアスな話も受け止めてもらえて、読者の余裕をより感じたというか。

──年齢が変わるにつれ、マンガに求めるものもマンガの読み方も変わってきますからね。例えば食べ物の好みが10代の頃は甘いもの一辺倒だったのに、大人になると苦味のあるものも美味しいと感じる人が増えるようなものかもしれません。

そうですね。別花に移動して手応えが感じられて、こちらも描ける幅が広がったようでますますマンガを描くことが楽しくなりました。