コミックナタリー Power Push - 大月悠祐子「ど根性ガエルの娘」

国民的人気作品の影で起きた家庭崩壊 実の娘が描く、父の苦悩と再生への道

私はマンガ家になるんだから、苦労しても仕方がないと思っていた

父・吉沢やすみが「ど根性ガエル」を超える次回作をという周囲からのプレッシャーに追いつめられる様子。

──父・吉沢やすみさんはマンガを描くことのプレッシャーに潰れ、失踪・自殺未遂をするほどに追い詰められたわけですが。その姿を見て大月さんは、マンガを嫌いになったりはしなかったんでしょうか。

実は、自分の家がめちゃくちゃなことになっていると実感したのは高校生になってからだったんです。小さい頃は、私と弟に被害がいかないように母がガードしてくれてたから。ただ私が美術系の学校に入って、画材代なんかを母からもらうようになって、お金を持つようになってから…… 私の財布から父がお金を抜いていくようになり、やっと現実を知った。でも、その頃にはすでにマンガやアニメ大好きのオタクになっていたので。

──マンガ家になろうと思ったのは、いつ頃?

まだ自分の家が荒れていることに気がついていない大月悠祐子(当時8歳)。

物心ついたときから、もう自然と。父の仕事部屋にマンガがとにかくいっぱいあったので、小学校の高学年くらいのときには「人を感動させるマンガを描けるようになりたい」とハッキリ考えていました。自分はマンガが好きで、好きってことはそれだけでもう、才能があると思っていたんですよ。

──疑うことを知らない真っ直ぐな子だったんですね。

でも親が有名だから「二世はたいていダメだよね」とか「お父さん昔はすごかったけど、今もうマンガ描いてないんでしょ」みたいなことは周りから言われていて、風当たりは強かったんですよ。私自身も「親が成功していて、子供の私までうまくいくなんてのはありえないよなー」と考えていて。その一方で「それでも私はマンガが好きで、マンガ家になるのだから苦労してもしかたがない」と思っていたし。

──悟りのようなものを開いていた?

というか、なんにも考えてなかったんでしょうね(笑)。マンガが好きなら自然にマンガ家になれるんだと思っていたんですよ。だから大して努力もせずぼへーーっとしたまますくすくと育って、短大を卒業して、マンガ家になるつもりだから就職もしないでニートになってしまって。

──マンガ家になることはずっと諦めなかったんですか。

一度は諦めたんです。母に働くよう泣かれて、その頃は全然マンガを描いてなかったし、いつからかあまり読むこともしなくなっていて、どんどんマンガの世界から自分が離れていくのを感じ「あ、私……プロのマンガ家にはなれないんだ」っていうのが心の底から理解できたときに「就職しなきゃ」と思えて。

〆切を破って逃走中の父宛にかかってくる電話を受ける大月悠祐子(当時25歳)。

──しかし就職はしなかった?

「マンガやめることにしたんだ」って、周りに話したら「じゃあさ、人生最後の思い出に描かない?」って仕事を振ってもらえて。アニメとかゲームのパロディが載るアンソロ本の仕事だったんですが、もう、一度は完全に諦めたマンガを描けるのがうれしくてうれしくて。毎回「これが最後かもしれない」「次はないかもしれない」と思いながら、魂を込めて必死に描いていたんです。そんなときに父が〆切をぶっちぎって逃げまわっていて、家に編集さんから催促の電話がかかってくるわけですよ。本当にもう「お父さーん! お願いだから仕事してー(涙)」って感じでした。

自分が目指したマンガ家に、私もなれるんじゃないかなって

──大月さんは約15年前に「読んだ人がつらくなるだけのものでは描く意味がない」と思っていたわけですが。今「ど根性ガエルの娘」は、どのような思いを込めて描かれているのでしょうか。

一度はどん底まで落ち、崩壊した家庭。そこから再生へと向かう物語が「ど根性ガエルの娘」では描かれる。

人って壊れたりすることもある。どうしようもなくなることが、ある。でも、どうか、生きることを諦めないで。ということを伝えたいんです。このマンガを読みながら、現時点で大変な思いをしてる人も大勢いると思います。それはお父さんの立場だったり、お母さんの立場だったり、私や弟と同じ立場だったり、いろいろだと思うけれど。こういう家族もいるよ、元気で生きているよ、ということが誰かに響くものであったら。何か一歩を踏み出す勇気になってくれたらと思ってます。

──子供の頃の大月さんが胸に抱いていた「人を感動させるマンガを描けるようになりたい」という思いの通りですね。

たぶん作家って、生きていく中で体験したいろんな要素を抽出して作品に投影していくものだと思うんですよ。自分の人生そのものだったり、何かに感動した気持ちだったり。その「ペンとインクだけで、紙の上に思いを乗せることができる」ということに感動して、私はマンガ家になりたいと思ったんです。だけど描きたいと思えるものが、若い頃にはなかった。あったとしても形になっていなかったんです。

──だから、ずっとマンガ家になりたいという気持ちはあっても描けなかったと。

「ゴミ箱をぶん投げて去っていく父」を見ることしかできない大月悠祐子。このときの悔しさが、マンガ家としての成長に繋がった。

インタビューの始めにも言った「ゴミ箱をぶん投げて去っていく父」を見たときに、悲しさとか悔しさとかが溢れて。これを作品にできたら、それを読んでもらうことができたら、誰かの心を動かすことができたら、自分が目指したマンガ家に私もなれるんじゃないかなって。

──1巻時点でもだいぶ濃いお話が詰まった「ど根性ガエルの娘」ですが、まだまだ描きたいことは尽きませんか?

娘的に言いたいことはまだまだある、これからだぞ!って感じです。1巻は私たち家族のことを知ってもらうために必要な、代表的なエピソードを詰め込んだダイジェスト版みたいなものなので。ここから私や弟の視点も交えて、さらに深く突っ込んだ話を描いていきますので、楽しみにしていてください!

大月悠祐子「ど根性ガエルの娘(1)」 / 2015年11月27日発売 / 1080円 / KADOKAWA
「ど根性ガエルの娘」

日本のすべての家族に贈る、感動の一家再生物語。
アニメ化もされ、日本のお茶の間をにぎわせた名作マンガ「ど根性ガエル」。
その著者・吉沢やすみの実娘が描く、家族の再生物語──。
「ど根性ガエル」の連載終了後、極度のスランプに陥った著者の父・吉沢やすみ。仕事を放棄し、ギャンブルにのめり込む父によって、家族は崩壊していく。
──だが、妻の文子だけは夫を信じていた。
愛する妻の支えを得て、すこしずつ、一歩ずつ、ドン底から再生していく家族の姿を、実の娘・大月悠祐子が描きだす。

大月悠祐子(オオツキユウコ)
大月悠祐子

旧ペンネームはかなん。2001年頃よりブロッコリーの「ギャラクシーエンジェル」シリーズのキャラクター原案、およびマンガ版の作画を担当。2011年から2012年にかけて、電撃大王ジェネシス(アスキー・メディアワークス)で連載された偏愛オムニバス「妄想少年観測少女」では、男女の恋愛の機微を鮮烈に描く新たな一面を発揮し、注目を集めた。