コミックナタリー Power Push - 大月悠祐子「ど根性ガエルの娘」

国民的人気作品の影で起きた家庭崩壊 実の娘が描く、父の苦悩と再生への道

老若男女を問わず幅広い世代に知られる、国民的人気作品「ど根性ガエル」。その作者・吉沢やすみがマンガを描くことに追い詰められ荒れていく様を、実の娘・大月悠祐子が描く「ど根性ガエルの娘」が話題を呼んでいる。

コミックナタリーでは単行本1巻発売のタイミングに合わせて、この衝撃作を描くに至った経緯を大月に取材した。また家族からのメッセージと、マンガ家として活躍する夫・大井昌和の視点から描く舞台裏マンガ「ど根性ガエルの娘の夫」も併せて掲載する。

取材・文 / 淵上龍一

現実が落ち着かないことには、マンガもオチがつかない

──「ど根性ガエルの娘」では、借金、家庭内暴力、ギャンブル依存症に失踪と、お父さんとご家族の間に起きた実際の話を描かれています。発表するには勇気がいる内容だと思うのですが、マンガにしようと思ったきっかけはなんだったんでしょうか。

第1話より、逆ギレした父が娘にゴミ箱を投げつけて立ち去るシーン。

「あ、これマンガになるな」と思ったのは15年以上も前で。まさに1巻の冒頭で描いたシーンなんですが、原稿の〆切をぶっちぎってパチンコ屋にいる父を仕事に連れ戻そうとしたときが最初。父が逆ギレしてゴミ箱を私に向かってぶん投げて去っていく、その後ろ姿を見たとき、悲しさと悔しさと怒りとともに「これは、いつか形にするな」って、マンガにするビジョンが見えたんです。

──しかし実際に描き始めたのは、2015年の現在。その時点でマンガにしなかったのは、なぜ?

マンガとしてまとめるには、現実にオチがついていなかったんです。現在進行形で父は荒れているし、家庭もめちゃくちゃで。これをマンガにしても読んだ人がつらい気持ちになるだけだな、それじゃあ描く意味がないなと思っていて。「絶対描く」「でもオチがつかない」「ちょっとまだ無理だなーっ」「あれ、オチとかつかなくね? 無理じゃね?」って機会を待ち続けて、くじけかけたときもあったんですけど(笑)。

──15年越しでタイミングを見て、いまが描きどきだったと。

電撃大王ジェネシス(アスキー・メディアワークス)で連載されていた「妄想少年観測少女」1巻。

3年前くらいに「妄想少年観測少女」っていう作品を描いているときにも、担当編集さんに構想は話していたんです。でも、当時描いていたら今とは全然違うものになっていたかも。こんなにきっちりお父さんに取材したりはせず、もっと短いショートギャグで面白おかしく「俺さー、借金してたんだよね。テヘペロー」「おやじー!(激怒)」みたいなのを描いていたんじゃないかな。

──茶化さないと描けない。まだ消化しきれていない状態だったと。

この3年で、すごくいい感じにまとまったと思います。一番の理由は、たぶん弟に子供が生まれたこと。孫ができたら、父もさすがにまともになって。あと「ど根性ガエルの娘」を描いたことでも、少しずつ家族の形が変わってきているんですよ。みんなで昔のことを話すようになって、つらかったことを母が思い出して父とケンカしたり、逆に新婚みたいに仲良くなったり(笑)。現実はどんどん動いていくので、描いているほうもライブ感がありますね。

触るものみな傷つける、ギザギザハートのグレた父

──この「ど根性ガエルの娘」で昔のことを描くと報告したとき、父・吉沢やすみさんはどのような反応をされましたか?

過去の話をマンガにすると言われても「お父さんなんでも答えるからな!!!」と快諾する父・吉沢やすみ。

マンガで描いた通り。「ああ、いいぞっ」「なんでも聞け!」て感じでしたね。

──ご本人にとってはつらい思い出だろうし、普通は嫌がりそうですけどね。

普通はそうですよね。 でも昔のことをマンガにするからと言って「なんでそんなことするんだ!」「頼むからやめてくれ!」みたいなことは言われないと思っていました。 よくも悪くも、父はマンガ馬鹿なので。

──マンガのためなら協力は惜しまないと。

あと父の世界では、本当にそんなひどいことをしたという実感がないんですよ。当時は追い詰められすぎていて精神が壊れていたので、違う人格というか、今と昔では違う人間になっていて。正気に戻ったんですね。シラフじゃなかったから暴れていた。

──その忘れていた現実を、マンガで突きつけられるわけですが。読んだお父さんは、どういう反応を?

父・吉沢やすみが、怒りに任せて朝食が乗ったテーブルをひっくり返す様子。まさに“グレた長男”的な行動だ。

父はマンガになるのを楽しみにしてるんですよ。「なあ、まだなのか続き」「なあなあ」って、せっついてくるぐらい。自分が暴れてるシーンとか見ても、他人事みたいに「えひゃひゃひゃひゃ! ひっでえなあ、こりゃ」って笑い飛ばしていて。読み終わったあとに「そっかー、俺こんなひどかったのかー」って、しょんぼりしながらポツりとつぶやく感じで。

──実感がないんですね。

私と母の間で、当時の父は“グレた長男”みたいなものだったという結論に至ってますね。思春期で行き場のない感情や力を抱えているときって「ギザギザハートの子守唄」じゃないですけど、触るものみな傷つける感じじゃないですか。でも人間いつまでもグレてはいないわけで。大人になると、なんか追い詰められても暴れてごまかすとかじゃなく「いや、そのようなことを言われましても、ちょっと私には無理ですね。すいません」って、冷静に謝れる感じというか。

──大人になったと。

真人間になっちゃってるんですよ! お母さんと私がケンカとかしてたら間に入って「まあまあ、2人とも落ち着きなさい」「感情的になってたら話ができないだろ、そういうときは日を改めてだな」とか仲裁しだして。昔のお父さんからは考えられませんよね(笑)。

大月悠祐子「ど根性ガエルの娘(1)」 / 2015年11月27日発売 / 1080円 / KADOKAWA
「ど根性ガエルの娘」

日本のすべての家族に贈る、感動の一家再生物語。
アニメ化もされ、日本のお茶の間をにぎわせた名作マンガ「ど根性ガエル」。
その著者・吉沢やすみの実娘が描く、家族の再生物語──。
「ど根性ガエル」の連載終了後、極度のスランプに陥った著者の父・吉沢やすみ。仕事を放棄し、ギャンブルにのめり込む父によって、家族は崩壊していく。
──だが、妻の文子だけは夫を信じていた。
愛する妻の支えを得て、すこしずつ、一歩ずつ、ドン底から再生していく家族の姿を、実の娘・大月悠祐子が描きだす。

大月悠祐子(オオツキユウコ)
大月悠祐子

旧ペンネームはかなん。2001年頃よりブロッコリーの「ギャラクシーエンジェル」シリーズのキャラクター原案、およびマンガ版の作画を担当。2011年から2012年にかけて、電撃大王ジェネシス(アスキー・メディアワークス)で連載された偏愛オムニバス「妄想少年観測少女」では、男女の恋愛の機微を鮮烈に描く新たな一面を発揮し、注目を集めた。