アイドルイベントのような台湾でのサイン会
──大ヒットとなって6年超の連載になりました。思い出もたくさんあるのでは。
鈴木 挙げていけばキリがないですね。1巻を出すとき、描き下ろしのエピソードをいろいろ描いていただいたんですけど、最後のエピソード5のネームをいただいたときのことは今でも覚えています。宏嵩が最後に笑顔を見せるところを読んで、「(この作品は)勝ったな!」と思いました。発売されてからも、あっという間にいろんなマンガの賞をいただいて、アニメ化され、とにかくたくさんのありがたいご縁に恵まれた作品でした。
ふじた 私はもう途中から実感がわかない感じになってしまったくらいで(笑)。でも、マンガって作家ががんばっただけじゃ売れない。「ヲタ恋」の場合なら、一迅社さんやpixivさん、それに書店さんやいろんな方が売りたいと思ってくださって、売れるようにがんばってくださった。それがあったからこれだけ多くの人に作品が届いたんです。タイミングみたいなものも含め、いろんな奇跡が重なった作品だと思っていますし、本当にありがたいです。
鈴木 海外にまで広がりましたしね。今年の9月には講談社がニューヨークで行っている「KODANSHA HOUSE」というポップアップイベントで、サイン会をしました(※一迅社は現在講談社グループ)。「ヲタ恋」で描かれているようなネタって海外の人にわかるのかな?と思っていたんですが、しっかり届いて愛してくださっていることを改めて感じてすごくうれしかったです。本当に予想を超えるようなところまで広がった作品ですね。
ふじた それで言うと、私は台湾でのサイン会が忘れられないですね。初めての海外でのサイン会だったんですけど、アイドルのイベントみたいでしたよね(笑)。
鈴木 ライブとかフェスみたいな雰囲気でしたね。ふじた先生のサインを待っているファンに対して、運営側がじゃんけん大会とか始めて。勝った人に作品のポスターを投げたりするんです(笑)。
──日本のサイン会じゃ考えられないですね(笑)。グッズ投げないですもんね。
ふじた 私が登場するときも、本当にライブMCみたいに「それでは、ふじた先生です、どうぞー!」ってテンションで呼び込んでいただいて。来てくださった人たちも「うおお!」という感じというか。アイドルの握手会みたいなノリでした。
鈴木 ほかの方のサイン会もあんな感じなのかわからないですけど、文化の違いという感じで面白かったですね。
「オタクは恥ずかしいものじゃない」という空気を作った
──それにしても、世界にまで広がるほど愛されたのはなぜなんでしょうね。
鈴木 Webマンガってやはり瞬発力が求められやすい面があるから、瞬間的なブームみたいにとらえられてしまうことも多いんです。「ヲタ恋」は気軽に読めるコメディという側面も当然あるんですが、それだけで終わりじゃなく、瞬間的なブームを超えてくれた。それはふじた先生がとても丁寧に作品に向き合ってくれたからだと思います。それこそ、さっき話したサイン会のときにも海外の方にいろいろ話を伺ったんです。日本とはオタクを巡る環境や概念も違うはずじゃないですか。それなのに、どうして受け入れられたのか知りたかったので。
──どう読まれているか想像できませんよね。
鈴木 聞いてみると、アメリカだと日本ほどオタクであることを隠さない人が多かったんです。日本でも連載当初こそ「オタクは隠すもの」という意識がまだ根強かったですが、連載後半にはそれほど隠さなければという感じではなくなってましたしね。だけど、オタクに限らず、みんな人には秘密とかなかなか人に見せられない側面って持っているものなんです。「ヲタ恋」を読んで、そういうちょっと後ろめたさを感じる趣味などを大切にしてもいいんだって気付いたとか、そういう側面も自分の一部なんだと気付いてすごく親しい人には開示できるようになったって話を聞かせてもらって。確かにこの作品ってオタクの話なんだけど、「自分の大切なものを共有する」というところは国や時代を超えても変わらないのかもしれないなと思いました。
ふじた オタクを巡る状況の転換期に生まれた作品でしたよね。今ならオタクってそんなに恥ずかしがるものじゃなくなった。
鈴木 全然恥ずかしくないですよ!
ふじた それは時代の流れだったと思いますが、この作品を読んで自分の好きなことを後ろめたく思わなくていいんだって感じるようになった人がいるならすごくうれしいです。
鈴木 僕は「オタクは恥ずかしいものじゃない」という空気を作った一因になった作品だと勝手に信じてますよ。
ふじた オタクを題材にした恋愛ものなんかも増えましたしね。いろんなものが合わさって変わっていったんだと思います。
野生の才能があちこちに潜んでいたpixiv
──「ヲタ恋」の単行本発売、そしてcomic POOLは今年10周年です。改めて、こうした作品や媒体を生んだpixivの魅力ってどんなものだと思いますか?
鈴木 10年前でいうと、本当にアウトサイダーというか、既存の出版社の媒体からは出てこなそうな作品がたくさんあったんですよね。それこそ「ヲタ恋」がまさにそのひとつで、さっき話したように成海のようなキャラクターは当時の正統派少女マンガではなかなか出てこなかったと思います。そういう野良の才能みたいなものがそこらじゅうにいるところがすごく魅力的だなと思っていました。
ふじた 野生のプロみたいな人がたくさんいましたよね。
鈴木 黎明期らしいカオスさがありましたね。そういうエネルギーがあったからこそ、comic POOLのような媒体もできたし、pixivコミックなどへのアプリにも発展し、今も読者さんが定着しているんだと思います。
ふじた 編集者さんから見て、野生のプロみたいな人が商業媒体に行って長く活躍するにはどういう能力が必要だと思います?
鈴木 やっぱりある程度長い尺の物語で、完成度高く続けられる作りを考えられるかどうかだと思います。Web発の作品って増えましたが、長くても3~4巻で完結してしまうものが多かった。僕から見ると才能があるし、長く続けられる作りにしたらもっと読めるのに、と当時から寂しく感じていたんです。やっぱり巻数を重ねられるような作品にするお手伝いができるといいし、それができる作家さんは商業でも長く続けられるのかなと感じています。
──長く続けるための作りって、例えばどんな要素が大事なんですかね? キャラクター、ストーリーなどいろいろ要素はあると思いますが。
鈴木 キャラクターももちろんあります。ただ、1話単位ではめちゃくちゃ面白いキャラクターでも、連載マンガとしてはどうだろうということもある。どれくらい長距離走れるキャラクターなのかというのは考えるところです。
ふじた 「ヲタ恋」でも話しましたよね。連載にするにあたって新キャラを出すかどうか、と。新キャラを出すってけっこう賭けなんです。
──そうなんですか?
ふじた 新キャラを出すってなったときに、どういうキャラクターを出すか考えるじゃないですか。例えば、成海の元カレなんかも案としては出たんです。
鈴木 案としては宏嵩の元カノなんていうのもありましたよね。
ふじた でも、それは絶対やめたほうがいいって話をして。
──ああ、そうか。元カレ、元カノみたいなキャラクターが出てくるエピソードの展開って、なんとなく読めてしまいますよね。
ふじた そうなんです。で、そういうキャラクターを増やすことでテンプレ展開みたいな方向になってしまいがちで。そうなっちゃうと、それまで突拍子もないアイデアが面白かったのに、型にはまった作品になっていったりしがちなんです。
──キャラクターは慎重に増やしていったと。確かに3巻で桜城光が登場して、メインキャラクターは出揃っています。
ふじた 光を出すときも、鈴木さんとぶつかりました。女の子なんだけど、見た目は男の子に見えるキャラクターなんですが、最初にキャラクター案を出したときは「さすがに男の子っぽすぎる」とNGをもらったんです。だけど、最終的に「私はこれがかわいいと思うのでこれでいきます」と押し切りました(笑)。
鈴木 ふじた先生が「やっていくうちにかわいくなるから」っておっしゃったんですよね。本当にその通りで、読み進めていくうちにすごくかわいくなったし、そう見えてきた。
これからも遊び心を忘れない夢のある場所であってほしい
ふじた 当時comic POOLで更新されると、コメントやSNSで読者の方の反応が見られたんですよね。だから、読者さんの反応を見ながら、うまく予想を裏切るようなことがしたくて(笑)。展開にしても「こうなりそう」と思われてそうなものをハズしていったりするのが好きなんです。
──「ヲタ恋」は連載中、読者の方からのお題に応えるショートなんかもよく描かれていましたよね。pixiv発の作品らしい読者との距離感だなと思いました。
ふじた ファンの方に反応をもらえていたのはモチベーションになっていましたし、裏切るアイデアのもとにもなりました。一緒に走ってくれた読者さんたちがいたからこそ、今の「ヲタ恋」の終わり方にたどり着けたんだと思います。
──これから先、pixivやcomic POOLにどんな場所になってほしいですか?
鈴木 pixivさんにはこれからも、既存媒体が生み出せないような才能をたくさん生み出してほしいなと思っています。comic POOLに関しては、ありがたいことにすごく順調に10年を迎えることができました。6作品から始まって、今は作品数も増えましたし、ジャンルも多様になっています。どれも華のある作品ばかりなので、みんなが楽しくなったり、キラキラした気持ちになったりできる作品を出していければいいなと思っています。正直、もう10年ってピンと来てないんですよね。しれっと始まって、気付いたら10年というか(笑)。
ふじた ゆったり流れるプールみたいな(笑)。
鈴木 本当にそういう感じです。だから、このテンションで続けていけるといいですね。
ふじた 私にとってはcomic POOLは初めての商業媒体でしたし、雑誌にとっても原初の6人の1人(笑)なので、こうして10年というのは感慨深いです。思い出もいろいろありますね。コミケでcomic POOLの同人誌みたいなの作りましたよね。
鈴木 やりましたね(笑)。
ふじた pixivも同じくらい思い入れのある媒体です。2つとも年月を経て成熟期に入っていると思うんですが、同時に落ち着きすぎないでほしいなとも思っています。あの頃のpixivやcomic POOLって新人作家からしたらとても夢のある場所でしたから。これからも、若い人たちが遊べて、何か新しいことが起こるぞっていう夢のある場所であり続けてほしいですね。
プロフィール
ふじた
2014年から自身のSNSで「ヲタクに恋は難しい」を公開し、2015年にcomic POOLで同作の連載を開始する。「ヲタクに恋は難しい」はダ・ヴィンチ(KADOKAWA)による「次にくるマンガ大賞2014 本にして欲しいWebマンガ部門」で1位に選出され、「このマンガがすごい!2016」ではオンナ編では1位を獲得。TVアニメ化、実写映画化も果たし、2021年に完結した。最新作「ヴィラン」がcomic HOWLに掲載されている。
鈴木海斗(スズキカイト)
2010年に一迅社に入社。2015年にpixivコミック内のWebマンガ誌・comic POOLを立ち上げて編集長に就任し、「ヲタクに恋は難しい」「先輩がうざい後輩の話」などを担当する。現在はcomic POOL、comic LAKE、DMC・REX、comic HOWLの編集長を兼任している。



