「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025」大賞受賞記念「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」紬いろと×久川航璃インタビュー (2/2)

できることは全部やって最善を尽くしたい

──本作はKADOKAWAとコミックシーモアの協業という形で制作されています。この体制については以前、KADOKAWAの担当編集・山川潔さんとコミックシーモアの宣伝担当・河上美登里さんに詳しいお話を伺いました(参照:「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」はKADOKAWAとコミックシーモアの“協業”で生まれた 宣伝・広告のノウハウや知見を取り入れて行う作品作り)が、ネームの段階から広告効果を明確に意識して制作されているというのが非常にユニークだと思いました。作家の立場としてはどんなことを感じていますか?

 ネームをチェックしていただく段階で、広告の見栄えがよくなるようにキャラの表情や構図などについて細かいご提案をいただくんです。それがすごく勉強にもなりますし、実際に広告効果が上がったりするので、すごくありがたいですね。普通にマンガを描いているだけだとなかなか意識しない部分ですし、第三者視点のご意見を早い段階でいただけるのはとても助かっています。

──場合によってはネームどころかペン入れ後の絵にまで修正を入れている、というお話を聞いてとても驚いたんですが……。

 正直、最初は「い、今からですか?」と思いました(笑)。でもこれはチャンスでもあるな、という気持ちもちょっとあって。初めての商業連載でもありますし、まだ始めたばかりだったので、自分にできることは全部やって最善を尽くしていきたいと。時間的にもまだ間に合うと思ってなんとか直しました。結果的にその直した絵の評判がとてもよかったので、本当に対応してよかったなと思いました。

久川 ナタリーさんのその記事は私も読ませてもらいましたけど、実際に修正前と修正後の絵も並んで載っていたじゃないですか。「本当にペン入れ後の絵を直してる!」と衝撃を受けました。本当に大変な作業をされているんだなあと思って、頭が下がります。小説の文章なんて、サラッと書いたら終わるのに。

上が修正前、下が修正後の画像。アナルドの顔をバイレッタの前に出せないか、という修正依頼に対応している。

上が修正前、下が修正後の画像。アナルドの顔をバイレッタの前に出せないか、という修正依頼に対応している。

 いやいや、そんな(笑)。

久川 それをすごくちゃんとした絵にしてくださって、しかもあんな微調整までされていて。もう「すごいなー」という言葉しか出てこないです。

──そうした修正作業などがその後の画作りに影響したりはしていますか?

 そうですね。見せゴマというか、印象に残るカットを入れることを意識するようになりました。さっきお話しした修正箇所以外にも、たとえばパーティのシーンでの大ゴマで「アナルドの視線を読者のほうに向けたほうがいい」とアドバイスをいただいたところがあるんです。最初は目線を画面外に外して描いていたんですけど、読者と目を合わせることで語りかけている感じになって、より没入感を味わえる画になりました。なるほどなあと思って、その修正はすごく印象に残っていますね。

インタビュー内で語られている修正シーン。

インタビュー内で語られている修正シーン。

──制作だけでなく、プロモーション施策もいろいろな手法がとられてきましたよね。印象的だったものは何かありますか?

 一番初めに観たのがボイスコミックだったんですけど、連載開始のタイミングで制作していただいたのも驚きましたし、絵が動いて声がついているということにとにかくびっくりして。しかも担当されている阿部敦さんと日岡なつみさんが本当にお上手で、「アナルドとバイレッタはこんな声してるんだ!」と感動しました。さらにアナルドとバイレッタのイメージで曲まで作っていただいて……。

久川 すごいですよね! あの曲が本当によくて、よく作業しながらかけてるんですけど、絵がついてるからうっかり観ちゃうんですよ。テンションを上げようと思って流すものの、手が止まっちゃうから結局消すっていうのを毎日繰り返しています(笑)。

 (笑)。とてもうれしくて大喜びした半面、「連載開始時点でこんなに力を入れた宣伝をしていただいて大丈夫なのかな……」っていうプレッシャーがとにかくすごかったです(笑)。

久川 本当にプロモーションがすごくて、ネットを見ていたら「拝啓」の広告がポンポン出てくるんですよ。「私、作者なんだけどな」とか思いながら(笑)、あまりにも売り込まれるんで「買ったほうがいいのかな」みたいな気持ちになってきたり。こんなに宣伝費をかけていただいてなんだか申し訳ございません、という気持ちは私もありましたね。

原作の1巻についてめちゃくちゃ後悔していることがあって

──そうした広告効果などを見据えて作品作りをするというのは、クリエイター心理としてはどうですか? 「そんなことを考えるのはカッコ悪い」という感覚の方も多いんじゃないかと思うんですが。

 個人的には広告も含めてマンガを外から見る視点もあったほうがいいかなとは思っています。やっぱりマンガを描いているとどうしても自分だけの世界になってしまって、客観的な視点を持つことを忘れがちなんです。いったん冷静な見方に立ち戻ることを意識できるようになったのは、この体制のおかげだなと思っています。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」の原作小説。現在5巻の上巻まで計7冊が刊行されている。
「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」の原作小説。現在5巻の上巻まで計7冊が刊行されている。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」の原作小説。現在5巻の上巻まで計7冊が刊行されている。

久川 私も、小説を書いているとだんだん何が面白いのかわからなくなってくることがあって(笑)。「本当にこれ、みんながわざわざお金を出して買ってくれるだけの価値があるものなんだろうか?」って。そこに「この話数が反応よかったです」とかって聞くと「なるほど、そういうのがいいのか」と思えるので、読者さんの反応がほぼタイムラグなく伝わる状況はありがたいです。

 本当にそうですね……!

久川 コミカライズの読者さんの反応を見ていて、めちゃくちゃ後悔していることがあって……。

 え?(笑)

久川 今、1巻の上下巻分のお話をコミカライズしていただいていますよね。コミカライズ版の読者さんのリアクションを見てから、原作1巻の話を書き換えることはできないじゃないですか。「あのときもっとああしておけばよかった、こうしてあげればよかった」ってすごく思うんですよ。そのご意見を踏まえて次の巻に生かすことはできても、そこまでコミカライズされるかどうかもわからないですし(笑)。

──言えたらでいいんですけど、例えばどういうところを直したいんですか?

久川 例えばゲイルが登場したときに「ゲイルさん、すごく素敵!」って声がたくさん上がっていたんですけど、あの人今後出てこないんだよなと思って。

ゲイルの初登場シーン。

ゲイルの初登場シーン。

 あはははは!(笑)

久川 もっと活躍させてあげればよかった!って。あとはバイレッタとお義父さんのやり取りが好きと言っていただくことも多くて、「あそこ、私も本当はもっと書きたかったんだよなあ」と思ったり。アナルドそっちのけでお義父さんとのやり取りばかり書いてたら、担当さんから「もっとアナルドを絡ませてください」と怒られて(笑)、泣く泣く削ったんですよ。もうちょっとゴリ押しして我を通してもよかったのかなあっていう後悔があります。

──ただ、それで本筋が疎かになっちゃうのは本末転倒ですから……。

久川 そうそうそう! それは本当におっしゃる通りなんですよ(笑)。

 でも私もお義父さん大好きなんで、これからもどんどん出してほしいです(笑)。もう、かわいくてかわいくて……。

久川 ありがとうございます(笑)。がんばります!

8年の時を経て、憎まれ口を叩き合う関係になったバイレッタとワイナルド。

8年の時を経て、憎まれ口を叩き合う関係になったバイレッタとワイナルド。

がんばっている人がひと息つけるようなお話を書いていきたい

──今回の「電子コミック大賞」受賞を機に、まだ読んでなかったけど読んでみようと考える読者がたくさんいらっしゃると思います。そういう方へ向けて、「ぜひここを楽しんでほしい」というポイントを教えてください。

 とにかくバイレッタとアナルドの主人公夫婦がちょっとほかにあまりないような感じの不器用コンビなんです。仕事もできてカッコよくて、憧れられる一面もありつつ、こと恋愛になると途端にポンコツになるところが2人のかわいいところで(笑)。そんな2人にもどかしさも感じながら感情移入もしつつ、一緒に楽しんでいただけるマンガにしていきたいと思っています。ぜひ読んでいただきたいです。

久川 バイレッタさんを作るときに、“めちゃくちゃがんばっているけど報われない人”を主人公にしたかったんです。読者の皆さんもきっといろいろがんばっていると思うんですけど、認められないことって世の中すごく多いじゃないですか。そういう、がんばっている人がひと息つけるようなお話を提供していますので、がんばっている人みんなに読んでもらいたいなと思っています。

 あとは、すでに読んでいただいていて今回の「電子コミック大賞」に投票していただいた方々には、改めてありがとうございますとお伝えしたいです。たくさんの素敵な作品がある中で「拝啓」に票を投じてくださったことが本当にうれしいですし、いただいた1票1票の分をがんばって返せるよう、これからも描いていきます。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」カラーイラスト

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」カラーイラスト

久川 本当に、投票という行為をするというだけでも手間っちゃ手間じゃないですか。それを厭わずに票を入れてくださったというだけで本当にものすごくうれしいです。本当にありがとうございます。ご苦労様です。

 「ご苦労様です」(笑)。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」のミュージックビデオ第2弾の制作決定!動画はYouTubeの「シーモアちゃんねる」にて後日公開予定。

プロフィール

紬いろと(ツムギイロト)

Webデザイナーのかたわら、頒布した同人誌が出版社の目に留まり、2023年にKADOKAWAとコミックシーモアの協業作品「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」で商業連載デビュー。そのほか、商業アンソロジーのカバーイラストなども手がける。

久川航璃(ヒサカワコウリ)

第6回カクヨムWeb小説コンテスト《恋愛部門》大賞を受賞した「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」でデビュー。同作品は魅力的なキャラクター描写が読者から支持を得て、発売後即重版、またコミカライズも話題を集めている。