「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」はKADOKAWAとコミックシーモアの“協業”で生まれた 宣伝・広告のノウハウや知見を取り入れて行う作品作り

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」は周囲に悪女と濡れ衣を着せられてきた子爵家令嬢・バイレッタと、今まで人を愛したことのなかった伯爵家嫡男アナルドの恋を描く溺愛ラブストーリー。久川航璃による小説を紬いろとがコミカライズし、KADOKAWAの女子向け異世界マンガレーベル・FLOS COMIC作品として発表されている。

同作はKADOKAWAのほかコミックシーモアも制作に参加する“協業作品”。連載開始当初から、コミックシーモアの月間総合ランキングではたびたび1位を獲得している。そこでコミックナタリーは「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」の担当編集者であるKADOKAWAの山川潔氏と、同作の制作に関わっているコミックシーモアの河上美登里氏の対談をセッティング。“協業”の意味や、作品の作り方、「広告でウケるか」という目線を取り入れるなどヒットを生み出すために行っているというさまざまな手法について尋ねた。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 宮津友徳

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」あらすじ

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」カラーカット

伯爵家嫡男で冷酷無比の美男と噂のアナルド中佐と、会うこともないまま結婚した子爵家令嬢・バイレッタ。その後バイレッタは8年もの間アナルドと一度も顔を合わせることなく暮らしていたが、戦争が終結したことでアナルドが家へと帰って来ることに。アナルドの帰還が決まればすぐに離婚をしようと準備をしていたバイレッタは離縁を申し込むものの、彼から「あなたが勝てば離縁に応じましょう」と賭けを提案される。それは「1カ月間アナルドがバイレッタを抱き、赤子ができるかどうか」というもので……。2人の不器用なすれちがいの恋を描く溺愛ラブストーリーだ。

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山川潔(KADOKAWA)×河上美登里(コミックシーモア)対談

「広告でウケるか」という視点を取り入れて作品作りを

──KADOKAWAさんとコミックシーモアさんの協業で制作されている「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」は、コミックシーモアさんの月間総合ランキングで何度も1位を獲得するほどヒットしていると聞いています。そもそもこの“協業”というのはどういうものなのでしょうか。

左から河上美登里氏、山川潔氏。

左から河上美登里氏、山川潔氏。

河上美登里 作品をより多くの読者さまのもとへ届けられるよう、我々の持っている宣伝・広告のノウハウや知見を取り入れていただき、出版社さんとコミックシーモアで作品を作っていくという取り組みになります。まずKADOKAWAさんのほうでいったん作品を制作していただいて、そこに私たちが監修という形で参加する。ネームを受け取って「ここをこうすればもっと広告でウケがよくなります」というポイントを指摘させてもらってお戻しする、というやり方で進めている感じですね。

山川潔 正直なところ、その「広告でウケるかどうか」という視点はこれまでマンガ編集者が意識してこなかった部分でして。やはり作っているときは作家さんと2人で「おお、めっちゃ面白いやんこれ!」という感じで進めてしまいがちなのですが(笑)、そこに第三者の冷静な視点が加わることになるわけです。例えばシーモアさんのほうから「表情をもっとこうしてください」とか「このキャラクターの顔がもっと見えるように」といった具体的な指摘を細かくいただくんですけども、それを反映してマンガにすると、やっぱりてきめんに“見栄えがよくなる”んですよ。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」のバナー広告(掲載画面はイメージ)。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」のバナー広告(掲載画面はイメージ)。

河上 もちろん“マンガを作る”ということにかけては出版社さんがプロですので、そこはお任せしていて。あくまで私たちはそれを届けるうえで足りない部分を補う、という形で関わらせていただいています。

山川 そのことで実際にヒットにもつながっているので、双方にとって有益な取り組みになっていると感じますね。

──シーモアさんはKADOKAWAさん以外の出版社とも協業をされていますが、出版社によってやり方が違ったりはするんでしょうか。

河上 基本は変わらないです。でもしいて言うなら、KADOKAWAさん、「拝啓」のマンガを執筆している紬いろと先生はどんな修正要望にも快く応じてくださる傾向がありますね。頼んでおいて言うのもなんですが、「そこまでやってくれるんですか?」と(笑)。

山川 はははは(笑)。

──事前に「例えばこういう修正が入って、こう直しています」という実例を資料としていただいたんですが、それを拝見すると、ネームだけでなくペン入れ後の修正指示にまで対応されていました。これって相当すごいことですよね。

上が修正前、下が修正後の画像。アナルドの顔をバイレッタの前に出せないか、という修正依頼に対応している。

上が修正前、下が修正後の画像。アナルドの顔をバイレッタの前に出せないか、という修正依頼に対応している。

河上 そうなんですよ。だいたいペン入れまで進んでいたら「もう直せません」と言われることがほとんどなんですけど、KADOKAWAさん、紬先生は手戻りをいとわずにやってくださる。

山川 そこはやはり、これまでの経緯で「シーモアさんのプロデュースに間違いはない」という信頼ができあがっていましたので。指摘される内容も的確なものばかりですし、紬先生も納得して修正作業をしていますね。

バナーを作るのに文字が多いとすごくやりづらいんですよ

──協業タイトルに「拝啓」が選ばれたのは、どういう経緯だったんでしょうか。

山川 この作品は、もともとはカドコミで連載してコミックスを刊行して……という従来通りの流れを想定していたんです。その連載準備を進める中で、弊社の営業担当やシーモアさん担当の人間から「今、シーモアさんで協業という取り組みが行われている」ということを紹介してもらいまして。「拝啓」を展開しているFLOS COMIC自体がシーモアさんの中でも競争力のあるレーベルだということもあり、我々が協業をさせていただくのであれば、ちょうどこのタイトルが親和性も高くてよいのではないかということで話がまとまりました。

メディアワークス文庫から刊行されている「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」原作小説の上巻。

メディアワークス文庫から刊行されている「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」原作小説の上巻。

河上 「拝啓」に関しては、ヒットする要素が詰まっていると最初から感じていました。なのでこちらで修正を依頼した部分が実はほとんどなくて、本当に広告の見栄えだけを意識すればよかった感じですね。

山川 なので、最初の打ち合わせの段階から「この作品でいきましょう」とトントン拍子に進みまして。もちろん僕らも常にヒットさせるつもりで作ってはいるんですけど、そこにシーモアさんがどんどん予算をかけたプロモーションプランを提案してくださるので、正直「これで売れなかったらどうしよう」と怖かった部分もありましたね(笑)。

──ヒットの要因と言いますか、「拝啓」という作品の魅力はどういうところにあると考えていますか?

山川 面白いと思ってもらえる要素はいくつもあると思うんですが、これまでにいろんな女性向けマンガ作品の編集をやってきた身として思うのは、ヒーローのキャラクターに賛否両論あるところがいいのかなと思います。優しいだけのヒーローは今の時代、なかなかウケないですから。「拝啓」のアナルドは冷徹で高圧的な、決して万人に好かれるタイプではないですよね。それに対してヒロインのバイレッタがとても応援されるタイプのキャラクターなので、その対比が際立つんです。その一方で、アナルドのようなキャラクターが好きな方も少なからずいらっしゃるので、いろんな読者層に訴求するところがヒットにつながった部分もあるのではないかと思っています。

子爵家令嬢のバイレッタ。商才と武芸に秀でており、目上の人間にもはっきりと自分の意見を伝える性格だ。

子爵家令嬢のバイレッタ。商才と武芸に秀でており、目上の人間にもはっきりと自分の意見を伝える性格だ。

伯爵家嫡男で冷酷無比な美男のアナルド。8年間顔も合わせたことがなかった妻が離婚を申し出てきたところ、最初は仕返しをしてやろうと「1カ月間自分がバイレッタを抱き、赤子ができるかどうかで離婚を受け入れるか決める」と賭けを申し出る。

伯爵家嫡男で冷酷無比な美男のアナルド。8年間顔も合わせたことがなかった妻が離婚を申し出てきたところ、最初は仕返しをしてやろうと「1カ月間自分がバイレッタを抱き、赤子ができるかどうかで離婚を受け入れるか決める」と賭けを申し出る。

河上 売る側の目線で言うと、この作品って恋愛マンガのいいところと夫婦ものの当たっている要素がミックスされた、ハイブリッドな作品になっているんですよ。近年の恋愛ものでは“ヒロインはヒーローに対して気持ちがないんだけど、ヒーローはヒロインのことが大好き”という構図が当たりやすく、夫婦ものでは“夫がムカつく男であればあるほどウケがいい”という傾向があるんですね。その両方を最初から兼ね備えていたので、これはヒットするだろうなと確信していました。

山川 それと、コミカライズを担当している紬先生の絵の力ですね。絵柄に圧倒的な色気がありまして、特に男性キャラの目が特徴的だと思っています。もともと二次創作やBLなどをやっていた方だけあって……アナルド、もう本当にカッコいいですよねえ。

河上 女性向けタイトルの場合、本当に“絵がきれい”というのが一番の武器になるんですよ。まず見た目を気に入って入ってくるという読者さんも多いので、絵のクオリティが高ければそれだけでバナーもクリックされます。紬さんの絵にはそれだけの力がありますね。

山川 あと、これは制作側の目線になってしまうんですが……3話の最後でアナルドがベッドシーツについた血を見て無言でうろたえるシーンがあるんですね。当初はもっとわかりやすく、アナルドに「俺はとんでもない勘違いをしていたんじゃないか」みたいなモノローグを言わせたり、汗をダラダラかくみたいな表現をしようかとも思っていたんですが、なんかちょっと違うなと思って。最終的には説明的な描写を排除して、絵だけで見せるという方法をとりました。シーンとしてはここが個人的にとても気に入っています。

悪女と言われていたバイレッタとの初夜を終えたアナルド。妻は多くの男と関係を持っているだろうと考えていたアナルドだが、勘違いをしていたようで……。

悪女と言われていたバイレッタとの初夜を終えたアナルド。妻は多くの男と関係を持っているだろうと考えていたアナルドだが、勘違いをしていたようで……。

──最近の傾向として、全部をわかりやすく説明してくれる作品が喜ばれる傾向もありますよね。その中で“語らない表現”を選ぶというのは、なかなか勇気のいる選択のようにも思いますが……。

山川 そうですね。現場でもよく「難しい表現は控えろ」「“伝わるだろう”は伝わらないと思え」というようなことを言われるのですが、やっぱり説明しすぎるのも情緒がないなと。このシーンに関してはちょっと相談して、こういう形にさせてもらいました。

──例えばそのあたり、宣伝する側の目線では「もっと説明してわかりやすい作品にしてほしい」と思いますか?

河上 広告目線でいうと、バナーにする際に文字要素が多いとやりづらくはあるんですよ。

──ああ、なるほど! 確かにそうですよね。

初夜の翌朝のシーンをもとに制作されたバナー(掲載画面はイメージ)。

初夜の翌朝のシーンをもとに制作されたバナー(掲載画面はイメージ)。

河上 なので、逆に「文字で説明するのではなく、絵で表現してください」という修正を出すことのほうが多いです。KADOKAWAさんの場合はそんなにないですけど、例えば新人作家さんだとセリフとナレーションで説明しがちになるので、修正をお願いすることもあります。