「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025」大賞受賞記念「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」紬いろと×久川航璃インタビュー

今回で8年目を迎えたコミックシーモア主催の「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025」は、「次に来るヒット作品はこれだ!」と出版社が推薦したタイトルの中から、一般投票で大賞を選ぶマンガ賞。「新しい作品に出会える」とマンガ好きの読者にも好評のマンガ賞だが、その投票の一助となるべく、昨年コミックナタリーでは男性部門と女性部門の全エントリー作品を紹介していた。

結果発表は1月に行われ、久川航璃原作による紬いろと「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」が大賞に決定した。これを記念しコミックナタリーでは、紬と久川にインタビューを実施。大賞受賞に対する思いや、作品の創出秘話はもちろん、愛される女性主人公・バイレッタと、作者自ら「ヒーローってこんなに賛否両論でもいいものなんだ」と語るアナルドのキャラ造形などについても語ってもらった。

取材・文 / ナカニシキュウ

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」作品紹介

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」

伯爵家嫡男で冷酷無比の美男と噂のアナルド中佐と、会うこともないまま結婚した子爵家令嬢・バイレッタ。その後バイレッタは8年もの間アナルドと一度も顔を合わせることなく暮らしていたが、戦争が終結したことでアナルドが家へと帰って来ることに。アナルドの帰還が決まればすぐに離婚をしようと準備をしていたバイレッタは離縁を申し込むものの、彼から「あなたが勝てば離縁に応じましょう」と賭けを提案される。それは「1カ月間アナルドがバイレッタを抱き、赤子ができるかどうか」というもので……。2人の不器用なすれちがいの恋を描く溺愛ラブストーリーだ。

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ヒーローってこんなに賛否両論でもいいものなんだ

──「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」が「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025」の大賞を受賞されました。まずはおめでとうございます。

紬いろと ありがとうございます。まだちょっと「本当かな?」みたいな気持ちで(笑)、実感が湧かなくてふわふわした気持ちになっています。

「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025」の大賞受賞を記念したイラスト。

「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025」の大賞受賞を記念したイラスト。

久川航璃 私は担当編集さんからご連絡いただいたんですけど、メールの件名から二度見して。

 びっくりしちゃいますよね。

久川 「えっ?」て(笑)。そのあとすぐに「紬先生おめでとうございますー!」と思いました。

 ありがとうございます……! シーモアさんの「電子コミック大賞」はなんとなく雲の上の存在のように思っていて、完全に読者目線で「あ、この受賞作面白そうだな」みたいに見ていたんです。その賞をまさか自分がいただけるとは……。

久川 私はこの「電子コミック大賞」が始まった2018年に大賞を獲った斎藤けん先生の「かわいいひと」がもともと大好きだったんですよ。そのときに「こういう作品が大賞を獲れるマンガ賞があるんだ」と思って。それまでのマンガ賞ってすごく派手な作品が受賞するイメージだったんですけど、「かわいいひと」はどちらかというとふわっとしたかわいらしい作品なので、これが読者投票で選ばれるってことはすごくあったかい方が投票するマンガ賞なんだなと感じました。それ以来ずっと追いかけてきた賞なので、今回本当に「紬先生すごーい!」ってなりました。

 ありがとうございます!

──「拝啓」がこれだけ読者に支持される要因については、ご自身ではどのように感じていますか?

 原作を読んだときに思ったのは、ヒロインのバイレッタがとにかく魅力的なんですよね。なおかつヒーローのアナルドともども恋愛にすごく不器用なところがもどかしくて、「なんでまたすれ違っちゃうのー!?」とついつい読み進めてしまうんじゃないかなと思っています。

乱雑に扱われたかと思えば優しくもしてくるアナルドの行動に戸惑うバイレッタ。
乱雑に扱われたかと思えば優しくもしてくるアナルドの行動に戸惑うバイレッタ。

乱雑に扱われたかと思えば優しくもしてくるアナルドの行動に戸惑うバイレッタ。

久川 小説ではこちゃこちゃと込み入った書き方をしちゃいがちなんですけど、それをマンガですごくわかりやすく、誰が読んでもスッと入れる感じでものすごく上手に描いていただいているので、何よりもそれがウケたのかなと私は思います。

 ありがとうございます……! コミカライズを始めたときは、やっぱり原作ファンの方がどんな反応をされるのかが一番怖かったんですけど、「イメージしていたよりも表情が細かく描かれていて楽しい」というような感想が何件かあって。それを見てすごく安心して、それ以降は少し緊張が解けました。

久川 読者さんの反応でいうと、とにかく「絵がきれい」「絵がきれい」「絵がきれい」と書かれていた印象が強くて。

 (笑)。

久川 「本当に私もそう思います!」と思いながら見てました。あとはバイレッタさんがすごく褒めていただける一方で、妻を8年間も放っておいたアナルドはファンはもちろんいるもののお怒りの感想も多くて、「あ、ヒーローってこんなに賛否両論でもいいものなんだ」ということを知れたのは新鮮でしたね。

着想はコロナ禍の生活から……

──改めてになりますが、そもそもこの「拝啓」という作品はどういう着想から始まったお話なんですか?

久川 基本的には、コロナ禍のときにものすごい集団心理の押し付けを感じたことが最初のきっかけなんです。法律で決まっているわけでも明確な科学的根拠があるわけでもないことを「こうしちゃダメ」「ああしないとダメ」って。それに腹が立って腹が立って……。

 たしかに、当時は息苦しかったですよね。

夜襲を受けた際、自ら進んで剣を振るバイレッタ。
夜襲を受けた際、自ら進んで剣を振るバイレッタ。

夜襲を受けた際、自ら進んで剣を振るバイレッタ。

久川 そういうジメジメした空気感に打ち勝てるようなスカッとした生き方を見せてくれる人物像を描きたくて、バイレッタさんが生まれました。男尊女卑的な風潮が色濃くある帝国を舞台にして、「結婚して家庭に収まるのが女の幸せだ」と盲信されている社会の中で、そうじゃない生き方をする主人公を出そうと。

──「夫に8年間放っておかれる」という設定はどこから?

久川 そこらへんはちょっと記憶にないんですけど……。

 (笑)。

久川 とにかく理不尽な状況に追いやられてほしかったんです。期間は8年でも5年でもよかったんですけど、そのくらいの長期間夫婦が離れていてもおかしくないものはなんだろうって考えて、戦争かなって思いついた感じですね。

 私はやっぱりこのお話の最大の魅力はキャラクターだと思うんですけど、個人的には特に悪役の描かれ方がすっごく好きで。私自身がもともと悪役キャラ好きというのもあるんですが、一番好きなのがワイナルドお義父様なんですね。1話では悪役ポジで出てくるじゃないですか。

アナルドの父であり、バイレッタの義父となったワイナルド。第1話では酒に溺れ、周囲に暴力を振るう男として描かれている。

アナルドの父であり、バイレッタの義父となったワイナルド。第1話では酒に溺れ、周囲に暴力を振るう男として描かれている。

久川 そうですね。読者さんからも「最初はラスボスだと思ってた」ってコメントがけっこうありました。「ラスボスがどんどん小物になっていく」って(笑)。

 (笑)。どんどん憎めない感じになっていくんですよね。バイレッタとのやり取りも皮肉の応酬みたいな感じがコミカルで、だんだんかわいく見えてくる。決して善人ではないんですけど、人間味があって憎めないところが魅力的だなと思っています。

久川 もともと時代劇とか戦隊もの、「タイムボカン」シリーズとかが小さい頃からめちゃくちゃ好きで、愛される悪役が好きなんですよね。毎回出てきてはやられて帰ってく、みたいな(笑)。ワイナルドはそういう感じで書きたい思いはありました。

 そうなんですね! すごく好きです。

久川 ありがとうございます! 私も紬先生と同じくワイナルドが一番のお気に入りキャラなので、先生にサインをいただいたときに「お義父さんを描いてください」とお願いしました。アナルドとバイレッタそっちのけで(笑)。

 かわいいですよね、お義父さん。

久川 ね!

キャラクターの表情に一番気をつけている

──コミカライズに関しては、久川先生はどういう形で関わっているんでしょうか。

久川 基本的にはネームの段階と原稿の段階で見させてもらって、何かあれば要望をお伝えして直していただく感じなんですけど、私はほとんど誤字脱字チェックぐらいしかしていなくて。いつもネームの段階で最高のものを描いていただいているので、「面白いです! 素晴らしいです!」とだけ返しています。

 でも最初の頃は、キャラクターのイメージについてのすり合わせ作業がけっこうありましたよね。アナルド初登場のときも、私が表情を出しすぎてしまっていたので「もうちょっと抑え気味に」とか。

久川 そうでしたね。それで言うと、カーラさんにめっちゃ口出ししたのを思い出しました(笑)。

カーラは艶事に精を出していると噂される未亡人だ。

カーラは艶事に精を出していると噂される未亡人だ。

 そうそう! 久川先生、カーラさんにけっこう思い入れが強くて。「もっと化粧濃い目で、キツめの美人に!」みたいな感じで。

久川 妖怪人間くらいのイメージで書いていたので(笑)、こだわりポイントを強めに主張させていただきました。

 おかげでイメージが明確になったこともあって、カーラさんは描いていてとっても楽しいです。

──全般的に、この作品の作画で心がけているのはどんなことですか?

 一番気をつけているのは、そのキャラクターらしい表情を描くようにすることですね。たとえばアナルドは感情が顔に出にくいタイプで表情筋が硬いんですけど、マンガ表現としてはある程度感情がわかるような表情を描かないといけない。なので眉毛の位置だけを微妙にずらしてみたりとか、けっこう苦労しています(笑)。その一方、バイレッタは逆に表情豊かなタイプなので、感情がわかりやすい表情を描くように心がけていますね。

初夜の翌朝のシーンをもとに制作されたバナー(掲載画面はイメージ)。

初夜の翌朝のシーンをもとに制作されたバナー(掲載画面はイメージ)。

久川 アナルドとバイレッタの初夜のときの、アナルドの驚く表情は本当にすごいと思いました。めっちゃ目を引くし、広告にもあの絵が使われていましたよね。そりゃクリックしたくなるよなと思って、あれは本当に印象的でした。

 ありがとうございます!

久川 あとすごく印象に残っているのが、絵の話じゃないんですけど、序盤にバイレッタとミレイナが人形を見ながら「お義父様のお顔にそっくり」と言っているシーンがあるじゃないですか。「どんな人形?」と思って(笑)。そんな人形があったらぜひ欲しいなと。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」第1話より。

「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」第1話より。

 原作にはないセリフなんですけど、ちょっとお義父様イジリで入れてみました(笑)。

久川 そこにすごく紬先生のお義父様への愛を感じましたね。