岩原裕二がWebマンガに初挑戦!正解のないマンガ表現の中、“楽しく描く”を追求した「クレバテス−魔獣の王と赤子と屍の勇者−」

タテ読みマンガはアニメを超える可能性もある

──今作は、LINEマンガでの連載版がタテ読みフォーマットになっているところが大きな特徴です。そもそもなぜ今回この形式でやることになったんですか?

「タテ読みで掲載することが決まっていたから」という感じですかね(笑)。積極的に「タテ読みをやろう」という思いがあったかというと、実はそこまででもなくて。

──ネームや作画段階ではヨコ描き、つまり単行本掲載版を想定して作業されているんですよね。

そうです。その時点では特別タテ読みのことは意識せず、いつも通りに描いてますね。ただ、今回から原稿を半デジタルで描くようになったんですよ。ペン入れまではアナログなんですけど、フキダシと擬音に関してはデジタル作画で別レイヤーにしてあるんです。タテ読みに構成し直すとき、それらの位置をずらす必要が出てくるんで。

──確かに、連載版と単行本版を読み比べるとフキダシなどのレイアウトが違っていますね。

紙に全部描いちゃうと、こんなふうには動かせないですから。

──タテ読みならではのメリットや、逆にデメリットはどんなところにあると感じていますか?

メリットは、縦方向の俯瞰の画を効果的に見せられるところと、片手で手軽に読めるところ。紙の本を片手で読むには技術が必要ですから(笑)。逆にデメリットは、コマの大きさが均一でメリハリに欠けるところかな。

──タテ読みに適した作品と適さない作品の傾向はあると思いますか?

それは確実にありますね。日常的な作品やエッセイに近いものなど、あまりダイナミックさを求められないものはタテ読みのほうがしっくりくる可能性があると思います。逆にダイナミックな作品の場合は、まず(ヨコ読みマンガで育まれてきた)見開き演出が作れないですし、コマの大きさに変化を付ける演出を新たに学んだほうがよいと思うときもあったりと、慣れが必要かもしれないです。

──だとすると、「クレバテス」は適さないほうなんじゃないかと感じちゃいますけど(笑)。

ははは(笑)。まあ確かに、自分はなるべくダイナミックな演出をしたいなと思っていますね。

──ちょっと大きな話になっちゃうんですけど、マンガのフォーマットって大掴みに言えば手塚治虫先生の時代からほとんど進化していないですよね。そういう意味では、このWebtoon(タテ読みフォーマット)はそれ以来くらいのレベルでマンガ表現の変革ということになる可能性もあるんじゃないかと思っているんですけど、そのあたり先生はどうお感じですか?

可能性は感じます。これから先、進化の仕方によってはアニメーションを超えることも可能だと思いますし。例えばフキダシや擬音が動いたり色が変わったり、自動的に画がズームするような手法や、勝手にスクロールするような演出も可能になれば、新しい表現方法として確立する可能性もあるんじゃないかな。

──なるほど。紙ではなくデジタルで出力されるからこその表現がもっとあるんじゃないかと。

そうですね。制作ソフトや媒体側がどこまで対応できるかにもよりますけど、そこまで踏み込んで作る作家さんも出てくるんじゃないですかね。もういるのかもしれませんし。(※注:LINEマンガでは、画像が動き、音声が鳴るというギミックのある作品もすでに存在している)

マンガのフォーマットに“正解”はない

──そもそも、マンガ表現のフォーマットに“正解”はあると思いますか?

ないと思いますよ。マンガの表現にもいろいろありますし、絵柄ひとつ取ってもシンプルなものから緻密なものまであって、演出の仕方も人それぞれで。そういう中で、さっき話題に上がった手塚さんがほぼ完全なフォーマットを作ってしまった感はあります。アメコミなんかを見ても、だいぶ雰囲気は違いますけど基本構造はそんなに変わらない感じがしますし。擬音があってフキダシがあって、引きの画があってアップがあって。そういうリズム感も含めて、やっぱり手塚さんのスタイルが完成形に近いから、今もあまり変わってないんじゃないかなという気はしますね。それをこの先乗り越える人も現れるかもしれませんけど、それはわからないです。

──必ずしも手塚スタイルが“正解”ではないかもしれないけど、完成度が高すぎるせいで対抗勢力が生まれにくいのではないかという。

そうですね。新しい表現方法を考えて提案したとしても、それが受け入れられるかどうかはまた別の話なので。

──それと、“デジタルならでは”のお話で言うと、現状のWebマンガって内容検索ができないですよね。いち読者としては「せっかくデジタルなのに、検索ができないのは不便だな」と感じることがあります。

それは、キャラクターの名前を入れたらそいつの出てくるシーンが一覧されるみたいなことですか?

──とか、何か印象に残っているセリフがあって「どのシーンで出てきたんだっけ?」と確認したいケースなどですね。

確かにそれはありますね……。まあ、アプリ側の対応次第では今でも十分できそうですけど。スタッフさんがタグをつけるなり、セリフを1文字1文字入力するなり、そういった手間を惜しまずにできるのであれば。もしくは、画像認識のような技術で自動的に文字を検出してデータベース化するようなことも、すでにできそうな気もしなくはないです。

──なるほど。デジタルのマンガにはまだまだ進化の余地がありそうで、今後が楽しみです。とはいえ、従来通り紙で読む形もずっと残っていってほしいですよね。

残ってほしいですね。紙は手で触れられますし、捨てがたい魅力があります。今は映像関連がだいぶデジタルにシフトしていますし、配信方法も変わってきたんで、時代の流れはそっちなのかなと思います。両方あって、読者が好きなほうを選べる状況が続いてくれたら一番いいんでしょうけど。

──先生としては、今回の「クレバテス」をLINEマンガの連載版と単行本のどちらで読まれるのがよりうれしいですか?

どちらもありがたいです(笑)。LINEマンガで読んで気に入ってくれた方が本も手に取ってくれると、作家としては一番うれしいですね。

チャレンジしてみたい要素がある

──Web連載は今回が初めてだと思うんですけども、紙媒体に描くときと気持ち的な違いはありますか?

そんなには変わらないですね。自分が出せるベストなものを常に描こうと思っているので、媒体がなんであれ、突き詰めればやることは同じなのかなと。読者層の違いはかなり感じますけども、実際に描く段階になったらさほど意識はしていないです。ただ、今までとは違うスタイルでの連載になるということで、せっかくだから新しいものを描いてみようという気持ちはありました。LINEマンガという新たなフィールドに来たからこそ、ずっと描きたかったファンタジーにチャレンジしようと思えたところはあったかもしれないです。

──なるほど。そのファンタジー作品を描いていて、一番楽しい部分はどこでしょうか。

今回はアクションが楽しいですね。でっかいモンスターが出てきて、それを剣で倒す。例えばSFだったら銃を使いますけど、剣だからこそファンタジー感があるというか。飛び道具ではなく、“手の延長線上のもの”で戦う面白さというのはあると思いますね。まあ、ファンタジーなんで魔法みたいなものも出しますけども。

──虫使いは虫で戦いますしね。今後の展開的に、先生ご自身が描くのを楽しみにしていることは何かありますか?

ルナを守るため、アリシアの父親の仇でもあるドレルに立ち向かおうとするクレバテス。

もちろん詳しくは話せませんが、今考えていることの中にちょっとチャレンジしてみたい要素があって。それがうまく描けるかどうかはさておき、楽しみではあります。今のエピソードが落ち着いて、違う舞台のお話に移ってからですかね。

──物語の冒頭で紹介されていた5つの種族のうち、まだ登場していない種族もいますが……。

いっぱいいますね。

──読者としては、例えばそのあたりの新キャラクター登場とともに「もしかしたらチャレンジングな表現があるのかもしれない」とワクワクしていていいですか?

期待していてください。……「あんまり期待しないで」とは言えないんで(笑)。