アニメ「サクガン」は、地下都市・コロニーとその外にある危険な未開地帯・ラビリンスを舞台に、ラビリンスを開拓する“マーカー”になりたい天才少女メメンプーと、彼女の父で元マーカーのガガンバーを軸に描く冒険メカアクション。オリジナルアニメ作品の原案作を公募する「Project ANIMA」の第1弾作品で、同プロジェクトの「SF・ロボットアニメ部門」で入賞した戌井猫太郎による「削岩ラビリンスマーカー」をもとに、サテライトがアニメーション制作を手がけた。
コミックナタリーでは「Project ANIMA」の総合プロデューサー・上町裕介、アニメーション制作を担当したサテライトのプロデューサー・高野健一、監督・シリーズ構成を務めた和田純一にインタビュー。最終12話までの制作過程を振り返ってもらい、アニメ「サクガン」に込めたこだわりを語ってもらった。またメメンプー役を務めた天希かのんからはコメントが到着。役への思いや「サクガン」の"現場愛"が伝わる内容だ。
取材・文 / カニミソ撮影 / 高原マサキ
全世界をターゲットにしたアニメーションに
──まずは原案となる「削岩ラビリンスマーカー」のどんなところに魅かれ、アニメ化しようと思ったのでしょうか。
和田純一 SF的に設定が細かくできていたり、主人公がヒロイックに活躍したりする作品はほかにもたくさんあったんですけど、「削岩ラビリンスマーカー」はガガンバーとメメンプーという2人のキャラクターがかわいくてカッコよくて、単純に動かしてみたいなって思ったんですよね。2人が親子という設定もすごくいいですし。そこに2人を追うマーカーのザクレットゥ、スラムの子供たちのリーダー・ユーリも加わって。4人での冒険を見たいと思ったのが決定打でしたね。
高野健一 僕も一番はやはりキャラクターです。サテライトの作品はどちらかというと、「マクロス」シリーズのような群像劇が多いんですけど、「削岩ラビリンスマーカー」はガガンバーとメメンプーの2人に焦点を当てた作品なんですよね。ウチが培ったロボットアニメの強みも活かしつつ、これまでにない新しいチャレンジができるんじゃないかと思いました。
上町裕介 「SF・ロボットアニメ部門」は、あえてSFを冠することで、ロボットアニメではあるけれど多様性を求めようとスタートした企画なんです。「削岩ラビリンスマーカー」はロボットが軸ではあるんですが、SFとしても十分描ける作品だったんですよ。これまでのコテコテなロボットアニメではない、ひと味違ったアニメーションになるだろうと予感させられる部分に魅力を感じましたね。
──スタッフ間ではどのようなコンセプトを共有して、制作に取りかかったのでしょうか。
上町 和田監督をはじめ、脚本の永井真吾さんたち、各社のプロデューサーには、全体設計として、全世界をターゲットにしたアニメーションにしたいという話をしました。これまでのコンテンツは、“日本で流行れば海外で流行る”という文化でやってきていて。はじめから海外でもしっかり受け入れられるものを作ろうというコンセプトを掲げて、そこに明確にトライアルした企画って意外と少ないなと思っていたんです。特にSFというジャンルは世界の共通言語ですし、みんな好きじゃないですか。ヨーロッパやアメリカ、アジアや中東などさまざまな文化圏の人にも楽しんでもらえる作品にしようと。最初から海外展開を前提にしていたので、人種やジェンダーの描写も意識しながら、作品に落とし込んでいきました。
──「サクガン」は英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語の5言語での吹き替え配信が決定していますが、当初からの狙いが実現したわけですね。実際に吹き替え版はご覧になられましたか?
上町 英語版を見たんですけど、英語になった瞬間、すごく海外ドラマっぽくなっていて、アメコミ原作のアニメを観ているような気持ちになりました。絵もそうだし、話や雰囲気、世界観も海外の文化圏にしっかりハマるような作品になっているんだなって。
──キャラクター原案で岩原裕二さん、審査員およびカイジュウコンセプトデザインで河森正治さんが参加されています、おふたりとはどういったやり取りをしたのでしょうか。
和田 岩原さんや河森さんは、2人の個性に乗っかる気満々でお願いしたんですよ。そもそも絵が好きなのもあって。
上町 特に岩原さんに関しては、誰にお願いするかを一斉に出し合ったときに、僕と和田監督が偶然第一候補に挙げていたんですよ。あれは本当にびっくりしました。岩原さんの絵って、アメコミっぽい雰囲気とスタイリッシュさがばっちりハマっていて、さらにリアルさも感じるという絶妙なバランスで成り立っているんですよね。
高野 岩原さんは物腰の柔らかい方で、和田さんの話を真摯にお聞きいただき、そのうえで打ち返される球が、毎回毎回ドストライクなんです。イメージと違うときも1回か2回あったんですけど、そのときは和田さんのオーダーの仕方が悪かったんでしょうね。
和田 (笑)。
高野 河森さんはちょっと違って。原案は小説なので、絵がまったくない状態なわけじゃないですか。カイジュウについては和田監督も、「こんな感じで筋肉を入れたい」とか、フワッとしたイメージでしか伝えられなかったんですよ。そうしたら河森さんが、A案からI案くらいまで描いてきたんです。
──けっこうな量ですね……!
高野 これだけ数があればどれかハマるだろうと思ったら、和田さんが「B案とC案の間で、F案の要素も入れた感じでお願いします」などと、まさかの返事をしてきたんですね。その要求に対して河森さんが、またA案からI案くらいまで描いてきて。そういうやり取りを3カ月くらい続けたんじゃないかなあ。岩原さんとも、ボスのキャラデザが決まらなくて、まだコロナ前だったこともあり、自宅にお邪魔しに行って。
和田 確か岩原さんのときは細かく詰めていく段階で、電話口の情報よりは直接お会いしたほうが解像度が高いっていう話になったんですよね。
上町 岩原さんも作るのに悩まれて、けっこう難産だったっておっしゃっていたし。ボスは何回もリテイクを重ねたキャラクターでしたね。
サテライトっぽくないアニメを目標に制作
──作画やテンポのよさが話題になっていたアニメ「サクガン」ですが、個人的にはカイジュウとメカとのバトルシーンでの3DCGと2Dの描き分けにも魅力を感じました。作画や動きについてこだわった点について教えてください。
和田 サテライトは「創聖のアクエリオン」「マクロス」シリーズといった、日本を代表するようなロボットアニメをこれまでたくさん輩出してきたわけですが、それと同じことをやっても全然面白くないし、「ああ、サテライトのロボットアニメね」って思われるのがとにかく嫌で。パッと見の映像でどこの制作会社かわからないくらいの、“サテライトっぽくないアニメ”を目標に制作していきました。サテライトを中心に活動されている方が多く参加されているので、結局どこかに色は出るものなんですけど、リアルめな動きやシャープなデザインは一度封印していただいて。2Dも3DCGも動きについては、マンガっぽい構図の連続で見せるなどの工夫を取り入れながら、何か言われるたび「サテライトっぽくないものでお願いします」とスタッフにお願いしていましたね。
──「サテライトっぽくないロボットアニメにしたい」と言われて、サテライトの皆さんは苦労されたんじゃないですか。
高野 やはりどうしても、サテライトっぽいアニメを作ってしまうんですよね。そこはがんばってなんとか、監督の期待に応えようとスタッフもだいぶ四苦八苦した部分で。2Dのカットも基本的に全部和田さんがチェックするんですけど、なかなかOKがでなくて大変でした。ようやく1、2話を通じて、こうすればいいんだという光が見えて。後半になればなるほどスタッフの皆さんも和田監督のポイントがわかってきて、すごく進歩というか、皆の努力を感じましたね。あと和田さんは、絵コンテがとにかくうまいんですよ。テンポ感がいいのは、和田さんの絵コンテのよさもあるんだと思います。
和田 久しぶりに褒めてもらいましたね(笑)。
上町 僕もいろんな現場に入らせていただきましたけど、絵コンテの段階であそこまで動きが見えるって、今まで出会ったことがないなって。単調になりがちなシーンでも構図力がずば抜けているから、単調にならないんですよね。ワンシーンごとにすごく工夫されていて、そこに和田監督の真骨頂を感じました。あと「サクガン」を観たいろんな業界の方に「サテライトさんって、ああいう作品も作るんだって驚いた」と言われるので、和田監督の狙いやサテライトさんの試行錯誤がしっかり作品に反映されて、伝わっているんだなと実感しましたね。
完全に1000本ノックでした
──主人公の天才少女・メメンプーを演じる天希かのんさんは一般公募のオーディションで選ばれました。天希さんを選んだ決め手はなんだったのでしょうか。
和田 たしか1500人くらい応募があったんでしたっけ?
上町 ありましたね。ファイナリストは7人で、正直誰が役を射止めてもおかしくはなかったんですよ。ただあまり完成されすぎていてもよくないし、粗さが残っているほうが作品性にはマッチする。海外ドラマを意識したときに、声優というよりは役者に近い演技をする方にお願いしたいという思いがあり、そこが最終的な決め手となって、天希さんにお願いすることになりました。
──キャスティングにも海外ドラマのようにしたいという意識が向いていたんですね。
上町 そうですね。天希さんとバディを組むガガンバー役の東地宏樹さんも、アニメやゲームはもちろん、洋画の吹き替えにも多くご出演されている方です。そんな東地さんと役者としてぶつかり合うことで、成長していってほしいという思いもありました。
和田 天希さんにとっては酷な現場だったと思います。彼女は新人だし、本当は役者さんが全員集まった中で掛け合いができればよかったんでしょうけど、コロナ禍でそれが叶わず。一番掛け合う東地さんがまた抜群にうまいので、東地さんのほうが先に終わるんですね。天希さんは勘所を掴むのにまだ時間がかかるので居残りになってしまうんです。音響監督の木村絵理子さんも妥協するタイプではないので、ニコニコしながらも厳しいことを言っていましたね。演出意図や映像にハマること以上に、演技として本当にそれでいいのか、思い残したことはないかを問われるんですよ。本当に毎回1000本ノックに近かったと思います。
高野 完全に1000本ノックでしたね。和田さんがOKを出しても、木村さんが「あともう1回」とリクエストする場面が何回もありましたし。天希さんも木村さんに応えようと、2話より3話、3話より4話という形で加速度的に成長していって。
和田 木村さんも上町さんと同じように、天希さんにこの作品でちゃんといい役者さんに育ってもらいたいという気持ちがあったからこそだと思いますが。
上町 モブやガヤにあそこまでテイクを重ねているのも初めて見ました。ほんのひと言や、ちょっとした役の演技でも平気で10テイク以上重ねてましたから。作中でのキャラクターや親子としての絆の成長とともに、話数によってだんだんと親子の関係性、2人の掛け合いも雰囲気が変わってきたり。彼女の声優としての成長も作品を通して感じるので、注目していただくとより面白いかもしれません。
次のページ »
あのカットは、紙からオーラが出てました
2021年12月25日更新