「“マイノリティをテーマにした作品は売れない”に抗いたい」KADOKAWAの新マンガブランド・CandleA (2/2)

呪いを打ち破れ!“魔女”というしがらみに囚われてきた女たち

──続いて「ウィキッドスポット」についてお願いします。こちらは魔女がテーマの作品ですね。

「人間に存在を知られてはいけない」「人間は危ない生き物だから」と教えられ、山奥で隠れるように暮らしていた魔女のサダが、とある出来事をきっかけに山を降りて、現代を舞台に自由にやり始めるというお話です。その奔放具合がぶっ飛んでるというか、かなり激しめなんですけど(笑)。もう1人、ハナという人間の女の子が出てきて、この子は幼い頃から“魔女”という悪口で蔑まれてきたことが、呪いのようになって彼女を苦しめ続けている。

「ウィキッドスポット」1巻

「ウィキッドスポット」1巻

──タイプは違うけれど、魔女というしがらみに囚われてきた2人が出会って、物語が動き出します。

魔女も女性蔑視の文脈と切り離せないですよね。現実でも、魔女裁判とか魔女狩りとか、あいつらが悪い、いないほうが都合いいとされてきた側面があると思います。この作品はバディものなんですが、作者のSal Jiangさんとは、いろんな女性像を出そうという話をしています。本当に多種多様な魅力のある女性を描くのが得意な作家さんなので、幅のある女の魅力が浴びれる作品になっているのかなと。

──どんなキャラクターが描かれるのか、今後も楽しみです。

主人公のサダをよく思わない魔女たちが1巻の後半から活躍し始めるので、ぜひ楽しみにしていてください。

大人が強いるルールって、本当に正しいの? ぶつかって、考える

──「くらやみガールズトーク」についてはいかがでしょう?

「くらやみガールズトーク」は朱野帰子さんの短編集を、ウラモトユウコさんがコミカライズしている作品です。最初のエピソード「花嫁衣装」では結婚で名字が変わることへの思いが描かれるんですが、まさに女性が「『いない』こと」にされる象徴的なエピソードだと感じました。結婚すると、女性側が名字を変えることが多いですが、そうするとどんどんいろんな場所から自分の名字を消していかなくちゃいけない。そういう苦労や名前というひとつのアイデンティティの喪失を、なんで女性側だけが強いられなきゃいけないんだというモヤモヤとか、それが当たり前だという風潮への違和感みたいなところが、作品全体を通して描かれていると思います。

「くらやみガールズトーク」1巻

「くらやみガールズトーク」1巻

──「ふたごチャレンジ!」は先行して1月に1巻が発売されました。先ほども少しお話しいただきましたが、いわゆる女の子らしさ、男の子らしさというジェンダーの押し付けと戦うお話です。

お姉ちゃんのあかねはボーイッシュなものが好きで、反対に弟のかえでが女の子らしいとされるかわいいものが好き。双子だからそっくりな2人が、入れ替わることを思いついたことから始まるお話です。大人が強いるルールって本当に正しいのか、自分たちでぶつかって考えて、それを解体していこうという“チャレンジ”で、それが入れ替わりという入り口から描かれます。

──そういう作品が角川つばさ文庫から出ていて、支持されているというのもいいですよね。

そうですね、原作もかなりヒットしていて、マンガ版1巻の発売と同じタイミングで、原作はシリーズ9冊目が刊行されています。コミックは原作のイラストレーターであるしめ子さんに担当いただいていて、しっかり原作リスペクトがありながら、コミックとしてボリュームアップしている部分もあるのでいろんな方に手に取ってほしいです。

「ふたごチャレンジ!」1巻

「ふたごチャレンジ!」1巻

このテーマで、ヒット作を出すことが目標

──CandleAの作品に、あえて共通するテーマを挙げるとしたら「自分を大切にする」「外圧に負けず、なりたい自分になる」というところなんじゃないか。そう編集部内で話をしたのですが、Kさんとして意識していることはありますか?

うーん……確かにテーマになりやすい部分かなと思います。ただ、伝えたいニュアンスで伝わるかわかりませんが、なりたい自分になることが、最終的にたどり着くべき解というわけではないと思っています。グラデーションの中で留まることやもがくこと、特になりたい方向がないみたいな在り方もそれはそれで大事なものだし、そこに貴賤はない。自分が「居場所がない」と思ってしまうのって、社会のルールだったり構造だったり、そういう問題が大きいので。その構造を見つめて、解体しようと試みたり、まずは自分にかかってる呪いから解除していったり。そうすることで生きやすくなればいいなという思いはあるかもしれません。

──社会や構造に問題があるとして、それを「攻撃してる人」と「される人」という分断の話にしてしまうのじゃなくて、なぜ起きているのか、それを解決するにはどうすればいいかを考えて行動していこう、と。

そうですね。分断を煽って、異なる属性同士でいがみ合っても、双方苦しくなるのにと思います。

──CandleAの作品を手に取った人が、作品を通じて理解を深め合って、お互いに歩み寄れるとよいですね。CandleAはまだ立ち上がったばかりですが、今後目指しているものや、展望などがあればお聞かせいただけますか。

作品は作品で、それぞれ作家さんがやりたいことをやっていただけたらなと思います。CandleAとしては、このテーマを扱った作品の中からヒットを出すことが目標でしょうか。売れるものがちゃんと作れるというのは、けっこう大事かなと。結局こうしたテーマは「共感できる人少ないよ」と思われてしまうのが、足枷になってしまっている部分があると思うので、会社の構造とか、出版社やエンタメ業界の意識を変えていくには、「別にこれでも売れたけどね」という前例がもっともっと必要になると思います。

──そういう作品を作れる土壌の拡大と、そしてそういう作品が売れるという証明、ということですね。

そうですね。こうした作品はそれこそ同人誌とかなら挑戦している方がたくさんいて、それはそれでいいことだと思うんですが、商業でやろうとしたときに急にハードルが上がってしまうので、そこは徐々に下がってきたらうれしいなと。やっぱり売れる、広がることで、こうした存在が目に届く範囲が拡大していくので。「作りたい女と食べたい女」はNHKでドラマ化されたときに、NHKって全国どこでも観れて視聴年齢層に制限がないのがすごいことだなと思ったんですよね。届く範囲がぐんと増えた。なので、難しいとは思いますが、そこを目標にするのは意義があることだと思っています(参照:「作りたい女と食べたい女」がNHKでドラマ化、主演は比嘉愛未)。

自分と違う考えがある人、自分と違うものを好きな人が気になる

──ここまでお話を聞いてきて、Kさんがどういう人なのか、編集者としてどういうキャリアのある人なのかというのが気になったんですが、簡単にで構いませんので、最後にそれをお聞きしてもいいですか。

私は大学のときにボーイズラブや、それを愛好する“腐女子”と呼ばれていた方々の文化を研究するということをやっていました。私はそれまでチャンスがあってもボーイズラブに傾倒することがない人間だったので、自分が通りすぎたジャンルに熱狂する友人がたくさんいるという事実が、魅力的で面白いなと思ったんですね。そうしてボーイズラブの文化や作品を勉強していくうちに、ボーイズラブが内包する文化が、フェミニズムやセクシュアリティと不可分だと知りました。同時に「今はまだ運命に出会ってないだけ、女はいつかボーイズラブにハマれる」という言説が、自身に当てはまらないことに対する不安やモヤモヤが生まれたりもして。

──Kさんご自身はどういうジャンルが好きだったんですか?

私自身は少年マンガやラノベ、アニメなどのいわゆる男性向けオタク作品が好きなタイプでした。だから、BL文化やそれを好きな人をリスペクトしているのに、自分が完全な当事者になりえないことに、当時は罪悪感めいたものを感じていたんですね。そういう学生時代だったからかはわかりませんが、KADOKAWAでの編集者のキャリアとしては、ディープなオタク向けの作品や異世界コミカライズ、ボーイズラブ、CandleAのような作品も含めて、ジャンルを横断して幅広く作品を担当させていただいています。

──自分と違うものへの興味というか、自分が理解できないものにも興味を持てるというKさんの性質が、CandleAのテーマともどこか重なっている気がしました。自分が受け入れられるか、受け入れられないかというのとは別に、考えの違う人がいたっていいじゃないか、と。

そうですね。私は自分とは違う存在が好きで、その魂に生かされているなと思うので、自分とは違う誰かが生きていけるような、多様な在り方が共存できる社会だったらいいなと。世界に生きるひとりとして、出版社に勤める編集者として、誰かが息のしやすくなる世の中への一助になれたらいいですね。