「“マイノリティをテーマにした作品は売れない”に抗いたい」KADOKAWAの新マンガブランド・CandleA

2024年10月、KADOKAWAに新たなマンガブランドが誕生した。「社会的あるいは文化的に『いない』ことにされている存在や関係や感情について描かれる作品を積極的に掲載していく」と述べる、そのブランドの名前はCandleA(キャンドレア)。立ち上げ時のラインナップには、NHKでドラマ化もされた「作りたい女と食べたい女」をはじめ、6作品が名を連ねた。

CandleAブランド4作品の単行本1巻が発売されるのに合わせて、コミックナタリーではCandleAの責任編集者であるK氏にインタビューを実施。ブランドを立ち上げるに至った経緯や、その背景にある思い、各作品の魅力などについてたっぷりと話を聞いた。

取材・文 / 鈴木俊介

CandleAとは

CandleAロゴ

CandleAは、社会的あるいは文化的に「いない」ことにされている存在や関係や感情について描かれる作品を積極的に掲載していくコミックブランドです。「いない」ものとして扱われてしまう存在は、往々にして弱い立場の誰かです。
そうした存在を世界から、あるいはエンターテインメントの場から消したくない。
暗闇のなかで「ここにいる」とろうそくの光のようにやさしく教えてくれるような──あるいは、激情と怒りに燃える炎のような物語を。

2024年10月11日
株式会社KADOKAWA

公式サイト

試すことさえできない環境を変えていきたい

──「社会的あるいは文化的に『いない』ことにされている存在や関係や感情について描かれる作品を積極的に掲載していくコミックブランド」、CandleA。まずはこのブランドを立ち上げるに至った経緯を聞かせてください。

ゆざきさかおみさんの「作りたい女と食べたい女」がヒットしたのがきっかけなのかなと思います。

──「作りたい女と食べたい女」は2022年、2024年と2度にわたりNHKでドラマ化もされました。

こうしたフェミニズム的な題材を扱った作品が売れたことは当時社内でも異例だったらしく、「こうした系統をもっとやってみれば?」となりました。ただ、大人女性向けのレーベルはすでに複数あるので、社内で競合してしまうのもなと思い、既存のレーベルの中で、“ブランド”みたいな立ち位置でならやりたいと伝えて。そういう機会をいただけたのは「作りたい女と食べたい女」があってこそだったので、共感・支持してくださった読者やゆざきさんの想いを理念に込めようと決めました。

「作りたい女と食べたい女」1巻

「作りたい女と食べたい女」1巻

これはコンテンツ業界全体でたまに聞く話ですが、「フェミニズム的な題材やLGBTQ要素がある作品は売れないだろう」と判断されて頓挫することはあるようです。当然、個々の編集部の経験則や数字、そのほかのたくさんの判断要素があってのことだと思いますが、個人的には「やってみたら売れるかもしれないのに」と思っていて。ただ、いち編集者としては、そうした常識を打ち破って連載を通していくのが難しいというのもわかります。

──Kさんの編集部では、「作りたい女と食べたい女」の連載を立ち上げる際、そういう反対意見は出なかったんですか?

私の所属する編集部はありがたいことに「やりたいならいいよ」という感じでした。ただ、それはすごく幸運な環境であったと思っています。だから、“積極的に挑戦していこう”という場があって、たくさんの人がいろいろな作品を世に送り出していったら、何か変わることもあるかもしれない。ブランドの立ち上げを決めた背景には、そういった気持ちもありました。

──成功例があれば、「読んでもらえるんだ」「描いていいんだ」という、いいサイクルもきっと生まれるということでしょうか。

そうですね。そして、こうしたテーマの成功例は世の中にたくさんあるとは思うんですけど、集まって挑戦していくことで別の道が見いだせたらなと思っています。

──「作りたい女と食べたい女」は同性婚法制化チャリティプロジェクトを行ったことでも話題になりました。あのプロジェクトもそうした“挑戦”の1つだったのでしょうか?

「作りたい女と食べたい女」は2022年に、日本での同性婚法制化の実現を目指すためのチャリティプロジェクトを実施した。

「作りたい女と食べたい女」は2022年に、日本での同性婚法制化の実現を目指すためのチャリティプロジェクトを実施した。

そうですね。例えば「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」の豊田悠さんが、映画化で得た原作使用料の一部を「Marriage For All Japan」(※)へ寄付されたりなど、作家さん個人で同性婚法制化に賛成をしてチャリティを表明することはあったのですが、出版社が主体になるのは例がなかった。ただ、作家さんだけを矢面に立たせて、作品を刊行している出版社が何もせずにいるのは違うんじゃないか、という気持ちが大きくなっていきました。現実から地続きな存在であるレズビアンというマイノリティ表象を作品内で扱っているし、彼女たちの幸せを願うのに、現実の問題を見なかったことにするのはできないなと。

※正式名称は「公益社団法人Marriage For All Japan 結婚の自由をすべての人に」。

透明化されてきた存在が「ちゃんといる」と伝えたい

──既存レーベルの中に“ブランド”を作るという形ですと、編集部が新たに作られて……というわけではないですよね。社内で賛同してくれそうな人に声をかけたりされたのでしょうか。

最初はけっこう孤独な作業でした。準備が整って各編集部へ「こういうブランドできるよ」と周知されたとき、若手の編集者から「こういう場所をずっと探していました」「待ってました」みたいな声があり、うれしかったです。一度社内で説明会を設けて、10人くらいが参加してくれました。やっぱり皆さん、それぞれのレーベルでターゲット層があったり、社会的な問題やマイノリティを扱うことが難しかったりして、いいなと思う作家さんがいても声をかけられずにいたという状況ではあったようで。「実はこういう作品を載せたいと思ってるんだけど、どうかな?」みたいな相談をもらえるようになりました。

──実際にそうやって、賛同してもらって始まった作品というのもあるのでしょうか。

タテスクコミックの「くらやみガールズトーク」は、出し先をどこにしようかと悩まれていたタイミングだったようで、CandleAでぜひということになりました。「ふたごチャレンジ!」は原作が角川つばさ文庫から出ているのですが、原作の担当編集さんから、私にコミカライズの担当をしてくれないかとご指名いただいて。その編集さんは「作りたい女と食べたい女」を応援してくれていてご縁があったのですが、「ふたごチャレンジ!」もジェンダー規範、いわゆる男らしさ、女らしさみたいなものをテーマにしている作品なので、CandleAにぴったりだなと思いました。

角川つばさ文庫「ふたごチャレンジ!⑨ はずんでころんで!?新学期大作戦」

角川つばさ文庫「ふたごチャレンジ!⑨ はずんでころんで!?新学期大作戦」

──「CandleA」という名前に込められた思いについてもお聞きしたいです。

キャンドルを灯す──つまり“暗くてよく見えないもの”に何かアクションをしたいと考えています。弱い立場の人が表舞台から排除されたとき、“透明化される”という表現をしますが、そういう人たちも“ちゃんとここにいる”ということが、伝わる名前にしたかった。暗いときはよく見えないけれど、周りをちゃんと見ようと思って明かりを灯したら見えるはずなんだと。我々は、あなたはいなくならないよという意味を込めたつもりです。

──まさに立ち上げ時のメッセージにあった、「暗闇のなかで『ここにいる』とろうそくの光のようにやさしく教えてくれるような」というところですね。今回改めてこのメッセージを読み返して、その後ろに「あるいは、激情と怒りに燃える炎のような物語を」と続くのにグッと来ました。

「暗闇に明かりを灯す」だけだと、優しいニュアンスに聞こえすぎるかもしれませんが、そういう作品ばっかりじゃなくてもいいと思っていて。マイノリティをテーマに扱う作品というと、優しく寄り添うみたいな雰囲気のものを思い浮かべる人も多いかもしれませんが、すごく怒っていたり、激しかったりする作品でもいいんですよね。マイノリティな属性ひとつとっても、どういうふうに扱われたいかというのは個々人バラバラのはずなので、あまり方向性を限定したくはなかったんです。

──具体的にこういう作品が今後CandleAに増えたらいいなと考えているものはありますか?

今はフェミニズムやクィア系の作品が多いんですけど、例えば障害や地域に根差す差別を取り扱った作品ができたら媒体として広がりがあるかなと思います。

“ぽっと出”の恋人候補が、友達に勝てるわけなくない?

──ここからはCandleAブランドの新作について話を聞かせてください。「姫巫子と姫騎士」「にじいろキャンパスライフ(仮)」「ウィキッドスポット」、それから「くらやみガールズトーク」の4作品は、この記事が公開されるタイミングで1巻が発売されます。それぞれ、CandleAブランドでやるべきだと思った理由などを教えていただけますか。

「姫巫子と姫騎士」の真くんさんは、前作の「恋と呼ぶには青すぎる」からご一緒しているんですけど、言語化しにくい感情を上手に描くことができる作家さんだと思っています。「恋と呼ぶには青すぎる」はガールズラブですが、男性キャラの心情も丁寧に描かれている作品です。カップルが別れて彼氏彼女じゃなくなった後、恋愛関係じゃなくても一緒にいていいんじゃない?とか、弟から姉への親愛でもないけど恋愛とも断言しづらい巨大な感情だったりとか。名前のある関係や感情に当てはめたようとしたとき、まだわからないもの、「それってどうなの?」と言われてしまいそうな繊細な感情を、肯定的に、かわいらしく描く方なんです。「姫巫女と姫騎士」も、そんな真くんさんの魅力が出ていると思っています。

「姫巫女と姫騎士」

「姫巫女と姫騎士」

──新作「姫巫子と姫騎士」では、異世界に“巫女”として召喚された少女・由良と、彼女と一緒に召喚されてしまった由良の友達・澪の関係が中心に描かれます。巫女は「相手を愛するほど強くなる」という加護を持っており、その結果、澪は異世界の誰よりも強い力を手に入れる。

今作は友情がテーマなんですよね。愛で世界を救うという物語って、どうしても恋愛至上主義に回収されちゃうんですが、たまには友愛で勝ってもいいんじゃないかなって。愛の力でどんどん相手が強くなるとして、王子や騎士といった“ぽっと出”の恋人候補が、現代でもともと仲のよかった友達に勝てるわけなくない?みたいな。

──そういう例外があってもいいじゃないか、と。仲睦まじい2人に対して、王子たちがすっかり見守りポジションなのもほっこりします。

この世界はいろんな愛を肯定している国で、異性愛だけじゃなくて同性愛もあるし、それ以外の愛の形もいっぱいある。その中で、主人公たち2人の友愛も守られるべきだよねと、周りの価値観もゆるっと変わっていく。そういう過程を楽しんでいただけたらと思います。

生まれつき持った身体から一度離れ、なりたいライフを演出

「にじいろキャンパスライフ(仮)」は、見た目にコンプレックスのある子がVTuberになることで、自分の居場所を見つけていく物語です。本当はありのままの自分を肯定できれば一番いいんですが、「そこまでの強さはまだ持てない」というときに、別の居場所があったっていい。どこかで「VTuberの身体を手に入れることは化粧と同じ」という考え方を聞いたことがあるんですが、確かに“見た目を装うこと”という意味においては似てるんですよね。あくまでちょっと違う自分を演出しただけなんだけど、それだけで自己肯定感って変わってくる。

──VTuberといっても不特定多数に向けて配信をするわけじゃなくて、いわゆる“バーチャル受肉”をしつつ、オンライン上の部室のような場所で交流を深めていく。オタク系サークルを舞台とした青春マンガの、新しいスタイルという印象も受けました。

「にじいろキャンパスライフ(仮)」1巻

「にじいろキャンパスライフ(仮)」1巻

「“V”の皮をかぶる」ということはどういうことなのかっていう話だったりもすると思います。女の子の格好をしたいけど、体は男であるみたいなキャラクターも出てきますし、反対に、美人であることに疲れてしまった子がみんなから見た目で判断されないような姿になれたりもする。それぞれが、自分で選んだわけではない、生まれつき与えられた属性みたいなものから一度離れて、なりたい自分を“演出”することで、出会える人が変わってきたり、振る舞える表現幅が変わったりする。そういう過程自体が、自分自身を受け入れるきっかけにもなり得るんじゃないかというテーマの作品ですね。

──CandleAがテーマに掲げる、「『いない』ことにされている」という部分を、この作品でわかりやすく言うとなんでしょう?

コンプレックスでしょうか。主人公みたいに高身長でメイクの似合わない女の子というのもそうですし、美人の子も、「かわいいからいいよね」と言われることに人知れず傷ついている。世間的には美人はもてはやされがちですが、ルッキズム的な被害の対象であるというのは、すでに指摘され始めていることですよね。登場するキャラクター1人ひとりのコンプレックスは重要なテーマかなと思います。