「王の声」が欲しかった──リチャードのカリスマ性
──斎賀さんは、リチャードという人物の魅力はどんなところにあると思われますか?
斎賀 いい意味でカリスマ性がすごいところですよね。みんなリチャードのことを「ほっとけない」と言いますけど、確かにとっても危ういんです。すごくふわふわしながら立っていて、誰かが支えてあげないとだめなんじゃないかという部分もあったり。なのに、「自分で1人で生きていける」という頑なさ、強さもあったりする。そういうのも含めて、みんながどうしても目を向けてしまうカリスマ性がリチャードにはあるのかなと思って見ていますね。
──カリスマ性というのは、たしかにしっくりきます。
斎賀 史実を見ていても、客観的にはリチャード三世って「なんでみんなが魅力を感じたんだろう?」「王にしたいと思ったんだろう」と思うくらいの人なのに、実際に王になったということは、やっぱり歴史上の彼はめちゃくちゃカリスマ性があったんだろうなと思うんですよ。みんなが「引っ張っていってもらえる」と期待を寄せるものがあったんじゃないかと思える。「薔薇王」を読ませていただいても、リチャードはすごく危うくて、みんなが「とにかく目が離せない」と思ってしまうし、言っていることに説得力がすごくある。リチャードが何か言ったら、みんなが「そうなんだ」と思っちゃうような魅力──言霊もすごく持っていたんだろうなと思います。
──なるほど。
斎賀 それはほかの登場人物にはなかったものなのかもしれない。当然、父親のほうのリチャードさんにもすごくカリスマ性がありましたけど、あの人は包容力だなと思います。リチャードの兄・エドワードは愛の人というか、父親に顔はそっくりで、みんなは「華やかな人だな」と思うからついていく──違う意味でカリスマ性はあったけど、リチャードのそれとは違う。リチャードには絶対的なものがあったと思っていますね。
菅野 リチャードのまさにそういうところが、斎賀さんの声なら出せるのだと思います。「王の声」が欲しかったんです。2つの性を持ったキャラが王になるというときに、みんなが「王だ」と思う声でないとならなかった。そこに迫力や説得力、頼り甲斐みたいなものが絶対にないといけなかったので、それを出せる方って、斎賀さんしかいないと思っています。
ノリノリで“強すぎる”女性キャラを演じる声優陣
──アニメで印象深かったシーンや演技、演出を教えてください。
斎賀 女性陣のお芝居を見ていて、迫力も憂いもあるし、本当にすごいなと思いました。演じていて楽しいんだろうなって。男たちによる王の座をめぐる華やかな物語に見えるけど、実はそれを支えるものとして、強い女性陣の物語が軸になっていると思うので、すごく惹かれるものがありますね。みんな「いじめるわよー!」というわけじゃないけど、演じながら「楽しいー!」って言ってます(笑)。エリザベス役の(伊藤)静さんや、マーガレット役の(大原)さやかちゃん、あと、ジェーン役の甲斐田(裕子)さんも、収録後はいつもニコニコしながら帰っていくので、めっちゃくちゃ楽しいんだろうなと。
──女性キャラはとくに、みんな癖が強いですからね……! 振り切った演技ができるのが楽しいのかも。
斎賀 そう。それに、皆さんストーリーをものすごく楽しんでいますね。収録前後にロビーで話をするときも、みんなしっかり作品を読み込んでいるから、盛り上がります(笑)。そうやって楽しんでることで思いが増し、さらにお芝居に乗るので、その勢いが、アニメに登場する抽象的な表現──影絵とか切り絵みたいな演出に重なって、より生きてくるのだと思っています。
──皆さん、ノリノリでお芝居されているのは素晴らしいですね。
斎賀 そう。一見アンちゃんも、一輪の小さなクローバーの花のような、すごく儚い感じのイメージがあるけど、実は彼女ってめちゃめちゃ芯が強いじゃないですか。自分を曲げないし、リチャードを妻として一番支える人でもあるので。ベスちゃんも含め、一見儚そうな女の子たちであってもものすごく強いので、そのあたりは菅野さんがうまく表現されているなと思います。
菅野 私としては好きなタイプを描いているだけなんですが、好きなように女の人を描くと「怖い」って言われるんですよ(笑)。まあ確かに怖いかもしれないけど、あんまり自分の中で女性キャラ、男性キャラと分けて描いていなくて。例えばマーガレットを男にしたとして、(女性のときと同じように)怖いって言われるのかなという疑問は湧きますよね。
斎賀 表情が妖艶だから……男の人ってあんな妖艶な顔しないんで(笑)。
菅野 でも、男性キャラも男の人だと思って別に描いてなくて、全員自分の分身っていうか……。
斎賀 人間として描いている。
菅野 そうですね、本当に1人ひとり人間として描いているので。だから、「女の人が怖い」と言われると、つまり私自身が怖いのかもしれない(笑)。
斎賀 (笑)。感想を見ていても、みんな女性キャラについて面白いぐらいに「怖い」「怖すぎる」と言っています。女性陣は強いので、登場するとインパクトがすごすぎるんでしょうね。
──「薔薇王」の女性は、みんな自分の欲望に忠実ですよね。男性キャラは政治や地位がらみで行動する人が多いですが、女性キャラの多くはとにかく自身や子供の栄誉のために、過激な行動も厭わない。リチャードの母・セシリーや、兄エドワードの妻となるエリザベスなど、ちょっと口の端を歪ませて笑うようなキャラが印象的です。
斎賀 あの表情ね。秀逸ですよ、「絶対なんか考えてるこの人!」ってすぐにわかる。男キャラたちって意外と単純バカが多いじゃないですか(笑)。
菅野 当時の社会がそういう仕組みだったというのもありますけど、そのへんはよく私が男性キャラで描きがちな要素というか……みんな、調子に乗って愚かなことをしてしまうんですよね。
斎賀 (リチャードの)お兄ちゃんですか?(笑)
菅野 長男のエドワードと次男のジョージ、お兄ちゃんは2人ともそうかもしれない(笑)。
──権力を持ったとたん、愚かになってしまいますよね。
菅野 そうなんですよ。だけど、愚かだと思って描いているわけじゃなくて、権力を手にしたら自分もそうなっちゃうかもな、と思いながら描いています。
斎賀 立場がそうさせる、というのはありますよね。だって、ちやほやされて気持ち悪い人って、多分あんまりいない──私は気持ち悪いですけど(笑)。例えば、「1億円使っていいよ」と言われたら、調子に乗りまくって使っちゃう人もいるわけで。
菅野 王になって、そんな日々が毎日、永遠に続いていたらおかしくなっちゃうかもと思いますよね。自分もそうなると思うし。あの時代、トップの人の存在や持っている権力が、今よりもっとすごいものだったと思うんです。当時を生きていたらエドワードやジョージみたいなテンションになるんじゃないかな。そんな感じで考えてキャラクターを描いているので、やっぱり全員、基本的に自分が入るんです。自分の要素がない人は描いてないので、読者さんが「なんだこいつ?」と思うキャラがいたとしたら、私の嫌なところが入ってるのかもしれない(笑)。
斎賀 でもそういうところも出せるって、すごいことですよ。我々役者は1人の人生を考えればいいんですけど、描いている方は、全部が自分の中で生まれて、それを出すわけなので。さらに出したうえで、船頭さんとしてお話をうまく導いていかなきゃいけない。それって、やっぱり私たちの計り知れない脳の使い方をされているんだと思います。
天﨑滉平のエドワード王太子、日野聡のケイツビーの存在感
──私も、どんなキャラも菅野先生ご自身が入っているからこそ、表情や行動に説得力が出ているのだと思いました。菅野先生はアニメで印象的なシーンや演出はありましたか?
菅野 夜の暗さや雪の風景のような情緒的な感じにグッときます。物語後半に多いハードなシーンの演出が特に印象的で、好きですね。それから、声優さんのキャラに対するアプローチに「なるほど」と思わされます。マンガを描いてたときにはあんまり考えてなかったような部分があったりするので、そこにすごく影響を受けています。自分の中から作られたものが、他人の解釈を通して声が付くことによって、すごく「独り立ちした」という思いがあります。いちキャラクターとしてより鮮明になった感じがして、「本当にこういうところもある人かも」と影響を受けますね。(ランカスターの天﨑滉平さん演じる)エドワード王太子とか、私が描いたバージョンよりもかわいいんです。
斎賀 かわいいですね。天﨑くん独特の、甘くて高めのボイスも含めて、立体的になっている。つまり、キャラクターが人として具現化してここにいるように見えてきますよね。
菅野 そうなんですよ。より他人としてちゃんと見えるようになったというか、アニメならではの、いろんな人と作り上げていくものの良さですよね。マンガのよさって自分だけでやれることですが、それとは違う、いろんな人で作るからこそ出る良さがあるなと、アニメを観てすごく実感しています。
──アニメで特に肩入れして見てしまうキャラはいますか?
菅野 先日Twitterでもつぶやいたんですが、アニメではケイツビーが気になっていて。
一同 (笑)。
斎賀 見ていてドキドキし始めちゃいましたか?(笑)
菅野 なんかすごく急に、ケイツビーにセクシーさを感じ始めて、気付いたときには……。色が着いてることも大きいですし、“アニメマジック”というか。
斎賀 演じている日野聡くんのお芝居というか、ケイツビーの魅力の引き出し方がすごいんでしょうね。
──マンガでもすごくセクシーな人だと思います。
斎賀 それに声が付くことによって魅力が倍増したのが、ケイツビーなのかもしれない。
菅野 ケイツビーって実直で頼り甲斐のある人なので、そういう人は声が付くと説得力がすごいのかもしれません。
斎賀 日野くんは、しっかりキャラクターを把握して、作りこんで芝居する人なので、日野君のケイツビーがいると安心感が増すんですよね。戦隊もののヒーローのように「ケイツビーが来たからもう安心!」みたいに(笑)。
リチャードの物語を演じて、彼に「言いたくなっちゃうこと」
──ここまで、マンガとアニメの制作秘話、キャラクターの内面に迫るお話をたくさん聞かせていただきました。ありがとうございます。最後に、おふたりが聞いておきたいことや、伝えたいことがあればお願いします。
菅野 斎賀さんへの思い入れは途中で語ってしまったのですが(笑)、今の推しキャラは、やっぱりアンちゃんですか?
斎賀 (笑)。彼女はすごく芯もしっかりしてるのに、表面上は穏やかで優しい。ああいう人ってやっぱり憧れるので、そういう意味も込めて好きですね。ほかのキャラクターにはないものを、彼女はすごく持っていると思う。原作の最後のほうになるとすごく激しい部分も見せるので、「彼女の本心はそこだったのか」というのが初めて出てきたりしますが、そこも含めて人間らしくていいですね。
菅野 確かに。ほかに似てるキャラがいないですもんね。
斎賀 そう。もちろんリチャードは大事なんですけど、自分がやってるキャラクターって、自分のすぐ隣でいる親友みたいなもので、ごく近くで「君はどう思う?」ってやり取りする感じなんですよね。とにかくリチャードに対しては、「お前、もうちょっと笑えや。もうちょっとニコってしたら、みんながうれしくなるよ」とか、「そんなに心のシャッターを下ろさないで、全部開けなよ」とか言いたくなっちゃう。それはまたアンちゃんとは違う“好き”からくるものなので。いろんな意味も含めて、アンちゃんが一番魅力的だなと思っています。
菅野 (笑)。ありがとうございます。
斎賀 だから、菅野さんには、本当に素晴らしい作品を生み出していただいて、そのおかげでこの作品とリチャードという役に出会えて、物語を全部歩くことができたので、本当にありがとうございましたと言いたいです。菅野さんあってこその「薔薇王の葬列」であり、自分がリチャードを演じることができたので、感謝の言葉しかないです。
菅野 こちらこそ、リチャードを演じてくださりありがとうございました。
プロフィール
菅野文(カンノアヤ)
1980年1月30日東京都生まれ。朝基まさしのアシスタントを経験した後、2001年に花とゆめ(白泉社)にて「ソウルレスキュー」でデビューを果たす。短編作品をいくつか発表した後、2006年、別冊花とゆめ(白泉社)で「オトメン(乙男)」の連載をスタート。同作のタイトルは流行語となり、2009年にはTVドラマ化されるなどヒットした。2013年、月刊プリンセス(秋田書店)で「薔薇王の葬列」を連載開始。2022年1月に完結を迎えた。現在、「薔薇王の葬列」の番外編となる「『薔薇王の葬列』外伝」を連載中。
斎賀みつき(サイガミツキ)
6月12日生まれ、埼玉県出身。第2回声優アワードでサブキャラクター女優賞、第4回声優アワードで海外ファン賞を受賞する。代表作に「地球へ…」ジョミー・マーキス・シン役、「07-GHOST」テイト=クライン役、「今日からマ王」ヴォルフラム役、「海月姫」鯉淵蔵之介役、「進撃の巨人」シリーズのイェレナ役、「薔薇王の葬列」リチャード役などがある。