アニメ「薔薇王の葬列」菅野文と斎賀みつきが語る、“男でもあり、女でもある”主人公リチャードとは (2/3)

「リチャードがしゃべったら勝手にこうなりました」

──斎賀さんは以前より、中性的な人物を演じるのがとても巧みだという印象があります。個人的には「海月姫」の鯉淵蔵之介役や、「進撃の巨人」のイェレナ役などが印象的でしたが、今回のリチャードについて、演じていて難しいと感じるところ、面白いところをお聞かせください。

斎賀 役をやるうえで難しいってあまり考えたことはなくて。その人の人生を生きるうえで、たまたまそうなっちゃうというか。よく「声、どうやって役ごとに変えてるんですか?」とか「男子と女子でどう違うんですか?」って聞かれるんですけど、「いや、この人はこういう人だし、私が言うことじゃないし」というふうに思っていて。「勝手に出てきた声がそれなんです」っていうタイプなんですよね。

──なるほど。

斎賀 なので、リチャードに対しても、年齢による変化などちょっとしたゆらぎとかはあれど、「リチャードがしゃべったら勝手にこうなりました」っていう、そのときどきのイメージだったりするので。自分であれこれ考えるっていうのは、そこまでしたことがないんですよ(笑)。

アニメ「薔薇王の葬列」より。

アニメ「薔薇王の葬列」より。

──いわゆる「役作り」ともちょっと違う感じがして、「この人はこう!」と直感的に探り当てられるのがやはりすごいと感じます。

斎賀 そのうえで、例えばそのほかの肉付けとして、監督さんや音響監督さんの「もっとトーン高いキャラで」などの指示が出てきたときに、素直に「そうなんだ」と組み込んで、確立させていくという流れですね。だから、ちょっと特殊かもしれないですけど、「こういうふうに役を組み立てていきました」という説明が一切できないタイプなんです。

──そうして臨んだ結果、聞くほうに「わ、リチャードだ!」という説得力を感じさせるのがすごいです。

斎賀 そう思ってもらえるのがいいんです。例えば、アニメを見ていて「あ、これリチャードだな」って見ていたら、私の存在感は「声あててるの斎賀さんだ、へえー」くらいでよくて、リチャードとして見てほしい。

菅野 その考え方が、まさにリチャードがそうあってほしいと思っていることです。「そういうキャラ」ではなく、「その人でしかない」というのは、私もそんなふうにキャラクターを考えて描いているので、だからこんなに斎賀さんはぴったりなんだなと思いました。

唯一無二のリチャード像ができるまで

──ここまでのお話にもありましたが、主人公・リチャードは男女2つの性を持ち、誰よりも勇敢で大胆、クールな見かけの裏に愛されたい渇望をひた隠しにしているという、マンガ史上類を見ないほど個性的で魅力的な主人公だと思います。菅野先生は以前、シェイクスピアの「ヘンリー六世」を観たときから本作のすべてが始まったとお話しされていましたが、リチャードというキャラクターをどう発想し、どのように肉付けしていったのか教えてください。

菅野 リチャード三世というキャラクターは舞台で観たのが最初だったんです。だけど、改めて創造のきっかけというと、自分の中でもどう始まったかが難しいというか……。

斎賀 「降りてきた」みたいな。

菅野 そうですね、いつでもマンガのネタは考えていて、何かを観ているときにも「こうだったら面白そう」という設定が自然に出てくるんです。急にばっと出てくるわけではなく、ずっと考えている中で、「これいいかも?」「このまま行けるかも」みたいな感じで、いつも湧いてくる。その中で「2つの性を持つ人」というのは、そもそも「オトメン」の頃からそういうテーマを描きたいと思っていたので、あるときそれが、すごく感銘を受けたシェイクスピアの作品と合致したという感じですね。

斎賀 史実だと、リチャードことリチャード三世は脊椎側彎(そくわん)症(背骨が左右に湾曲する病気)だったといわれているけど、「薔薇王」ではそれをこんなふうに表現したのがすごい発想ですよね。以前、舞台で「リチャード三世」を観に行ったことがあるのですが、あまりにも内容が怖かったんですよね。すごく印象的ではあったけど、リチャード三世も、その周りの人物も「怖えな!」という感じで観終わったんです。

菅野 私も観に行きました、その舞台。

斎賀 そうだったんですね。それで、リチャード三世といえばその印象があったので、「薔薇王」でリチャード役のお話をいただいたときに、どういう作品なんだろうと思ったら、もうまったく毛色が違うので驚いて。読み始めたらお話にすごく引き込まれて、素晴らしいなあと思いました。だから、せっかくこの世界で生きさせてもらうので、とにかくこのキャラクターを自分の中に落として、ちょっとでもいいから絶対にプラスになるようなことをしないと申し訳ない、くらいの気持ちで、とにかく大事にやらせてもらわなきゃなと思いましたね。

アニメ「薔薇王の葬列」より。

アニメ「薔薇王の葬列」より。

──おふたりが当時同じ舞台を見に行っていたのも運命的ですね。

菅野 シェイクスピアの「リチャード三世」や「ヘンリー六世」がすごく好きで。ただ日本でもしょっちゅう上演されているわけではないので、上演されていたらできる限り行くと決めているんです。数々観ているなかでも、とても好きな舞台でした。

斎賀 「こわっ!」ってなるけどね(笑)。

──かなりダークな舞台なんですね。

斎賀 すごいダークでした(笑)。それが印象的だっただけに、「薔薇王」のお話が来たときに、「原案となってる『リチャード三世』ってあれだよな……」ってなったんですよ(笑)。

菅野 やっぱり、肉体への悩みとか苦しみは、大なり小なりすべての人が持っていると思うんです。その部分を置き換えて考えることは、ある意味どういうものでも可能かなと思っていて。リチャード三世も、背骨の悩みを抱えていたとして、それだけが原因でひどく冷酷な人になったわけではないですよね。だから、シェイクスピアの舞台っていろんな方が演出されていますが、いろんな方法で、それぞれの考えるリチャード三世を描いている──そういう感じで、私もマンガでシェイクスピアのひとつの演出をした、というイメージなんです。シェイクスピアの作品を通して、自分の言いたいことを描いたという感じです。

リチャードは最初、さらにダークなキャラだった

──面白いです。「薔薇王」のリチャードって一見少女マンガっぽくないような、“ザ・ダークヒーロー”といった見た目と内面の持ち主ですが、そのへんで編集さんとのイメージのすり合わせはあったのでしょうか?

斎賀 ああ、そうか。少女マンガだった。

菅野 実は、最初はもっとダークなキャラ作りをしていたんです。

斎賀 おお!

菅野 目の下にクマがあるデザインにしていて、もっと暗い性格でした。

「薔薇王の葬列」より、リチャードの初期デザイン。

「薔薇王の葬列」より、リチャードの初期デザイン。

斎賀 リチャード三世の生い立ちなんかを見ていると、「暗くならざるを得ないよね……」と思いますもんね。

菅野 そうなんですよ。だから、シェイクスピアが描いたリチャード三世にもっと近い感じのキャラクターで描いていったら、担当さんに「これだとちょっと共感しづらい」と言われて。性格も野心家の部分は少し削って、人間味というかとっつきやすさを出しました。あとビジュアルの面では、リチャードは初期の頃片目を髪で隠していますが、それは担当さんの趣味というか(笑)、そのほうがカッコいいからということでそうしていました。だから、共感しやすい要素とか、派手な部分はかなり担当さんのアドバイスで変えていって。私としては野心家なキャラクターでも共感できるんですけど、より多くの人が共感できるように変えた感じです。

──じゃあ、担当さんの意見が入ってなかったら、キングメイカーのウォリックみたいなキャラになっていた可能性も。

菅野 というより、バッキンガムみたいになっているかもしれない。

アニメ「薔薇王の葬列」より、バッキンガム。

アニメ「薔薇王の葬列」より、バッキンガム。

斎賀 バッキンガムはものすごく野心家ですもんね。

菅野 はい、その要素をバッキンガムに請け負ってもらった感じですね。

明るいよりも、ダークな世界のほうが「描いていて気楽」

──なるほど。「ダーク」というキーワードが出ましたが、「薔薇王」の1つの特徴として、血や暗闇など、怖くておどろおどろしいものを、同時にどうしようもなく美しく、惹きつけられるものとして描いている点があると思います。そのあたりの世界観はどのように作っていったのでしょうか。

菅野 そもそも表現として、血とかダークなものが好きなんですよね。

斎賀 (笑)。すごく意外ですよね、「オトメン」のイメージからすると。

菅野 ダークなものを描いているときって、なんか自分の中で気が楽なんですよ(笑)。楽しかったり、明るくてかわいいものを描いているときのほうがけっこう大変というか、がんばって描いていて。

アニメ「薔薇王の葬列」より。

アニメ「薔薇王の葬列」より。

──ダークなものは、ご自身とトーンが合う感じなのでしょうか。

菅野 そうですね、ちっちゃい頃からダークなものが好きだったので。あと、作品でも敵側というか、とにかく悪役が好きで、アンパンマンよりバイキンマンが好きな子供だったんです。ずっとそういう感じで、アニメでもなんでも悪役が出てきたら、そっちのほうが好きになっちゃう。だからでしょうね、ダークなものだと自分が自然な状態で描けるし、逆にそのほかの部分に、より手を入れられるんですよ。

──そうだったんですね。斎賀さんがおっしゃったように、もう1つの代表作「オトメン」のイメージがそれまで強かったので、「薔薇王」1巻が出たときに「こんなに違った世界観で描くんだ!」って、びっくりした覚えがあります。

斎賀 絵柄もしっかり変えていらっしゃいましたよね。多分、どちらもすごく描きたいものを描いているんだろうけれども、ダークなものを描いていると、その反動でまったく違った面白いものが描けちゃうこともありそうですよね。

菅野 本当にそうなんです(笑)。でも、楽しいものも好きは好きです。見ていて好きなものと描きやすいものってまた違うじゃないですか。だから、見てる分にはお笑いとかかわいいものとかもすごく好きです。ただ描くとなると、そっちのほうが気合いが要りますね(笑)。