菅野文による歴史ファンタジーマンガ「薔薇王の葬列」。その8年半におよぶ連載が堂々完結した。シェイクスピアの「ヘンリー六世」と「リチャード三世」を原案とした作品で、イギリス中世の薔薇戦争を背景に、男女両方の性を持つリチャードが、イングランド王位を目指していく異色の少女マンガだ。このたび、作者の菅野文と、放送中のアニメで主人公・リチャードを演じる斎賀みつきの対談が実現。マンガ史に輝く壮大なダークファンタジーはいかにして生まれ、斎賀はどのようにしてリチャードに息を吹き込んだのか、詳しく語ってもらった。
取材・文 / 的場容子
最終回の作画が終わった瞬間「すごく泣いてしまった」
──まず、1月6日発売の月刊プリンセス2月号(秋田書店)で、マンガ「薔薇王の葬列」が最終回を迎えました。菅野先生、本当にお疲れさまでした。2013年11月号からおよそ8年半という、長期連載となりましたね。
菅野文 私もビックリしました(笑)。「オトメン(乙男)」と並ぶくらいの長い連載になったと思います。
──最終回を描き上げたときの感慨はいかがでしたか?
菅野 「描ききることができた」ということに、一番初めにぐっときましたね。シェイクスピアの原案があるお話なので、最後まで決まっているものをまっとうできたことが一番うれしかったです。作品に思い入れもすごくあったので、「絶対にちゃんと描ききりたい」という気持ちが、いまだかつてないほど強かったと思います。「その間、絶対死ねない!」みたいな。
斎賀みつき (笑)。
菅野 思っていたよりもその気持ちをすごく強く持っていたみたいで、(作画が)終わった瞬間にすごく泣いてしまって。そういう経験はこれまでで初めてでしたね。
──そうだったんですね……! 連載が始まったときには、ここまで長大な連載になることは予想されていたのでしょうか?
菅野 そうですね、原案がある作品なので、ある程度予想はしていました。ただ、人気が出なかったら短くしてもいいので描かせてほしい、と担当さんにお願いして。
──(笑)。たくさんのファンに愛される作品となりました。
菅野 ほんとに「薔薇王」では、私がマンガ家になってから20年の集大成が描けたなと思います。だから、ちょっと「この後何しようかな」というのはあります(笑)。だけど今「薔薇王」の外伝に取り掛かってもいて。まだ脳みそが「薔薇王」でいるうちに描けるし、アニメから刺激をもらえるという意味では、タイミング的にちょうどよかったかもしれないです。
リチャードの人生をともに生きられる幸せ
──外伝も楽しみにしています。一方、斎賀さんとリチャードとは、2017年に制作されたドラマCD以来の“再会”となりました。斎賀さんがアニメで再びリチャードを演じることが決まったときのお気持ちを聞かせてください。
斎賀 ドラマCDはコミックス7巻発売時の特典だったのですが、もうずいぶん前のように感じますね。その後も、菅野さんとはイベントなどでお会いしたりすると「何か今後も展開があったらいいですね」みたいにお話ししていたんです。今回、アニメ化の話は先にTwitterで知ったんですが、「リチャードはどなたがやるんだろう」と思っていたところに事務所から電話が来て「『続けてリチャードをやっていただけないでしょうか』という話がありますが、どうしますか?」と言われまして。そんなの、断る理由はひとつもないので、「いやいや、やりますよ!」と答えました。
菅野 ありがとうございます。
斎賀 ドラマCDのときは物語の一部を切り取ったダイジェスト的なものでしたが、やっぱり自分が1度でも出会ったキャラクターって思い入れがあるので、今度はアニメで物語の最初から最後までリチャードとしての人生を生きられることは、本当にうれしかったですね。
──5年ぶりのリチャードは、いかがでしたか?
斎賀 リチャードって、物語では幼少期から青年期まで長いスパンで描かれているので、年齢による変化は考えなければいけないところでしたね。冒頭の、ちっちゃくてまんまるとしていたリチャードと、10代の若いとき、さらに10年後とか。アニメーションだと場面転換したら急に小さい頃のシーンになることもあったので、切り替えに気を付けました。
菅野 キャストコメンタリーでも、そこが大変だとおっしゃっていましたよね。
斎賀 そうなんです! (成長後の時間軸で幼いリチャードを改めて演じるシーンは)別録りにしてくれるかなと思ったら、音響監督さんが「そのままやればいいんじゃない?」とおっしゃられたので、「わかりました」と(笑)。そのあたりは、頭できちっと切り替えないとできなかったと思います。
菅野 私も別録りすると思っていました(笑)。
斎賀 リチャード以外もそういうシーンがあるので、みんなで「難しいよね」「大丈夫?」と声を掛け合っていました。役者としてはできて当然の部分でもあるので、どの役者さんもがんばるんですけどね。
──確かに、例えばバッキンガムは1期に登場する幼少期を杉山里穂さん、2期からの青年期以降を杉田智和さんが演じているように、キャラによっては幼少期を別の声優さんが担当しているくらい、長いスパンの物語ですものね。
斎賀 そう! でも、もし少年バッキンガムから杉田くんの低音ボイスだったらと考えると……。
一同 (笑)。
斎賀 まあ、速水奨さん(リチャードの父・ヨーク公爵リチャード役)も、小学校5年生からあの低い声だったそうなので、バッキンガムがその頃から声が低かったとしても決して間違ってはないんですよ(笑)。だけど、仮に杉田くんが幼少期から通して演じていたとしたら、バッキンガムは“生意気なガキ”という感じがするキャラクターではなくなっていたかもしれない。やっぱり杉山さんならではの、魅力のある少年バッキンガムだったんじゃないかな。
斎賀ならではの、「男の人にも女の人にも聞こえる声」の表現
──リチャードに話が戻りますが、菅野先生が斎賀さんの演じるリチャードをアニメでご覧になった感想を教えてください。
菅野 そもそも、アニメ化に関する会議で、「どなたがよいか、キャストのイメージなどありますか?」と聞かれてはいたんですが、私はそんなに声優さんに詳しくなくて。でもやっぱり、ドラマCDで斎賀さんのリチャードを1回聞いてしまっている。そして、そもそも私の中でリチャードは、「女性が男性役を演じている声」ではなく、本当に「男の人にも女の人にも聞こえる声」じゃないと嫌だというこだわりがあったので、斎賀さんしか考えられなかったんです。
──なるほど。
菅野 だから、当初から私は「斎賀さんがいいと思います」と言っていたので、それが無事決まったことで、これはもういい作品になるための要素が1つ確定したなと思いました。改めて斎賀さんのリチャードを聞いていていいなと思うのは、例えば、かわいらしい声の男性声優さんと一緒に演じているシーンがあるとしたら、斎賀さんの声のほうが低音でカッコよく聴こえるという。
斎賀 ああ、(エドワード王太子役の)天﨑(滉平)くんとかね。
菅野 そう(笑)、天﨑さんのエドワードとリチャードが一緒にいると、際立ちますよね。例えば、リチャードが心情的に少し柔らかくなるシーンであっても、女性っぽくなるわけではなく、“リチャードオンリー”とも言うべき表現をしてくださるので、もう何も言うことがないです(笑)。
──菅野先生のおっしゃったとおり、戦うシーンでリチャードをひときわ男らしく感じたり、悲しいシーンで女性らしく感じられたりするわけではなく、ある種のフラットさというか、「男女ふたつの性を持つ」という一貫した強いキャラクター性を感じるので、斎賀さんの巧みさに驚きます。
斎賀 そう描かれているので、男女どちらに寄っても不正解なのがわかるんですよね。リチャードって、やっぱり頑なに「王子であろうとする」人なんです。だからといって、野太いわけではない。だから、女にも見えるという自分の肉体の特徴をうまく利用した場面でも、自分としても気持ち悪いと思いながらも、女の部分を多少強調せざるを得なかっただろうし、ヘンリーやアンちゃん、バッキンガムに対しても、淡い恋心を持つこともあった。ただ、女性のアンちゃんに対しては、少年のような、男の子としての恋心があって、ヘンリーに対しては女の子としての恋心があったりして……。
菅野 まさに、そうなんですよね。
斎賀 そうした部分のゆらぎは意識していたので、そこに気付いてくれる人がいればいいな、という感じでした。そんな中でも一貫して「リチャードって、ここ!」という部分があったので、そこは絶対崩さないようにしなきゃと思っていました。
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