映画「惡の華」押見修造×井口昇監督インタビュー|破滅の先まで描かないと、本当に伝えたいことが伝えられない―― 互いがリスペクトし合う蜜月関係から生まれた“最高傑作”に迫る

どうしても聞きたかった「仲村さんは普段、何を食べているんですか?」

──企画がスタートしてからも、先生のほうから「ここはこうしてほしい」と意見を出すことはあったのでしょうか?

井口 けっこうありましたよね。たとえば仲村さんの言葉遣いとか。

──言葉遣い、ですか?

映画「惡の華」より、玉城ティナ演じる仲村佐和と春日高男。

押見 脚本を見せていただいたとき、仲村さんが春日のことを「キミさあ」と呼ぶセリフが入っていたんです。僕の中で仲村さんは春日に「キミ」とは言わないと思ったので、そこは変えてほしいと伝えさせていただきました。

──なるほど。仲村佐和というキャラクターは、なかなか描くのが難しそうですよね。

押見 そうですね。僕も仲村さんを描くのは苦労しました。1回でも間違えるとすべてが崩れちゃうキャラクターだと思ったので、一挙手一投足に気を使っていたというか。

井口 確かに先生がおっしゃることはよくわかります。仲村さんのイメージを崩さないよう、バランスを取る感覚は、綱渡りに似たところがありました。

──原作を読んでいても、春日や佐伯さん、常磐さんなどの気持ちは理解できるのですが、仲村さんだけは理解から遠いキャラクターだと感じていました。

井口 僕もその理解を明確にしてはいけないような気がしてたんですよね。100人いたら100通りの仲村さんの解釈があっていい。だから映画でも、どうして仲村さんはああいう存在なのか、全部は伝えないように心がけていて。それに、僕自身が思っている仲村さんと、先生の中にある仲村さんはまた違うかもしれないし。たぶん仲村さんは観る人の数だけ存在したほうがいいんじゃないかって。

インタビュー中の様子。

押見 僕も仲村さんはずっと“他者”のまんま、という感覚でしたね。そうじゃないと仲村さんとして成立しないのかな、と思いながら描いていました。

井口 分析はできるけれど、しないほうがロマンチックなキャラクターですよね。

──素敵な考え方ですね。

井口 でも、そういえば先生に1つだけ質問をしました。「仲村さんは普段、何を食べているんですか?」って。それがすごい気になってたんですよ、カレーとか食べるのかなって。

──(笑)。先生はなんと答えたんですか?

押見 お菓子、ですかね(笑)。

井口 どちらかというとポテトチップスみたいなしょっぱい系ですよね。チョコレートだとイメージ変わっちゃいますから。

押見 じゃがりことか、おっとっとみたいな(笑)。

玉城さんの演じる仲村さんは最高。恋しちゃいました(押見)

──その仲村さんを、映画では玉城ティナさんが見事に演じていました。

映画「惡の華」より、仲村佐和。

押見 いやあ、最高でした。原作を描いているときも仲村さんに恋をしながら描いていたんですけど、映画を観たらまたイチから恋をし直したというくらい、好きになっちゃいました。

──その仲村さんに嫉妬心をむき出しにする、佐伯奈々子を演じた秋田汐梨さんも魅力的でした。

押見 秋田さんは目の演技がすごいですよね。冒頭のブルマ姿でハードルを跳ぶシーンも素晴らしかったです!

井口 ありがとうございます(笑)。あれは映画祭などで外国人の方がご覧になったとき、「なんで春日はブルマを盗むんだ!」という疑問に納得してもらうため、映画オリジナル要素として追加したんです。好きな子がブルマ姿でハードルを跳んでいたら、そりゃあ盗みたくなるでしょうって。そういう官能的な意味合いがあるんだよっていうことを紹介したかったんです。それに僕も映像作家の1人として、現代社会では絶滅したブルマという存在をフィルムに残すことに価値があるんじゃないかと思っていました。

──なるほど。

井口 佐伯さんは、1つの出会いをきっかけにどんどん崩壊していく姿を描きたかったんですよ。純潔さの中にもう1つの自分があるというか。

映画「惡の華」より、高校生になった佐伯奈々子。

押見 最初は純潔なんですけど、もともと内面にものすごいエネルギーを持っているんですよね。僕の中ではきっと、後半の高校生になった佐伯さんが本来の姿なんだと思ってました。

──春日や仲村さんに触発されて、封じ込められていた自我が開放される、みたいな?

押見 そうですね。僕は佐伯さんを、春日が中学時代を過ごした街の象徴として描きたかったんです。街そのものが乗り移っている。

──「惡の華」は押見先生が思春期だった頃の心情が反映されているそうですが、街についても同じですか?

押見 今思い返すと、街から受けている影響はあったのかなと思います。僕が思春期を過ごしたのは群馬県の桐生市だったんですが、もし別の街だったらまた違う精神構造だったんじゃないかって。街の中だけで産業が完結していて、外に広がらないというか……。そういう閉鎖的な中で、「自分は変態なんじゃないか、異常なんじゃないか」とプレッシャーを感じていた時期がありました。

──佐伯さんのキャスティングはオーディションで決められたそうですね。

井口 オーディションには大勢の役者さんに参加いただいたんですけど、皆さんかわいい演技はできるものの、たとえば「高校編」で佐伯さんが春日に「がっかりした」と言うような、ちょっと怖いシーンができる子はほとんどいなくて。その中で唯一できたのが秋田さんでした。

映画「惡の華」より、佐伯奈々子。

押見 確かに生々しいというか、本物だけが持つ迫力みたいなものを秋田さんから感じました。目の奥になにか伝わってくるものがあるんですよね。

──秘密基地が燃える事件の後、佐伯さんが仲村さんに抱擁されるエピソードがありますよね。原作でも印象に残るシーンですが、映画にも入れてほしいと先生からリクエストがあったとか。

押見 描いていて手応えを感じていた、自分にとって大切なシーンだったので、ぜひ映画で観たいなって。佐伯さんの「どうして私は仲村さんじゃないの?」っていうセリフがあるのとないのだと、佐伯さんが存在する意味合いが変わってくると思ったんです。

井口 押見先生、あそこで佐伯さんが方言になることにこだわっていらっしゃいましたよね。あの方言は当初脚本に入っていなくて、先生のリクエストで追加したシーンの1つです。でも、確かに実際に演じている様子を見たら、あるとないとでは全然違いました。普段は方言なんて使っていない女の子が、興奮したときに出てくる言葉という感じがあのシーンですごくふさわしいと納得しました。


2019年9月25日更新