映画「惡の華」 PR

映画「惡の華」押見修造×井口昇監督インタビュー|破滅の先まで描かないと、本当に伝えたいことが伝えられない―― 互いがリスペクトし合う蜜月関係から生まれた“最高傑作”に迫る

押見修造原作による実写映画「惡の華」が、9月27日に全国公開される。

同作では監督を「片腕マシンガール」の井口昇が担当。井口は「『惡の華』を初めて読んだ時、最初の数ページで『これは絶対に映画にしたい。そのために映画監督になったのではないか』と全身に電流を浴びたような衝撃と直感に満ち溢れました」とコメントを発表、押見も「井口昇監督に『惡の華』を撮って頂くことは、長年の夢でした」と語っており、相思相愛と呼べる座組みでの映画化となった。脚本は「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などで知られる岡田麿里。主人公・春日高男役には伊藤健太郎、ヒロイン・仲村佐和役には玉城ティナがキャスティングされている。

コミックナタリーでは映画の公開に先駆けて、押見と井口監督にインタビューを実施。お互いの作品へのリスペクトや、密なやり取りを経て深まった作品とキャラクターへの理解、映画のこだわりなどについて聞いた。

取材・文 / 小松良介 撮影 / 小川修司

ブルマを嗅ぐ人の気持ちは、どの映画監督よりも理解できる(井口)

──おふたりの対談は「惡の華」の公式サイトでも公開されていますが、まさに相思相愛といった関係ですよね。そもそもの出会いは、井口監督からのアプローチだったとか?

井口昇 はい。「惡の華」の連載がまだ3、4巻くらいの頃に、僕のほうからあの手この手を使って熱烈にアプローチをしまして(笑)。

押見修造 かれこれ7、8年前になりますかね。

──それだけ井口監督の中で「惡の華」を読んだときの衝撃が大きかったということでしょうか。

井口昇監督

井口 そうですね。今までいろいろなマンガを読んできましたけど、こんなにも登場キャラクターの心情を理解できる作品には出会ったことがなかったんです。いわゆる人気マンガを読んでも、「面白いけれど、このマンガの中に自分はいないな」と思っていたというか、マンガの中に自分との接点を見つけることができなくて……。だけど「惡の華」は、そんな接点が作品の至るところで見つかる思いでした。それで講談社の編集さんに頼み込んで、半ば強引に押見先生にお会いさせてもらったんです。

押見 担当編集さんから「井口監督が『お会いしたい』とおっしゃっている」と告げられたときは驚きました。お会いする前に、自分のTwitterで「井口監督の作品が好き」とつぶやいたことがあったので、そのツイートがきっかけをくださったのかな、と思ったりしました。

──押見先生も井口監督の作る作品にシンパシーを感じていらっしゃったと。押見先生が井口監督の作品に初めて触れたのは、「クルシメさん」(1997年作)だったそうですね。

押見修造

押見 ええ、僕は1999年に上京して大学に通いはじめたんですけど、その頃レンタルビデオ店で映画を借りまくっていて。「クルシメさん」もその頃に観たんですが、「この映画には自分が映っている」という感情が湧いてきたんですね。(同作の)主人公は女性ですが、「僕の中には女性的な内面があるんだ!」という自覚をしたというか……。それが自分にとって救いになった感じがあったんです。

井口 「クルシメさん」は、僕も同じ気持ちで作った作品だったんですよ。20年以上前からたびたび脚本を書いていたのですが、(男性的な視点の物語だと)なかなか言葉が思いつかない。そこで試しに女性を主人公にしたところ、スラスラと書けることに気が付いたんです。自分には女性的な内面があることを自覚した瞬間でした。

押見 ああ、やっぱりそうなんですね。

映画「惡の華」より、伊藤健太郎演じる春日高男がブルマの匂いを嗅ぐシーン。

井口 だからこそ、押見先生の作品には同じものを感じたのかもしれませんね。「これを描いた方は自分と同じことを考えている人だ!」って。それで、先生にお会いしたとき、「いつか『惡の華』を映像化させてください!」って直談判させていただいたんです。たしかそのとき、「ブルマの匂いを嗅ごうとした人の気持ちは、日本のどの映画監督よりも自分が一番理解できる」とお伝えした気がします(笑)。

押見 僕も井口監督の作品からいろいろと教えてもらった感じがしていました。それくらいずっと好きだった方が、マンガを読んでくださっていたどころか、映画にしたいとまでおっしゃってくださる。もう、二つ返事で「ぜひ!」と(笑)。そのときも「むしろ井口監督じゃないと考えられないです」とまでお伝えした記憶があります。

──そこまで相思相愛な関係だったとは。その瞬間から映画化に向けて動き始めていたわけですね。

井口 いえ、実はその後なかなか進展しない時期がしばらく続きました。企画が実現しかけては立ち消えになるということの連続で……。ただ、その間もずっと先生とはやり取りさせてもらっていて。

押見 メールはずっと続けていましたよね。

──それはプロットの話など、具体的な内容を詰めるためではなく?

井口 現状報告ですね。「今ここまで動いているんですけど、ちょっと止まってます」みたいな感じです。もう、ちょっとしたメル友ですよ。メールの本数だけなら、仕事仲間の中でも圧倒的に多かったですから(笑)。

押見 僕は僕で、監督に自分が描いたマンガの最新刊をお送りしたりしていて。監督はそのたびに丁寧な感想メールを送ってくださって、それが励みになっていました。

井口 そんなこんなでしばらく足踏み状態だったところ、知人のプロデューサーが「惡の華」が大好きだということで、企画を通してくださって。そこでようやくスタートを切ることができました。でも、その間にも先生のところに実はけっこうな数の(映画化の)オファーが来ていたんですよね?

押見 そうですね。オファー自体はうれしいと思いつつ、井口監督以外のお話はすべてお断りさせていただきました。

井口 本当に感謝してもしきれないです!

「惡の華」は絶望の先を描く物語。「中学編」だけでは映像化できない

──本作の脚本はアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などで知られている岡田麿里さんが務めています。岡田さんが参加されるきっかけは何だったんですか?

映画「惡の華」より、秋田汐梨演じる佐伯奈々子のブルマ姿。

井口 これは「『惡の華』には『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と通じる世界観がある」とプロデューサーから提案をいただきました。いろいろな脚本家さんとのパターンを考える中で、男性が書いた脚本だと、この物語は偏りすぎちゃうんじゃないかという考えに思い至ったんです。僕が監督なので、ブルマのアップのように変態的なカットを撮ろうとしちゃうわけですが(笑)、そうなると女性視点の意見が入ったほうがいいんじゃないか、と。そう思ったときに岡田さんはぴったりだなと思いました。それで、これも例によって押見先生にメールして……。

押見 はい、ご相談をいただきました(笑)。「惡の華」のマンガは女性にも読んでいただいている実感があったので、岡田さんをご提案いただいたときは、素直に「面白そうだ」と思いました。僕自身も男性向けじゃなくて、男性の中にある女性的な部分に向けて描いている感覚がありましたので、相性もいいのかもしれない、って。

井口 「惡の華」は変態に悩む男の子の物語ですが、男性的な視点だけじゃなくて、清潔感や緊張感、独特の品の良さがあると思っていまして。それはきっと先生が持っている女性的な感覚からなんですよね。岡田さんのお力を借りて、そこを描写していただきたいなと思ったんです。

──「惡の華」の単行本は全11巻。映画は2時間ほどの尺に収めなくてはいけませんから、必然的に何かを省略するなど削る作業が発生しますよね。原作の持つ世界観を壊さないよう、どうまとめるかは苦労の多い作業だったと思います。

井口 構成は悩みましたね。原作は大きく「中学編」と「高校編」の2つのパートに分かれていますけど、その両方を映画という2時間弱のフォーマットにまとめるには、どうしても無理があります。押見先生から教えていただいたのですが、いろいろなところから映画化のオファーが来たとき、その多くが「中学編」だけで構成されていたそうで。

映画「惡の華」より、「中学編」のクライマックスとなる夏祭りのシーン。

押見 やっぱり2時間の尺にまとめようとすると、ちょうど「中学編」の夏祭りのところまでやり切れば、2時間でキリがよく収まるみたいなんです。そういう考えに及ぶことは理解できるんですけど……。ただ、そこで終わってしまうと、「惡の華」が単なる破滅の物語になってしまう気がして。

井口 実はまだ「中学編」を連載していた当時、押見先生に「この物語はどこに向かっていくんですか?」と聞いたことがあったんです。そしたら「結婚に向かう話なんです」とお返事があって。ああそうか、「惡の華」は春日が過去のトラウマを克服して、思春期から大人になっていく物語なんだなと理解しました。だったらマンガの結末と同じところまで描かないと、1つの物語として成立してないんじゃないか、と。そういった経緯もあって、「高校編」まで尺に収めるためのアイデアとして、出来事を時系列順に取り上げるのではなく、「高校編」からスタートすることにしました。春日が「中学編」を回想していく物語にすれば、ラストまで描けると思ったんです。

押見 井口監督から「高校編」まで描きたいとご提案いただけたことはうれしかったです。僕の中で「惡の華」は“破滅”の先にも人生は続いていく、というのが一番のテーマだと考えていたので。

インタビュー中の様子。

──押見先生は「中学編」のラストを、どういうお気持ちで描かれていたんですか?

押見 あのシーンはまさに破滅を象徴するものとして描きました。実は連載を始めて間もない頃、映画評論家の町山智浩さんにお会いする機会があったんですが、そのとき「これは『小さな悪の華』をベースにしているんですか?」と質問されたんです。

──「小さな悪の華」は、1970年にフランスで作られた映画ですよね。

押見 ええ。ボードレールを崇拝する10代の少女2人が、破滅へと向かっていく物語で、そのラストは2人で焼身自殺を図るという内容です。当時、僕は作品を未鑑賞だったのですが、お話を聞いてから観てみたら、すごく印象に残ったんですね。だから僕も春日たちが破滅に向かっていくにあたって、その象徴となる出来事に「小さな悪の華」をオマージュさせていただきました。