ナタリー PowerPush - 砂原良徳
電子音楽のマエストロ 洋邦6曲を“架空”リミックス
時代の空気感は取り除けないし、取り除いたら駄目
──それでは次の曲です。ところでテレビは観ますか?
観ますけど、何かの番組というより、CMを観てますね。「LOVEBEAT」の後ぐらいから、年間2000本ぐらいのCM映像を集めて、きちんと職種別にオーサリングしてゆくという趣味も見つけました。CMというのはそのときどきの大衆心理というのを映画とかドラマなんかよりもダイレクトに伝えてくれるので、面白いんですよ。40年ぐらい前の、ある洗剤のCMとか最高ですよ。洗い終わったあと、海ですすいでるんです。
──(笑)今なら同じ絵でも、その洗剤の自然成分を訴えるための映像になるでしょうね。
◎松田聖子「瞳はダイアモンド」
(from the album「Canary」)
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うわぁ……これかぁ……これは難しい。
──最近、まさに缶コーヒーのTV CMでリアレンジされていた曲です。でも、そこからこのオリジナルアレンジの良さを再認識した人も多いと思うんです。このイントロのパッドの感じとか、砂原さんっぽくないですか?
(無視して)これは無理ですよ。これはできない。松田聖子に関しては、一時期研究してたんです。超一級の歌謡曲がどうなっているのかというのを、ゴッホの名画とか黒澤明の名作を知っておくのと同じような気持ちでよく聴いていたんです。ほかにも「ピンク・レディーという団体はすごいなぁ」みたいなことを思ったりしたんですけど、中でも松田聖子のこの曲にはすごく惹かれたんですよ。この普遍性はすごいですよね。やり直す意味がまったく見つけられない。リマスター的なことすらしたくないですね。……あと、この曲がなぜ難しいのかというと、演奏や歌のクオリティを超えて、あの時代の空気感というのがすごく入り込んでいるじゃないですか。その空気感というのは(データの)波形には表示されないものだから、僕には難しい素材なんです。ヒスノイズは分離できるけど、この空気は取り除けないし、取り除いたら駄目でしょう。
──納期も近いので、ほかのリミキサーにふりましょう(笑)。誰かひとり、できそうな人を推してもらえますか?
いや、誰に頼んでも駄目なものは駄目。むしろ僕は、阻止します。この曲に関してすべきことはそれだと思う。この曲のリミックスをどんな形で仕上げるかということよりも、守ってあげるということが大切です。
──(笑)それでは歌モノへの取り組みについて聞かせてください。たとえば今まで砂原さんがリミックスされてきた、Corneliusの「Moon Walk」とか、矢野顕子の「春咲小紅」というのは、すごく声の処理に特徴がありますよね。あのリミックスは、まずは肉声を殺す、つまりは声を砂原さんのサウンドに寄せるところから作業をスタートしているようにも聴こえたんですが。
まさにそうです。最初の最初にやってますね。アカペラを加工していくその過程で、だんだんとリミックスの方向性が決まっていくようなところもあります。あの2曲に関しては、そうとう派手にやってますよね。ボーカルの血を抜くというか。抜いたあとに、青い血を注入するというか。その偏執に関しては、少し自意識過剰なところもあったのかもしれない。今ならあそこまではイジりませんね。むしろ、今の機材は当時よりもピッチやリズムを簡単に直せるようになったぶん、肉声らしさをそのまま出したほうが面白い結果になることが多い気がします。……(曲が終わって)……だって、松田聖子の血を抜くわけにはいかないでしょう?
うちで食べるならうちの器を使ってください
◎9mm Parabellum Bullet「Black Market Blues」
(from the single「Black Market Blues e.p.」)
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──最後も歌モノです。音だけを聴けば鹿鳴館のモニターに足をかけて歌っていてもおかしくない、「化粧をしないヴィジュアル系」。すごく濃い口の個性ですね。
これは……、邦楽ですよね?
──(笑)ここまで暑苦しい音楽をどう変えますか?
これも難題だなぁ。困ったなぁ……まずは淳治くんに電話しますね。
──この作品は違いますけど、初期のサウンドプロデュースはいしわたりさんが手がけていたバンドです。
ますます電話しますよ。長電話ですよ(笑)。……(しばらく曲を聴いて)……この曲は完璧に世界観ができあがっちゃっているので、まったく別のものに作り替えたほうがいい気がしますね。意外とミニマルなテクノにするとか。ボーカルも、血を抜くんじゃなくて、ガツンとディストーションをかけて、語気の強さは伝わるんだけど、意味はボカした状態にするとか。……リズムも予定調和にならないように変拍子っぽいトラップを仕掛けていくんだけど、あえてボーカルの譜割りとは無関係なものにするかな。この曲には、「この演奏だからこのボーカル」っていうロックバンドならではの黄金律があるじゃないですか。それがロックを聴かない僕にはつまらなく聴こえてしまうので、このボーカルと僕のトラックが、最後まで無視しあってるようなリミックスに仕上げると思いますね。
──それ、誰が聴きますかね。
誰も聴かない(笑)。ファンの子は間違いなく聴かない。でも、こういう音楽を買う子の中にも、何か新しい、聴いたことのないような音楽を求めているような子はいるはずだから、そういう子たちのことを想像しながらやるしかないんじゃないかな。一番マズいのは、バンドの音にも迎合しつつ、適度に実験的、みたいなものだと思う。こういう曲の場合、極端さの中に普遍性はいらないし、普遍的なものに実験はいらないんです。両方を取ろうとして失敗しているものは最悪ですよ。昔のディレクター的な発想ですよね。
──実際、そういう失敗例はありましたか?
自分にはないと思いますけど、90年代当時はリミックスブームだったから、酷いのもあったと思いますね。(リミックスを)発注される側としては、期待に応えつつ、自分の暖簾をくぐってきてくれるのであれば、注文は少なければ少ないほうがいいんです。あまり多すぎると、絶対に中途半端な結果になってしまうと思うし、僕の場合、だいたい注文が2つ以上あるとお断りしてました。「いかに私たちはこの楽曲に思い入れがあって……」みたいなことを伝えてくれるのはうれしいし、そういう熱意を感じると、より気合は入りますけど、それ以降は任せてもらいたいという気持ちが強いですね。
──それはつまり、自分自身の作風であったり、ブランドを守るということでもありますよね。
「うちで食べるならうちの器を使ってください」という気持ちです。
──今回の6曲に関しては、そういう注文はいっさいなかったわけですが……。
だとしても、これだけ悩んでしまいましたからね。……でも、始まる前はもっと喋れないかと思ったけど、意外といろいろ浮かぶものですね。面白かったですよ。
──本当にオファーがきたらやってみたい曲というのはありましたか?
ビデオ。
砂原良徳(すなはらよしのり)
1969年生まれ、北海道出身のサウンドクリエーター/プロデューサー/DJ。1991年から1999年まで電気グルーヴのメンバーとして活躍し、日本のテクノシーンの基盤を築き上げる役割を担う。グループ在籍時よりソロ活動も行い、1995年に「Crossover」、1998年に「TAKE OFF AND LANDING」「THE SOUND OF '70s」という3枚のアルバムを発表。脱退後は2001年にアルバム「LOVEBEAT」をリリースしたほか、スーパーカーのプロデュースやリミックス、CM音楽を手がけるなど多方面で独自のセンスを発揮。特にアーティストの魅力を倍増させるアレンジ/リミックスには定評がある。2007年3月には自身のキャリアを総括するベスト盤「WORKS '95-'05」を発表。2009年にはキャリア初のサウンドトラック「No Boys, No Cry Original Sound Track」をリリース。さらに「SUMMER SONIC 09」「WORLD HAPPINESS 2009」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO」といった夏フェスに出演したほか、iLLのプロデュースや電気グルーヴの楽曲の“リモデル”を手がけるなど精力的な活動を展開した。2010年に入ると「いしわたり淳治&砂原良徳 + やくしまるえつこ」名義でシングル「神様のいうとおり」を発表。7月に待望のニューシングル「subliminal」をリリース。