ナタリー PowerPush - 砂原良徳
電子音楽のマエストロ 洋邦6曲を“架空”リミックス
音楽は何度か聴いてわかるぐらいがちょうどいい
──これはダンスミュージックに聴こえますか?
◎NITE JEWEL「Let's Go The Two Of Us Together」
(from the album「Good Evening」)
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その判断よりも、まずこの音質がすごいな(笑)。とてもすごく変わった音像ですね……古いけど古いものじゃない。昔の音楽にも聴こえるけれど、これは間違いなく今の音楽ですね。
──そうです。ロスのアーティストで、アナログのビンテージ機材にこだわりつつ、テープのヒスノイズにもこだわったRAWな音像が特徴ですね。インディのリスナーにも人気ですけど、ラリー・レヴァンがかけていたとしても全然おかしくないという、すごいセンスです。このザックリした音が、砂原さんのトリートメントでどうなるかを聴いてみたくて。
……いや、トリートメントというよりは、むしろヒスノイズを活かす方向でやってみたいですね。実は今回のシングルの3曲目(「Unconscious Fragment」)でも、似たようなことをやろうとしたんです。あえてヒスノイズを加えてみようと思ったんですけど、ギリギリまで迷ってやめてるんですね。……(しばらく曲を聴いて)彼らの場合は演奏のトラックにあるノイズ、つまりは録音時に生まれてしまったノイズを意図的に強調して使っていると思うんだけど、僕はノイズも楽器のひとつとしてコントロールしたいので、まずは楽器とノイズ成分を分離して、そこから組み直しますね。
──具体的にはどんな作業になるんですか?
ヒスノイズというのは、新品のテープにも入ってるものなんです。だから、まずは好みのヒスノイズが出るデッキとテープの相性から探していきますね。そこまでは、機材自体に決められてしまう音色なわけですから、慎重に吟味します。で、まずはヒスノイズだけを録音するんですけど、その後で、彼らの原曲をよく聴いて──例えばこのシンセやリズムマシンだったら、だいたいの機材は特定できるから──同じ楽器の同じ音色で同じように弾き直して、まったくノイズのない状態でハードディスクに録音します。
──完全に分離しますね。
それなら欲しい量だけ、欲しい個所にだけノイズを加えられるし、何本ものテープ素材から切り貼りしたみたいな展開も作れるし、イントロではムチャクチャ音が悪いんだけど、それがだんだんクリーンになっていくようなものも作れる。これもART OF NOISE の手法と同じで、音自体はそっくりなんだけど、アナログ的な個性をあえて漂白してしまったような、妙な質感のリミックスになるでしょうね。
──弾き直せないボーカルはどうしますか?
この女はしょうがない。
──しょうがない!(爆笑) 本当に歌に対しての愛情が希薄ですね。普段聴かれる音楽で、ボーカルの入ったものって何割ぐらいありますか?
3割……いや、もっと少ないかな。
──その場合、歌詞は追いますか?
歌詞があったとしてもほとんどが英語だから、断片を勝手に解釈して、自分の中でストーリーにしているだけですよ。意味は重要じゃないんです。大切なのは、いい歌詞である以前にいい声であることですね。そこで引き込まれるものがあれば、言葉の意味なんて、後でいくらでもついてきますから。(いしわたり)淳治くんとやった曲(いしわたり淳治&砂原良徳 + やくしまるえつこ「神様のいうとおり」)も、淳治くんに歌詞を渡されたときは、何がなんだかわからなかったんですけど、同時に、「わかんないからいいんだろうな」という予感もあって、それがやくしまるさんの声で歌われて、何度かプレイバックしていたら、やっぱり伝わってくる瞬間がきたんですよ。僕は音楽だってそうだと思うんです。何度か聴いてわかるぐらいがちょうどいいと思う。ちなみにハラカミレイは「3回目でわかるのがいい」って言ってました(笑)。
自分の曲を客観視できるようになるまで軽く3年はかかる
◎パット・メセニー「Orchestrion」
(from the album「Orchestrion」)
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これ、僕も気になってました。
──インプロビゼーションも可能な自動演奏機、“オーケストリオニクス”を使用したジャズ/フュージョン作です。いわば、生楽器による打ち込みですよね。
だったら僕は、リミックスというよりも、自分の曲をこの装置に演奏させてみたいですね。視覚的な面白さはすごくあるけど、音楽自体はいつもの パット・メセニー なわけだし、決してテクノ的なものではないわけだから、そこに興味があるかな。やっぱりこの音楽はこの装置でやっているという物理的事実が大きいわけだから、どうしても音だけで返答する意味というのが見えにくいんですよ。
──この作品と砂原さんの共通点って、シーケンスを走らせる際の冷静さにあると思うんです。「孤独な打ち込みの音楽は、バンドよりも客観視が大切」みたいな慣用句ってあるじゃないですか。でも、プレイそのものの出来不出来だったり、ミストーンをあら探ししてしまうバンドのサウンドよりも、打ち込みのほうがずっと冷静な客観視が降りてきていると思うんですね。
う~ん……確かにそういう人もいるのかもしれないけど、僕は(客観視が)苦手なほうなんですよ。確かに打ち込んでしまえばもう弾かなくていいし、腕を組んだまま聴けるというのはあるんですけど、意識は完全に曲の中に入り込んじゃっているので、そうなると、なかなか外には出てこれないんです。全然オフの状態になれないんですね。正直なところ、CDがプレスされた後ですら、客観視は難しいんです。まぁ、軽く3年ぐらいはかかりますね……(さらに曲を聴いて)これってYouTubeとかで実際の演奏を観れますか? ……(実際にオーケストリオニクスが稼働中の映像を観て)……はい、わかりました。これはね、ビデオを撮りますよ。その映像を編集したものを納品したいですね(笑)。僕は自分のライブも自分で撮ってるし、それを編集するのも好きだから、このオーケストリオニクスは最高の素材。撮影はすごく楽しいし、僕にとっては、ずっとモニターの前にいることからの解放でもあるので。
──パットさん、ビビるでしょうね。
(笑)じゃあ、まずビデオを撮って、それを半分のスピードにしたり、逆に早くしたり編集する中で、絶対に面白い音っていうのが付随してくるので──例えばガラス瓶の「カン!」っていうのも「クオン。」みたいな響きになるだろうし──まずはその面白い音素材だけをリミックスとして納品して、その後で、「実は映像もあるんです」みたいな感じで渡します。そのアプローチまでを含めたリミックスというのを提案したいかな。
砂原良徳(すなはらよしのり)
1969年生まれ、北海道出身のサウンドクリエーター/プロデューサー/DJ。1991年から1999年まで電気グルーヴのメンバーとして活躍し、日本のテクノシーンの基盤を築き上げる役割を担う。グループ在籍時よりソロ活動も行い、1995年に「Crossover」、1998年に「TAKE OFF AND LANDING」「THE SOUND OF '70s」という3枚のアルバムを発表。脱退後は2001年にアルバム「LOVEBEAT」をリリースしたほか、スーパーカーのプロデュースやリミックス、CM音楽を手がけるなど多方面で独自のセンスを発揮。特にアーティストの魅力を倍増させるアレンジ/リミックスには定評がある。2007年3月には自身のキャリアを総括するベスト盤「WORKS '95-'05」を発表。2009年にはキャリア初のサウンドトラック「No Boys, No Cry Original Sound Track」をリリース。さらに「SUMMER SONIC 09」「WORLD HAPPINESS 2009」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO」といった夏フェスに出演したほか、iLLのプロデュースや電気グルーヴの楽曲の“リモデル”を手がけるなど精力的な活動を展開した。2010年に入ると「いしわたり淳治&砂原良徳 + やくしまるえつこ」名義でシングル「神様のいうとおり」を発表。7月に待望のニューシングル「subliminal」をリリース。