藤井隆が5年ぶりのニューアルバム「Music Restaurant Royal Host」をリリースした。
本作にはファミリーレストラン・ロイヤルホストの種類豊富なグランドメニューを連想させる、バラエティに富んだ全10曲を収録。堀込泰行、冨田謙、KAKKO(鈴木杏樹)、Night Tempo、Aoi Yamazaki、音葉(鈴木京香)、ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)、砂原良徳、東郷清丸、パソコン音楽クラブ、Moe Shop、YOU、LEO今井といった豪華なアーティスト陣が制作に参加している。
音楽ナタリーでは藤井をよく知る吉田豪を聞き手に迎えてインタビューを実施。アルバムの制作過程やロイヤルホストを前面に押し出したインパクト絶大なジャケットアートワークについてはもちろん、4thアルバム「light showers」をリリースしてから5年の間に変化したこと、さらに鈴木杏樹、東野幸治との知られざる信頼関係などについて、藤井にたっぷりと語ってもらった。
取材・文 / 吉田豪撮影 / 斎藤大嗣衣装協力 / N’enuphar
音楽のメニューいっぱいあります!
──5年ぶりのニューアルバム、アートワークの時点で100点です!
やったー! ありがとうございます!
──あのジャケ写が公開された時点で、藤井さんがまたとんでもないものを出してきたと思いましたよ。特に初回盤のメニュー型スペシャルパッケージがヤバそうで。
めちゃくちゃ気に入っているんです。ロイヤルホストさんがメニューの写真をいっぱい貸してくださったんですよ。普通は貸してもらえないので、ありがたいなと思っています。
──そもそも、なんでこういうおかしなことになったんですか?
最初からそういうイメージがあったわけじゃないんです。去年の夏ぐらいからアルバムの制作を始めたんですけど、改めていろんな種類の音楽があるなと思ったんですね。「いろんなジャンルの曲を用意しました」と伝えようと考えたときに、ロイヤルホストのグランドメニューが頭に浮かんで。スパゲティがあってパンケーキもあって和食もあって……いっぱいあります!というイメージで、アルバムタイトルも「Music Restaurant Royal Host」にしました。
──いろんなメニューがある=ファミレスじゃなくて、初めからロイヤルホストに限定していたんですね。
はじめはシズラーも考えたんですけど、シズラーはサラダ中心なので、よりバラエティ豊かなロイヤルホストにしました。
──基本、藤井さんの作品のクオリティは保証済みじゃないですか。
いやそんな(笑)。
──あとは間口がどう広がるかということだと思ってたので、今作は曲も含めてものすごくバランスがいいと思いました。
ありがとうございます! 豪さんが前に言ってくださった、「ダンスミュージックをやるのはもちろんいいけど、歌謡曲を忘れないほうがいい」という言葉がテーマにありました。自分が好きなものと自分らしさはちょっと違うと思うから、そこは大事にしています。
──そういう意味では間口が広がりそうな曲があって、いつもの藤井さんらしいダンスミュージックもあって、そしてこの異常にインパクトがあってとっつきやすいジャケですからね。見事ですよ。
うれしいです。このアルバムを作っているときは「light showers」(2017年9月に発売された4枚目のオリジナルアルバム)を「いいね」と言ってくださった豪さんと宇多丸さんの顔がずっと浮かんでいたんです。そのときのミュージックビデオ(90年代のテレビCMを模した架空のCM集)みたいに、「これはいいね」と言ってもらいたいという邪な気持ちはちょっとありました。
「そんなこと言ってるのミッツ・マングローブさんと藤井さんだけですよ」
──ジャケット以外にも100点ポイントがいくつもありましたよ。
うれしいです! ほかにはなんですか?
──先行配信された「We Should be Dancing」に度肝を抜かれたんですよ。鈴木杏樹さんがKAKKO名義でStock Aitken & Watermanプロデュースで90年にイギリスでデビューしたときの曲を、本人も引っ張り出して一緒にセルフカバーするっていうのがとんでもないし、曲も藤井さんの嗜好ドンピシャじゃないですか。
そうなんですよ! 僕は杏樹さんが出演していた資生堂「セレンシュア」のコマーシャルも、大森屋の海苔のコマーシャルも“KAKKOが歌ってる”という感覚が強くて。
──前に藤井さんと、女優さんの音楽活動がいかに素晴らしいかという話で盛り上がったこともあったし、それに藤井さんはStock Aitken & Watermanも好きじゃないですか。だから、やりたいことをやりつつ、すごい狂ったことをやっているのが伝わって。
狂ってる自覚はまったくなかったですけど(笑)、おっしゃることはわかります。
──なぜこれが実現できたんですか?
僕の杏樹さんへの忠誠心が認められたんだと思います。
──なるほど!
杏樹さんと初めてご一緒したのはタカラトミーのおもちゃのCMでした。ただ口ゲンカするだけの演出で、監督さんが「ケンカしてください、用意スタート!」でいきなり始まる変わった現場で。杏樹さんとはじめましてでこんな近い距離でケンカしなくちゃいけないし、当時はフイルムで撮影しているからNGを出す緊張感もハンパじゃなくて、何か言わないとと焦って、すっごい失礼なことを言っちゃったんです。でも杏樹さんは「アハハハハハハ! なんですかー!」って笑い飛ばしてくれて、なんて優しい方なんだろうと。結局1本目の撮影は2人とも笑ってしまって使えなかったんですけど、2本目でなんとかOKになりました。そのあと何度かバラエティ番組で共演して、2005年にはレギュラー番組「ベリーベリーサタデー!」(2005年4月から2007年3月までフジテレビ系で放送された関西テレビ制作のワイドショー)でご一緒することになったんです。そのときに「We Should Be Dancing」の音源を貸してもらえませんか?と頼んだら「ないですよー!」とおっしゃっていたんですけど、当時番組が大阪での収録で、杏樹さんのご実家も関西だったので「でも実家には絶対ありますよね?」「ちょっと実家で探してきてもらえませんか?」と食い下がって。
──ダハハハハ! そこまで粘った(笑)。
そしたら「もう!」って言いながら、次の週に12inchレコードを持ってきてくださったんです。お母様が大事に保管されていたレコードなんですけど、ご実家ではプレーヤーがなくて聴けないとおっしゃっていたので、吉本のレコード会社の人に頼んでCDにしてもらってお渡ししたら、すごく喜んでくれました。僕がKAKKOのことをすごく好きだということは最初からずっとお伝えしていたんですけど、杏樹さんはいつも「そんなこと言ってるのミッツ・マングローブさんと藤井さんだけですよ」とおっしゃるんですよね。そんなわけないじゃないですか! 杏樹さんってすごく明るい“陽”のオーラをくれる人なので、やっぱり歌ってほしくて。陽気で歌が好きな杏樹さんと、今回レコーディングをご一緒できたのは本当にうれしかったです。鈴木京香さんのときもそうですけど、口に出せば夢は叶うんだなと思って。
──前に高田純次さんにインタビューしたとき、高田さんが「鈴木杏樹さんの音楽活動には触れちゃいけないことになっている」みたいなことを言っていて、それくらい黒歴史というかアンタッチャブルなものだとばかり思っていたから、こんな正面突破できるんだなと驚きました。
また高田純次さんの適当な話だったんですかね(笑)。杏樹さんは「ただ聞かれないだけです。聞かれたら話しますけど、聞かれないんです」「だからミッツさんと藤井さんだけなんです」と言うんですよ。だから豪さんが杏樹さんにインタビューしてください! 杏樹さんはソニーの世界的なコンペでイギリスに行って、しかもStock Aitken & Watermanの事務所で電話番みたいなことをしていて、カイリー・ミノーグやシニータらがどんどんデビューしていくところでデビューのタイミングを待ってたんですよ。で、実際にデビューして、カイリーとかDead or Aliveと一緒にツアーも回ってるんです。プロモーションでUKツアーもアメリカツアーも行ったんですけど、湾岸戦争で日本に帰ってきたんです。この話、壮絶なんですよ。
──女優デビュー前の話をきちんと掘り下げてみたいですね。
ホンマにやってください! すごいプロジェクトだったのになんで言わへんねやろと思って。
──わかりました!
お願いします!
Spotifyだから出会えたうれしい1曲
──アルバムの話に戻りますが、「東西南北」は曲がよすぎますね。
ありがとうございます!
──僕の年間ベスト級の名曲でした。
うれしいです! 堀込泰行さんには絶対に2曲作っていただきたいとお願いして、最初にできたのが「ヘッドフォン・ガール -翼が無くても-」だったんです。この曲は自分からリクエストをせずに、「泰行さんがいいと思うものをいただきたいです」とご相談したんです。でも2曲目はさすがに何かあったほうがいいということで、「文字がそろっていなくていいから詞を書いてください」と言われて僕がいろいろ書いたんですよ。だから「東西南北」は半分詞先みたいな感じですね。でも実際に使ってもらった歌詞は半分以下です。「コーヒーとパン」とか「トチッたセリフ」とか。旅公演で岡山を周っているときにバスの中で書いたので、「ホテルで鏡の前で日記につぶやく」みたいな、旅してる話なんです。
──ちょっとすごかったです。
僕もすごい歌をもらったなと思って。泰行さんの「なんでそんな瞬間を切り取るんですか?」みたいなところが好きなんです。冨田謙さんのアレンジもいきなり歌始まりで驚きましたけど、歌ってみたらすごく素敵で。
──「東西南北」とか安部恭弘さんの「アイリーン」のカバーとか、わかりやすいポップスが間に入ることで、すごくバランスがよくなっていると思います。
よかった!
──「アイリーン」を選曲した理由はなんだったんですか?
「アイリーン」はお恥ずかしながら若い頃は全然知らなくて。1、2年前に新しい歌をいろいろ知りたいと思ってSpotifyを使い始めたんですけど、運転しているときに「アイリーン」が流れてきて。「何これ、いい歌!」と、思わず車を停めて聴きました。ここに来てSpotifyで出会えた、すごくうれしい1曲です。
──確かシングルカットされていない曲なんですよね。
Spotifyだったから出会えたんだと思います。Spotifyの「あなたが今年一番よく聴いた曲はこれ!」みたいなのに上がってきたのが和久井映見さんの「抱きしめたいのはあなただけ」と「アイリーン」で、全然新しい曲と出会っていないんですけど(笑)。カバーをやらせていただこうと思ったのは、豪さんから言われた「ダンスミュージックもいいけど」という言葉の影響が大きいです。
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