音楽ナタリー PowerPush - 椎名林檎

「日出処」からにじむ矜持 “お前ら、覚悟しておけよ”

繰り返し聴く必要のあるものでなければダメ

──椎名さんって偶像化されたイメージがつきまとっているじゃないですか。

どうやらそうみたいですね。

──でも、この曲……いや、このアルバムの椎名林檎はパブリックイメージとかも飛び越えて生々しい実像を浮き彫りにしている。

うれしす。

──このアルバムのサウンドは総合音楽としてのすごみに満ちていると思うんですね。ビッグバンドや管弦楽の方法論を主体にあらゆるジャンルのエッセンスを昇華していて。

ありがとうございます。デモを作る段階で編成のボリュームを決め込んでいくんです。レコーディングで生楽器に差し替えると、それぞれのプレイヤーのプラスアルファがいただけたりして、それによって音数が減ることはあっても、増えることはほとんどなくて……。

──つまり、ものすごく完成度の高いデモを作っている。

でも、例えばドラムで玉田豊夢くんのほとばしりを期待するなら、あまり細かいところまで決め込んでしまうとせっかくのプレイを縛ってしまうだろうし、フィルなど、最低限のフック以外はあえて割愛してお渡ししています。デモの段階で彼の演奏よりカッコよくなるなんて永遠にありえないし。とはいえ、なんだかんだ皆さんフレーズやリフはデモのままやってくださることが多いですね。

──崩さない。

うん、崩されないことが多いです。ただ例えばエンジニアの(井上)雨迩さんの音作りで、その私が作ったフレーズがカッコ悪く聞こえることもあるから。それでプレイヤーに「これは恥ずかしいから無視して」などと言って自由に弾いてもらったら、デモとはまったく違うテンションになって「よかったね」と着地することもあります。

──椎名さんがデモを作っている状況がすごく気になるんですけど。

それこそアリタイプです。こつこつやってます。

──リリースする前提じゃないところで曲を書くことも多いんですか?

ありますね。あとは、最初は目的があって作り始めるんだけど、目的と違うものが浮かんできてそれをスケッチすることもあるし。それがそのまま残っていたり、あるときにオファーをいただいて「あのときスケッチしたものが今回の目的にかなうな」というときもあります。

──つまり、断片的なフレーズのストックがそれなりにあるということですよね。ビートだけ組んでるとか。

あります。でも、基本的にはサウンドからアプローチすることは極力しないようにしていて。自分の中でそういうルールを設けてるんです。

──それはなぜ?

やっぱり、例えばスーパーなどで私の書いた曲がMIDI音源のインストでかかることがあるでしょう?

──ありますね。たまにフュージョンっぽくアレンジされてたりしてね(笑)。

ああいう状態で聴いたときにいかに光るものを書いておくかが、自分にとっては大事だと思うんです。旋律と和声の関係性にこそ自分はいつも関心を持つべきだと。

──つまり、まっさらな歌の状態でいかにポピュラリティを満たせられるかという話ですよね。

椎名林檎

ええ。そういうものが歌謡だと思っているので。他方、ビートや音色から触発されてサウンドを組み立てていくと、無尽蔵に広がりがあるんですよね。もともと好きな音楽もいっぱいあるし。そうなっていくと、本来私は歌謡というものが好きではないし、どんどんかけ離れていってしまう。だから自分が仕事として歌謡を作ることを目一杯楽しむ、またほとばしるものとして成立させるには忘れちゃいけないことがあるんですよね。スーパーでアレンジ違いのものがかかっても成立するものにしなきゃいけないって。

──では、歌謡の対極にあるものを、例えば覆面の名義などで発表することに興味はないですか? 誰も椎名林檎が作ったと知らないまま音源だけが世に放たれる、みたいな。

興味はあります。でも、とにかく私には時間がない。あとは、やっぱり自分の作品をリリースするときに初めから強く思っていたのは、お客さんがわざわざ耳を傾けたりアクセスしたり買ったりしてくれることが大切だということで。多くの人がそうしてくれるものじゃないとリリースするなんておこがましいなって。自分の能力の幅や奥行を計るだけのために人様を巻き込むなんてことは、したくないです。

──うん、椎名さんはずっとそういう信条を持ってますよね。自分に課しているというか。

うーん。多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。それ以外のものにもそういうニーズがあるなら、変名であろうがなかろうがやってもいいとは思うんだけど。まずは日々、J-POP職人としての仕事をこなしたうえでの話ですよね。

──気になりますけどね。

ニーズと機会があればやってみたいですね。

中途半端なものはもういらねえよ

──しかし、椎名さんは何よりも受け手のことを考えてますよね。

うーん、受け手というか、シーンが心配という感じかな。今は特にね。あと、2020年の東京オリンピックが決まったとき、浮かれ気分もありながら、皆さん「だいじょぶなのか東京」と、不安を覚えたでしょう? 開会式の演出の内容がおっかなくて仕方ないでしょう?

──そこは東京事変に出てほしいですよ。

いやいやいや(笑)、そんな自らスベりにいかなくてもいいんですけど。だけど、こんなふうになったら困るなという、私たち国民全員共通のイメージってあるでしょ? 「あちゃー」ってなったらヤだなって。

──それはすごくありますね。

せっかく他国から多くの人が日本に来てくださるわけですから。だって、昔から脈々と続く素晴らしいスポーツの祭典が東京で開催されるんですよ。もし自分の近いところに関係者がいるのであれば、言いたいことはありますよ。子供を持つ親として、私なんかにも動けることがあればしたいと思ってます。J-POPと呼ばれるものを作っていい立場にあるその視点から、絶対に回避せねばならない方向性はどういうものか、毎日考えてます。

──以前にも増してご自身の音楽でいかに文化・社会貢献できるかを考えるようになった?

いや、初めからそのつもりでした。それはもう、子供の頃から。でも、そのためには自分がこんなファニーな声で歌うよりも、意味深な魅力を持つかわい子ちゃんにしっかり意味を持たせて輝くものを作るほうが絶対に掛値が高くなっていいと思いますけどね。だから、新しいアイドルのプロジェクトに声をかけてもらえるようにがんばろうって思ってますよ。

──ホントに?

本当ですよ。ずっとPRしています。

──ぜひ実現してほしいんですけど。あとは、椎名林檎の遺伝子や精神性がもっと深いところで若いアーティストに受け継がれていけばいいなと思う。表面的なスタイルではなくてね。

ねえ。自分が諸先輩方からもらったバトンを渡したいという思いはありますよね。今回のアルバムはそういう思いを強く抱きながら制作しました。最近の若い世代には堂々としている子があまりいないなって思うから。もっとふてぶてしくていいと思う。誰かがやってくれたら私なんてもう、やらなくていいんです。

──そのふてぶてしさというのもキャラクター性どうこうじゃなくてね。

そうそう。もっと本質的なことですね。ふてぶてしい態度をとることが目的じゃなくて、せっかく与えられた場があるのなら、勇気を持って、断定的な表現をしてほしい。誰もが生まれたときからパフォーマーというわけではないからこそ、お客さんが関心を向けてくれる貴重な時間内に何ができるかということですよね。そこで、自分がいいカッコをしたいとか、嫌われたくないとか、そういう中途半端なものはもういらねえよって話で。自分の命がこのあとすぐに消えても強く叩き付けたいものがあるかどうか。勇気ですよね。そういうものだけでいいと思うの。

──今、話を聞きながらすごくグッときてます。よければもう少しだけ続けていただけますか。

私はポップスを作るうえで音楽的な素養なんていらないと思っていて。もっと何かこう──。

──生き様とか。

そう。気概であり……そういうものを見たい。例えば私にはもともと華みたいなものがあったわけではなくて、どちらかというと素養側からアクセスしてきた人間だと思うのね。

──なるほど。

初めはね。レコード会社の人からも「売れない」って言われていましたし。それはすごく自覚していましたよ。本当はもじもじタイプだから。とはいえ、みっともないことにならないように自分なりの努力をして、いつも無理してステージに立っているんですよ。そんな人間からすると、音楽的な素養とか裏付けなんてまったくいらないと思う。それを超越するものを「ドーン!」と見せつけてほしい。それを受け止めてシビれたいんですよ。私がそれをやったとしても限界がある。本当はもっとそういう星のもとに生まれた人がいて、殴り込んで来てくれるはずだと思う。そういう人の圧倒的な態度にシビれたい、打ちのめされたいってずっと思っています。

──もうね、椎名さんのその言葉にシビれるんですけどね。だって、あなたが圧倒的であり続けているじゃないですか。

いやいやいや、全然ですよ。ねえ。話、聞いてくれてた?

──比べるのは不粋かもしれないけど、「日出処」は「三文ゴシップ」よりも圧倒的な椎名林檎がいる。そのすごみにどうしようもなく感動する。

ありがとうございます。

ニューアルバム「日出処」 / 2014年11月5日発売 / Virgin Music
初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
初回限定盤A [CD+Blu-ray] / 4968円 / TYCT-69069
初回限定盤B [CD+DVD] / 4212円 / TYCT-69070
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60053
CD収録曲
  1. 静かなる逆襲
  2. 自由へ道連れ
  3. 走れゎナンバー
  4. 赤道を越えたら
  5. JL005便で
  6. ちちんぷいぷい
  7. いろはにほへと
  8. ありきたりな女
  9. カーネーション
  10. 孤独のあかつき(信猫版)
  11. NIPPON
  12. ありあまる富
初回限定盤付属DVD / Blu-ray(内容共通)
  • ありあまる富(ビデオクリップ)
  • カーネーション(ビデオクリップ)
  • 自由へ道連れ(ビデオクリップ)
  • いろはにほへと(ビデオクリップ)
  • NIPPON(ビデオクリップ)
  • ありきたりな女(ビデオクリップ)
椎名林檎「林檎博'14 -年女の逆襲-」
2014年11月29日(土)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
2014年11月30日(日)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
2014年12月9日(火)大阪府 大阪城ホール
2014年12月10日(水)大阪府 大阪城ホール
2014年12月21日(日)福岡県 マリンメッセ福岡
椎名林檎(シイナリンゴ)

1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月にデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」を発表。大友良英や前山田健一など、全収録曲で異なるアレンジャーを起用し大きな注目を集めた。11月5日に椎名林檎名義では約5年半ぶりのオリジナルアルバム「日出処」をリリース。NHKサッカー放送のために書き下ろした「NIPPON」やNHK連続テレビ小節「カーネーション」主題歌の「カーネーション」、TBS系ドラマ「スマイル」主題歌の「ありあまる富」など、5年半のうちに手掛けてきた数々のタイアップソングを収録することでも話題を集めている。