梅田宏明×fuse*が描く、身体とテクノロジーの対等で豊かな関係「ヨコハマダンスコレクション2022」

世界的な振付コンクールの日本プラットフォームとして、1996年にスタートしたダンコレこと「ヨコハマダンスコレクション」が、12月に開催される。今回のダンコレは、「ダンスとテクノロジー」をテーマに、2022年に横浜赤レンガ倉庫1号館振付家となった梅田宏明の最新作「indivisible substance」と、今回が初来日となるイタリア拠点のマルチディシプナリー・アート・スタジオfuse*による「Ljós」「Dökk」などがラインナップされた。

ステージナタリーでは、梅田とfuse*のディレクター、マッティア・カレッティの対談を実施。常に新たな表現を探究し続ける彼らが、身体とテクノロジーの関係性に見ているものとは?

取材・文 / 熊井玲通訳 / ミケランジェロ・セヴェリーニ

初来日のfuse*、きっかけは梅田宏明

──fuse*は今回が日本で初の公演となります。梅田さんがそのきっかけを作ったそうですね。

梅田宏明 2016年か2017年だったと思いますが、韓国で初めてfuse*のパフォーマンスを観ました。テクノロジーとダンスを結びつけた作品をやる人はよくいますが、イタリアの人では、僕は初めて観たので印象的でした。作品自体も、テクノロジーそのものを観せるというよりは、彼らが持っているエスセティックなもの、美的なものを見せるというもので、テクノロジーと身体を使ったうえでアーティスティックなものを作っている人たちだということに興味を持ったんです。さらに彼らが表現している世界観が、日本のアーティストから出てくるものとはかなり違うものだったので、今回「ヨコハマダンスコレクション」で紹介する作品として非常に良いのではないかと思いました。

梅田宏明

梅田宏明

マッティア・カレッティ 梅田さん、ご紹介いただきありがとうございます! 梅田さんと初めてお会いしたときのことははっきり覚えていて、私たちも梅田さんのようなテクノロジーとダンスの結びつけ方を観たことがなかったんです。それで、イタリアにぜひ呼びたいと思って、私たちがイタリアで開催しているフェスティバルに2018年に出演していただきました。そのときのパフォーマンスは、歴史に残るような名演だったと思います。その日以来、私たちは梅田さんのことを「大先生」と呼ぶようになったのですが(笑)、その大先生から今回日本にご紹介いただき、大興奮しています。

マッティア・カレッティ

マッティア・カレッティ

──韓国で出会ったとき、お二人の間で会話はあったのですか?

マッティア そんなに長くお話はできていなくて……晩御飯だったか飲んでいるときだったかに、ちょっとお話ししたくらいだと思います。

梅田 そうですよね。しかもテクニカルの人たちのことはあとから知ることが多くて。

──では作品を通じて、お互いに興味を持たれていたんですね。

さまざまなクリエイターのアイデアが作品を形作る

──今回の「ヨコハマダンスコレクション」では、「ダンスとテクノロジー」というテーマのもと、梅田さんは「indivisible substance」、fuse*は「Ljós」「Dökk」を上演します。まず梅田さんにお伺いしますが、本作は2021年から創作がスタートし、9月には香港で公演が行われました。12月の横浜公演に向けてどのようなクリエーションが続けられていますか?

梅田 コロナの影響もあって、僕はいろいろな形で作品を上演したいと思っているのですが、「indivisible substance」もまずは昨年、ライブストリーミングで発表し、今年、舞台作品とVR作品として発表しました。9月の公演のときは、香港のダンサー3人とフルリモートでリハーサルを重ね、発表に至りました。12月の公演ではそれを日本人のダンサー3人に踊ってもらいますが、作品の形は香港である程度できているので、それを日本で発表するということになります。

──「indivisible substance」には、音楽にAOKI takamasaさん、映像に松山周平さん率いるTHINK AND SENSEと、多数のアーティストが参加しています。彼らとはどのようにコンセプトを共有していったのでしょうか。

梅田 オンラインやVRなど作品のフォーマットを変えていくにあたり、僕がダンスにおいて重要だと思っていることはなんだろうと考えた結果、それはいつもわかっていたことではあるんですけど「動きをどうやって感覚的に伝えるか」ということだと思ったんですね。つまりそこに人の形があるかどうかはあまり重要ではなく、人の身体から出てきた動きによってコンピューターの中でどんな動きが作れるのか、コンピューターグラフィックを用いるからには、そこでしかできない動きを目指したいと思ったんです。そこでチームの人たちには、いろいろなスケール、例えば顕微鏡的な視点から見た場合、あるいは地球的・宇宙的なサイズで見た場合のマテリアルをバーチャルな世界に持ち込んで、そのスケールを行き来するような世界観を作りたいという話をしました。それが今回の僕の作品のコンセプトになっています。

「indivisible substance」より。(写真提供:West Kowloon Cultural District / 香港)

「indivisible substance」より。(写真提供:West Kowloon Cultural District / 香港)

──それを受けて各アーティストから生まれてきたアイデアで、影響を受けた部分はありますか?

梅田 僕はAOKI takamasaさんの音楽が非常に好きで、彼が持っている世界観を信頼しているので、音楽については今回の作品のコンセプトを話して、あとはお任せしました。AOKIさんの音楽から影響を受けた部分があるとしたら、それは振付の構成の部分でしょうね。彼が示した世界観が非常に強かったので、彼の音楽くらい強度がある振付にしないといけないと思いました。

ビジュアルについては、松山さんが僕のコンセプトを非常に理解してくれて、映像で使う素材などの提案をたくさんしてくれたので、僕が思っていた以上に豊かな映像の世界観ができたと思います。松山さんは自然をどうやってコンピューターに取り込むかということをやっているので、例えば砂漠や海をデジタルデータとして「indivisible substance」の中に持ち込んでくれ、それは僕のもともとのコンセプトにはなかったものですが、結果的に作品がすごく広がったと思います。

──fuse*は「Ljós」と「Dökk」、2作を上演します。この2作品には関係性があるのでしょうか?

マッティア 「Ljós」は2014年に初演された25分くらいの作品で、僕たちにとっては初めてダンスとテクノロジーを結びつける試みに挑戦したパフォーマンスです。「Dökk」は2018年に製作された1時間くらいの作品で、ダンスとテクノロジーをもう少ししっかりと結びつけようと思って作りました。この2作には関係性があって、「Ljós」はアイスランド語で光、「Dökk」は闇という意味です。

「Ljós」はそのとき私が経験したこととつながっていて……当時、私は父親になるところだったのですが(笑)、イタリア語で子供が産まれることを“光が当たる”という言い方をするんですね。そこで光に興味を持って、「Ljós」というタイトルにしました。

「Dökk」はその続編として製作されたもので、人が生まれてからどんな過程を経て成長してくのかを、10の部屋に準えて作り上げていきました。

──fuse*は、サウンドデザイナー、ソフトウェア開発者、クリエイティブコーダー、デザイナー、パフォーマー、制作チームとさまざまな目線を持った人たちによるコレクティブです。どのようにクリエーションを深めていくのでしょうか。

マッティア 演出部分は主に私が担当していて、振付とパフォーマンスはエレナさんが、音楽はバッツォーニさん、ビジュアル面はルカさんが担当しています。メンバーは少しずつ増えてきて、人が増えれば当然さまざまな意見が入ってくるし、それぞれが自由な発想や動きができるように自分の考えを柔軟に、融通が効くようにしておかないといけない。それによって生まれるテンションがとても重要で面白いと思います。

fuse*「Ljós」より。© Enrico Maria Bertani

fuse*「Ljós」より。© Enrico Maria Bertani

作品にとってテクノロジーを取り込む必然性を考える

──今回のヨコハマダンスコレクションのテーマは「身体を超えた先に~ダンスとテクノロジー」です。お二人は両者の距離感をどのように考えていますか?

梅田 僕はダンスを動きとして捉えていて、テクノロジーはそれを非常に拡大する、壮大なものにするものだと捉えています。ダンスをデコレーションするということではなく、ダンスが持っている力やダンスの魅力・エッセンスを、身体を超えたところに拡張するような力があるんじゃないかなと。さらにその先に、身体だけでは表現できないような世界観を具現化する力があると思っていて、テクノロジーはそういった大きな力になると思っています。

またこれまでも舞台芸術では照明や音響など、ある程度基本的な技術は使われていて、それによって表現がどんどん豊かになってきたということが歴史的にありますよね。そのことと同様に、現代におけるテクノロジーで作品をいかに現代的に拡張していくかを考えるのは面白いと思っていて。僕もfuse*も、その点に対する試みをしていますし、今までのダンスに対する既成概念を超えるようなものがこれから出てくると思っています。

マッティア おっしゃる通りです! 私もまったくそのように思いますね。もし1つだけ付け加えるとしたら、私たちのチームはテクノロジーを取り入れる際に、ダンスや美術、衣裳など、できるだけほかの要素とバランスよく混ぜられるような取り組みをしているのですが、そのうえで注意しないといけないのは、最新のテクノロジーだからカッコいいとか、最新だから良いということではなくて、ほかの要素と同様に作品にとってどのような意味があるのか、ということを考えないといけないということです。テクノロジーは非常に早いスピードで発展するので、今の最先端は明日の時代遅れになるかもしれません。ですからあまり最新であることに重要性を置いてしまうと、時間の経過と共にその作品がアートとして大事にしている部分が一部、意味がなくなってしまう可能性がある。今だけではなく、1年後、10年後にも作品の重要性が同じように残るような努力をしないといけないと思っています。

梅田 僕も1つ付け加えても良いですか? 先ほども言いましたが、ダンスの世界でテクノロジーを用いることは長年されてきていることですが、単純にテクノロジーを見せるためのパフォーマンス、テクノロジープレゼンテーションのようなものが実はけっこうあると思っているんですが、fuse*のパフォーマンスはそうではなく、自分たちがやろうとしているアートに対し、適切なテクノロジーを使っている。今回「ヨコハマダンスコレクション」にfuse*が参加してくれたのはとてもうれしくて、テクノロジーの紹介ではなくダンスの作品、アートとして日本に来てくれるということはとても重要なことじゃないかと思っています。

マッティア 私たちも梅田さんの作品に同じようなことを感じていました。先ほどおっしゃられたテクノロジープレゼンテーションのようなことでなく、いろいろな要素をバランスよく作品に取り込んでいる点が梅田さんの作品はすごく魅力的だと思っています。

「indivisible substance」より。(写真提供:West Kowloon Cultural District / 香港)

「indivisible substance」より。(写真提供:West Kowloon Cultural District / 香港)

劇場という強いフォーマットで上演するからこそ…

──昨年2月に開催された「横浜ダンスコレクション2021」で梅田さんの「while going to a condition」(参照:「ダンコレ」梅田宏明・岡本優が過去作のブラッシュアップに挑む“ダンスクロス”本日まで)を観たとき、視覚・聴覚だけでなく全身の感覚が開くような刺激を受けました。オンラインでの観劇が増えていたこともあると思いますが、映像から受ける光の眩さや情報量の多さ、身体から放たれるエネルギー、身体の影が作り出すレイヤーの細やかさ、観劇後も消えない作品の“残像や残響”が非常に大きくて、先ほど梅田さんがおっしゃったような、身体だけでは表現できないような世界観を具現化するテクノロジーの力を、客席で体感しました。今回の「ヨコハマダンスコレクション」でもぜひ多くの方に劇場で、そのような体験をしていただきたいですね。

マッティア 劇場でパフォーマンスできることがどれだけ大事かということを、私も感じます。ある作品を劇場で上演したとき、私は劇場の後方から客席を観ていたんですけれど、開演直前に900人以上入る劇場で一瞬何の音もしない数秒間があって、そのときにお客様の息遣いが聞こえたんですね。そのとき、それだけ強いエネルギーで舞台とお客さんが結ばれていることに衝撃を受けました。

梅田 さまざまな形式でダンスを見せることにトライしてきましたが、劇場公演はお客さんの身体が目の前にあるので、物理的な体験としての強度がやはり極めて強いフォーマットだと感じます。そして、オンライン観劇に慣れていた観客が、再び劇場での観劇が増えてきて、“劇場で観劇したときの刺激はこんな感じだった”と再確認している今、僕が劇場で上演するならさらに強い刺激を与えたくなってしまうので(笑)、お客様はそのようなつもりで劇場に来てください。

fuse*「Dökk」© Enrico Maria Bertan

fuse*「Dökk」© Enrico Maria Bertan

プロフィール

梅田宏明(ウメダヒロアキ)

東京都出身。振付家・ダンサー・ビジュアルアーティスト。20歳のときにダンスに興味を持ち、活動を開始。2002年に「横浜ダンスコレクション」で発表した「while going to a condition」が評価され、海外での活動をスタート。世界各国で作品を上演する。2009年に10年計画となる振付プロジェクト・Superkinesisを開始。また2010年頃からはインスタレーション作品を発表し始める。2010年に国際的メディアアートの祭典である「アルスエレクトロニカ」のデジタルミュージック・サウンドアート部門で入賞。2022年に横浜赤レンガ倉庫1号館の初代振付家に就任。

fuse*(ヒューズ)

2007年イタリアで、ルカ・カメリーニとマッティア・カレッティが共同で設立し、ディレクターを務めるマルチディシプナリー・アート・スタジオ。光・空間・サウンド・ムーヴメントの関係性を鍵として、サウンドデザイナー、ソフトウェア開発者、クリエイティブコーダー、デザイナー、パフォーマー、制作チームが集まり、デジタル技術を用いた芸術の探求を行っている。これまでに世界各地のアートスペース、フェスティバル、劇場でのライブメディア・インスタレーション展示やパフォーマンス上演を行い、デジタルデザインアワード、ドイツ・デザインアワードをはじめ受賞多数。日本でも、2021年文化庁メディア芸術祭にオーディオビジュアルインスタレーション「Artificial Botany」を出品した。イタリア伝統の高度に洗練された美的感覚と、最新デジタル技術の融合が、fuse*の作品を唯一無二としている。