井上芳雄 インタビュー
WOWOWトニー賞授賞式番組の顔とも言える、井上芳雄。今年もナビゲーターを務める彼に、再開後のブロードウェイに思うことやトニー賞への期待を聞いた。
世界が1つの状況を共有する中で、確実に前に進んでいる
昨年の夏に、劇場街再開のニュースを聞いたときはうれしくて、「やっとニューヨークにブロードウェイが帰ってきた」と喜びました。でも、完全に元通りになったかというと、さすがのブロードウェイでも難しい。感染状況の浮き沈みは日本とアメリカそれぞれですので、お互いの舞台界の状況を比較することは難しいですが、今後、ブロードウェイがどういうふうに公演を続けていくのか興味があります。“世界は1つの状況を共有している”という気持ちでいますが、ブロードウェイで新しい作品が誕生したり、1度閉じてしまった作品が戻ってきたりする様子に、勇気をもらっています。ただ、お客さんの戻りは厳しいと聞くので、やはりたやすくはないんだなと。
今年のトニー賞候補作品で注目している作品は、ミュージカルで言うと、マイケル・ジャクソンが題材となっている「MJ」やオフブロードウェイ発の「ア・ストレンジ・ループ」ですかね。「MJ」は普通に観たいです(笑)。華々しくオープンしたそうですし、音響デザインのヒロ(・イイダ)さんによると、すごく大がかりで「こんな規模の作品には関わったことがない」というくらいだそうで。どんな作りになっているのか、気になっています。
2021 / 2022シーズンはコロナの影響による悲しいクローズが多かったと思います。そのような状況で、戻ってくる作品もあれば戻ってこられない作品もあり、ブロードウェイはもともと厳しい場所ではありますが、戻ってこられた作品には一層のうれしさを感じましたね。「ザ・ミュージックマン」では、出演するヒュー・ジャックマンとサットン・フォスターがコロナに感染したというニュースが日本でも報じられましたし、最近ではストレートプレイの「プラザ・スイート」で、出演するサラ・ジェシカ・パーカーとマシュー・ブロデリックの夫婦がコロナに感染しました。でも、そうやってハリウッドスターが舞台に出ることは、離れてしまっていたお客さんを劇場に戻す強い力になるんじゃないかなと感じます。日本にも多少そういうところがあって、お客さんが来てくれるものと客足が厳しいものはけっこう明確に分かれているんです。もしかしたら、ブロードウェイでも似たようなことが起きているのかもしれません。ただ、確実に前には進んでいるなと思います。
今年は何が一番のテーマになるのか、自分たちも敏感でいたい
前回のトニー賞は特別で、授賞式というより半分セレモニーのようなショーでした。コロナ禍で2年ぶりに開催されたトニー賞は、ブロードウェイ再開のお祭りでありパーティーで、その喜びが会場に満ちあふれていたのが印象的でしたね。アカデミー賞を例に挙げると、昨年は皆マスクをして、距離を取って、限られた人数でやっていましたが、今年はラスベガスの大きな会場で実施され、昨年が冗談だったのか?と思うくらいに、皆がマスクを外してコロナ前に戻ったかのようでした。同じようにトニー賞も以前の形に近くなるのではないかと思います。同時に、アカデミー賞で問題になったことやロシア・ウクライナ戦争など世界の情勢が色濃く反映されるのではないでしょうか。過去にもブラック・ライブズ・マターやジェンダー問題など、トニー賞はさまざまな社会問題に対して独自に反応してきました。世の中を反映する授賞式になることは間違いないと思いますので、何が一番のテーマになるのか、受賞者がスピーチで何を話すのかに注目したいと思います。そのあたりには自分たちも敏感でいたいです。
また、今のブロードウェイの勢いをどれくらい伝えてくれるかというのも楽しみです。ショービジネスの現状を僕も知りたいですし、まだまだ現地には行きにくいので、向こうの空気を感じつつ、新作情報を手に入れたいです! 今までは受賞結果に自分の興味が向いていましたが、それと同時に今のブロードウェイが何を気にしているのかということを大事に、出演者の皆さんと一緒に番組を進行していきたいです。前回ご一緒させていただいた(ナビゲーターの)宮澤エマちゃんとは舞台共演はありませんが、エマちゃんは頭も切れるし、チャーミングで歌もうまい。ツッコミ上手なエマちゃんに任せて、自分はボケに回って羽根を伸ばせるかなと思っています(笑)。例年は歌を歌ったり、パフォーマンスしたり、ゲストの方が来てくれたりしてくれますが、今年は一体、どうなるのか。日本は日本でトニー賞を盛り上げようとしていますので、今年も何かできればと。そして、日本のエンタメ業界の盛り上がりもお伝えしたいです。
プロフィール
井上芳雄(イノウエヨシオ)
1979年、福岡県出身。2000年にミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー。以後、さまざまな舞台で活躍し、多数の演劇賞に輝く。また、歌手活動やテレビドラマ、バラエティ番組への出演のほか、著書も多数出版。主な出演番組に、WOWOW「オリジナルミュージカルコメディ 福田雄一×井上芳雄『グリーン&ブラックス』」、BS-TBS「美しい日本に出会う旅」、TBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」、NHK総合「はやウタ」など。5月よりメインパーソナリティを務めるFM FUKUOKA「井上芳雄 開演です!」がスタートした。6・7月にミュージカル「ガイズ&ドールズ」、8月にミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」、9月に「スーパー・ボーカル・トリオ・コンサート」「リーディングプロジェクト」、2023年1月にミュージカル「エリザベート」(福岡・博多座公演)、3・4月にミュージカル「ジェーン・エア」が控える。
宮澤エマ インタビュー
2度目の番組ナビゲーターに挑戦する宮澤エマが、今年のトニー賞の傾向を予測する。
今年は、より日常に近づいたトニー賞に
昨年に引き続き、私はブロードウェイで作品を観ることがかないませんでした。そんな中、昨年のトニー賞授賞式はすごく特別なものだったと思っています。イレギュラーな中でも自分たちは前に進むという強い意思表明であり、異例のコラボや、シーズン中に上演されていない作品がショーシーンに登場するなど、“トニー賞の魂を皆で引き継いで、その灯を絶やさない”という姿勢に感動を覚える回でした。今年は、視点を身近なものに引き寄せて、コロナ禍で制限がありつつも、絶対に幕を開けるという思いでやってきた人たちを賞賛する回になるのではないかなと思います。昨年の秋にブロードウェイで舞台がオープンするようになってから、ミュージカル「ウィキッド」では何十年も前にエルファバ役を演じていた俳優を呼び戻して、週末だけ出演してもらったり、異例なことですが、作品に携わってきた人たちの力を借りて何とか公演を続けてきた。そんな中でのトニー賞授賞式になります。昨年は往年のスターにスポットライトが当たりましたが、今年はスイングや、著名なブロードウェイ俳優ではない人たちもフィーチャーされ、たたえられるのではないかなと漠然と考えています。
また、今年は授賞式がラジオシティ・ミュージックホールに戻って開催されます。ラジオシティ自体がニューヨークの中でもずっとトニー賞の象徴でシンボル的に存在する場所です。昨年、ラジオシティでなくてもいろいろな劇場から届けられていたことがすごく素敵でした。今は、先が見えない混沌とした状況の中でもショーを止めないという2020年頃の状況から前進して、混沌とはしているけれど、ここまで日常が取り戻せた。そんな状況下でラジオシティで開催されるのは、トニー賞の長い歴史の中では大事なことなのかもしれませんね。
ノミネート作品の中で気になるのは、やっぱり「ザ・ミュージックマン」。ヒュー・ジャックマンがコロナに罹患するなど紆余曲折を経てオープンしましたが、好評を博しています。ミュージカルではありませんが、ダニエル・クレイグ出演の「マクベス」は、私がニューヨークにいたら絶対に観に行った作品です。また、子供の頃に大好きで何度も観た映画「ミセス・ダウト」をどうやってミュージカルにしたのかも気になりますね。昨年はミュージカル部門に関してはノミネート数が少なかったので、今年は新作が出てきている点で昨年とは違うし、コロナ禍においてもワークショップや地方公演など、クリエーティブサイドは歩みを止めずにやっていたんだなと勇気づけられました。
それでも舞台に立ち続ける人に全力でエールを送りたい
ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」をやっていたとき(参照:村上虹郎・森崎ウィンらがマンハッタンに誘う、「ウエスト・サイド」明日開幕)にコロナ禍が始まり、良くも悪くも最初の1年はずっと灯をともし続けなければいけない思いでいました。徹底的に感染対策をして、安心して観ていただくという一心で、2020年と2021年を駆け抜けた。今は舞台に限らず、なかなか難しい時代になってきたと思います。どういうときに活動をして、どういうときは控えるべきというさじ加減が現場ごとに違いますし、絶対こうだという正解がなく、皆がおのおのの頭を使って生きなくてはいけない。稽古期間を含めて頻繁に行うPCR検査や、自分が感染して公演をストップさせてしまったらという怖さで、舞台関係者は皆、身体的にもメンタル的にもぎりぎりなところで闘っていると思います。感染状況が比較的落ち着いて、社会が少しリラックスした状態になってきたとしても、私の知る限り舞台に立っている人たちにはまったく気の緩みがありません。苦しい状況が続く中で、それでも舞台に立ち続けるということに全力でエールを送りたいです。
昨年の「生中継!第74回トニー賞授賞式」では司会である立場ながら私が一番楽しんでしまっていたかもしれません(笑)。井上芳雄さんはとても懐の大きい方で、どんなボールを投げても打ち返してくれるか、きちんと受け止めてくれると私は勝手に思っています。今回はいよいよスタジオでご一緒させていただくので、よりテンポの良い掛け合いができればと。日本にいるたくさんのミュージカルファンの人たちにとって、ブロードウェイから離れざるを得ない、我慢の2年だったと思いますが、今年は少し通常モードに戻ったトニー賞の様子をお届けできるのはないでしょうか。私自身、ミュージカルファンや舞台ファンの気持ちに寄り添いつつ、昨年よりもヒートアップしてコアなファン層からライトなファン層にまで興味を持ってもらえるような時間になれば良いなと思っています。
プロフィール
宮澤エマ(ミヤザワエマ)
東京都出身。2013年、「メリリー・ウィー・ロール・アロング~それでも僕らは前へ進む~」でデビュー。近作にミュージカル「ウェイトレス」、舞台「日本の歴史」、NHK連続テレビ小説「おちょやん」など。現在は、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、テレビドラマ「よだれもん家族」(テレビ東京)に出演中。
宮澤エマ オフィシャル (@Emma_Miyazawa_) | Twitter
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ミュージカル部門の作品賞にノミネートされたのは…