下田昌克×ノゾエ征爾×山内圭哉が語る音楽劇 「死んだかいぞく」──“死”を受け入れ“生”の起源を辿る

下田昌克の絵本「死んだかいぞく」が、ノゾエ征爾演出で舞台化される。船上で腹を刺された海賊が、海に沈んでいく過程でさまざまなものを失う様が描かれる本作は、2020年に出版され、2024年にグラフィックブックデザインとして優れた児童書に贈られる賞、ボローニャ・ラガッツィ賞 特別部門「海」特別賞を受賞した。以前から本作が大好きだったと言うノゾエは、「演劇と作用すると、面白い広がりが生まれる予感がする」と期待を語り、主人公・海賊役を演じる山内圭哉は、本作の魅力について「哀しさだけではなく、独特の爽快感が残る」と話す。

ステージナタリーでは5月上旬、下田とノゾエ、山内の座談会を実施。“子供にこそ、大人の本気を見せたい”と意気込む3人が、クリエーションへの思いを語った。

取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享

学生時代から更新し続けてきた絵本「死んだかいぞく」

──幻想的かつ生命力あふれる色彩と、シンプルで力強い物語……下田昌克さんの絵本「死んだかいぞく」が、ノゾエ征爾さんの演出で舞台化されます。約10年前、ノゾエさんがイタリア人童話作家デビッド・カリの絵本を翻案・演出した「ボクの穴、彼の穴」(2016年初演・2020年再演)で、衣裳や小道具を手掛けたのも下田さんでした。

ノゾエ征爾 あの舞台でご一緒して以来、下田さんの作品は全部読んでいましたし、劇場から「大人と子供が一緒に楽しむ音楽劇を」というお話をいただいたときに、真っ先にこの絵本が頭に浮かびました。下田さんの作品が舞台化されるのは初めてですか?

下田昌克 もちろん初めてです。お話をいただいて、びっくりしました。

ノゾエ 僕だけではなく、うちの子もこの絵本が大好きなんです。内容もすっかり覚えちゃって、読み聞かせしていると途中で「この後、こうなるよ」なんて展開を教えてくるぐらい(笑)。

左から下田昌克、山内圭哉、ノゾエ征爾。

左から下田昌克、山内圭哉、ノゾエ征爾。

下田 わあ、うれしいな。以前、親御さんからもらった手紙にも「“なぜか”何回も読まされる」と書いてありました(笑)。ジャケ買いじゃないけど、図書館で子どもが自分から手に取ってくれる率も高いらしいんですよ。

山内圭哉 へー! 確かに、真っ黒い背景にドクロマークが浮かぶ表紙なんてすごくカッコいいから、俺も子どもだったら、絶対手に取っていたと思います。「普通と違うぞ」って匂いが、ぷんぷんしますから。

絵本「死んだかいぞく」書影

絵本「死んだかいぞく」書影

下田 実はもともとこの絵本は、二十歳の頃に通っていたデザイン専門学校で(舞台美術家の)朝倉摂先生の課題で作った作品なんです。毎週映画や芝居の話をしてくれて、すごく面白い授業だったんですよ。でもそうした話題に興味がある学生が僕しかいなくて、1年間ほぼ1対1でしゃべらせてもらえるようなぜいたくな時間で。そんな先生に褒められたくて頑張った1冊でした(笑)。

下田昌克

下田昌克

山内 当時と内容は全く同じですか?

下田 元はもっとシンプルな構成だったんです。そこから少しずつ書き直しては出版社に企画を持ち込んだものの、ことごとく断られ続け……50歳を過ぎて、やっと世に送り出すことができました。

山内 学生時代の作品が約30年後に出版されるなんて、人間、続けてみるもんだなぁ。

子供にこそ、大人の本気を見せたい

──三日月の夜、威張ってばかりの海賊が殺され、海に投げ出されるところからこの物語は始まります。身体は海底へどんどん沈み、海の生き物たちは無抵抗な海賊から服や身体の一部を奪っていく……大人もじっくり考えさせられるような、示唆的な内容も魅力ですね。

ノゾエ 「主人公が死んだ場面から始まる」なんてオープニングからすごいインパクトですし、演劇と作用すると、面白い広がりが生まれる予感がします。内容も頭で捉えるというより「本能的にわかる」というか、細胞に入ってくるというか……感性で頷いてしまうじゃないですか。

山内 わかる。海賊はいろいろな物を失い続けるけれど、読んだあとには哀しさだけではなく、独特の爽快感が残りますよね。実は昨日、自分の散らかし放題の部屋を片付けながら、「これ、ひと歴史分あるな」と途方に暮れていたところなんです。本や楽器やおもちゃ、それぞれに出会った日を思い出しては、「取っておこう……」なんて元に戻して、結局は片付かない(笑)。いっそ海賊のように「全部なくして丸裸になれたら気持ちがいいかも」とも思うんです。下田さんは、どういったきっかけでこの物語を思い付いたんですか?

山内圭哉

山内圭哉

下田 若いころ、沖縄のバラス島というサンゴの島に行ったり、あちこち旅行していた経験は大きいですね。骨みたいな白いサンゴが波で集まってできた島なんです。またチベットの(遺体を野山や岩などに置き、葬送を鳥にゆだねる)鳥葬は、ダイレクトにエネルギーを受け取った生き物が、空に羽ばたいていくことがカッコよくて。自分の死生観に影響した出来事……と言うと大袈裟ですけど、そうして何か経験するたびにこの絵本を思い出し、年齢ごとに更新してきた作品です。

──今回は海賊が海底に沈んでいくだけではなく、自らの人生を回想していく場面が追加されると伺いました。

ノゾエ そうですね。最終的には生まれた瞬間に戻っていく、“死”を受け入れると同時に、“生”の起源を辿る構造を考えていて。彼の人生で何が大事だったんだろう?ということも、軽やかに挟み込んでいけたらと思っています。

ノゾエ征爾

ノゾエ征爾

──舞台美術・衣裳・小道具プランは、下田さん自らが手掛けられます。

下田 子供が客席にいるから「簡単に」「わかりやすく」なんてことはせず、それよりも直感的に「カッコいい」とか「面白い」とか、そういうことがズバズバ入っていくものができればいいなと。自分が小さな頃を思い返しても、“子供向け”と称した半端な表現に「納得いかない!」みたいな気持ちになったことがあるので。

山内 馬場のぼるさんの絵本を井上ひさしさんが劇化した「十一ぴきのネコ」という音楽劇に出たとき、ちょっと抽象的な場面があって子供たちが「わかるかな」と心配だったんですね。でも彼らはどんどん想像力を膨らませて、勝手に、自由に楽しんでくれて、すべては杞憂でした。「志村ー、うしろ、うしろ!」みたいにすごく盛り上がってくれましたし(笑)。

ノゾエ 僕も「気づかいルーシー」(2015年初演)という作品で、子供たちの感受性のすごさを肌で感じました。大事なのは大人が真剣か、そこを子供は敏感に感じ取るんですよね。

左から下田昌克、山内圭哉、ノゾエ征爾。

左から下田昌克、山内圭哉、ノゾエ征爾。

山内 そう。だからこそ下田さんがおっしゃるように、「これでいい」なんて手抜きは絶対にあかんのでしょうね。なんていうんかな……冒頭は特に、子供が怯えるぐらい怖い海賊に作ってもいいんじゃないかと思っていて。20年以上前に古田新太さんがミュージカル「ピーターパン」のフック船長を演じたとき、「俺、子供泣かしたろ思って」とおっしゃっていて「ああ、これは正しいな」と思ったんですよね。なんせフック船長がピーターパンに退治される場面で、子供たちから歓声が上がっていましたから。とことん悪役に徹した結果、ちゃんと彼らを物語の世界に引きずり込んだってことでしょう? そこまでマジでやらないと、前のめりで参加してくれないですもんね。