2024年度の世田谷パブリックシアターは、芸術監督・白井晃のもと、「わたしは、この世界とどのように向き合うか」をテーマに、企画の枠組みを広げたり、これまで以上に身体性の高い演目を盛り込んだりと、新たな挑戦を行っている。その挑戦の1つが、劇場にとって新たな作り手たちと作品を生み出すこと。8月にせたがやアートファーム2024 音楽劇「空中ブランコのりのキキ」の構成・演出を手がける野上絹代、11月から12月にかけて上演される「ロボット」で潤色・演出を手がけるノゾエ征爾、2025年2月から3月にかけてサイモン・スティーヴンス ダブルビルと銘打ち、「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」を演出する桐山知也は、そんな劇場の思いを受け取り、自身にとってもチャレンジングな創作に挑む。
ステージナタリーでは6月中旬、演出家3人に世田谷パブリックシアターに集まってもらい、劇場に対する思いや、作品への展望を語ってもらった。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆
主催公演を任された責任感、芸術監督・白井晃とのつながり
──2024年度の世田谷パブリックシアター主催公演として、野上絹代さんは音楽劇「空中ブランコのりのキキ」、ノゾエ征爾さんは「ロボット」、桐山知也さんはサイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」の演出を担当されます。世田谷パブリックシアターにはこれまで、どんな印象をお持ちでしたか?
野上絹代 私は、憧れの劇場という感じですね。大学に入って観劇授業があり、それで来たのが世田谷パブリックシアターでした。ロベール・ルパージュ演出の一人芝居「月の向こう側」(2002年)を観たのですが、身体性も強く静謐な、ストイックに見せるお芝居だったので、世田谷パブリックシアターはいまでも知的で洗練されたお芝居をしている劇場という印象があります。なので、今回お声がけいただき、「私で大丈夫かな?」という思いもありつつ(笑)、とても光栄なことだなと思っています。
ノゾエ征爾 僕は大学時代に演劇を始めて、ENBUゼミナール(演劇の専門学校)の松尾スズキさんのゼミに在籍していたんですけど、松尾さんが「ふくすけ」を世田谷パブリックシアターで初演したとき(1998年)に、ゼミ生も全員出させていただいて。なので、ちゃんとした劇場での初舞台は、世田谷パブリックシアターでした。そのあと、世田谷パブリックシアター@ホーム公演(編集注:2010年から世田谷パブリックシアターが行っている、世田谷区内の高齢者施設や障害者施設での“移動劇場”。ノゾエは2010年から携わっている)で新たに劇場との接点ができたのですが、今回は演出家として主催公演を演出させていただくので、自分としてもすごく特別な劇場だし、今回はどういう感覚になるのかな、と思っています。
桐山知也 野上さんと同じく、僕も大学生のときに初めて世田谷パブリックシアターに来るようになりました。当時の印象は、国際共同制作だったり、実験的な作品だったり、尖ったことをやっている劇場だなと(笑)。その後、前芸術監督の野村萬斎さんや現芸術監督の白井晃さんの現場に、よくスタッフとしてご一緒させていただいたので、よく働いた劇場と言いますか。多分、一番よく来ている劇場だと思います。そんな世田谷パブリックシアターで、今回は演出をさせていただけるのはとても幸せですし、これまでの経験を生かしつつ、いい作品ができたらいいなと思っています。
──2月に行われたラインナップ発表会で、芸術監督の白井晃さんが、「2022年から芸術監督を務めていますが、2022年度と2023年度は前任者から引き継ぐ形でプログラムを推進してきました。2024年度のラインナップからは、最初の企画段階から設計しています」と自信を持ってお話されていたことが印象的でした。皆さんそれぞれ、白井さんとはどのようなお話をされましたか?
ノゾエ 僕は、「どういうことをしましょうか」という段階から白井さんとお話をしました。その過程で、いろいろ候補となる作品が挙がったんですけど、その1つに「ロボット」があって。白井さんご自身も「いつかやりたい」と思っていた作品だったそうなのですが、僕の中にも引っかかるものがあり、その思いをお伝えしたら「そう思ってくれてうれしい」と白井さんがおっしゃって、「ロボット」に決まりました。
野上 今回私は、「アートファーム」という子供も観られるお芝居を作る枠組みを任せていただきました。打ち合わせの際に白井さんはいくつも候補作を用意してくださって、そのことにまず驚いたんですけど、お話するうちに「実は白井さんは、ご自身が用意したものではないものを望んでいらっしゃるのかな?」と感じて……。というのも、白井さんがKAAT神奈川芸術劇場の芸術監督を務めていらしたときに、KAATで快快がたびたび公演を行っていて、白井さんは私たちがぐだぐだとしゃべりながら作品を作っていくことをたぶんご存知なんです(笑)。そのうえで快快らしさのようなものを期待されているのでは?と。それで、今回何をやろうかと考えたときに、ある創作の過程でふいに別役実さんの話が出て、盛り上がったことがあったことを思い出して、改めて別役さんの作品はどうだろうと思い、「別役さんの作品をやるんだったら、快快のメンバーを何名か入れて作ってみたいな」と思ったので、北川陽子(脚本)、佐々木文美(舞台美術)、藤谷香子(衣裳)がプランナーに入ることになりました。
桐山 僕は、白井さんと最初にどんな話をしたのかな……おそらく白井さんご自身がライフワーク的にされている、1900年前後の戯曲とかテキストを現代化する作業はどうですか、とアイデアをいただいて、いろいろお話をしたんですけれど、僕の中で突破口が思いつかなくて。その後、「サイモン・スティーヴンスの作品はどうでしょう?」と僕から提案し、具体的に候補作を考え始めました。実は、サイモン・スティーヴンスの「ポルノグラフィ」を、すでにKAATでリーディング公演として演出しているんです。白井さんがKAATの芸術監督だった2020年に上演予定だったんですが、コロナ禍による緊急事態宣下に重なって延期になって、長塚圭史さんが芸術監督に就任された翌2021年にようやく上演を果たしたという経緯があります。今回、サイモンの作品を演出したいと思ったときに、この「ポルノグラフィ」以上に、僕の中で爆発力を感じられる作品がなくて、恐る恐る「『ポルノグラフィ』ではだめでしょうか」と伺ったところ(笑)、プロデューサーの浅田さんから「ポルノグラフィ」と「レイジ」、両方やったら面白いんじゃないかという、ある意味衝撃的な(笑)アイデアが出まして、白井さんも「面白いね、いいんじゃない?」とおっしゃり、2作やることになりました。冷静に考えるとすごく大変なことだなと思ってはいますが、白井さんとこれまでいろいろ話してきたことがこの2作につながっているような気もしますし、2作を連続上演する意味が徐々に見えてきて、面白いなとワクワクしているところです。
──お話を伺っていると、白井さんとの打ち合わせの中でアイデアが膨らんだり、具体化したりと、活発なやり取りがあったのですね。
ノゾエ 具体化……はこれからですが、お話ししていると白井さんの妄想スイッチが入るというか(笑)、僕と目線を合わせて話してくださっているのに、突然、焦点の距離感がちょっと違ってくるような瞬間があって、そういうときに白井さんのアーティストとしての純度、無邪気さを感じますね。
別役実の童話に惹かれた…野上が立ち上げる「空中ブランコのりのキキ」
──野上さんは本作に向けたコメント動画で、別役さんの童話が以前からお好きだったとお話しされていました。いつ頃からご存知でしたか?
野上 大人になってからですね。別役さんの「淋しいおさかな」だったと思いますが、冒頭に「大人が童話を読むのはどういう時か」という文章があって、子供が寝静まった後にそっと読んでみるとか、後ろの人に呼びかけて振り返ったけど誰もいなかったときに読むとか……寂寥感のある本当に素敵な文章なんです。自分も子育てをしていると、何もしなくていい時間、エアポケット的な時間がふと訪れることがあって、そんなときに別役さんの童話の文章は馴染むなと思いました。子供に対しての物語ではあるんだけれども、大人が頭を撫でられているような気持ちになるというか。それで別役さんの童話を上演したいなと思ったんですけれど、1作品だけだと短いので、何作品かを構成して上演できたらなと。
──脚本を快快の北川陽子さんが手がけられます。サーカスの花形である空中ブランコのりのキキの物語を中心に、童話「愛のサーカス(山猫理髪店より)」に登場する象と象使いの少年や、絵本「丘の上の人殺しの家」の人殺し3兄弟のエピソードが織り交ぜられます。脚本を読むと、快快作品に比べてストーリー性が強く、構成もカチッとしている印象を受けました。
野上 そうですね。今回、構成は私が担当しているのですが、北川はストーリー性を重視する作家というより、いい意味で現前性を大事にするところがある作家。そこが良いと思っているので、北川には構成の自然さよりも、「何が起きても構わないから、自分の持ち味を生かして考えてほしい」と話していて。結果的にそうしたほうが、別役さんの不条理性みたいなところとつながるんじゃないかなと思っています。
──また俳優以外にサーカスパフォーマーが出演することで、童話から想起される作品世界とは、また違った印象の世界観になりそうです。サーカス演出監修は、現代サーカス集団ながめくらしつの目黒陽介さんが担当されます。
野上 「空中ブランコのりのキキ」なので、サーカスがないと説得力がないな、という感じは最初から思っていました。そうしたら世田谷パブリックシアターのプロデューサーでサーカスに精通している方がいて「いい人がいますよ」と教えていただき、オーディションをさせていただいて、5名の方に出演していただくことになりました。サーカスパフォーマーは、劇中のサーカスショーのシーンで入ってくることはもちろんですが、街中や家の中のシーンにも登場していただきたいなと。というのも、今回出演いただくサーカスパフォーマーの方も数名出ていた「フィアース5」を観たとき、いわゆる煌びやかな衣裳ではなく、普段着のような格好でアクロバティックなことをやっていることにグッときてしまって。私たちと同じ生身の人間が、めちゃくちゃ努力してあんなすごいことができるようになったんだ、と改めて実感したんです。なので今回も、普通に歩いている人がなぜかどんでもないことをやっているとか、訪れた先の家の中にとんでもない人がいるとか、“普通の人”として登場するのが面白いんじゃないかなと妄想してます。
──キキ役の咲妃みゆさんも、空中ブランコの体験をされたとか。
野上 そうなんです。特にお願いしたわけではないんですけど、ご自身のインスタグラムに空中ブランコの体験をされている動画を上げてらっしゃって、私も驚いているところで(笑)。花形の空中ブランコのりの役なので、役柄の説得力という意味で、先んじて体験してくださったのだと思います。感謝しています。
──本作は「せたがやアートファーム」という枠組みでの作品となります。子供が観る、という点について意識されているところはありますか?
野上 はい、とても意識しています。この「空中ブランコのりのキキ」という作品自体が、中学1年生の国語の教科書に載っていた作品なんですけど、実際に私も中学生と小学生の子育てをしていて、彼らも楽しんで観られるような、そして何かメッセージを受け取れるような作品がいいなと思いながら準備をしています。その一方で、大人が楽しんでいれば自然に子供もついてくる、という思いもあって。一緒に何かを観に行って後で子供と話すと、印象に残っているところは大人も子供も案外同じなんですよね。だから家に帰ってから、一緒に行った大人と振り返って「あのときこうだったよね」「なんでこんなことをしたんだろうね」と話せるような作品にしたいなと思っています。