野上絹代×ノゾエ征爾×桐山知也が、世田谷パブリックシアターに新風を吹き込む (2/2)

人間とテクノロジーの関係性を描いた、ノゾエ征爾演出「ロボット」

──ノゾエさんが演出される「ロボット」は1920年に発表された、チェコの作家カレル・チャペックの作品です。“ロボット”に対する考え方、描かれ方が今とはだいぶ違うようにも感じますが、どのように作品にアプローチしようと思われていますか?

ノゾエ 今まさに台本の潤色をしているところなんですけど、そのままだと3時間半くらいある作品をなんとか休憩ナシの2時間でやりたいなと思っています。作品を1つの生き物として捉えるというか、作品の中にいることがロボットの中にいるぐらいの感じにしたいなと。また、原作と100年の時間的な距離があることが、違和感にならないようにしたいと思っていて。この作品が書かれた当時と違い、ロボットは今や日常生活の中に共存しているので、全部否定・批判するのではなく、ロボットとどう共存できるか? みたいなところを前向きに考えていきたいと。また、100年前の人が感じたロボットに対する感覚と、今我々がAIなどのデジタルなものに感じる感覚には何か共感できるもの、共有できるものがあるんじゃないかとも思っていて、それを見つけたいです。

ノゾエ征爾

ノゾエ征爾

──2月から3月にかけて上演された「マクベス」でも、ノゾエさんは設定や言葉を無理に“現代寄り”にするのではなく、作品の芯の部分で現代との接点を炙り出されました。

ノゾエ 自分たちが楽しいか、ということをちゃんと信頼してやりたいですね。

──また本作の上演決定時のコメントで、ノゾエさんは本作を“絶望と希望がぐるぐるする、なんとも人間味あふれる物語”と表現されました。どういったところに“人間味”をお感じになっていますか?

ノゾエ 一見すると冷たい肌触りを感じそうな作品でありながら、人間たちがただただ葛藤し続ける様が描かれている、というところでしょうか。カレル・チャペック自身も葛藤してこの作品を生み出したと思うし、作家自身の感情が蠢いていて答えが出ないところに、人間味的なものを僕は感じました。

──シアタートラムという空間についてはいかがでしょうか。

ノゾエ 過去にシアタートラムで演出をしたことはあるのですが、その時はまだシンクロしきれなかったというか。なので今回はこの場所が、より遊び場として、作品も一緒に根付くような空間にしていきたいなと思っています。美術打ち合わせはこれからなので、そのヒントを粘って探していきたいと思います。

シンプルさの先にある深遠なものに迫る、桐山演出「ポルノグラフィ / レイジ」

──桐山さんは「ポルノグラフィ」(2020年、KAAT主催)にリーディング公演として向き合っているときから、本公演としての上演のイメージはお持ちでしたか?

桐山 それはなかったですね。前回はリーディング公演だからあの形になったというか……。リーディングとして立ち向かう中で捕まえた“作品の核”みたいなものはあったんですけど、実際に上演するとなると、ディテールをどうするかとか、空間とどう付き合うかといったことを改めて考えないといけないなと思っていて。なので、もっと俳優さんやスタッフの皆さんと話し合いながら、一緒に新しい作業ができたらと考えています。

──さらに今回は、同じサイモン・スティーヴンスの「レイジ」にも取り組まれます。「レイジ」は、写真家ジョエル・グッドマンが2015年の大晦日にマンチェスターで撮影した写真群からインスピレーションを得て創作された、2010年代のイギリスを舞台にした作品です。

桐山 「ポルノグラフィ」はモノローグが多くて、ダイアローグのシーンでもどちらかというとパーソナルな会話が続いているような、それぞれの内面を垣間見せるような作品です。一方の「レイジ」は、登場人物それぞれに溜まっていたものを暴力的に吐き出すような印象がある群像劇。2007年に発表された「ポルノグラフィ」、2018年に発表された「レイジ」と書かれた時代も異なりますが、ロンドン同時爆破事件(2005年)からロンドンオリンピック(2012年)、イギリスのEU離脱(2020年)へと、時代が変化しながらどんどん現在に迫ってくる感じが、2作を通して感じられると思います。また2021年に「ポルノグラフィ」リーディング公演をしたときは、ちょうどコロナ禍でみんなが外に出なくなり篭っている時期で、その後はその反動として“自分のやりたいことがすべて正義”というように、それぞれが大義名分を掲げてぶつかり合っているような印象があります。あれから3年、今やサッカーのユーロ(欧州選手権)の最中にアリーナの周辺で暴力事件がたくさん起きるような状況になってきていますよね。このダブルビルが上演される2025年2・3月に、世界はどうなっているんだろう、と思ってしまいますが……今回の上演でも、“今”に迫ってくるものとして上演したいと思います。

桐山知也

桐山知也

──8月には同じくサイモン・スティーヴンスの「彼方からのうた -SONG FROM FAR AWAY-」を演出されます。複数の作品に触れることで、サイモン・スティーヴンスという作家に対し、見えてくるものは変わりましたか?

桐山 サイモンさんの本は、本当に面白いなと思いますね。すごく小さな世界を描くんだけれど、とても大きなものが見えてくる印象があり、そこがすごく好きです。またあまり翻訳も出ていないので原文で触れることが多いのですが、僕の英語のレベルでも読める、と言ったら変ですけど(笑)、翻訳家の小田島創志さんいわく、すごくシンプルな英語で書かれているそうです。ただ、シンプルだけれど深い、練りに練った綿密に描かれたセリフなので、稽古をしているとそのシンプルさの向こうにあるものが見えてきます。そういった部分で、サイモンさんの作品に惹かれていますね。

──翻訳家のお名前が上がりましたが、「ポルノグラフィ」は小田島さん、「レイジ」は高田曜子さんと、若手の翻訳家が新訳を手がけることも本作の注目ポイントです。

桐山 お二人ともあまり翻訳調にしないというか、俳優さんが話せる言葉になっているところが特徴で、それはお二人がそのように気遣って翻訳してくれているからだろうなと思います。フラットというか、翻訳者の解釈とかがあまり入っていないんです。またお二人ともすごく現場が好きな方たちなので、俳優さんとやり取りしながらポイントをパッと捕まえていく感じがして、「演劇的運動神経がいい」って言ったら変ですけど(笑)、お二人のこと、すごく信頼しています。

──翻訳劇に限らず、どんな言葉を選択するかは今、とても難しい側面があります。言葉が届く範囲と言いますか、同じ表現でも捉え方や使われ方が人によって違ったり、笑いのポイントが違ったり。100年前のチェコの作品である「ロボット」、約50年前の作品である別役作品も、現代の日本語の感覚で捉えたときに解釈の幅が生まれそうですね。

ノゾエ そうですね。「ロボット」の原作はチェコ語なので、原作ではなく英訳版を読んでみたのですが、いくつか並べてみると、同じセンテンスでもびっくりするぐらい訳され方が違うんです。でも改めて読むと、「なるほどこういう訳し方もあるな」と思ったりして。実は潤色作業のために1カ月時間を取っていたのですが、その1カ月は結局、翻訳を見比べることで終わってしまいました(笑)。チェコ語から英語訳の時点でもそれだけ違いがあり、それを日本語にし今回は潤色もするので、大変なことだなと感じています。

野上 別役さんの言葉についても1つひとつ解釈することは難しいと思っているので、私は“別役さんが言いたかったのは、もしかしたらこういうことなんじゃないか”と大きなビジョンで捉えて、そこに向かって一生懸命掘っていきたい、と思っています。なので、別役さんぽくない舞台になるかもしれないけど、最終的に別役さんと同じ夢が見られたら……と考えています。

演出家たちにとってもチャレンジの3作品

──今年の世田谷パブリックシアターのラインナップには、新たな顔ぶれや切り口が打ち出され、チャレンジングな企画が並びました。観客にとっても、新たな作り手や作品と出会うチャンスが増えそうです。

桐山 劇場でいろいろなことが体験できるといいですよね。僕としては、別役作品にせよ「ロボット」にせよ、ちょっと自分では手を出せないなと思っていたんですけど、お二人がやられると聞いて、尊敬してます! 楽しみでしかないです。

一同 あははは!

ノゾエ (ラインナップが描かれたリーフレットを広げながら)確かにこんなに創作者が被っていない、その創作者しか取り扱わないような演目が並んでいるラインナップは、珍しいかもしれないですね。世田谷パブリックシアターに来れば、こんなにいろいろな演目に触れられるというのは面白いと思います。

野上 (同じくラインナップが描かれたリーフレットを広げながら)後半にいくにつれて演目がディープになってくるような感じがしますね。私は、“入りは浅く学びは深く”いきたいと思います(笑)。

野上絹代

野上絹代

ノゾエ 僕もその思いに近いかもしれないです。扱うものは「ロボット」だけど、うちの5歳児も楽しめるものにしたいなという思いは、「マクベス」のときも思っていました。

桐山 確かに、子供って楽しいところを勝手に見つけますよね。

野上 でも中学生にもなると、「快快、マジでヤバいことばっかりやってるんだけど」って言われますけど(笑)。

ノゾエ それって、すごい褒め言葉じゃないですか!(笑)

──ご自身にとってのチャレンジは、今回どんなところにありますか?

野上 私はあんまり量産型の人間ではないので、今回はまさに「全力投球!」という思いで臨みます。また快快のメンバーとこういう場に“乗り込む”っていうこともある意味チャレンジだし、俳優の方々も初めましての方々が多く、さらにサーカスシーンもあり、音楽劇でもあるので、すべてがチャレンジだなと思っています。

ノゾエ 毎回必死に「これで演劇人生終わるか」と思いながらやっている日々なんですが(笑)、今回は特に主催公演のラインナップに入れていただいたので、それに見合う作品にしたいなと。そこに新しい責任感は感じていますし、より意気込みが湧き上がってくる感じがしますね。

桐山 先ほどもお話しした通り、けっこう仕事をしてきた劇場で演出家として仕事をするということはまず大きなチャレンジかなと思います。そしてノゾエさんがおっしゃるように、劇場のラインナップの1つとしてやるのもチャレンジだし、同じスタッフと俳優さんで、休憩を挟んで一挙に2作品を上演するというのも初めてなので、その点でもすごくチャレンジだなと感じています。

──皆さんの意気込みが、強く伝わってきました! 公演が待ち遠しいです。

左からノゾエ征爾、野上絹代、桐山知也。

左からノゾエ征爾、野上絹代、桐山知也。

プロフィール

野上絹代(ノガミキヌヨ)

東京都出身。大学在学中に劇団・快快(FAIFAI)の旗揚げに参加。以降、国内外での劇団活動のほとんどに出演。また劇作家、演出家、振付家としても活動。近年の主な活動に「カノン」(演出)、ミュージカル「DADDY」(作)、「テラヤマキャバレー」(振付)など。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科専任講師。

ノゾエ征爾(ノゾエセイジ)

岡山県生まれ。脚本家、演出家、俳優、劇団はえぎわ主宰。1999年にはえぎわを始動以降、全作品の作・演出を担う。2012年、はえぎわ公演「○○トアル風景」にて、第56回岸田國士戯曲賞受賞。さいたまスーパーアリーナで約1600人の高齢者が出演した大群集劇「1万人のゴールド・シアター2016」、松尾スズキ原作の絵本を舞台化した「気づかいルーシー」など外部公演も多数手がける。近年の主な演出作品に「物理学者たち」「明るい夜に出かけて」「ガラパコスパコス~進化してんのかしてないのか~」、はえぎわ×彩の国さいたま芸術劇場「マクベス」など。7月、8月に音楽劇「死んだかいぞく」(脚本・演出)、9月に「ボクの穴、彼の穴。W」(翻案・脚本・演出)を上演予定。

桐山知也(キリヤマトモヤ)

岐阜県生まれ。演出家。2010年文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として1年間ベルリンにて研修。近年の主な作品に劇壇ガルバ「THE PRICE」、KAAT「ポルノグラフィ」リーディング公演、名取事務所「火の方舟」など。また演出助手等として、野村萬斎、白井晃、蜷川幸雄、サイモン・マクバーニーなどの演出家の作品に参加している。8月に吉祥寺シアターで「彼方からのうた -SONG FROM FAR AWAY-」の演出を手がける。