メルオペ事務所の“擬似家族感”
──「永遠とかではないのだけれど」「メイン通りの妖怪」など、製作委員会の作品に多数出演している木村もえさんは、新人メールオペレーターの剣持役を務めます。
小谷 剣持は、家庭に嫌気がさして飛び出してきてしまった人物という設定です。旦那とうまくいかなかったのか、熟年離婚しかけていたのかわからないけど、そのような状況の中でずっと我慢をし続けて、爆発してしまったんでしょうね。ちなみに「すべてイーロンのせい」では場面転換がなく、事務所の中でみんなが会話している状況が続きます。1つの場所に人が集まっていると、なんとなく家族っぽい雰囲気が出てくるじゃないですか。家族が鬱陶しいと思って家を飛び出したのに、新たな仕事先でも家族のようなコミュニティが形成されていて、その中で過ごすことになる。木村さんには、矛盾した感情を抱える葛藤を表現してもらえたらと思います。
木村もえ 役者って、自分とは違う人になりきったり、自分と異なる環境に身を置く職業だと思うんですけど、製作委員会さんの作品は自分と役のイメージがかけ離れていることが多いから、役作りをするうえで少し苦労することがあります(笑)。でも、違う人の人生を生きられるというのは財産になりますよね。一度きりの人生だし、何事も拒否しないで飛び込んでみようと思います。うん、がんばります!
小谷 よろしくお願いします……!
──一度きりの人生を楽しむ、とても良いモットーですね。そして、「メイン通りの妖怪」にも参加した佐藤宏枝さんは、木村さんと同じくメールオペレーターの前村役を演じます。
小谷 前村は、仕事に対してすごくやる気があるというわけではないけど、事務所のメンバーの“擬似家族感”が心地良いと感じていて、この職場で働き続けている人。みんなから「お母さん」と呼ばれています(笑)。
松崎 台本を読んでいて「お父さん」「お母さん」という呼称の登場人物が出てきたとき、すごくびっくりしましたよ(笑)。
小谷 ははは(笑)。あるコミュニティに長くいると、お父さんキャラやお母さんキャラの役割を担う人が出てきがちですよね。
佐藤 確かに(笑)。今回、「すべてイーロンのせい」というタイトルの作品だと聞いて、「一体どういうお話なんだろう?」と思ったんですけど、台本を読み進めていくうちに、イーロン・マスクがTwitter社を買収したことによって、人生の向かう先が少し変わった人たちのお話なんだなということがわかりました。普段、TwitterやTikTokなどのSNSを見ていると、「女の子と待ち合わせをしたら、全然違う見た目の女の子が来た!」みたいな動画を目にするじゃないですか。それがまさに今回の「すべてイーロンのせい」の中で描かれていることなんだなって。私が知っているSNSの動画と、その裏側で行われていることがつながりましたね。あとは単純に、前村のセリフが多いことが心配です(笑)。
小谷 製作委員会の作品には基本的に端役は登場しないので、皆さん等しくセリフが多いんです。なので、がんばって覚えていただけると……(笑)。セリフも多いし、覚えないといけない用語も多いかもしれないけど、打ち子たちの苦労が伝わるように、お客さんの心を動かせるようなお芝居をしてもらいたいですね。そうでないと、台本に書かれている文字をなぞっているだけになっちゃいますから。
──メールオペレーターの中でも堅実なキャラクター・南條役を務める柴田恵子さんは、「永遠とかではないのだけれど」以来の出演となります。
小谷 柴田さんが演じる南條は、打ち子歴が長い人だから、Twitterの仕様が変わったことについて割り切って考えられているタイプ。誰かが職場を辞めることに対して寂しい気持ちはあるんですが、「条件の良い仕事だし、私はこの仕事を続けるわ」と思って働き続けています。
柴田恵子 製作委員会さんの作品は大人向けのコメディというイメージがあったのですが、「すべてイーロンのせい」の台本を読んだとき、劇中で使われている用語が何も理解できなくて、拒否反応が出てしまったんです。一度は小谷さんに「出演を見送らせてください」とお話ししたんですけど、もえさんとメールでやり取りする中で「やっぱり挑戦してみよう!」という気持ちになって。
小谷 ……本当にありがたいです!
柴田 でも、「すべてイーロンのせい」で描かれているようなことが今の日本で実際に起きていることだと思うと、かなりショックで……。
木村 そうね。少し情けなくなるところがあるわよね。
孤独を受け入れ、付き合っていく
──「すべてイーロンのせい」のあらすじに、“馴れ合いと孤独の物語”というキーワードが登場します。メールオペレーターたちは、自身のすべてを明かすことはせず、それぞれが孤独を抱えつつも、仕事仲間のことをゆるりと受け入れながら協働している印象を受けたのですが、皆さんは“孤独”についてどのように捉えていますか?
佐藤 自分は子供の頃から孤独を感じていて、「人は結局個体で、群れるものではないんだ、最後は1人で死んでいくんだ」と思っていました。……なんだか終活みたいな話になってしまいましたけど(笑)。
一同 (笑)。
木村 私は孤独を感じたことがなかったなあ。人から気にかけてもらえなくなったら、孤独を感じるのかなとは思う。だからあえて自分から人のことを気にかけるところがあるかもしれません。もちろん肉体的には個体ではあるんだけど、精神的には孤独ではない、みたいな。
柴田 「1人になりたいな」と思うことはありますけど、私も孤独について真正面から考えたことはなかったですね。最近、還暦を迎えた知人が「還暦になったし、人に優しくしようと思っている」と話していて。道端ですれ違った知らない人にも努めて優しく接しているらしく、「嫌がられない?」と聞いたら、「そんなことはなくて、みんな良い顔でお返事してくれるわよ」と言っていて驚きました。私は人見知りだから、その人みたいにはなれないなあ。
松崎 僕は孤独でいるのが当たり前だと思うようになってきました。二十代の頃は1人ぼっちは嫌だと感じることもあったんですけど、三十代になるとそれが当たり前になって。寂しい気持ちがまったくないというわけではないんですが、孤独をネガティブに捉えることはなくなってきましたね。
川渕 若い人は特にグループを作りたがったり、誰かと過ごしたがる傾向がありますよね。自分も年齢が上がるにつれて、他人に合わせることをやめたというか、無理に疲れることをしなくなったというか。誰かといたいときは誰かと一緒に過ごすし、1人でいたいときは1人で過ごす。それができるようになったのは成長かなと思います。
“裏垢男子”の自覚を促す「すべてイーロンのせい」
──製作委員会ではこれまで、三十代以上の俳優たちと共にミドルエイジに焦点を当てたコメディを発表してきました。今作「すべてイーロンのせい」は、どのような層の方に向けて執筆した作品なのでしょうか?
小谷 今回は、普段からSNSを利用する若い世代の方に観てもらいたい気持ちが大きいです。もちろん五十代や六十代の方にも観てもらいたいので、プロジェクターを使いながらわかりやすく表現しようと思っていて。配信もありますし、多くの方に作品に触れていただけたらと思っています。
中でも特に観てもらいたいのは、これまでに一度でも良いから“裏垢女子”にDMを送ったことがある方。いわゆる、“裏垢男子”ですね。私の体感としては、四十代以上の方が自分自身の年齢を偽って裏垢男子として活動していることが多い印象です。しかも裏垢女子という言葉をそのまま受け取り、お金がかからずに会えると思っている人がほとんどだなと。最初は「すべてイーロンのせい」ではなくて、「あなたが彼女に会えない理由」というタイトルにしようかと思ったぐらい(笑)。SNSを介した“出会い”の裏側で行われていることを、裏垢男子はもちろん、若い方にも知ってもらいたいなと思います。あとたぶんそんなにいないですが、在宅でも良いので打ち子をやったことがある人。共感する部分が多いと思います。
もう1つ大きなテーマとして扱っているのは、先ほど話題に出た“孤独”についてですね。人間って、近くに人がいると安心するから、どうしても集まってしまう。「すべてイーロンのせい」に登場するメルオペの事務所もそうで、家庭が嫌になって飛び出してきた人や、寄る辺がなく事務所に住み込みで働いている人たちが、“擬似家族”のような関係性を築きながら生活しています。そんな彼らが抱える孤独にも注目して観ていただけたらと思います。
プロフィール
小谷陽子(コタニヨウコ)
早稲田大学第一文学部演劇専修を卒業後、役者として活動。2010年に演劇ユニット・製作委員会を立ち上げた。
♠小谷陽子 製作委員会 (@seisakuiinkaijp) | X
木村もえ(キムラモエ)
山形県生まれ。四十代で演劇活動を始める。埼玉県の市民劇団で15年活動したのち、をしばいかむぱにゐに所属。
川渕嘉那(カワブチカナ)
北海道生まれ。2021年に上京し、2023年11月末よりフリーランスで活動している。
佐藤宏枝(サトウヒロエ)
大阪府生まれ。結婚を機に関東に転居し、演劇活動を開始。瀬川塾10期生。
柴田恵子(シバタケイコ)
プロの劇作家に師事し、朗読の世界へ入る。2010年、明治座アートクリエイトにて演劇の基礎を再度学び、卒業後はフリーランスで活動。
松崎眞二(マツザキシンジ)
福岡県生まれ。地元の専門学校で演劇を学んだのち、上京し演劇活動を行っている。