「すべてイーロンのせい」製作委員会があぶり出す、大人たちの“馴れ合いと孤独”

小谷陽子が代表を務める演劇ユニット・製作委員会は、三十代以上の俳優たちと共に、ミドルエイジを対象としたコメディを発表している。そんな製作委員会の最新作は、気になるタイトルが付けられた「すべてイーロンのせい」。同作では、夜の街でメールオペレーターとして働く人々の“馴れ合いと孤独の物語”が描かれる。

公演に先駆け、作・演出を手がける小谷陽子、出演者の木村もえ、川渕嘉那、佐藤宏枝、柴田恵子、松崎眞二にインタビュー。“打ち子”“裏垢”“キャラクター”……台本に書かれた聞き慣れない専門用語に戸惑いを見せつつも、理解を深めようと奮闘するキャストたちに、彼らが演じるメールオペレーターが抱える孤独について話を聞いた。

※柴田恵子は降板になりました。

取材・文 / 興野汐里撮影 / 三浦一喜

インターネット上で目にするアンダーグラウンドな話題に着目

──2022年に上演された前回公演「メイン通りの妖怪」では、令和の飛田新地を舞台に、六十代の風俗嬢・ゆきを軸にした物語が繰り広げられました。最新作「すべてイーロンのせい」では、よりディープな話題に焦点を当て、援助交際デリバリーヘルスでメールオペレーターとして働く人々の“馴れ合いと孤独の物語”が描かれます。

小谷陽子 前作が「メイン通りの妖怪」だったということもあり、自分としては攻めたテーマを扱っている感覚はまったくなくて。“援助交際”というワードが出てくると嫌厭されてしまうかもしれないのですが、未成年は登場しません。先日話題になったパパ活女子のカリスマ的存在“頂き女子りりちゃん”たちのように個人で活動するのではなく、男女のマッチングを代行する業者も存在していて、コロナ禍になってからメルオペ、いわゆる“打ち子”の仕事募集が増えた気がするんです。とある芸人の方が「コロナが明けたら美人さんが風俗嬢やります」と発言して物議を醸しましたが、それに近いような現象なんじゃないかなと。今回はそのあたりのエピソードを取り上げたいなと思って、自分のバイト経験をもとに「すべてイーロンのせい」を上演することにしました。

打ち子という仕事が良いか悪いかは一旦置いておいて、Twitter(現X)での出会いが流行っているということは事実だと思うんです。新宿の大久保公園にいる“立ちんぼ”が話題になっていますが、「#交縁」(大久保公園と援助交際をかけたワードから派生したハッシュタグ)や「#裏垢女子と繋がりたい」「#裏垢男子と繋がりたい」(SNSの裏アカウントにおいて性的な投稿をしている女性・男性)といった出会い系のハッシュタグがTwitter上にあふれていますよね。普段インターネットをやっていると目にすることが多い言葉ですが、作品の題材に選ぶ人があまりいないので、今回挑戦してみようと思いました。

小谷陽子

小谷陽子

人生の岐路に立ったとき、何を選択するか

──2022年10月に起業家のイーロン・マスクがTwitter社を買収し、Twitterのさまざまな仕様が変更になりました。「すべてイーロンのせい」では、出会いを求める女性になりきったSNSアカウント・キャラクターが凍結されたことにより、出会い代行業務に支障が生じ、苦労するメールオペレーターたちの悲喜こもごもが描かれます。2021年に上演された製作委員会の“褒めコメディ(ホメディ)”「永遠とかではないのだけれど」に出演した松崎眞二さんは、今回メールオペレーターの高橋を演じます。

小谷 「すべてイーロンのせい」には複数の打ち子が登場するのですが、松崎さんが演じる高橋は事務所の中でも割と経験が長く、仕事ができる人。Twitterの仕様が変わってしまったことで、今後の身の振り方を考えるようになるという役どころです。

松崎眞二 製作委員会さんの作品に出演するのは5回目になるのですが、小谷さんからまた声をかけていただいて、チャレンジしてみようと思い、今回の作品に出演することを決めました。「すべてイーロンのせい」の第一印象は、「なんだこのお話は!」でしたね(笑)。正直なことを言うと、メルオペをやっている人たちが使う専門用語がまったく理解できなくて……難しいセリフ回しが多いので、苦戦するんじゃないかなと思っています。

松崎眞二

松崎眞二

小谷 まずはSNSの基本的な仕様や、打ち子の作業を理解してもらわないと、セリフが薄っぺらくなってしまうと思うんです。自分が作ったキャラクターが凍結された焦りや、自分が取り付けた“出会い”の予約が成立するかどうかに対するドキドキ感、成立したときの脱力感、成立しなかったときに胃が痛くなる感じとか、打ち子の気持ちになって、セリフに真実味を持たせてほしいなって。

──「メイン通りの妖怪」で演出助手を務めた川渕嘉那さんは、「すべてイーロンのせい」で製作委員会の公演に俳優として初参加します。

小谷 川渕さんは「メイン通りの妖怪」のオーディションに来てくださって、役者をやるのが初めてということだったので演出助手として参加してもらい、演劇に関するさまざまなことを覚えてもらいました。今回演じてもらう打ち子の矢野は、なんとなくメルオペの仕事に流れついて、事務所に寝泊まりしながら働いている人。一種の“なあなあさ”のようなものを大事にして役作りをしてもらえたらと考えています。

川渕嘉那

川渕嘉那

川渕嘉那 「メイン通りの妖怪」に参加させていただいて、製作委員会さんの作品ではディープなテーマを扱うんだなと少し驚いたんですが、どの業界であっても、その仕事があるから救われる人がいて、その先には喜んでくれる人がいるんだなと。小谷さんは、そういった部分に深く切り込んでいく視座を持っているのがすごいなと思いました。今回の「すべてイーロンのせい」も同様に、自分が関わったことのない世界に目を向ける機会になると思いますし、人生の岐路に立たされたとき、自分だったら何を選択するか、ということを考えながら戯曲を読ませていただきました。

2024年3月15日更新