水戸芸術館ACM劇場プロデュース 水戸芸術館開館30周年記念事業「『最貧前線』『宮崎駿の雑想ノート』より」 PR

水戸芸術館ACM劇場プロデュース 水戸芸術館開館30周年記念事業 最貧前線 「宮崎駿の雑想ノート」より 内野聖陽×井上桂 対談|水戸芸術館のこれまでとこれからをつなぐ集大成

水戸芸術館ACM劇場プロデュース「最貧前線」が8月に神奈川で開幕し(参照:いざ大海原へ!内野聖陽ら出演、宮崎駿原作「最貧前線」出航)、9月12日に水戸公演の初日を迎える。

太平洋戦争末期、特設監視艇として借り出された漁船・吉祥丸の乗組員を描いた「最貧前線」は、模型雑誌「月刊モデルグラフィックス」(大日本絵画)で不定期に連載されていた「宮崎駿の雑想ノート」のエピソードの1つ。今回、水戸芸術館の開館30周年記念事業として、宮崎のオリジナル作品が国内で初めて舞台化される。

主演を務める内野聖陽と、本作の脚本家であり、舞台化の立役者であるACM劇場芸術監督の井上桂は、どのような思いを胸に制作に挑んでいるのか。キャスト・スタッフの熱気あふれる8月の稽古場で2人に話を聞いた。また本特集には、舞台「最貧前線」の軌跡をたどるコラムと、水戸芸術館ACM劇場の紹介を掲載している。

[内野聖陽×井上桂 対談]取材・文 / 興野汐里 [コラム]文 / 井上桂

内野聖陽×井上桂

対談

一度、漁船に乗ってみないと始まらない(内野)

内野聖陽

──宮崎駿さんによる「最貧前線」は、5ページほどの短編ですが、舞台版は漁師たちと軍人たちの対比を細やかに描いた長編作品になっています。

井上桂 当時の漁船には実際は軍人らしい軍人さんは乗り込んでいなかったそうなのですが、生粋の軍人さんが漁船に乗り込んできたら、エピソードがいっぱい生まれるんだろうな、という予感があって。それに加えて、クジラと潜水艦を見間違えたとか、海に慣れない軍人さんたちは船酔いがひどくてご飯を食べられなかったとか、実際にあったエピソードを探して今回の脚本を執筆したんです。

内野聖陽 原作の情報だけでなく、いろいろな書籍を読んだり、取材されたんですね。

井上 生き残った人たちの証言をあちこちから集めて、吉祥丸の乗組員に託しました。だから僕の中では、エピソードが生まれたというよりも、当時の実体験を語り継いでいる、みたいな気持ちなんです。振り返ってみると、少し変わった作劇方法だったと思います。

──漁師チームの俳優さんは実際に漁労体験を行い、軍人チームのキャストの方々は海上自衛隊に体験入隊するなど、スタッフ・キャスト共に入念に準備されたと伺いました。

「最貧前線」神奈川公演より、ゲネプロの様子。

内野 僕らは東京で暮らしている人間がほとんどなので、海で生きることの何たるかがわからないじゃないですか。「一度、漁船に乗ってみないと始まらないな」と井上さんにご相談したところ、いわきの漁師さんにお世話になることが決まって。軍人さんチームも海上自衛隊横須賀教育隊に体験入隊して、「気を付け」から1つひとつ学んでいったそうです。ここまでこだわってワークショップをする作品は、なかなかないかもしれません。

井上 宮崎さんご自身が、ものすごくマニアックでリアルを追求する方なので、宮崎さんがご覧になったときに、中途半端だと感じないようにしないとマズイ!という気持ちが正直ありました(笑)。

内野 ははは(笑)。そのプレッシャー、わかります。

海の底に沈んだ人々の思いや言葉を届ける(内野)

──宮崎さんはさまざまな作品を通して、争うことの愚かさや不条理さについて描かれてきました。今この時代に、宮崎さんの作品を上演することをどのように捉えていらっしゃいますか?

左から内野聖陽、井上桂。

井上 教科書的に、「戦争とは」「平和とは」と言っても、今や何も伝わらないと思っていて。ですから、あの時代を一生懸命生き抜いた人々の人生を観終わったときに、原作の最後にある「平和で何よりだノオ……」という宮崎さんの書かれたセリフにたどりつくのが一番だと考えています。

内野 最初に「最貧前線」の戯曲を読んだとき、「これは平和讃歌だ」と思ったんです。親子関係や兄弟関係、周囲の人間とのつながりも、戦争によって理不尽に壊されてしまう。だからこそ戦争を扱うシーンは凄まじいものでないと、もしかしたら説教臭い話になってしまうんじゃないかという気持ちがあって。この作品を通して「ああ、今、平和を享受しながら生きているんだな」ということ、もし戦争が起きたらそういうものが簡単に失われていくんだ、ということを、この作品を観たあとに感じてもらえたらと思います。

井上 僕は、脚本を読んだ内野さんが「家族の物語ですね」とおっしゃったのがすごく心に残っていて。そのとき、内野さんから「福島の方は今もなお、家族が離散してつらい思いをなさっている。福島に設定を持っていくのも1つの方法じゃないですか?」とアドバイスをいただいて、漁師たちの言葉を福島弁に変更したんです。

「最貧前線」神奈川公演より、ゲネプロの様子。
「最貧前線」神奈川公演より、ゲネプロの様子。

内野 そうか! そんなこともありましたね。

井上 本当に素敵なヒントをいただきました。福島の問題を内在させたことで、今この作品を上演する意味がはっきりしましたし、家族や親しい人を思う気持ちが生きる動機につながっていくということが、物語の中に宿ったんじゃないかと思います。

──お稽古では、内野さんが座組の皆さんを引っ張っていらっしゃると井上さんから伺いました。

内野 いやいや、そんなことないですよ! みんなで話し合いながらやっています。戦争を知らない世代が戦争の描写をリアルに表現するのはハードルが高いんですが、当時の人々が味わった感覚をいかにして自分の体に宿らせるかを大事にしながら取り組んでいます。

──中でも内野さん演じる船長は、最前線で敵と対峙しながら、乗組員を守らなければならない大変な役どころです。

内野 そうですね。でもそこは少しヒロイックに書かれすぎている気がして。

井上 実はそこが悩みどころでした。現実ではほとんどの人が帰って来られなかったわけですから……。ですが、例えば「こういうふうに無事に帰って来ることができたら、うれしかったんだろうな」と、亡くなった方の立場から観ることもできると思います。

内野聖陽

内野 作家の方の目の前で言うのもなんですが、船長さんがいろいろなアイデアを出して船を助けて、最後は無事に帰って来る、という話の流れがうまくできすぎていると思ったんです。ただ、今、井上さんがおっしゃったように、「彼らがもし生きていたらこんなふうなことを言いたかったんじゃないだろうか」という観点から読むと「なるほど!」と合点がいって。海の底に沈んでしまった方々の思いや言葉を、押し付けがましくなく、お客さんにどれだけ自然に届けられるかが、この作品の一番の見せどころですよね。小さいお子さんからご高齢の方まで、世代ごとに違った見方ができる間口の広い作品になっていますので、ぜひ劇場に遊びにいらしてほしいですね。