“扉”を開ける勇気を届けたい、高野菜々×藤重政孝が語る音楽座ミュージカル「SUNDAY(サンデイ)」

音楽座ミュージカル「SUNDAY(サンデイ)」が、6月から7月にかけて東京・愛知・広島で上演される。「SUNDAY(サンデイ)」はアガサ・クリスティーの小説「春にして君を離れ」を原作にしたミュージカルで、2018年に初演、2020年に再演され、このたび3度目の上演となる。

劇中では弁護士の妻である中年女性ジョーン・スカダモアを中心とした物語が展開。バグダッドにいる娘を見舞った帰り、砂漠で足止めされてしまったジョーンは、そこで自らの記憶と内面を旅することで、自分自身や家族との関係を問い直し始め……。

この特集では、「SUNDAY(サンデイ)」初演から主人公のジョーン・スカダモア役を演じてきた音楽座ミュージカルの高野菜々、そして物語の狂言回し的な役どころにして、ジョーンと“表裏一体”の存在であるゲッコー役の藤重政孝にインタビュー。音楽座ミュージカル独自の創作システム“ワームホールプロジェクト”で作品が立ち上がる様子や、俳優としての互いの印象、そして作品のテーマの1つである“孤独”について語ってもらった。

取材・文 / 中川朋子撮影 / 藤田亜弓

“誰もが心の中に持っているミステリー”を描く物語

──アガサ・クリスティーの小説「春にして君を離れ」をもとにした「SUNDAY(サンデイ)」は、自身を良き妻、良き母だと信じていたジョーンが、自分自身の人生を顧みるという内容です。お二人はこのストーリーに初めて触れたときどんな感想を抱きましたか?

高野菜々 2018年の初演が決まった際に原作を読んだのですが、「これが舞台になる」という前提があったので、ストーリーを楽しむというより、「どの登場人物に感情移入できるかな」と考えて読み進めました。一方で、「アガサ・クリスティーといえばミステリー小説だけど、これはどこがミステリーなんだろう?」と首をかしげてもいました(笑)。でも途中から話の筋がわかってきて。ジョーンは物事を正誤で判断しがちで、周囲に理想を押し付けて生きてきてしまった人。すごく自分勝手な人だなと感じる反面、「ジョーンみたいに生きちゃうよなあ」とも思って。作中には、ジョーンの学友ブランチをはじめ、素敵なキャラクターがたくさん登場しますが、中でも私は、自分が孤独だと知ってなおもがくジョーンの人生にとても惹かれました。彼女の苦しむ姿は「素敵だな、人間臭いな」とも感じて、ぜひ演じてみたいと思いましたね。

藤重政孝 僕は「SUNDAY(サンデイ)」の公演映像を観てから原作を読みましたが、「この小説がよくミュージカルになったなあ」と驚きました(笑)。この作品に描かれているのは、“誰もが心の中に持っているミステリー”。「SUNDAY(サンデイ)」には、「この人はあの人に似ているな」と思えるキャラクターが多い。ジョーンは魅力的ですが、同時に「かわいそうな人だな」とも感じました。今回の「SUNDAY(サンデイ)」では舞台セットに丸い盆が使われますが、ジョーンはその回る盆にうまく乗れない人というイメージです。ジョーンは「これが正しいの、私はこう生きたい」と思っている。けれど砂漠の太陽がまぶしく輝けば輝くほどに、彼女が目を背けてきた人生の“影”の部分が色濃く表れてくるというのが面白いですね。

左から高野菜々、藤重政孝。右に飾られているのは「SUNDAY(サンデイ)」過去公演の舞台写真。

左から高野菜々、藤重政孝。右に飾られているのは「SUNDAY(サンデイ)」過去公演の舞台写真。

──藤重さんは2023年に、音楽座ミュージカル「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」のキャストオーディションを兼ねた“パワーキャンプ2023”に参加したことから、「SUNDAY(サンデイ)」出演が決まったそうですね。なぜ音楽座ミュージカルやパワーキャンプに興味を持ったのですか?

藤重 それはもう、シャボン玉役を演じてみたくて……。

高野 そんな役あったかな!?(笑)

藤重 冗談はさておき(笑)、音楽座ミュージカルのことは、土居裕子さんとお仕事でご一緒して知りました。それに僕の周囲の俳優さんには、「シャボン玉」を観て演劇界を志した方がとても多い。パワーキャンプのことを知ったときはまだ「シャボン玉」を観たことがなかったけど、「まずは挑戦してみよう」と思って。いざ行ってみたら稽古場には二十代くらいの参加者が何百人もいて、そこにこの間49歳になった僕が腰の痛みに耐えながら混ざり……結局シャボン玉役にはならなかったけど(笑)、今その稽古場でゲッコーを演じさせてもらっているので、人生って不思議ですね。今回僕が演じるゲッコーは、抽象的で“枠”がない役。自由だからこその不自由さもあって難しい役柄ですが、楽しんでいます。

ゲッコーとは、何をしても消えてくれない“孤独な自分”

──“ゲッコー”は、ヤモリです。「SUNDAY(サンデイ)」の狂言回し的な役どころを担当し、観客と舞台をつなぐ役割も持ったゲッコーは、ジョーンの人生や内面を意地悪な視点で批評するキャラクターとして描かれています。非常に印象的な存在ですが、彼は原作小説には登場しない、舞台版オリジナルの登場人物です。

高野 ゲッコーは、原作に何回か“トカゲ”というワードが出てくることに由来しています。原作ではジョーンの脳内で起きる出来事が描かれるので、そのまま舞台化するとジョーン1人が話し続けることになってしまう。だからジョーンが自分自身と対峙する際の相手として、トカゲから連想したゲッコーが誕生しました。これは今回改めて本作にトライする中で思ったことですが、砂漠や海の中に取り残されたとしても、もし話し相手がいてくれたら人は孤独ではありません。ですがゲッコーはほかの誰かではなく、あくまでもジョーン自身と表裏一体の存在。だから今回の「SUNDAY(サンデイ)」では、砂漠に足止めされたジョーンの「自分しか対話の相手がいない」というとてつもない孤独感が、ゲッコーの存在によってより一層際立ってくれば良いなと、個人的には考えています。

高野菜々

高野菜々

──演じる藤重さんは、現時点でゲッコーをどんな存在として捉えていますか?

藤重 今“孤独”というキーワードが出ましたが、誰でも普段生活の中で、孤独を感じることってないですか? 例えば今この瞬間はインタビューされているから気が紛れているけど、僕は街中にいるときや、家族と過ごしているときにもフッと孤独を感じることがある。誰かといても、大好きな人を抱きしめていたとしても、心のどこかに消えない「独りぼっちだな」という感覚があって……「どうしたらこの感覚は消えるんだろう? 大好きな人を食べてしまえばなくなるのかな?」と思ったりします。

高野 わかる! 誰もがいつかは目の前からいなくなってしまうことを思うと、寂しくなるというか。

藤重 僕はその、何をしても消えてくれない“孤独な自分”が、常にもう1人の自分を客観視しているような気がして、ゲッコーをそういう存在として描いてみたいんですよね。ジョーンにとっての孤独な自分はゲッコーで、ジョーンとゲッコーが完全に重なることはないけど、それでも一緒にいる。難しいけれど、ゲッコーを通じてお客さんに消えない孤独を感じてもらえたらと思います。

藤重政孝

藤重政孝

高野 私は最近よく、人は孤独だから物語を必要とするんじゃないかなと感じます。おいしいものを食べても愛する人と一緒にいても、誰しも満たされない孤独感がある。そのことに気付いていたり、いなかったり、孤独を感じていたり、感じていないふりをしていたり、向き合い方はそれぞれ。今はSNSでの評価や肩書きが重要で、人となかなかつながれない時代になりました。だからこそこの孤独感は、ジョーンのような人を描いた物語に触れることで癒やされるのかも。舞台は不要不急な娯楽だと言われることもありますが、実はこの時代に一番必要だと思います。ジョーンは砂漠で孤独に気付いて絶望の淵に立っても、「じゃあ死んでしまおう」とはならない。歩き続け、生きることに真正面から向き合うジョーンの姿を通して、お客様も「人間まだまだ捨てたものじゃないぞ」と思えるんじゃないかな。

──高野さんは初演から「SUNDAY(サンデイ)」でジョーンを演じ、2020年の再演では文化庁芸術祭賞 演劇部門新人賞に選ばれました。ジョーンは家族や他人に理想を押し付け、勝敗や正誤で物事を判断しがちな人物という印象ですが、今回の公演ではどんなジョーン像を作りたいですか?

音楽座ミュージカル「SUNDAY(サンデイ)」より。(撮影:二階堂健)©︎ヒューマンデザイン

音楽座ミュージカル「SUNDAY(サンデイ)」より。(撮影:二階堂健)©︎ヒューマンデザイン

高野 正直、2020年の公演を終えたときにもう、私個人にもカンパニー全体にも“やりきった感”があったんです。だから3回目の公演が決まったとき、「もう1回やるのか……」と思っちゃった(笑)。だけど人って面白いもので、前回公演から4年の間に私自身にもカンパニーにも変化があり、「SUNDAY(サンデイ)」を通じて今向き合うべき課題があるなと再認識しました。というのも、前回公演を観た方から「ジョーンって一生懸命だから良いよね」という感想をいただいて「なるほど、その視点はなかった」と思ったんですよ。ジョーンは、自分の嫌な部分や目をそらしてきた面をあえて直視して、“焼きウサギ”になるように自ら痛みの中に飛び込む人。だから私たちはジョーンに惹かれるのだと思います。4年前とは時代も少し変わり、お客さんの感じ方も違うはず。ジョーンの姿を通じて、生きるという痛みの中に勇気を持って踏み出すさまをお見せできたら良いなと。それによってまっすぐに生きることの大切さを感じてもらうのが、今回の私たちの課題だと考えています。あっ、真面目に話してたのに、お腹鳴っちゃった……。

藤重 あははは! 生きるってそういうことですよね。脳が難しく考え込んでいても身体は正直。

高野 本当にそう!(笑)