新型コロナウイルスが私たちの生活に影響を及ぼすようになって約2年半。舞台の作り手たちも常に休演や中止の危機に晒されながら、それでも何とか幕を開けようと、日々、出来うる限りの努力を続けている。茅野イサム、松崎史也も、そんな苦境の中で前進し続ける演出家たちの1人だ。
2.5次元舞台の礎を築き、「ミュージカル『刀剣乱舞』」シリーズを筆頭に、今なお新たな舞台表現を模索し続ける茅野と、演劇の力を信じる大胆さと確かな演出力で、「MANKAI STAGE『A3!』」を人気シリーズに押し上げた松崎。人気タイトルを率いる2人は、ウィズコロナ時代の舞台創作にどんな思いを抱いているのか。作品のこと、カンパニーのこと、観客のこと、未来の演劇界のこと……手がける舞台が光を放ち続けるために、2人が今、感じていることを語ってもらった。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 須田卓馬
見せたいのは演出じゃなくて俳優
──お二人は今日が初対面とのことですが、これまでお互いにどんな印象を持っていましたか?
茅野イサム 僕は松崎さんに以前から興味があって。すごくいっぱいお仕事する人が出てきたな、どの作品にも名前がクレジットされていて、どんな人なんだろうと思っていました。2020年に上演された「5 Guys Shakespeare Act1:[HAMLET]」(参照:5人で紡ぐ「HAMLET」開幕、主演の岡宮来夢「これが僕たちのハムレット」)を拝見したのですが、あんなに観やすい「ハムレット」は僕、初めてで。出演者がたった5人、上演時間がわずか1時間50分。でも作品の大事なところだけをかいつまんで見せてくれるのが、すごく面白かったんです。かつ、突拍子のないことや奇をてらうような演出ではなく、昔からの手法をちゃんと使っていて、でもそれを、ちょっと言い方が軽いけど“今っぽく”見せている。僕はお芝居って、“今感”が大事だと思っていて、松崎さんはシェイクスピア作品の格調高さを保ちつつ、恥ずかしくない形で“今感”を取り込んでいる。今やる意味がある、今観るにふさわしい作品だと思ったんです。
その後、「『BANANA FISH』The Stage」(参照:水江建太&岡宮来夢がニューヨークを駆け回る、舞台「BANANA FISH 前編」開幕)を観たら、今度はまた全然違う手法で作られていたんですよね。脚本の畑雅文さんの構成力もすごいと思いましたが、原作を知らない僕のようなオッサンが観てもワクワクする内容だったし、すごくスタイリッシュでカッコいいなって。松崎さんって自分のスタイルみたいなものにあまり固執せず、作品に合わせて常にいろいろな作り方をしていて、若いのにすごく引き出しもある方だなと思いました。
──ご本人より先に、作品に出会われたんですね。
茅野 そうです。だから作品を観ながら「どんな人なのかな」って興味を持っていました。また僕らが2.5次元舞台を演出するときって、舞台経験の浅い俳優さんとやることが多いから、ある意味、限られた稽古時間内で彼らを成長させる役割が課せられている。松崎さんはそこがちゃんとできている演出家だなと思いました。俳優1人ひとりに向き合って、彼らの良いところをどう伸ばし、足りないところにいかに自分たちで気付いてもらうか。その“気付いてもらう”ってことが実はすごく大事なんだけど、それはそうそうできることではなくて。でも作品を観れば、演出家が俳優とどう向き合っているかは、すぐわかるんです。
松崎史也 ……感無量です! 茅野さんが僕と話したいと思ってくださっていることは、実はネルケプランニングの制作さんたちから伺っていて。でもそれが、このように“ON”の場所での対談として実現したのがすごくうれしいです。遠慮せず本当のことを話しやすいというか、一番大事な部分から始められるので。
茅野さんは、僕が何者でもなかった頃からすでに活躍されていて、2.5次元演劇が、まだその呼び方もない頃からやられていた方、という印象です。今は2.5次元演劇というフィールドが確立されていて、僕らはその土壌の上で羽を広げ、好き勝手やらせてもらっていますが、茅野さんはその道を切り拓き、土台を作ってこられた方。しかも「ミュージカル『刀剣乱舞』」は、今なおそのフィールドを拡張し続けていて、2.5次元演劇の世界ではないところにいかにリーチするかを模索し続けている。その挑戦を、いつまでも先輩に最前線でさせてはいけないと思いつつ、後方で「ありがとうございます」と感じているところがあって(笑)。なので、茅野さんがどんな思いで作品を生み出されているのか、今日はそういったお話をぜひ伺いたいと思っていました。
──お二人は俳優出身で、劇団での活動も経験されており、また愛知にルーツがあるなど、共通点がありますね。
松崎 愛知出身ということは、演劇においてあまり影響はないと思いますが(笑)、先ほど茅野さんがお話してくださったように、作品を観て演出家と俳優の関わり方とか、何に重きを置いて演劇に関わっているかが伝わっているところは、茅野さんと僕の共通点なのかなと思います。
茅野 俳優出身だっていうことは1つ、大きい共通点だと思います。僕は演出を見せたいわけじゃなくて、俳優を見せたいんですよ。俳優がカッコよくなかったらダメでしょと思っているし、ショーじゃないので、物語や作品の中で役者さんが素敵に見えるには、板の上でどういう気持ちのやり取りがあるかをどんどん深めていく必要がある。そして究極的には、その場に毎回生きて、終わればまた生き直す、そういう瞬間を演出で作り出したい。そう思うのは、僕らが役者ファーストっていうか、役者目線だからだと思うんですよ。
松崎 そうですね、僕もそう思ってやっています。
刀ミュ、エーステが与えてくれたもの
──さまざまな作品を手がけていらっしゃるお二人ですが、茅野さんは2015年から「ミュージカル『刀剣乱舞』」(以下刀ミュ)、松崎さんは2018年から「MANKAI STAGE『A3!』」(以下エーステ)をずっと手がけていらっしゃいます。改めて、お二人にとって刀ミュ、エーステはどんな作品ですか?
茅野 僕はもう7年、「ミュージカル『刀剣乱舞』」に関わっていますが、最初はまさかこんなに大切な作品になるとは思っていませんでした。「ミュージカル『刀剣乱舞』」はゲームの「刀剣乱舞 ONLINE」が原案となるのですが、ゲームには決まったストーリーがないので、毎回オリジナルでストーリーを考えなければならず、最初はそのことに戸惑いました。でも今は逆に、ストーリーがガチガチにある作品じゃなくて良かったと感じていて。毎回、どの刀剣男士を出陣させるか、作家と話し合うところから企画が始まるんですけど、そもそも“刀剣男士が何たるか”ということはゲームの中に描かれていますし、出陣させる刀剣男士を選び出した時点で、いろいろ見えてくるんです。例えば「この刀剣男士ならこの時代に行きたい」とか「この任務で彼らがどのように葛藤し、成長していくのかを知りたい」というところから物語が生まれていく。逆にそういう作り方ってなかなかできるものではないし、そういう意味でも「刀剣乱舞」には鍛えられたと思います。
あと、「ミュージカル『刀剣乱舞』」に関してはいつも、絶対に答えは用意したくないと思っていて、とにかく余白を作りたいと思っているんです。お客さんはその余白を楽しんでくれていますし、観終わったあともお客さん同士で考察を深めてくれたり、作品に関係する場所を実際に訪れて史跡に触れていたり、作品について会話してくれるんですね。そうやって僕らが作ったものが、いろいろなところへ波及していくという状況が、僕が今までやってきた演劇にはなかったことだなって。演劇って良くも悪くも閉じているというか、観に行った人しか作品を味わえないし、逆に閉じている楽しさや良さもあるんですけど、劇場で作ったものがどんどん外に広がっている感じが幸せだなと思います。
それに僕自身、「ミュージカル『刀剣乱舞』」に出会うまでこんなに日本の文化の素晴らしさを知らなかったので(笑)。やっぱり「刀剣乱舞」に関わっているとどうしたって日本の文化に触れていかなきゃならないし、勉強しなきゃいけないから、「日本ってすごいな、日本人の美意識ってすごいな」ということを知ることができたのは表現者として良かったと思います。自分の表現には芯がないとずっと思っていたんですけど、「刀剣乱舞」と出会ったおかげで、なんとなく自分がやるべきこと、後世に遺すべきことはこういうことだと、おぼろげながらに見えてきた。「刀剣乱舞」はそういうものを与えてくれた作品です。
松崎 「ミュージカル『刀剣乱舞』」は、歌舞伎作品の要素が織り交ぜられていたり、いわゆる“2.5次元舞台俳優”じゃない方も出演されていたりしますが、茅野さんはいつ頃から作品世界を拡張しようと思われたんですか?
茅野 最近ですよ。最初は刀剣男士以外のキャスティングについてはプロデューサーの方たちにお任せしていたところがあったんですけど、「ミュージカル『刀剣乱舞』 髭切膝丸 双騎出陣2019 ~SOGA~」(2019年)(参照:“他に類を見ない作品”、刀ミュ「双騎出陣」に三浦宏規・高野洸ら意気込み)のときに「これは加納幸和さんしかいない!」と思って、お願いしてみたんです。2.5次元舞台に出演している俳優ってなかなか先輩と出会う機会がないんですけど、同じ年代の同じくらいの実力の子たちが競い合っている中に、どうにもならない圧倒的な技術の差を見せつけてくれる人が入るのって重要で。僕らも先輩からいろいろ教えてもらったし、先輩たちに必死で追いつこうとしてきました。だから加納さんの存在は、カンパニーにとって大きかったですね。以来、僕が好きな役者さんには積極的に出てもらいたいと思うようになり、「ミュージカル『刀剣乱舞』 鶴丸国永 大倶利伽羅 双騎出陣 ~
松崎 トップランカーである作品で、茅野さんが2.5次元演劇という、ある意味閉じた世界をさらに広げるために、意図的にキャスティングを考えていらっしゃるのだと思っていたのですが、今のお話を伺って、もっと純粋かつシンプルに、プレイヤーに対するリスペクトや愛で動かれていることがわかり、うれしいです。
僕にとってエーステは、演出家としても明確にターニングポイントになった作品です。「A3!」は演劇がテーマのアプリゲームなので、エーステは“演劇の演劇を作っている”んですけれど、役やセリフ、脚本や物語と向き合うときに、自然と何度も自分が演劇に関わっている実人生と向き合い続けることになりますし、「演劇を作るとはどういうことか」を考え続けることにもなる。複数の要素が絡み合いつつも、シンプルな考えに立ち返る瞬間が何度もあり、「こんなに幸せな作品はもうできないかもしれないな」と思いながら毎回やっています。そして、やればやるほど仲間たちとの共通理解が深まり、共通言語ができていき、かつ、それを待ってくれている人たちがいる。エーステが始まった頃は、“アプリゲームは好きだけどまだ実際に演劇は観たことがないであろう人たち”に向けて作っていたところがあるんですけれど、シリーズを重ねるごとに段階的に演劇的表現を多用したり、深めたりするようにしていて。続けることで演劇を愛してくれるお客さんが増えていく作品だと思うので、続けられる限り続けていきたいです。
──エーステは実写映画化もされ、さらにファンの裾野が広がりそうです(参照:エームビ春夏上映中!舞台挨拶で前川優希&古谷大和が劇中の“コケ”を実演 / エームビ秋冬上映中!舞台挨拶で“アカデミー賞”?水江建太「エーステをもっと好きになって」)。
松崎 そうですね。エーステはできあがった作品もそうですが、作っている過程にも、さっき茅野さんがおっしゃったように役者が一気に飛躍する、花開く瞬間があるんです。その裏側を見せている作品でもあるので、さらに演劇の魅力を伝えることができたらと思います。
茅野 松崎さんって、稽古、好きでしょ?
松崎 (うなずきながら)なんなら稽古のほうが、本番より好きです(笑)。
茅野 俺もそうなんだよ、すごくわかるなあ(笑)。
お客さんが俳優を育ててくれる…劇場は幸せな空間
──2.5次元舞台の特徴でもありますが、両作とも作品とファンの距離が近く、ファン同士のやり取りが活発です。作品に対するファンの期待値や愛情が、とても大きいことを感じます。
茅野 さっきもお話しした通り、僕はスタートがアングラ演劇で、当時お客さんは敵だと教えられました。ハスに構えて「何を見せてくれるんだ」という態度のお客さんと戦えと言われて、実際に舞台と客席の間にはすごい緊張感があった。それはそれで面白かったし好きですが、僕が初めて観た2.5次元舞台の「サクラ大戦」は、開演前からみんなが作品を楽しもうとしていて、役者さんが出てくると掛け声が飛んだり、温かい拍手が起きたり、みんな目をウルウルさせていたり。しかも「サクラ大戦」は最後にお客さんも一緒に踊るので、こんな世界があるのかと驚きました。僕がそれまでいた場所と違いすぎて戸惑ったんですけど、自分が関わるようになって、素敵なことだなと感じるようになって。みんなですごく前向きに作品を楽しもうとしてくれているし、俳優もその空気に乗せられて、力を発揮するんですよね。2.5次元舞台の俳優たちがあんなに育っているのは、お客さんが愛情を注いでくださっているからだと思います。だから2.5次元舞台は幸せな空間だなと思いますね。
松崎 本当に幸せな空間ですよね。自分もやっぱり、お客さんを敵だと思って演じ、作ってきたところがあり、実際、そう思わないと磨かれないものもあったと思います。でもそこから少しずつ意識が変わる過程で、「結局お客さんは、愛情を持ちつつも厳しく作品を観ているんだな」と感じて。笑ったり拍手したりしながらも、本当に良い作品かどうかをちゃんと観ているから、僕がやることは一緒だと思ったんです。自分が演劇に関わるうえで、そもそもの目的や目標は世界が平和になるか、観劇後に豊かになっていることですが、あんなにもお客さんが幸せそうに豊かになっている舞台には価値がある、やる意味があると思う。すごく作りがいがあります。
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公演中止を覚悟し、それでも作り続ける